夏休み突入、多くの学生はその開放感から浮かれ、街に溢れ出す。
そんな世の中を横目に、飛行機に乗り込むのは叢真。
アナハイムが用意した専用機に乗り、本日から海外周りの身となる。
「まさか専用機で移動する事になるなんてねー」
「ヒュー、シャンパンまでアるよォ」
用意されたジェット機の中、ふかふかの椅子と用意されたシャンパンに目を輝かす陽炎とクー。
「これから12時間程の長旅になる、ゆっくり寛いでくれたまえ」
アルベルトに促されながら、座席へと座る叢真。
先ずは本国であるアメリカのアナハイム本社工場へ赴き、アイオワと合流後に政府高官と会談。
その後は世界各国を順番に回って地球一周をして帰ってくる。
と言っても、特定国家はスルーする日程になっているが。
これに対して特定国家の政府が差別だと騒ぐが、大抵の国から「何言ってんだオメー」と言う白い目で見られた。
残当である。
「どうぞ、100%りんごジュースでございます」
「ありがとうございます…」
当然同行するガエルに注いで貰ったリンゴジュース(神通推薦)を口に含みながら、窓から外を眺める。
空港には3組生徒達が押し掛けて叢真を見送ろうとしているのだが、残念ながらプライベートジェットが発着する滑走路はターミナルからは見えない。
申し訳ない思いを残しつつ、飛行機は空へ。
「叢真、叢真、手に力入ってる」
「ぬ…む…」
陽炎の指摘に、無意識に手に力が入っていた事に気付いて手を解す叢真。
何気に人生初の飛行機である、無意識に緊張していたらしい。
ISで自由に空を飛べるのと、飛行機に乗るのではまた別の緊張感があるんだなと叢真は一人苦笑した。
途中、機内食の豪華さに戸惑い、企業代表なんだから当然の事だと笑うアルベルトに、一般人感覚が強い叢真と陽炎は苦笑。
慣れてるのかクーは平然とした顔で機内食を食べていた。
「叢真どうしよう、もうこれだけで代表候補生になった事に感謝してる私が居るんだけど」
「落ち着け、落ち着くんだ陽炎…」
そう言う叢真の方が落ち着きが無かった。
そんな二人を眺めながら、こちら方面も鍛えないとなぁと内心笑うアルベルト。
一行を乗せたプライベートジェットは一路ロサンゼルスへと着陸。
一度給油を済ませたらそのままアナハイムがあるカルフォルニアへと離陸。
空港には叢真の渡米を聞きつけた取材陣が網を張っていたのだが、当然アナハイム側はそれを余裕で察知して叢真を無駄に露出させる事無く移動させた。
無駄な露出はイコール襲撃の可能性を高める事に繋がる。
平和な日本では良いが、場所はアメリカである、テロ対策強化を行っているがどうしても網を抜けてくるのが居る。
実際、叢真の来訪に合わせて襲撃予告が出されている。
アメリカは女性主権団体の母体がある国だ、男性の希望の星である叢真を煙たがる存在は多い。
アルベルトとしては、一番の心配は叔母のマーサ・ビスト・カーバインである。
彼女がアナハイム本部の実質的支配者であり、社内でも絶大な影響力を持つ女傑でもある。
しかし彼女自身、男社会に強い増悪を抱いていた節があり、アルベルトの父であるカーディアス・ビストと何度も衝突していた。
そんな彼女が、叢真の代表就任や来訪に何も言ってこないと言う、逆に不気味な状態。
何か騒動が起きるのではと、アルベルトは一人心配を抱えていた。
カルフォルニアの空港で叢真はアメリカの大地へと降り立ち、照り付ける日差しに空を見上げる。
「本当に空が違って見えるんだな…」
「空気も何か違うよねー」
「ン―、懐カしい空気~」
深呼吸する陽炎とクーは、それぞれ違う感想を口にしていた。
「さぁ、アナハイム本社へと行こうか」
「はい」
用意されていたリムジンへと足を向ける叢真達。
アメリカ大統領のパレードの際に使われる車両と同じ物を用意したらしく、警備もエコーズが総動員されて物々しい。
空港の入り口ではこちらに直接来ると網を張っていた取材陣が居たが、車列はそれらを無視して移動開始。
「良いんですか?」
「アメリカのメディアにいちいち付き合っていたら日が暮れる、会見の時だけで良いんだよ」
日本のマスメディアとの決定的な違いは、取材に対する図々しさだと語るアルベルト。
外国のメディアは「もうこの辺で」と言っても取材を止めるなんて事はしない、どこまでも食い付いてくるのだ。
パパラッチという存在もそれに拍車をかけている。
現にカメラ片手にバイクで追いかけてくるのが居たりする。
「この通りだ。1から10まで相手にする必要はないよ」
「あ、あはは…」
アルベルトの言葉に苦笑しつつ、叢真はとりあえず向けられたカメラに手を振るのだった。
「ようこそアナハイム本社へ。ご苦労様、アルベルト」
「お、お、おばさんっ!?」
アナハイム本社へと到着し、リムジンから降りた叢真を出迎えた女性の姿に、アルベルトはビックリ仰天した。
危惧していた叔母のマーサ本人が、なんと叢真の出迎えに登場したのだから。
「初めまして、叢真・雨宮と申します」
「マーサ・ビスト・カーバインよ。小憎たらしいわね、こんな場面でも平然としてるなんて」
握手をしながらも皮肉げに笑うマーサ、自分の登場に表面上は平然としている叢真に少し残念そうだ。
「お、おばさん、何も自ら出迎えなくても…」
「良いのよ、ここは私の庭みたいなものですもの。こっちよ」
焦るアルベルトに平然と告げ、叢真達を誘うマーサ。
「アルベルトから聞いていて?私がどんな人間かを」
「アナハイムの実質的な経営者で、その…」
「そうよ、女性人権団体の幹部よ」
言い淀んだ叢真の言葉を、ズビっと言い放つマーサ。
あわあわと慌てるアルベルトと、警戒から力む陽炎とクー。
「と言っても、それも昔の話だけれどね」
エレベーターへ入るマーサと、その後を追う叢真。
静かに昇っていくエレベーターの外には、アナハイムの巨大な工場が見渡せる。
「ISなんて物が出てくる前は、そりゃぁもう必死になって男の社会と戦っていたわ。女としての魅力も武器にしたりしてね。でもそんな努力を嘲笑うかのように、ISは世界を変えてしまったわ」
「……」
「たったの、たったの467個のISで世界は変わってしまった。あれだけ憎かった男の社会が、500個に満たない数の道具に駆逐されてしまった」
マーサの独白を聞きながら、彼女の後を歩く叢真。
陽炎達は何かあったら直に叢真の盾に成れるようにと身体に力を入れているが、襲撃が起こる気配は無い。
「滑稽でしょう、長年積み重ねてきた現実が、たった一人の天才の手によって変わってしまうのだから。座りなさい」
「…失礼します」
辿り着いた社長室で、ソファに座るように勧めるマーサ。
秘書が既にお茶の準備をしており、ソファに座った叢真達の前にお茶を並べていく。
「呆気なさ過ぎてね、疲れてしまったのよ。あれだけ心血を注いで、成し遂げようとしてきた事をあっさりと達成されてしまってね」
自分達の無力さを思い知らされたと言っても良いわと、マーサは肩を竦める。
「そして絶望したわ、あれだけ憎かった男の社会と、今の女の社会、その差なんて性別が逆転した程度の物だった。いえ、下手をすれば男の社会より頭が悪いわ」
今の世界を取り巻く現状に、頭が痛いと政府にも顔が効くマーサは顔を顰める。
「だからもう止める事にしたの。私ももう年だしね、もう一度世界を変えるなんて理想に燃える事は出来なかったの」
そう言って、マーサは叢真の目を見据えた。
「貴方は、世界をどう変えたいのかしら。女しか使えなかったISを使える、たった二人の男の一人として」
「…俺…いえ、自分は」
マーサの言葉に、叢真は一度言葉を飲み込み、そして口を開いた。
「世界を変えられるなんて大層な事は考えてはいません。世界はそこに済む一人一人が集まって出来ている物だと思っています、ISが動かせても自分は世界の中の一人でしかありません」
「語るわね、まるで世界を全部見てきたような言葉を」
「えぇ、まだ自分の言葉に重みはありません、まだ世界を見きれていませんから。だからこれから世界を見たいと思っています、今回の海外訪問はその第一歩だと考えています。自分の行動で世界が変わるのだとしたら、胸を張って自分の行動の結果だと受け入れようと思います」
「そう…安心したわ。自分が世界を変えてやるなんて妄言を吐く子供だったら、理事会にかけあって代表から引きずり降ろしてやろうと思っていたもの」
「お、おばさん!?」
「安心しなさいアルベルト、私は手出ししないわ。代わりに手助けもしない。精々頑張りなさい、そして世界がどう変わるのか、動かしてごらんなさい」
貴方にはそれだけの力があるのだからと、マーサは語ってコーヒーを口にした。
ISによって現実を見せつけられた女傑は、ISによって再び変わる世界を眺める事にしたようだった。
マーサとの会談を終えた叢真達はその足でアナハイムの宿舎へと向かっていた。
「いやはや、どうなることかとヒヤヒヤしたよ。しかし意外だった、あの頑なな叔母が…」
「きっと、疲れてしまったんですよ…急転する世界に、抗おうとして」
会話した限り、マーサに悪意は一切感じられなかった。
あるのは、孫の頑張りを眺める初老の女性の優しさだけ。
「ISの犠牲者って意味では、あの人と俺は同じなんですね…」
人生を変えられてしまったという意味では、マーサもまた叢真と同じだった。
心血を注いだ活動をあっさりとISによって成し遂げられてしまい、変わった世界は男女が変わっただけの頭の悪い世界のまま。
そんな原因のISを扱って商売をしなければいけないという皮肉。
マーサ・ビスト・カーバインは、そんな世界に疲れてしまったのだろう。
時代の犠牲者、アナハイムの女傑の今を目の当たりにして、叢真はまた一つ世界を知った。
「Hiソーマ!待ってましたヨー!」
「っとと、アイオワ教官…!」
と、そこへ飛び込んできたのは、ISスーツ姿のアイオワだった。
「ン―、久しぶりネー!」
「むぐっ!?」
「ちょ、アイオワ教官、埋まってる埋まってる!叢真埋まってますから!」
喜びのあまり、叢真をその豊満な胸に抱き締めるアイオワ。
当然息が出来ない叢真、慌てた陽炎が引き剥がしにかかる。
「OH、sorryソーマ」
「い、いえ、大丈夫です…」
息苦しさとは別の理由で顔が赤い叢真、相変わらずこの手のスキンシップには慣れない様子。
「さぁ、荷物を置いたらtrainingヨ!」
「うぇ、いきなりですかぁ!?」
「チョット休憩しテからァ~」
ハリーハリーと急かすアイオワ、叢真達の来訪をよほど心待ちにしていたのだろう。
慌てる陽炎とクーだが、叢真は逆にふんすと気合を入れている。
「よろしくお願いします、アイオワ教官」
「ちょっと叢真ぁ~!」
「ストロングなンだカラァ~!」
叢真の言葉に瞳の星を輝かせるアイオワとは逆に泣きが入る陽炎とクー。
「やれやれ…」
危惧していた事の一つが無事に済んだアルベルトは、そんな騒がしい叢真達を眺めながら胸を撫で下ろすのだった。
綺麗なマーサ!綺麗なマーサじゃないか!(オイ