「お帰り提督」
「おう」
買い物帰りの俺を、掃除をしている長門が迎えた。
寮の掃除は当番制で、今週は長門だった。
「またホームセンターで無駄な物を買って来たのか。懲りないな」
「無駄とは何だ」
ホームセンターで売っているような工具や健康グッズを見ると、つい買ってしまう癖がある。
「で? 今回はどんな物を買ったんだ?」
「これを見ろ。なんと、山が舐めてしまったネジを外すことが出来る工具だ」
「……そんなこと、一度でもあったか? この寮で……」
「まだ無いが、いずれ起こった時に便利だろう。それと、これだ」
「……ゴルフボールか?」
「違う。これは、踏むと足の疲れがとれる玉だ」
「どう見てもゴルフボールだろう……」
「健康グッズと書いてある」
「言い方だろう……。騙されてるぞ……提督……。それに、そんな物で健康になるよりも、食生活をしっかりしてくれ」
「うるせぇな……。お前にはこのロマンが分からんのか。もういい。山城はいるか?」
「ああ、食堂に居たよ」
呆れる長門を後ろに、食堂へと向かった。
「山城、居るか」
俺の声に、山城は少し嫌そうな顔をして振り向いた。
「……何ですか?」
「お前、この前肩がこるとか言ってただろ。いいの買って来たぞ。ほら、これだ」
「……なにこれ」
「これでこうやって肩のツボを押すんだよ。ほれ」
「ちょ、ちょっと……! 自分でやりますから……」
山城はしぶしぶ、ソレで肩のツボをグイグイ押し始めた。
「…………」
「どうだ?」
「……気持ちいいけど」
「だろ? いい買い物したぜ。それやるよ」
「あ……ありがとうございます……」
「お前ならその良さを分かってくれると思ったよ。長門の奴は無駄な買い物だと言っていたがな……ったく……」
「…………」
「そんだけだ。邪魔したな」
「はぁ……どうも……」
部屋に戻ろうとすると、大和に声をかけられた。
消耗品が無くなりそうなので、購入申請をしたいとの事だった。
「食堂の食器洗剤とか、もう色々無くなりそうで……」
「申請用紙があるから、それに書いてくれ。今、用紙を持ってくる」
そう言って部屋に入ると、何故か鈴谷がくつろいでいた。
「チーッス、お帰り提督」
「また勝手に上がり込みやがって……」
「いいじゃん別に。鍵閉まってなかったし、鈴谷が留守番して守ってあげてたんだよ?」
「あら、鈴谷さん。こんなところに居たんですね」
「「こんなところ」で悪かったな」
「大和さんも上がったら? 暖房復活してて凄く暖かいよ。しかも、新たに電気カーペットも導入してるし」
大和は俺の顔をちらっと見た。
「勝手にしろ」
「では、お邪魔しますね」
そう言うと、大和は躊躇なく上がり込んだ。
「わぁ、温かいですね。電気カーペット」
「でしょでしょ? これも鈴谷が暖房器具を壊したお陰だよね」
「ぶっ飛ばすぞお前……」
申請用紙とペンを大和に渡し、俺もカーペットの上に座った。
「ここに品物を書いて、ここにいくつ欲しいのか書くんだ」
「分かりました」
ペンを走らせる大和。
その字はとても綺麗だった。
「提督、また無駄な物買ったんだー。これとか完全にゴルフボールじゃん。「健康グッズ」だって、ウケるー」
「うるせぇ。見るな」
「そう言えば、先ほど山城さんとお話ししてましたね。提督、山城さんと仲がいいんですか?」
「別に。どうしてそう思った」
「大和、山城さんとは同じ鎮守府だったのですが、あの山城さんにフランクに話しかけている人、初めて見たので」
「それは提督が勝手に話してるだけだよ。山城さん、いつも迷惑そうだもん」
「でも、嫌だと言われたことないぞ。そりゃ、ここに来た時には目も合わせてくれなかったが……」
「それでも話かけ続けたんですか?」
「あいつが一番、自立するのが難しそうだと思ったからな。やる事はやるが、いかんせんコミュニケーションがな。少しでも訓練になればいいと思ってる」
「そうだったのですか」
「他にも理由はあるけどな。俺がこういうもの買ってきても、あいつだけは無駄だと吐かねぇ。まあ、共感もしてくれないが……」
だが、話は聞いてくれている……ように感じる。
「それは貴重ですね」
そう言って、大和は鈴谷を見た。
「大和さん? なーんで鈴谷を見たのかなー?」
「ごめんなさい」
そう言うと、大和は嬉しそうに笑った。
こういったからかいも出来るのか。
お堅いイメージだったから、少し意外だ。
その日の夜。
食堂で飯を食っていると、長門が声をかけてきた。
「またそんなものを……」
「何を食おうが俺の勝手だ」
「はぁ……まあいい……。それよりも、ちょっと提督に相談がある」
「なんだ?」
「私が運転免許を取ったのは知っているだろう?」
「ああ。あんだけ騒がれたら嫌でもな。免許取ったーって、お前うるさかったよな」
「あれは陸奥で私じゃ……!」
そこまで言って、長門は口を止めた。
皆がこちらを見ていたからだ。
「……とにかく、それはいいとして……車を貸してほしい」
「俺の車をか?」
「ああ。せっかく免許を取ったから、遠くへ行ってみたいんだ。提督も同乗してもらえると助かる」
「俺、まだ死にたくないんだが……」
「失礼だな……」
「まあでも、いいぞ。どこへ行きたいんだ?」
「――神社まで」
「――神社って、あの湖が近くにある所か。確か、恋愛成就で有名な……」
「あ、あぁ……そうだったかな……」
「フッ……なるほどな……」
「な……! 別にそれが目的で行く訳じゃないぞ! 」
「まだ何も言ってないぞ」
「くっ……! と、とにかく……次の休日……どうだ?」
「ああ、いいよ」
「恩に着る。詳しくはまた話す」
そう言って、長門は食堂を出ていった。
食事を済ませ、茶を飲みながら食堂のテレビを見ていた。
ふと周りを見ると、艦娘達は部屋へ帰ったのか、誰もいなかった。
「さて……俺も戻るか……」
席を立とうとした時だった。
「提督」
「――っ!」
ぞっとして声も出なかった。
後ろを振り向くと、山城が立っていた。
「な……なんだお前か……ビビらせやがって……」
山城から声をかけてくるなんて、珍しいこともあったもんだ。
「どうした?」
「その……さっきの話……」
「あ?」
「長門さんと話していた……」
「ドライブの件か。なんだ、お前も参加したいのか?」
冗談で言ったつもりだったが、山城は頷いた。
「珍しいな」
「――神社、一度行ってみたくて……」
そう言えば、山城はパワースポット巡りをよくやってたな。
「駄目かしら……」
「俺は構わん。長門にも聞いてくれないか? あいつが言いだしたことだしな」
「分かりました」
これを言う為に残っていたのだろうか、山城は食堂をそそくさと出ていった。
そして、その休日を迎えた。
「タイヤ良し……初心者マーク良し……」
「おいまだか?」
「ちょっと待ってくれ。今、出発前の確認をしている」
「そんなのいらねぇんだよ……」
「……よし。準備オッケーだ。乗ってくれ」
「ったく……」
不安だが、助手席に座る。
何かあったらサイドブレーキを引いてやるんだ。
「長門さん、今日はよろしくお願いいたします」
「ああ、任せろ! 山城はぐっすり寝てていいぞ!」
「俺は?」
「提督は起きててくれ。道案内を頼む」
「カーナビが案内してくれるだろ」
「そんなの見ている暇はない」
「全く……本当に大丈夫かよ……」
「じゃあ……行くぞ……」
車はノロノロと走り出した。
「肩に力が入ってるぞ」
「わ、分かってる……。あまり話しかけないでくれると助かる……」
山城の方を見ると、俺と同じ不安な顔をしていた。
こりゃ、眠る暇もないだろうな……。
やっとの事で、――神社へと着いた。
休日という事もあって、混雑していた。
「うぅ……初心者マーク貼ってあるのに……あんなにクラクション鳴らす事ないだろう……」
ここへ来るまで、何度クラクションを鳴らされたことか……。
「信号が青なのに進まない方も悪いだろ」
「青になってからでも安全確認は必須だ! なのに……うぅ……」
こりゃ、帰りは俺が運転だな……。
山城の方を見ると、少し疲れている様に見えた。
「山城、大丈夫か?」
「え、えぇ……何と言うか……クラクションが鳴る度に、他人の悪意と言うか……そう言うのを感じちゃって……」
「まあ、気持ちは分かる。人が怒っている所を見るの苦手なタイプだろ、お前」
せっかく――神社に着いたと言うのに、長門も山城もこうだと……。
「小腹空かないか? 参拝前に、あそこの売店で何か食っていかないか?」
「そ、そうだな……。喉も乾いているし……」
「よし、じゃあ行くか」
売店で串餅などを買って、近くにあったベンチに座った。
「お金払います」
「海軍から交流費が出てるんだよ。だから、気にするな」
「そ、そうなんですか……」
「山城は提督と出かけたこと無いのか?」
「え、えぇ……」
「それは勿体ないな。何でも買ってくれるぞ、提督は」
「予算の範囲内であればの話だ……」
しかし、確かに山城と出掛けたことなんてなかったな。
こいつも陸奥と同じで、設立当初から居たはずなのに。
「今までの分、提督に強請った方がいいぞ」
「は、はぁ……」
「ほどほどにな」
しばらく休憩して、神社の方へと向かった。
途中、山城が足を止めた。
「どうした?」
「参拝の前に、御朱印、貰ってきてもいいですか?」
「御朱印?」
山城は、手帳のようなものを取り出した。
「参拝の証みたいなもので……」
手帳のようなものには、達筆で書かれた神社名と、角印などが押されていた。
「これ、手書きか?」
「はい。参拝すると書いてくれるんです。ここは人気だから、参拝前に書いてもらわないと時間が掛かってしまうそうで……」
「私もこれは知らなかった。こういうものもあるのか」
「スタンプラリーみたいだな」
「まあ……そうですね……」
「分かった。待ってるから、行って来い」
「すみません……」
そう言って、山城は社務所へと向かっていった。
「山城と何度か言葉を交わす事はあったが、あれは知らなかったな。私も次から御朱印、貰うこととしよう」
「…………」
もしあいつがこの事をもっと早くに誰かに伝えていたら、皆とのコミュニケーションに幅が広がっていたんだろうな。
一人って訳じゃないけれど、あいつの笑ったところ、見たことないんだよな。
「お待たせしました。参拝終わる頃には書き終わるみたいです」
「そうか。じゃあ、参拝していくか」
鳥居を抜け、長い階段を進んでゆく。
その途中に、手水舎があり、そこで手などを清めるらしい。
「この柄杓で清めるんだな。よっと……」
「そうじゃありません!」
叫んだのは山城だ。
「な、なんだ?」
「まず、左手を清めるんです。次に右手、次に左手に水を溜めて口をゆすいで、また左手、最後に柄杓の柄を洗い流して、柄杓を元に戻すんです」
「そ、そうなのか……。分かった」
山城の言う通りにする。
長門も知らなかったのか、動作がぎこちなかった。
「っと、これでいいか?」
「えぇ、完璧です」
「全く知らなかった。さすがに詳しいな」
「まあ……流石にこれくらいは……」
「今日は山城に勉強させてもらうか、提督」
「そうだな。頼んだぞ、山城」
そう言って笑ってやると、山城はむず痒そうに俯いた。
それから参拝をし、境内を見てまわった。
かなり広い神社で、何やら一つ一つのスポットに言い伝えがあるらしく、それにあやかろうとする者で溢れていた。
「次はあそこに行きましょう。あそこにはこんな言い伝えがありまして……」
気が付けば、山城が率先していく場所を決めていた。
とても活き活きしていて、普段見る山城の面影は無かった。
「提督」
長門が小さい声で俺を呼んだ。
「なんだ?」
「山城の奴、楽しそうだな」
「ああ、そうだな」
「なんだか嬉しいよ。あんなに喜んでくれるなら、もっと色々な所に連れて行ってやりたいな」
「そうだな」
ほら、やっぱりそうだ。
あいつはもっと自分を他の奴らに出していくべきなんだ。
そうしたら、きっと、もっと楽しめるはずなのに。
笑顔だって、きっと――。
「長門さん、ここは女性の力……女子力が上がると言われていて……」
「何!? 女子力だと!? どこだどこだ!?」
……長門の意外な一面も見れたな。
参拝を終え、御朱印を回収する頃には、日が傾き始めていた。
「そろそろ帰らないとだな」
「そうだな。帰りは……その……運転をお願いできないだろうか……?」
「そのつもりだ」
「う……それはそれでショックだ……」
山城の方を見ると、じっと湖の方を眺めていた。
「綺麗だな」
「はい……」
その横顔は、どこか寂しそうだった。
「また連れて来てやるよ」
「え?」
「今度は、皆で来よう。大きな車を借りてさ」
強い風が吹いて、それが山城の髪を揺らした。
「……はい」
「――っ!」
「提督……?」
本人は気が付かなかっただろうが、俺はその表情をはっきりと見た。
「帰るぞ」
山城の、微笑んだ顔を――。
帰りの車内で、長門も山城も寝てしまっていた。
「あれだけはしゃいだら当然か」
それは俺も同じだった。
途中、何度も眠気を感じ、流石にサービスエリアで休憩を取る事にした。
トイレを済ませ、コーヒーでも買おうかと自販機の方へと向かう途中、山城に呼び止められた。
「起こしちゃったか。長門は?」
「ぐっすり寝てますよ」
そう言うと、山城は缶コーヒーを俺に渡した。
「これ……どうぞ……」
「買ってくれたのか。すまん、頂く」
二人、ベンチに座ってコーヒーを飲んだ。
「あの……」
「ん?」
「今日は……ありがとうございました……。その……楽しかったです……」
「そりゃ良かった」
バイクの集団が、物凄い轟音でサービスエリアを出ていった。
「私……誰かとこうして出掛けるって……面倒なことだと思ってました……」
「…………」
「でも、案外悪くないなって……思ったんです……。長門さんも、今度一緒に行こうって言ってくれたし……」
「皆、もっとお前の事、知りたがっていたよ」
「え?」
「お前、皆と話はするけれど、自分の事あまり話さないだろ。色んな事知ってるし、勿体ねぇよ」
「…………」
「今日みたいに、もっと自分を出してみたらどうだ? そしたら、もっと楽しめるんじゃないか?」
そう言ってやると、山城は缶コーヒーをギュッと握りしめた。
「鈴蘭寮の住人はあんなのばかりだけど、純粋にモノを楽しめるいい奴らだ。きっと、お前の好きな事にも理解があるし、興味もあるだろう。そこでお前もあいつらも楽しめれば、それはとてもいいことじゃねぇか」
「……そうかもしれませんね」
「それに、お前、笑ったら可愛いんだから、もっと笑えよな」
「な……! かわ……!?」
「さっき、小さく笑ってたの気が付かなかったか?」
「し、知りません……!」
山城はコーヒーをグイッと飲み干すと、そのまま小さくなってしまった。
耳まで赤くなったその表情は、髪に隠れて良く見えなかった。
「さて、そろそろ行くか」
立ち上がり、伸びをする。
渋滞になる前に帰れればいいが。
「あ、あの……!」
山城は俺に小さな白い紙袋を渡した。
「これは?」
「その……お守りです……。さっきの神社の……」
中身を出すと、そこには安全祈願と書いてあった。
「この前……肩こりの健康グッズ……頂いたお礼……」
無理やり渡したのに、お礼か。
律儀な奴だな。
「やっぱり可愛いよ、お前」
あえてその表情を見ず、そのまま車へと戻った。
次の日の朝。
食堂で朝食を取っていると、いつものように鈴谷達が近くに座った。
「おはようございます提督」
「チーッス、提督」
「おう」
しばらく雑談していると、そこに山城がやって来た。
「あの……私もそこ……いいですか?」
山城が自ら輪の中に入ろうとしたことが無かったのを知っていた一同は、驚いた顔を見せた。
「あの……」
「山城さん、こちらどうぞ」
大和が隣の席を指した。
「失礼します」
「山城さん、これ食べる? 鈴谷オリジナルメニュー」
そう言って、鈴谷は例のくっそ甘い玉子焼きを差し出した。
「やめた方がいいぞ山城。くっそマズいんだこれ」
「なっ、酷! そんな言い方ないじゃん!」
「大和は美味しいと思いましたよ」
「ほらー! 提督の味覚がおかしいんだって!」
「じゃあ、山城に食わしてみろよ。山城、まずいよな?」
山城は鈴谷の玉子焼きを口にした。
「甘くて美味しいわ」
「ほらー! 提督の味覚がおかしいんだよ! 馬鹿舌提督!」
「んだとコラ」
そのやり取りを見て、山城はクスクスと笑っていた。
しかし、それを見ている俺の視線に気が付いて、恥ずかしそうに俯いた。
「山城さんも料理上手だよね。いつも朝食作ってるの見てたよ」
「そんな事ないわ。私なんて……」
「鈴谷、今料理勉強中なんだけど、何か簡単に作れるのあったら教えて欲しいな」
「簡単なもの……そうね……なにかしら……」
「じゃあ、お昼ご飯、皆で作りませんか? 料理教室という事もかねて」
「それいい! 山城さんもいいでしょ?」
「えぇ、分かったわ」
「そう言うことだから、提督、買い物いくから車だして」
「すぐそこだろ」
「重い物をレディーに持たせる? 普通」
「何がレディーだ。車なら長門に出してもらえ。長門、練習して来いよ」
そう言って長門の方を見ると、視線を逸らされた。
「長門?」
「いや……その……」
「聞いてよ提督。長門、運転が怖くなっちゃったんだって」
「む、陸奥……!」
「なんだそりゃ……」
食堂に笑い声が響いた。
「そう言う事だったら、提督が運転しなきゃ、ですよね」
大和が悪そうに笑った。
こいつも変わって来てるな。
いい意味とは言わないが……。
「分かったよ……全く……」
とは言ってみたが、悪くないと思える俺も居た。
鈴蘭寮の艦娘達は、自立への一歩一歩を確実に進んでいる。
それを実感できたからかもしれない。
「安全運転でお願いしますね、提督」
そう言って、山城は微笑んだ。
――続く。