魔法少女マニュアル   作:Cr.M=かにかま

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1.けいやく

 

「−−−私と契約して、魔法少女にならないかい?」

 

そう、これが運命の分岐点。

二頭身くらいの白ウサギがシルクハットを頭にちょこんと乗せてる上に生意気にも二足歩行までしてる。葉巻も吸ってるのが何かムカつく。

そんなウサギがウチに向けてどこにでもありそうなルーズリーフに書き込まれた契約書(誓約書かもしれない)を押し付けてきたこと。

 

−−−そこから、全ては始まった。

 

 

 

東京目黒にあるこの平凡な公立高校に入学し、ウチは変わった。うざかった中学の連中とは離れ、高校デビューみたいな勢いで髪まで染めてしまった。

周りからはギャルと思われてるみたいだけど、あんなチャラチャラしただけのパリピと一緒にされるなんてごめんだ。

何もないありふれた日常、そんな日々を過ごせることがどれだけ幸せなことか。一年前の冬に起こった皆既月食や、埼玉の方で起こってた集団失踪事件の真相がどこかの教団が原因でその教祖が自首したりだなんてあったし。

うん、やっぱり平和が一番だね。

 

「ツバキー!食堂行こー!」

「いいよ〜、今日の日替わり何かな?」

「ふっふっふっ、今日はステーキ定食だよ!今朝食堂のおばちゃんの友達のおばちゃんに確認してきたから!」

「.....それって両方食堂のおばちゃんじゃないの?」

「あったりー!」

 

千梅はそう言いながら陽気に笑う。それから相変わらず呪術書を手に持った友人の松子とバイト戦士の三竹が合流し、ウチらは四人で食堂に向かった。

 

「松子、あんたの恋まだ成就しないの?私としてはそろそろ色々聞きたいんだけ、ど」

「.....まずは恋敵を呪い殺すことから、唐吉様の身の安全の確保が先」

「うっへぇ、相変わらずだねぇ!」

「ねぇ三竹、あんた今日はお金あるの?」

「もちのろんよ!昨日は学校休んでまで稼ぎに行ってたんだから!あ、ツバキ後で昨日のノート見せて」

「いいよー」

 

四人で座れる席を見つけて他愛もない女子トークをする。奥の方でまた神城のやつが女の子口説いてる、まずはその体型どうにかすることから始めた方がいいと思う。よくやるよ、本当に何回も。

松子は松子で髪の毛から藁人形まで取り出したし、全くあの馬鹿のどこがいいんだか。

 

「それで、今日の特ダネは何?千梅ちゃん情報局の局長さん」

「−−−その言葉待ってたぜ!」

 

とんこつラーメンをズルズルと吸っていた千梅が突如立ち上がる、いつものことだ。自称情報通の千梅はどこからか毎回役に立つのかわからない情報を仕入れてくる。

それをお昼の食事時に発表するのがウチら四人の中では気がつけば恒例行事となっていた。ちなみに千梅ちゃん情報局とは名ばかりでそんなものは存在しない。

 

「今日の特ダネは、こちら!」

 

またどこから取り出したのか、フリップボードが出現する。一体どういう原理なのだろうか、謎だ。

 

「何々?キリュー先生ついにBLに手を出す、ってこれ何?」

「普段はアクションや百合ジャンルを中心としてるイラストレーターにして漫画家のキリュー先生が、だよ!まさかのBL本を出したんだよ!凄くない、これ、天地がひっくり返るほどの特ダネだよ!!」

 

と、まぁ、いつもこんな感じでよくわからない情報をどこからか持ってくる。一体どこで役立てろと言うのだろうか。

ウチはとりあえずステーキ定食の味噌汁を啜りながら友人を半目で見る。

 

「あ、あとは、うちの生徒会長様がコスプレイヤーだって噂が」

 

本当に、いつどこで役に立てろと言うのだろうか。おかしくなったウチは思わず笑ってしまう。千梅は千梅で慌てふためいてる。何か感に触ったと勘違いされたのだろうか?

 

「.....とりあえず、ラーメン食べたら?伸びてる」

「ぬ?うぁ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

松子の指摘に千梅はさらに慌てふためいた。何だろう、元々落ち着きがないのにここまで取り乱すのにどうやって情報収集とかしてるんだろう?

尾行とかは絶対できなさそうだし、父親が探偵やってるってことにも信憑性がなくなってきたぞ。

気がつけば、三竹は親子丼5杯目に突入していた。

 

「にしても、毎日平和だね〜」

「.....毎日が戦争」

「あっはっは、松子もたまにはリラックスすれば?片想いの相手も明るい子がいいんじゃないかな?」

「.....三竹が言うなら、頑張ってみる」

「ま、待っててねツバキ!今から私がスキャンダル不可避の特ダネを作ってくるから!」

 

ふふふ、本当に、ウチはこの時間が大好きだ。この時間がとても愛おしい、いつまでも続いて欲しいと願うばかりである。

 

 

 

そう、このよくわからないウサギに道を塞がれるまではね。

何?魔法少女?ふざけてんの、あんたの存在が既にふざけてるっていうのに。

 

「.....あのー、無視はよくないよ?」

「うっさい。悪ふざけに付き合うほどウチは暇じゃないの」

「わ、私は本気だ!」

「どっちにしろ、よくわかんない勧誘に付き合うほどウチは暇じゃないし」

「こ、これだから人の話を聞かないゆとり世代は.....ッ!」

「偏見にも程があるだろ!!」

 

もう、マジなんなのこのウサギ!

大体、魔法少女ってあれでしょ!魔王とか呼ばれたり、最終的に使い魔が裏切ったり、魔法少女同士が無意味な殺し合いさせられたり、「まじかるー」とか言って死人がゾンビ化したり、ネットで「不幸だねー」とか言われて魔法の能力が与えられたり、ゲームのプレイヤーから選定されて実際になっちゃうけど最終的には誰も生きてないっていうあの胡散臭くて非日常の入り口一歩手前のキチガイ集団達!

 

「−−−それは、違うよ!」

「心読むな!」

「魔法少女は、清く正しく美しく、可愛くパンチラがあって皆の夢と希望の存在でなければならないんだッ!」

「何熱弁してんだ!?パンチラは不要だろ!」

「いや、必須要素だ!」

 

ダメだ、日本語が通じない。今まで会話ができてたのは奇跡だったのだろうか、頭までガンガンしてきた。ていうか、葉巻やめろ。副流煙の影響考えなさい!

人通りの少ない場所と時間だったから良かったものの、これがもっと街の中だったらウチまで変な目で見られてしまう。そうだ、こいつを千梅に献上しよう、珍しいものとか好きなあいつなら喜びそうだ。あー、でも三竹はいつも腹空かしてるし兄弟も多いから食糧として渡すのもアリか。いやいや、松子たしかウサギを生贄にする呪術の話をしてたような。そうだ、三等分しよう。

 

「そうだじゃない!何物騒なことを考えてるんだ、君は!?」

「チッ」

 

また心読まれたか。

 

「万が一、私が人間に見つかったら大変なことになりかねない!」

「ウチも人間だけど」

「とにかくだ!君には魔法少女としての素質がある!」

 

いや、そんな素質いらねーし!生きてても役に立たないし、数学くらい役に立たない!

 

「いや、数学は大切だよ」

「あ、そう」

「まぁ、事情もなしに済まないが私にも時間がない。だから、何も疑うことなくこれを受け取って変身してほしい!」

「嫌だ」

「知ってたよ!」

 

本当、なんなんだこのウサギは一体。わけがわからんぞ。

話は進まないし、ウチは帰れないし!

 

「とにかく、頼む!変身してください!お願いします、なんでもしますから!!」

「.....ここまで頭下げるやつはじめてだ」

 

ったく、しょうがないな。どうせハッタリだろ。変身なんて、そんなこと起こるわけないから。

 

「−−−貸せ、一回だけだぞ(ということにしておこう)」

「!か、感謝する!」

 

そうしてウチは明らかにオモチャの杖を受け取った。うん、トイザ◯スとかで売ってそうだ。

 

「その、赤いボタンを押してくれ」

 

ポチッとな。

ウチが赤いボタンを押した瞬間、オモチャが光り始めた。おぉ、中々演出に凝ってるなぁ。

そのまま光はウチを包み込み、今着てる制服を引き剥がす。ウサ耳のついたカチューシャが頭にセットされ髪はツインテール。やたら露出度のあるピンクを基調としたフリフリのドレスに純白のドロワーズ、しかも丸いウサギの尻尾付き、子供らしいブーツに白い手袋を身につけて、クルッと一回転って待て待て待てぇい!!

 

「ふぁ!?」

「うん、やっぱり君には素質があったみたいだね!」

 

ちょ、え、何これ!?超恥ずいんだけど、肩とか脚とか首元とかめっちゃスースーするし!

 

「な、何これ!?」

「変身だよ」

「おかしいよね!?」

 

夢でも見てるのか!?

 

「.....ていうか、こんな格好人に見られたら−−−」

「大丈夫!この近辺の人払は万全さ、通行止めの標識に工事中の看板をあちこちに立てるのは骨が折れたよ」

「そこは魔法じゃねぇのかよ!!」

 

いかん!魔法少女の存在を受け入れてしまってるウチがいる!

でも、こんな変身させれて疑えって言う方が無理か。実際目の当たりどころか体験させられたし。

 

「.....そろそろ着替えていい?」

「その前に、私と契約してほしい」

「契約ぅ?」

「私の名前は、時計ウサギ。ある事情があってパートナーを探していた」

 

それでウチ、か。ていうか時計ウサギ?

 

「時計ウサギって、あの?」

「あの時計ウサギだよ」

「え、でもあんた懐中時計持ってなくない?」

 

しかも、葉巻まで吸ってるし。

 

「あぁ、あれは私の亜種のアナログ時計ウサギだね。私はデジタル時計ウサギ」

「ホントだ、i Pad首から提げてる」

 

いまいち釈然としないけど、時計ウサギってもっとメルヘンな感じだったような気もする。

 

「私は、今の魔法少女の状況をよく思っていない」

 

聞いてもないのになんか語り始めたぞ、このウサギ。

 

「魔法少女と聞けば殺し合い、魔法少女と聞けば死亡フラグ、魔法少女と聞けば悲劇モノ。かつて子供達に夢と希望を与えてたあの魔法少女の像は今や変わり果ててしまった、私はそんな流れを変えたくて、そんな世の中を変えたくて、魔法の力を正しく使ってほしくて!」

「ウチが犠牲になったと」

「そういう言い方しない!!」

 

なんか怒られた、すまん。

時計ウサギは本気らしい。涙まで流して、御涙頂戴でも狙っているのだろうか?

 

「君の名前は?」

「ゴンザレス」

「うん、清々しい嘘をありがとう。改めて、君の名前は?」

「.....椿」

 

面倒ごとになりそうだから偽名使ったのに、やっぱもっとバレにくい名前にすればよかったかな。

でも、そんなすぐ思いつかないし、もう何より時計ウサギがめんどくさかった。

 

「ツバキ、君は私のパートナーだ。私は君の使い魔として生きる、だから改めてこの契約書に目を通した上でここに印鑑とサインを入れてくれ」

「随分と現代的だな」

「保険とかもきちんと適用されるから」

 

まぁ、もう変身しちゃったし。あとで保健所にでも連れて行って対応してもらおう。

 

「やめて!あそこの料理マズイんだよ!!」

「あ、行ったことあるんだ」

 

しかも料理出るのか、なんか意外。すぐに殺処分されるんじゃないんだ、残念。

 

「あのさ、印鑑家なんだけど」

「お供するよ。私も住み込みで使い魔するわけだし」

 

.....逃げれなかった。ていうかコイツ住むのか。人の話聞かないし自分勝手な奴。とりあえず、食費は増えるな。経費とかで落とせたらたんまり落としてやろう。

あとは、あの馬鹿のことを何とかする必要もあるな。

 

「ていうかさ、そろそろ変身解きたいんだけど」

「そこの黄色いボタンで元に戻れるよ」

「じゃあ、この青いボタンは?」

「特に何もない」

 

飾りかよ!

 

 

 

ウチの部屋には同居人がいる。従兄弟の唐吉という馬鹿だ。そう、松子が溺愛してるあの馬鹿である。

経緯は面倒だから省くけど、親戚だから仕方なく住まわせてやってるという形に近い。ウチの両親は長期出張でしばらく帰ってこないし、しばらくはあの馬鹿と二人っきりという状況だった。まぁ、厄介なのが増えたけど。

 

「で、そこに押して、そうそこ!その欄の中に」

「はいはい」

 

あまり法律詳しくないけど、これ訴えられるんじゃないかな?

強引な押し付け、しかも本人の意思を無視した契約だし。やろうと思えばできそうな気がしてきた、とりあえず保健所に連絡しよう。

 

「ツバキ、君はどうしてそう私に冷たいんだい?」

「食費が増えるから」

 

そう、どうやら食費は経費で落とすことができないらしい。時計ウサギの言葉を半信半疑の状態で契約書読み直したら本当にそう書いてあった、解せぬ。

とりあえずこいつはウチの部屋に置いておいたほうがいいな。あいつに見つかったら本気でめんどうなことになっちまうし。

 

「ツバキ、もう一度変身してくれないか?」

「やだよ、なんで?」

「本部に報告をするため写真が必要なんだ。後々めんどうなことになるからね」

 

.....こいつはどこの下っ端社員だよ。まぁ、でも、たしかに自分の姿を鏡で見たいってのはあるかな。

えっと、たしかこのオモチャの赤いボタンを押せばいいんだったね。オモチャから光が放たれる。ていうか、これこの状況であいつが来たら果てしなく恥ずかしい上にめんどうなことになるんじゃ−−−

 

「呼ばれた気がしたッス、ツバキ姉!おかえり!!」

 

−−−やはりこの馬鹿は期待を裏切らない、最悪だ

この頭悪そうなのがウチの従兄弟なんだから、しかも勝手に舎弟に成り下がってるせいで学校で変な目で見られるから本当にやめてほしい。

 

「ツバキ、姉...」

「いや、あの、なんというか」

 

うん、思ったよりこれは恥ずかしい。ていうか、どうやって言い訳しようかなぁ、本当に。

 

「その衣装最高ッス!その火照った肌、照れてる顔、若干涙目になってる両目、普段見られないツインテール、しかもウサ耳、極め付けにはどエロいその格好!!写真いいッスか、ていうか許可とかめんどうッス!!撮らせてもらうッス、ゴチになります!!」

「ちょ、馬鹿!どこ撮ってるの!?」

「いやー、このアングル最高ッス!今夜はこれで抜けるッス!最高のオカズッス!!」

 

パシャパシャ、パシャパシャ!とシャッター音が切れる切れる。ウチの堪忍袋も切れる切れる。

 

「い、い、加減に、しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ご褒美、あぁぁぁぁぁぁりがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッス!!」

 

思わず殴ってしまった、うん、後悔はしてない。むしろ清々しい。だってこんな嬉しそうな顔してぶっ倒れてるんだもん、ウチはむしろ称えられてもいい。ていうか、松子は一体こいつのどこに惹かれたのか理解できない。

 

「.....ツバキ、私も一枚撮らせてもらってもいいかな?」

 

−−−バキッ。

条件反射で時計ウサギのi Padを叩き割ったのは悪くない。うん、うちは決して悪くない。




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