鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

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「そ……そりゃ良かったじゃねぇか」

 

やっとの事で出た言葉がそれだった。

それに続くように、皆山城の吉報を祝った。

 

「…………」

 

だが、合コン組はそれをしなかった。

 

「……なんか、嬉しそうじゃねぇな」

 

「実は……」

 

…………合コンも盛り上がってきた頃でした……。

 

…………「おい、そろそろ言っちゃえよ!」

 

…………「今? いや……今はまだ……」

 

…………「今日の合コンはその目的で開いたんだぞ。ほら、言っちゃえよ!」

 

…………何やら男性陣の方がワイワイ騒ぎだしたんです。

 

…………「どうされたのですか? なんだか楽しそう」

 

…………「ほら、大和さんもこう言ってくれてることだし、言っちゃえよ!」

 

…………そう言われると、一人の男性が改まった様子で座りなおしたんです。

 

…………「参ったな。えーっと……その……」

 

…………「おいおい、もっと大きな声で!」

 

…………「や、山城さん!」

 

…………「うぇ!? は、はい……何ですか……」

 

…………男性は深呼吸すると、山城さんにこう言いました……。

 

…………「スキー場でお見かけした時から……素敵な人だと思ってました! もしよろしければ、僕と付き合ってくれませんか!?」

 

「一目惚れってやつか」

 

「聞くと、その男性の為に合コンを開いたようなものらしくて……」

 

「なるほどな……。しかし、今の話のどこに問題があったんだ?」

 

「問題はそれからなんです……」

 

…………「良かったじゃないか山城! 一目惚れだそうだぞ!」

 

…………「フフフ、先を越されたな」

 

…………当の山城さんは、俯いて表情も見えませんでした。

 

…………「山城さん?」

 

…………「お……」

 

…………「お?」

 

…………「おぇっ……」

 

「……吐いたのか?」

 

「いえ……嗚咽程度でしたが……」

 

そう言うと、大和が言葉に詰まり、代わりに長門が答えた。

 

「場の空気が凍ったのを覚えている……。それから、山城はトイレに駆け込んだっきり、解散するまで戻ってこなかったんだ」

 

「なるほどな……」

 

山城は恥ずかしいのか、その場に座り込んでしまった。

 

「合コンすらまともに出来ないなんて……やっぱり私に相手を見つける事は……」

 

「…………」

 

どう声をかけてやればいいのか分からなかった。

皆も同じなのか、空気が重い。

 

「と、とりあえず……お前らは部屋へ戻れ。山城、来い」

 

皆を解散させ、引きずる様に山城を部屋へ運んだ。

 

 

 

部屋に入っても、山城は隅の方で小さくなっているだけだった。

 

「ま、まぁ……なんだ……。最初だしな。俺だって、鹿島や陸奥に告白されて、返事すらできなかったしよ……」

 

「嗚咽を聴かせるよりましだわ……」

 

「う……」

 

今のこいつに何を言っても駄目そうだな……。

何か良い手はないものか……。

 

「そうだ……!」

 

俺は携帯電話を取り出し、そいつに電話をかけた。

 

「ああ、そうなんだ。頼んだぞ。おい、山城」

 

「なんです……?」

 

「お前に電話だ」

 

電話を渡すと、怠そうに耳元へと運んだ。

 

「誰です……?」

 

『山城?』

 

「ね、姉さま!?」

 

『提督から聞いたわ。貴女、告白されたんですって?』

 

「え……あ……はい……」

 

そう言うと、山城は俺を睨んだ。

姉さまにチクったな! という具合に。

 

『良かったじゃない山城』

 

「ですが姉さま……」

 

『最初はそういうものよ。私だってね?』

 

それから扶桑は何かを話し始めたのか、山城は「はい、はい」と相槌をうつのみとなった。

 

 

 

「はい……では……」

 

山城は電話を切ると、俺に思いっきり投げた。

 

「おい」

 

「なんで姉さまに言ったのですか!?」

 

「お前を慰められるのはあいつだけだと思ったからだ」

 

「にしたって……」

 

「少しは元気になったか?」

 

「……なったけど」

 

複雑そうな顔で、そう答えた。

 

「でも……やっぱり私には……」

 

その時、山城の電話が光っているのに気が付いた。

 

「お前、何か光ってるぞ」

 

「え? あぁ……メールですよ……。どうせ迷惑メールなんだわ……。最近多いのよね……」

 

そう言って携帯電話を確認すると、山城は固まった。

 

「どうした?」

 

無言で携帯を俺に渡す。

山城の言った通り、メールであった。

 

「なになに……?」

 

『――です。

今日はありがとうございました。

そして、すみませんでした。

いきなりあんな事言われて、驚かれましたよね。

(中略)

もし、チャンスを頂けるのであれば、お詫びさせていただきたいので、お食事でもいかがですか?

(中略)

お返事待ってます。』

 

「これって……」

 

「私に告白してくれた人です……」

 

なるほどな……。

しかし……なんというか、バカ丁寧というか……真面目というか……。

 

「メールを読む限り、相手はまだお前を諦めてねぇようだぞ」

 

俺だったら、相手に告白して「おえっ……」なんてやられた日にゃ、一週間くらい寝込むがな……。

こいつ、どんだけポジティブなんだ……。

……いや、それだけ山城に惚れてるって訳か。

 

「どうすんだよ? 食事に誘われてんぞ」

 

「行けるわけないでしょ……! 大体、話がうますぎるのよ……。きっと、私を呼び出して笑いものにしようとしてるんだわ……」

 

そしてこいつは、どうしてこうもネガティブなんだ……。

 

「そんな奴に見えたのか?」

 

「…………」

 

山城の反応を見る限り、そうではないらしい。

まあ、こんなメールだすくらいだしな。

 

「お前はどうしたいんだよ?」

 

「私は……その……」

 

「告白されて、嬉しかったのか?」

 

「…………」

 

山城はしばらく黙っていたが、携帯電話の画面が消えた頃、話し始めた。

 

「嬉しかったに決まってるわ……。こんな私でも、惚れてくれる人がいるんだって……」

 

「なら……」

 

「でも……信じられない自分がいた……。だって、私はこんなに暗いし……大和さんの方が絶対にいいはずなのに……どうして私なんだろうって……」

 

「…………」

 

「相手の心の裏を探していく内に、気持ち悪くなって……私……」

 

「山城……」

 

「提督は……鹿島さんや陸奥さんの気持ちをどうやって信じたんですか……?」

 

「俺か? 俺は……」

 

どうやって信じた……か。

 

「あいつらは赤の他人でも無いしな。そりゃ信じるさ」

 

「でも……嘘かもしれないじゃないですか……」

 

「そう思うのは自分で、そう決めつけるのも自分だ」

 

「!」

 

「他人の気持ちなんて、これっぽっちも分からん。だから、俺は俺なりの解釈をしているだけだ。お前だってそうだろ」

 

「…………」

 

「嘘だと思うなら、嘘でよし。そうじゃないと思うなら、そうじゃないでよし。だから俺は、あいつらを本気だと決めつけた。それだけだ」

 

だがそれは、時として自分を傷つける事もある。

山城がそうだったように。

 

「お前が嘘だと信じているだけだ」

 

山城は黙ったままだった。

 

「……なんてな。偉そうなこと言ってるけど、俺だって女二人を待たせるクソ男だ。ただの戯言と受け取ってもらって構わん」

 

「…………」

 

「お互いに頑張ろうぜ。悪かったな、部屋に連れ出して。もう行っていいぞ」

 

そう言って、俺は仕事机へと向かった。

 

 

 

一通り仕事を終え、時計を見ると、消灯時間を迎えていた。

 

「んっ……あー、疲れ――」

 

伸びをし、後ろを振り向いた時だった。

 

「お疲れ様です……」

 

目の前に山城の顔があった。

 

「――……ッ!」

 

心臓が止まる勢いだった。

 

「山城! お、お前! 帰ったんじゃねぇのかよ!?」

 

「ずっとここにいました……」

 

「驚かすなよ……。まだ心臓がバクバクしてるぜ……」

 

「す、すみません……」

 

山城は申し訳なさそうに俯いた。

 

「……まだ何か用か?」

 

「はい……。提督が仕事をしている間、ずっと考えていたんです。今日の事……」

 

表情が真剣だった。

何か決心したのだろう。

俺は山城に向き合った。

 

「それで?」

 

「私……信じてみようと思います。彼の事……。食事……行ってみようかと思います」

 

「そうか。頑張れよ」

 

そう微笑んでやると、山城は何やら興奮したような顔つきになった。

その表情を見て、俺は何か嫌な予感がした。

あの時……山城が点数点数うるさくなった時と同じような、何か面倒な事が起こりそうな感じだ……。

 

「じ、じゃあ……もう帰れ。消灯時――」

「そこで提督!」

 

山城は俺の言葉を遮り、身を乗り出した。

 

「その食事の場に、提督も同行してくださいませんか!?」

 

「は、はぁ!?」

 

冗談だと思ったが、目がマジだ。

 

「お前……馬鹿じゃねぇのか!? なんで俺が!?」

 

「ひ、一人じゃ不安なんです!」

 

「だからと言って男を連れ出す馬鹿があるか!」

 

「だ、だってぇ……」

 

「だってじゃねぇよ! お前一人で行け!」

 

それから三十分ほど、山城は粘り続け、やっとの事で部屋に帰っていったが、次の日も朝から粘り続けた。

 

「お願いです提督!」

 

「お前なぁ……!」

 

そんな事が数日続き、俺がノイローゼになろうかと言う頃、大和からお互いの妥協点とも言える(精神的に参っていて、そうとしか思えない)提案が飛び出し、山城は食事の約束へとこぎつけたのだった。

 

 

 

そして迎えた当日。

 

「…………」

 

山城は待ち合わせ場所で、ちらりとこちらを見た。

 

「ったく……なんで俺が……」

 

「いいじゃない別に。遠くから見ているだけでいいんでしょ?」

 

大和の提案は、「遠くで提督が見守れば良い」という事だった。

 

「まあ……同行よりマシか……。というか陸奥、なんでお前まで……」

 

「男一人だと怪しいでしょ? 男女で歩いていれば、ただのカップルにしか見えないし」

 

「そうかもしれんが……」

 

「という訳で、今日の私たちはカップルって設定でいいわよね?」

 

「勝手にしろ」

 

「うふふ、それじゃあ早速……」

 

そう言うと、陸奥は俺の腕にしがみついた。

 

「おい」

 

「カップル、でしょ?」

 

「ったく……」

 

山城の方を見ると、既に男と会話していた。

 

「よそ見している内に会ってるぞ」

 

「あら、結構可愛い男ね」

 

明らかに動揺している山城に、男は優しく微笑んで何かを話していた。

 

「ここからじゃ何を言ってるのか聞こえんな……」

 

「時間……散歩……。食事まで時間があるから、散歩しようってことかしら?」

 

「聞こえたのか?」

 

「いえ、口の動きを見てたの。そんな感じの事言ってるわ」

 

「お前、すげぇな……」

 

「口元を見る癖があるの。ほら、口の周りを見れば、大体の性格が分かるじゃない? 髭の処理とか」

 

ほら、と言われてもな……。

 

「あ、動くみたいよ」

 

「俺たちも行くぞ」

 

「手、繋いで」

 

「……分かったよ」

 

山城たちは――恩賜公園へと入っていった。

 

 

 

公園内の桜は見事であり、その下で宴会をしている連中を尻目に、二人はゆっくりと会話をしながら歩いていた。

 

「――、――?」

 

「……――」

 

何を言っているかはわからないが、男が会話をリードし、山城が何とか答えていると言った感じか。

 

「しかし……本当に意味あんのか? この見守り……」

 

「山城さんにしか分からない安心感があるんじゃない?」

 

「そう言うもんかね……」

 

男の方は楽しそうにしてんな。

本当に山城の事が好きなんだな。

 

「そういや、どうしてお前なんだよ?」

 

「何それ。私じゃ不満って事?」

 

「そうじゃねぇよ。なんつうか……その……」

 

「もちろん、鹿島さんも行きたがったわ。でも、ジャンケンで勝ったのよ」

 

「なるほどな」

 

「……鹿島さんが良かった?」

 

そう言うと、陸奥は珍しく眉をさげた。

 

「……そうは言ってねぇだろ」

 

「じゃあ……私でも……いい……?」

 

真剣な話というか、マジになると、陸奥は声を小さくして、身を縮ませる癖がある。

お姉さんがどうだといつもは言っているが、こういう時だけはどこか、子供の様に感じる。

 

「ああ、お前でいいよ」

 

そう言ってやると、陸奥は調子を取り戻したかのように、表情を明るくした。

 

「ね、もう一回言って。録音するから」

 

「……山城を追うぞ」

 

 

 

公園内を歩いていく内に、園内にある神社へと辿り着いた。

 

「神社か……」

 

「山城さん、好きなんだっけ?」

 

「ああ……」

 

マズいな……。

もし参拝して行こうだなんて話になったら、山城のマジモードが飛び出すぞ……。

俺の心配を他所に、二人は手水舎の前で止まった。

 

「参拝していくのかしら?」

 

頼む……男よ、間違えてくれるなよ……!

 

「これで手を清めるんですよね」

 

カクテルパーティー効果のように、男の声がはっきりと聞こえた。

柄杓を左手に持っている。

山城ぉ……!

 

「違います!」

 

瞬間、時間が止まったかのように感じた。

その声に、男も周りの参拝者も、驚いた表情を見せていた。

 

「はっ!」

 

山城は顔を真っ青にして、こちらをちらりと見た。

 

「……やっちまったか」

 

男はしばらく固まっていたが、しばらくすると静かに笑いだした。

 

「うぅ……」

 

笑われているのが恥ずかしいのか、山城は今にも泣きだしそうな顔を見せた。

 

「あはは。そっか、違いますか」

 

「ご、ごめんなさい……その……私……うぅ……」

 

隣で見ていた陸奥は、心配そうに山城をじっと見ていた。

 

「山城さん、パワースポットを巡るのが趣味なんですよね? 神社とかも来たりするんですか?」

 

「あ……どうしてそれを……?」

 

「この前の合コンで、山城さんの事、大和さんたちから聞いていたんです。違いましたか?」

 

「い、いえ……神社も……はい……」

 

「だからこういうのも詳しいんですね。僕、こういうのに疎くて。よければ教えてくれませんか?」

 

「え……?」

 

「山城さんの好きなもの、僕も好きになりたいんです。そしたらきっと、山城さんも楽しめるかなって」

 

そう言うと、男は照れくさそうに笑った。

 

「……なんて、今のセリフはちょっとクサかったかな?」

 

なんつうか、よく出来た男だ。

ここまで来ると、どうして山城に惚れたのか気になってくるな……。

 

「行きましょう提督」

 

陸奥は山城に背を向け、歩き出した。

 

「おい」

 

「あの二人ならもう大丈夫よ。私たちが見守らなくても」

 

「あ?」

 

「ほら」

 

陸奥が山城の方を指す。

 

「こうですか?」

 

「はい、そしたら次は……」

 

男に教える山城の距離は、先ほどと違ってぐっと近づいていた。

 

「ね?」

 

「ね……って言われてもな……。だから何だって感じなんだが……」

 

「もう……何も分かってないのね……。いいから行くわよ。私たちは私たちでデートしましょうね」

 

「…………」

 

男と話している山城を後ろに、俺は陸奥の後を追っていった。

 

 

 

それからは陸奥に連れられ、色んな所をまわった。

山城から文句の連絡があるかと、時折携帯電話を見たが、連絡は来なかった。

 

「大丈夫だって」

 

「しかしな……」

 

「……いい加減、私とのデートに集中してよ」

 

「今日はそう言う目的じゃねぇだろ……」

 

そう言ってやると、陸奥はムッとした表情を見せた。

 

「どうしてもデートに集中してくれないんだ……」

 

陸奥は表情を変えないまま近づいた。

 

「なんだよ?」

 

「集中させるおまじない」

 

そう言って、陸奥は――。

俺は、驚きのあまり、しばらく動けなかった。

 

「どう?」

 

俺が固まっていると、陸奥はクスッと笑った。

 

「初めてだったんだー?」

 

「な……!」

 

「言わなくても分かるわ。うふふ」

 

そう言って向けた背中が、小刻みに震えていた。

 

「……陸奥、お前……もしかして……」

 

「……そうよ? 悪い?」

 

「でもお前……」

 

俺は、前に頬にされたことを思い出していた。

 

「別に私、誰にでもするような軽い女じゃないわよ。結構乙女なんだから」

 

そう言って振り向いた陸奥の顔は、今まで見たことも無いくらい真っ赤だった。

 

「少しは……恥ずかしがってよ……。私なんて……震えが止まらないほどなのに……」

 

今まで共に暮らしてきたが、こんな陸奥を見るのは初めてかもしれない。

その姿に、俺は思わずドキッとした。

 

「……何か言ってよ」

 

何も言わず微笑んでやると、陸奥は余計にあたふたしだした。

 

「な、なによ……? なに……?」

 

「行こう。デートするんだろ?」

 

そう言って手を握り、歩き始めた。

 

「す、するけど……。え……? 何のなのよ? 急にそんな……」

 

いつもは振り回されがちだが、こういうのも悪くない。

鹿島とのデートの時に感じた、あの恋の雰囲気に、俺は自然と飲まれていった。

 

 

 

結局、山城からの連絡はなく、空も暗くなってきたので、俺たちは寮へと帰った。

 

「山城はまだ帰ってきてねぇのか」

 

「そのようね」

 

玄関にある山城の札は、まだ裏返ったままだった。

 

「あ、帰ってきた! 陸奥さんっ!」

 

少し怒った表情で、鹿島は陸奥に近づいた。

 

「何よ?」

 

「少し遅くないですか!? 私だってこんな時間までは……」

 

「だって、提督が帰してくれなかったんですもの。ね、提督?」

 

「そうなんですか!?」

 

まあ、間違ったことは言ってない。

あれから陸奥の勢いは弱くなり、代わりに、恋の雰囲気に飲まれた俺が、陸奥を連れ回したのだった。

 

「あんなに大胆な提督……初めてだったわー……」

 

「な、何をしたんですか!?」

 

「それは……想像にお任せするわ。うふふ」

 

ギャーギャー騒ぐ二人を尻目に、俺は部屋へと戻った。

 

 

 

夕食の時間になっても山城は帰ってこず、結局戻って来たのは消灯時間前だった。

 

「おう、お帰り。遅かったな」

 

「え?」

 

山城はポカーンとした顔をした。

 

「さっきまで着いてきてくれてたのではないんですか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

どうやら俺達が途中で離れてたのに気が付いていないらしい。

訳を話してやると、急に怒り出した。

 

「なんですって!? ど、どうして!?」

 

「陸奥が大丈夫だって言ったんだよ。つうか、気が付かなかったのかよ?」

 

「上手く隠れてるんだなとは思ってましたが……。酷いです!」

 

「でも、大丈夫そうじゃねぇか。俺たちが離れたの、お前らが手水舎に居た時だぜ?」

 

「そんな前から……!」

 

「で? どうだったんだよ?」

 

そう聞いてやると、山城は方に入った力をすっと抜いた。

 

「……楽し……かったです……」

 

「だろうな。夕食も食って来たんだろ?」

 

「はい……」

 

「聞かせてくれよ。どんな事やったのか」

 

山城は恥ずかしそうにポツポツ話し始めた。

あれから男は、山城の神社巡りに付き合ってくれたらしい。

しかも、――を抜け出し、――県にまで足を運んだようであった。

 

「それで遅くなったのか」

 

「はい……」

 

「……お前的に、男とやっていけそうなのか?」

 

「まだ分かりません……」

 

「…………」

 

「けど……もう一度会う約束をしました……。彼が言ってくれたんです……「お友達から始めましょう」って……」

 

「お前はそれにどう答えたんだ?」

 

「「はい」とだけ……」

 

それを聞いて、俺は、山城と男が結ばれて、ここを出ていくものだと確信した。

何故陸奥があの時、大丈夫だと判断したのか、少しだけ分かった気がした。

 

「そうか……」

 

だから、少しだけ寂しいと思った。

俺の知る、気の弱くて、何をするにも消極的な山城は、もういなかった。

 

「……提督、一つだけ聞いていいですか?」

 

「なんだ?」

 

山城は急に畏まり、じっと俺の目を見た。

その目は真剣そのものだった。

 

「今後の参考の為に聞きます……。あくまでも、参考の為ですよ……?」

 

「ああ、言ってみろ」

 

山城は大きく息を吸い込むと、小さく言った。

 

「もし私が……鹿島さんや陸奥さんみたいに……提督に告白していたら……どう……答えてくれましたか……?」

 

「――……」

 

昔の俺だったら、この質問の意味が分からなかったかもしれない。

あくまでも参考だと、念押しされていた事もあるから。

だが、今は違う。

恋というものを知ってしまった。

だからこそ、こいつの言う意味が――深層心理にある意味が――分かってしまった。

 

「…………」

 

山城は答えを待ち続けた。

ここがこいつの――この先の人生の分岐点だと、こいつも分かっているのだろう。

だからこそ、こんな目をしているんだ。

それに俺は、どう答える?

これは、山城に限った話ではない。

鹿島や陸奥に対しても同じ事が言える。

想いに対してどう答えるか。

自分を知っていないからと言って、逃げるのか?

この先も、そうやって?

それじゃいけないと、向き合わなきゃいけないと、考えてきたのだろうが。

ここで答えられなければ、俺は、一生、何に対しても逃げ続ける人生になってしまう。

そう思った。

 

「提督……」

 

だからこそ――。

 

「――断っていた。俺はお前に、恋愛感情を抱いたことは無い――」

 

冷たい言い方だったかもしれない。

配慮が足りないと、泣かれても仕方がない。

だが、初めて踏み出したその一歩は、分厚い壁すらも乗り越えてゆくような、大きな大きな一歩に、俺は感じていた。

 

「――ですよね」

 

そう言って、山城は泣いたり怒ったりせず、ただ微笑んで見せた。

 

「ありがとうございます、提督」

 

何がとは言わなかった。

だが、俺にちゃんと伝わっているのが分かっているのか、それ以上山城が何かを言うことは無かった。

 

 

 

山城が部屋に帰った後、俺は風呂で、先ほどの余韻に浸っていた。

 

「言っちまったな……」

 

素直な自分の気持ち。

思ってはいたが、何故か口には出せなかった気持ち。

それを受け止めた山城の表情は、俺の予想に反して、穏やかなものだった。

 

「…………」

 

俺は分かっていたんだ。

自分の気持ちが分からないとか言って逃げていたが、本当は分かっていた。

でも、それによって何かが変わる事を、俺は恐れていたんだと思う。

今日の山城の反応を見て、それは間違いだと気が付いた。

 

「本当の気持ち……素直な気持ち……か……」

 

伝えねばならない。

鹿島に、陸奥に、俺の気持ちを。

だが、それは、好きだとか嫌いだとかいう話ではない。

 

「たった一つ……」

 

恋を知った上で、あいつらと接した上で、素直な気持ちを出せるようになった上で、分かった事。

鹿島とデートをしている内に芽生えた、あの感情。

管理人としての、感情。

同じように、陸奥とのデート中にも、それを感じていた。

 

「…………」

 

伝えねば――。

あいつらの言う恋人と、俺が必要としているそれは、全くの別物なのかもしれないという事を――。

 

――続く。


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