魔法少女マニュアル   作:Cr.M=かにかま

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2.ぞくせい

 

時計ウサギがうちにやって来て三日が経った。結局、住まわせることになったけど食費の問題が解決してない。あのバカには説明する必要はゼロだけど、あの撮られた写真だけは削除しなくちゃいけない。そういう魔法ないのかな?うち、曲がりなりにも魔法少女になったわけだし。

そのことを時計ウサギに相談したところ「そんな魔法ないよ、そもそも魔法といっても今の君に備わってる能力は人並み外れた跳躍能力だけさ」とのこと、ウサギだからなのか?ていうかそれは魔法といっていいのか?

あの時計ウサギの馬鹿が言うには魔法というものは魔法少女本人であるウチとステッキに貯まる経験値と呼ばれるものによって相性のいいものがそのうち目覚めるとか。あとは本人の属性次第らしい。経験値がどうやって貯まるだとかそういう説明は一切ない。ていうか属性って何だ?ウチは火とかを出せばいいってことなのか?この使い魔、本当に使えるのかわからない、ていうか肝心なところで使えない気がしてならない。今は自分の食費は自分で稼ぐとかいって新聞配達に行っている、よく面接通ったな。

 

それでウチはいつも通りに学校である。テストも近いから勉強しないといけないし、提出物も溜まってる。魔法少女とか非現実的で全くもって履歴書に書けない経歴が増えてしまったが、今の大切なのはこの現実であり、何気ない日常こそ大切である。

数学教師が頭痛くなるんじゃないかって数列をチョークでただひたすら書き記してるのをBGMに受ける授業も、昨日も夜勤で疲れて爆睡しているバイト戦士の友人、授業中にも関わらずどこかに電話をかけている友人、黒板の内容を完全無視して藁人形を添えて何かよくわからない文字列を並べる友人、うん、平和だ。

 

授業終了のチャイムが鳴り、数学教師が教室から出て行くと日直の神城が板書内容を消していく。男子共が色とりどりのチョークで落書きというなんとも低レベルなこともしているが、ウチには関係ないからいいや。

 

「いやっほーい!特ダネが私を呼んでる気がするー!」

「ちょ、どこ行くんだよ千梅!?次はセージの社会だぞ!?」

「甘いな助手君よ、そんなもの恐れていては人生負けなのと一緒なのだよ、というわけで隣町まで行ってくる!」

「お前それでこの前反省文書かされたばっかだろうがッ!」

 

「明日雨らしいよ」

「嘘!?明日五番目の彼氏とデートなのに!?」

「五番目って何!?ねぇねぇ、五番目って何!?」

 

「騒がしいところだな、ツバキ」

「.....なんでアンタが学校に来てんの?」

「痛い痛い痛い!骨格が変わる、顔が歪む!?」

「どしたのツバキ?なんか妙にハスキーな悲鳴聴こえなかった?」

「そう?ウチには聴こえなかったよ」

 

とりあえず口をもしもの時のために持っていたボールギャグで時計ウサギの口を塞いで鞄に押し込む。今日は体育もあったからスペース的に余裕のある体操服やらを詰めた方に。

眠気眼のバイト戦士こと三竹はシュークリームを頬張りながらふらふらとウチの机にまでやってきた。

 

「昨日は何してきたの?」

「昨日はね〜、夕方ファミレスで二時間と家庭教師を一時間半、それから夜にキャバクラで常連の刑事さんから愚痴を五時間くらい聞かされてた」

「そ、そう」

 

色々と言いたいことはあるけど、三竹は割といつもこんな感じである。ちなみに彼女がバイトをしてる理由は至極単純で食費を賄うためである。兄弟が多いらしく、三竹は上から数えて三番目、それで大食いである彼女は自分の食費を自分で稼いで生活している。

一番上の長男が自宅警備員としての階級はそこそこ高く、以前泥棒が家に入り運悪くその三竹のお兄さんの部屋に入り撃退したとかそういう話があるくらいだ。近所でも有名らしい。

 

「あんたはもっと自分の体大切にしなよ、働くのも大切だけどさ」

「う〜、オカンが『お前がいると食費がタダでさえ高いのに十倍近く高くなる、だから働け!むしろ働いて稼いでください、お願いします』って言ってたからさぁ、迷惑はかけたくない」

 

うん、親切心がお母さんを傷つけてるような気もするよ。実際その稼ぎは親元には入ってないんだし。全部三竹の胃袋に入るんだからある意味では救いだ。いつの間にか12個目のシュークリームに突入してるし、左手の残骸を数えたらわかってしまった、あまり知りたくなかった。

 

【ピピッ、識別魔法を取得可能になりました】

 

.....疲れてるのかな、また幻聴が聞こえた気がした。この数日で何度目だろう、もう数えるのも面倒になってる。

 

「どったの?」

「いや、なんでもない」

 

13個目のシュークリームを口に運ぶ三竹がこくんと首を傾げる。そうだ、現実逃避ついでに何度か思ったのだがウチの他に魔法少女と呼ばれる存在はいるのだろうか?時計ウサギは黙秘権があるとか彼女らの人生に関与してはいけないとか言ってたけど、あれ、これいるって言ってるみたいなもんじゃね?

.....盲点だった、じゃなくて、その人達もウチみたいに日常を送ってるんだろうな。ウチが気づかないだけで案外身近にいる可能性だってあり得る。

 

そんなことを考え耽っていると休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に社会のセージに背負われながら千梅が戻ってきた、おかえり。

 

 

 

満月が綺麗な夜、東京の空に一人の魔法少女がビルからビルへ跳ぶ姿が稀に目撃されている。それはツバキが時計ウサギと出会うもう少し前から、噂好きの東京人は都市伝説として二ヶ月ほど騒いだことがあったが、人の噂とは所詮七十二日ともいう。時間の経過と共にそのことは忘れ去られてしまった。

 

「.....」

 

眠らぬ街と呼ばれてる街にも光が消える時間は必然と訪れる、人間が睡眠と休息を求めている限りは。

そんな街をビルの屋上から見下ろすのは見事なまでの純白の髪を左右に団子結びで結い、ウェイトレスのような装いにふわっと丸くかぼちゃのようなスカート、腰にはコルセットのようなベルトを装着しておりボディラインが特徴的となっている。

衣装のデザインは、全体的に丸みを帯びたものとなっている。ステッキは戦国時代の武士のように腰に差している。魔法少女、桜は赤というよりもピンク色に近い瞳を動かすことなく、その場から移動する。

 

「.....」

「おい、サクラ。そろそろ引き上げた方がいいんじゃないのか?」

「ダメ、あと、スカートの中に入るの禁止」

「そんなこと言ってもよ、俺はパンツの匂いと存在で俺自身の存在を維持してるのであってだな––––」

「それは聞き飽きた、あと、ナキ達に迷惑かけるのもダメ」

「厳しいねぇ、俺のご主人様は」

「.....次、やったら契約なしにする」

「おっと、そいつぁ困る」

 

失敬、と言いながら桜の追いかける桜の使い魔、ハンプティパンティは自慢の髭を整え、頭に被ったパンツ(サクラの同居人の妹のもの、現役JK)の調子を整えながら冷や汗を流す。

とは言ったものの、ハンプティパンティの心配事は他にもある。寡黙で表情の変化の少ないサクラは家出少女だ、家庭の事情で深くは詮索していないが余程の事情があったことだろう。そこはいい、彼女ほど魔法少女として自由に動き回りやすい環境のある年頃の少女は少ないだろう。ハンプティパンティも当たりを引いたと思っていたが、実際にやってみるとどうも苦労や胃が痛くなることが増える。ハンプティパンティの今月分の胃薬も底をつきかけている、そろそろ買い足さねばと思っているところでサクラが次のビルに着地する手前で足を踏み外した。

 

「あ」

「サクラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ひゅーるるるると勢いよく落下するサクラが咄嗟に手を伸ばした先はペンキ塗りたての壁、もちろん掴めはしない。その近くには運悪くペンキ業者の片付け忘れたペンキバケツがあり、サクラはそこに尻から突っ込む羽目となる、しかもその衝撃で即興で組み立てたであろう足場は崩れバケツに入ったままサクラの華奢な体はひゅーるるるると落下する。

無駄に頑張って崩れることがなかった部分の足場のパイプがバケツがぶつかり、その衝撃でバケツと共にサクラの体がくるくるくるくると勢い良く回転し始める。ガン、ゴン、バン!とビルの壁に激突を繰り返し、最終的には重力に従いゴミ置場に頭から落下する。ちなみにバケツはまだ抜けないままである。

 

「.....んぅ」

 

ハンプティパンティがサクラの元に辿り着く前にゴミ袋に埋もれたサクラは上体を必死になって起こす。バケツは今までの蓄積された衝撃と重みに耐え切れず、サクラが座り込む形になると同時にバラバラになる。その際中にあるペンキがべたりと辺りに流れる。もちろん、サクラの白を基調とした衣装にも水色のペンキがべったりと付着する。

ハンプティパンティがやってきたのはサクラが立ち上がってからであった。

 

「.....毎度のことだけど、大丈夫かい?」

「問題、ない」

「俺の財布は底をつきそうなんだけどねぇ」

 

魔法少女の衣装は特別な素材で出来ており、普通のクリーニングや洗濯では汚れを落とすことができない。そのため使い魔が上に頼んで特殊な洗濯をしてもらうのだが、経費は使い魔持ちとなる。そこは魔法を使うところなんだろうが、そんな便利なほど魔法は発展を遂げていない。

そう、ハンプティパンティにとっての誤解、それはサクラがドジッ娘属性であったことだ。魔法少女使い魔界隈ではドジッ娘は最も金のかかる属性として有名である。財布のためになるべく避けなくてはならない、サクラの様子からそれはないと思ったハンプティパンティの観察不足だった。

 

「とにかく、今日は一旦帰ろう!それがいいよ!」

「.....仕方ない」

 

サクラは今夜、大企業会社ワンダーランドの子会社トイ◯ラスから出た不正を暴くために潜入調査をする予定だったのだが、この調子では無理そうだ。まず、大量のゴミ袋をクッションにしてしまったのが原因で異臭がすごい。それでなくてもペンキの匂いもするというのに、これでは潜入前にバレてしまう。

 

「兄貴、ここです!空から女の子が落ちてきたトコ!」

「うぉ、マジでいるじゃーん!」

「うぃーうぃーうぃー!」

「お前はいい加減日本語を覚えろ!」

 

面倒ごとというものは連続してやってくるもので、明らかにガラの悪いチンピラ四人組がサクラの前に現れた。時代錯誤のパンクファッションにモヒカンという男もいれば、チャラ男、学ランを着たいかにも喧嘩番長ですという大男、自分金持ってますぜという明らかな成金の小男となんともまとまりのない四人組だった。

 

「ヤっちゃってもいいかな?いいよね、いいよ!」

「賛成!」

「ふおーふぉーふぉふぉー!」

「何言ってるかわからねぇ!」

 

「–––やっても、いい?」

「構わないけど、程々にしろよ」

「大丈夫、もしものときはナキがどうにかしてくれるから」

 

–––先に動いたのはサクラだった。

両足に【滑走魔法】を、両手に【プッシャー】と呼ばれる魔法を纏わせた。

【滑走魔法】は単純に速度を上げ、どんな環境下でも動きやすくするというシンプルな魔法で【プッシャー】は触れたものを吹き飛ばすという、とてもシンプルな魔法だ。

サクラはチンピラの群れを吹き飛ばしてさっさと終わらせるつもりだ。

だが、忘れてはならない。サクラの足元にはペンキに散乱したゴミ、そしてサクラの属性がドジッ娘であることを。

 

ツル、と靴底にあったペンキと地面のペンキが見事な摩擦を発生させ、もう片方の足は小石やゴミに躓き、ビターン!と見事なスライディングをして伸ばされた両手は室外機に触れられる。

そして、サクラの両手には対象を吹き飛ばす【プッシャー】の魔法がかかっている。

結果として、サクラの華奢な両手に触れた四角形の室外機は重力を無視してパイプを引きちぎり、上にある重石ごとチンピラ達に向かって飛んでいった。

 

「–––え、ちょ、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

「どうなってんだ!?」

「グルォォォォォォォォォオォォォォォォオスス!!?」

「そ、それ何語ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!?」

 

チンピラ達は仲良く室外機の下敷きになった。さらに近くの古ビルの壁が音を立ててガラガラと崩れチンピラ達に追撃を仕掛ける形になった。

 

「.....始末書と後処理、しなきゃな」

 

ハンプティパンティは軽く溜息を吐いた。また、胃薬が一つ減る。

サクラはゆっくりと立ち上がり、服に着いた埃をパンパンと振り払った。

 

「.....帰る」

「あぁ、うん」

 

その帰り道に土手で足を踏み外し、片足を突っ込んで抜けなくて四苦八苦して、帰りが遅くなってしまったことは言うまでもない。

 

–––魔法少女サクラの活躍は後日ニュースで報道されることとなった。




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