叢真対篠ノ之達5人の戦いは、彼女達にとって悪夢と言って良かった。
数の優位、性能の優位、どちらも持っていた筈なのに、始まってみればまた篠ノ之が最初に落とされた。
鮮やかな手並みだった、インコムで回避方向を塞ぎ、ビーム・キャノンで削り、ビームランチャーの連撃でエネルギー切れ。
これを、他の4人からの攻撃を往なしながら行ったのだから。
そして次に狙われたのはオルコット。
叢真はインコムと無線式ハンドで持ってオルコットを追い詰め、最後は飛ばした無線式ハンドでオルコットの頭を鷲掴みにしてハンドビームの一撃でエネルギー切れへ持ち込んだ。
この間も、叢真は生身の両手にビームライフルを持ってデュノア、ボーデヴィッヒの相手をしており、まるで隙が無い。
1対5の筈なのに、まるで意志を持っているかのように動き回る武装が、5対5の感覚にさせてくる。
オルコットに続いて落とされたのは凰、彼女はなんとかインコムを排除しようと有線を狙うが、それに対してインコム自体が反応しているような回避で逃げられる。
そして龍咆を使おうとしてその圧力をかけた空間に対してミサイルを打ち込まれ、誘爆。
爆発に煽られた所で、ビームライフルで撃ち抜かれた為、エネルギー切れ。
その後はジワリジワリとデュノアとボーデヴィッヒが削られていった。
縦横無尽に飛び回る無線式ハンドと、その腕が装備しているシールドのビームランチャー。
インコムに加えて本体である叢真。
AICも有効に扱えず、デュノアも自分が使う武装の倍の数がほぼ同時に襲ってくる攻撃に滅多打ちにされ、最後はメガランチャーの一撃で二人共に落ちた。
終わってみれば5人は全滅、叢真は無線式ハンドの右腕を破損、インコム中破、肩部ビームキャノン片方破損とミサイルの弾切れ程度で、小破扱いで終了だった。
彼女達は口々に言う、まるで武器の一つ一つが叢真の意志を持っているかのようだったと。
それは事実であった。
シルヴァ・バレトへと二次移行したドーベンウルフが発現させた単一仕様能力「火砲群魔」
装備した武器一つ一つに意識をリンクさせ連動させる事が可能となる単一仕様能力。
つまりは、ビームライフルやインコム、その一つ一つが叢真自身になり、文字通り手足となる。
元々、右手で射撃をしながら左手で斬り合いをし、足で牽制しながら頭は別の方を見ているなんて離れ業が可能だった叢真。
手足と頭で別々の事が出来るという稀有な才能と、ドーベンウルフの多目標同時攻撃というコンセプトが合わさった結果生まれた、叢真だけが扱えるシルヴァ・バレトだけの能力。
とは言え、勿論デメリットがない訳ではない。
「叢真、大丈夫…?」
「正直…辛い…」
ピットのベンチで横になり、陽炎に膝枕をされて目に濡れタオルを置いている叢真の姿。
明らかに憔悴していた。
「流石に単一仕様能力使っての1対5は無茶だって…ほら水分取れよ」
「んぐ……だがやらないと何時までも煩いからな…」
「こんだけコテンパンにされたんだからぐうの音も出ないだろ」
叢真にスポーツドリンクを飲ませながら、ケラケラと笑う長波。
1対5の勝負に勝利したは良いが、叢真は単一仕様能力の使いすぎで完全に憔悴、疲労していた。
火砲群魔は意識を武装とリンクさせる為、非常に精神力を使う。
おまけに頭への負担が半端ない為、使用後はこうして身動きが出来なくなってしまう。
織斑の零落白夜とは別の意味での諸刃の剣である。
今現在叢真は、疲労感と頭痛、酔い、倦怠感に苛まれていた。
「織斑も時雨がボッコボコにしたし、安心して寝てもいいわよ?」
「いや、少し休めば動ける…すまんな…」
「いいのいいの、役得だし~♪」
叢真の頭を撫でて嬉しそうな陽炎。
それを羨ましそうに見るのは、夕立とクー、そして時雨。
「陽炎、僕も頑張ったんだからご褒美があっても良いと思うんだ」
「うん、ご褒美に休憩してていいわよ?叢真の世話は私がしておくから」
「あはは、叢真をお世話し隊の僕にとってはそれはご褒美にならないかな」
ゴゴゴゴゴと威圧感を出す二人。
折角の叢真の膝枕チャンスを逃せるかという陽炎と、それは自分達お世話し隊の仕事だと譲らない時雨。
「そーちゃんそーちゃん、手貸して欲しいっぽい」
と言いながら寝ている叢真の手を勝手に取って自分の頭に乗せ、セルフ頭なでなでをする夕立。
「ソれナイスゥ~、ワタシも~」
それを真似するクー、右手は夕立が使っているので左手を頭に乗せ、さらに叢真の身体に擦り寄る。
「むっ、スリスリはずるいっぽい!」
「早イ者勝チィ~」
「お前ら叢真は疲れてんだから自重しろっ」
「「あたっ」」
ぽこっと二人の頭を叩いて叢真から引き剥がず長波。
流石は姐御枠である。
「アルベルトさんの言っていた前提はクリア出来た…後はこのまま…」
「そうね、これで終わりじゃないもんね」
騒がしい周りに苦笑しつつも、タオルを退けて天井を見上げる叢真。
そんな叢真の視界を自分の顔で遮って、笑みを浮かべる陽炎。
「陽炎、それ以上はダメだよ」
「し、しないわよっ」
ふくれっ面の時雨に指摘させて、つい顔を下に移動させようとしていた陽炎が赤くなって顔を上げる。
そんな陽炎の姿に叢真が苦笑し、皆が明るく笑う。
勝利を飾る、最高の美酒は、叢真にとっては仲間の笑顔だと、強く思える光景だった。
6対6での完全試合、そして1対5での勝利。
これによって叢真の印象と評価は一変した。
元々操縦者に恵まれなかった為に微妙な評価を受けていたドーベンウルフで勝利したのだ。
叢真のIS操縦者としての評価はうなぎ登りであり、その叢真と切磋琢磨する3組の評価も比例して上がっていく。
特にオルコットを完封したクーや、第四世代機の紅椿を下した陽炎の評価は高い。
まぁ、本人たちはあれは操縦者が弱いんだと苦笑していたが。
元々努力している姿がよく見られる叢真の評価は他学年でも高い。
2年3年でも有名な鬼の神通と言われる訓練の鬼である神通の指導を受け続けている事も一因である。
何せ企業代表になってからも変わらず、むしろ更に密度の高い訓練をしている姿がよく見られるからだ。
逆に織斑は、そう言った訓練をしている様子があまりない。
訓練らしい訓練は授業中と、放課後位で、それもIS関連だけ。
叢真の様に、肉体トレーニングや体力作り、座学講習などをしている様子が見受けられないのだ。
その為に、今ではすっかり織斑千冬の弟という看板しか評価されなくなっている。
今もキャーキャー言っているのは、熱心な織斑千冬のファンと、ミーハーな女子だけで、1組でも織斑君てちょっと…と言う面子が出てきている。
もうすぐ夏休み、長い休みの後に二人の評価がどうなっているか。
だが叢真は、もうそんな事を気にしている暇はなかった。
「ねーねー、叢真も一緒に里帰りしない?」
「いや、俺が行ってどうするんだ…」
白露の言葉に苦笑いを浮かべるしかない叢真。
言われた白露はえへへ~と笑いながらビシッとポーズを決める。
「勿論、両親に挨拶!」
「「「「「ちょっと待った!」」」」」
白露のその言葉に複数の生徒がちょっと待ったと叫ぶ。
「そんな羨ましい抜け駆け許さないわっ」
「そうです、叢真さんを両親に紹介だなんて……ぽっ」
「3組淑女協定違反だよ、白露」
「許されないっぽい!」
欲望ダダ漏れの夕雲、何を想像したのか赤くなる海風。
いつの間に出来たのか協定違反だと騒ぐ時雨と夕立。
「あー、何度も言うが、俺は夏休みは基本アナハイムに居ないとならんのだが…」
「えー、でも少しは遊べるんでしょ?遊びに来てよ~」
夏休みはアナハイムで研修と訓練と言う予定が詰まっている叢真だが、少し位は遊んで欲しいと我侭を言う白露。
「もしくは叢真っちが呼んでよー、簡単にはアナハイム研究所に入れないんだし招待してよ招待」
「分かった、分かったから抱き着くな…アルベルトさんに相談してみるから」
叢真の右手に抱き付いて、ふにょんと柔らかい装甲を押し付ける秋雲。
こういった色仕掛けに弱いと言うかはしたないと思う叢真は、止めさせる代わりにアルベルトに相談すると明言。
この言葉に、やったーと喜ぶ遊び隊とお世話し隊の面子。
つまりは、夏休みも叢真の傍に居たいからの我侭だった様で。
「これで夏休みもお世話出来るわねぇ~」
「里帰りもしないとだから、日程を決めてお世話係を決めましょうか」
「賛成~」
「まだ確定じゃないからな?相談するってだけだからな?聞いてるか、なぁ」
早速お世話し隊の面子が集まって、誰がどの日までお世話するか、どの日から交代するかなどをカレンダーを見ながら決め始める。
その様子を見て冷や汗を流す叢真だが、彼の言葉は誰も聞いちゃいない。
それだけ楽しみなのだろう、ひと夏のアバンチュールが。
「まぁ、諦めなって」
「心配しなくても俺達が守ってやるからさ」
「夜も安心してください」
長波が叢真の肩に腕を起きながら慰め、嵐が反対の肩を叩く。
そして夜に何が起きるのか、守ってみせると宣言する野分。
「……夏休み、来なければいいのに…」
叢真は、本来なら心待ちにしていた筈の夏休みが、中止になればいいのになんて思ってしまうのだった。
放課後の整備室、自身の機体のチェックをしている叢真の姿。
今日は珍しく誰も周りに居ない。
いや、先程まで明石達が居たのだが、資材倉庫に用があるといって3組生徒達を連れて行ってしまった。
残された叢真は、自分の仕事である日々の機体チェックを黙々とこなしていた。
「……あ…」
「…ん?」
すると、靴音と共に小さな声が聞こえ、叢真が顔をあげると一人の生徒が立っていた。
眼鏡をかけた気弱そうな少女だった。
叢真には覚えがあった、4組の代表候補生だと。
「……貴方は…」
「……」
何か言いたい事があるのかと、黙って少女の方を見る叢真。
話すのが苦手なのか、少女は少々どもりながらも口を開いた。
「貴方は……どうしてそんなに、強く…なれたんですか…」
「強く…か…」
少女の疑問、それに改めて考える。
「皆のお陰だな」
「…みんな…?」
「あぁ。俺は俺個人じゃ殆ど何も出来ない。ISの整備も操縦も、訓練だって俺一人じゃ何も出来なかった」
全部誰かの、仲間の助けがあったから出来た事だ。
そう言い切る叢真の視線は、どこまでも真っ直ぐだった。
「一人で…やらないとダメだって、思わなかったの…?」
「そりゃ、自分でやらないと駄目な事は自分でやるさ。でもな、俺一人じゃ出来ない事は多い」
そう言って、叢真は手にしていた部品を少女に見せた。
「俺の機体の駆動部のパーツだ。とても大切な部分だが、俺一人じゃ整備が出来ない」
複雑なパーツが噛み合っている部品な為、今の叢真でも見た目のチェックしか出来ない部品。
「自分に出来ない事を誰かに任せる、或いは頼るのは弱さか?」
「でも…自分で全部やれる人も…」
「居るかもしれない。だが全ての人がその人と同じになんて出来るわけがないし、そもそも本当にその人が全部一人でやったかも分からないじゃないか」
「で、でも…あの人は凄い人で…」
「その人を俺は知らないが、少なくとも全部を全部、一人でやるなんて不可能だろう」
代表の中に一人で機体を組み上げたという話も、基本を組み上げただけで全部作った訳ではないとアルベルトから聞いている。
「君が言うその人が、天才篠ノ之束なら一人ででも作れるだろうが、他の人の話ならそれは話が膨らんだだけさ」
「そう…なのかな…」
「さてな。それは本人に聞いてみるしか無い」
だが全部を一人でやったとなれば、それは相当な苦労と労力が必要になる。
その様子が一切見えないなら、その話は尾ひれが付いた話だろうなと叢真は締め括った。
「全部が自分じゃなくても……強くなれる…」
「何から何まで完璧な人間なんて居やしない。あの天才でも欠点があるそうじゃないか」
アルベルト曰く、篠ノ之束は性格に致命的な欠陥を抱えているらしい。
それを考えると、少女が言う人物も何かしらの欠点あるいは弱点があるのは明白。
「少なくとも、俺は自分だけの力で強く成れたなんて思っちゃいない。そもそも俺より強い人は学園を含めてまだまだ沢山居るしな」
2年の神通達とはいい勝負が出来るが、単一仕様能力無しでは勝てない。
「だからこそ、皆と努力して強くなるしかない…応援してくれる皆の為に。皆には感謝してるよ、俺みたいな奴の為に良くしてくれる、最高の仲間だ」
そう言って照れ臭そうに、仏頂面に笑みを浮かべる叢真を見て、少女は目を見開いた。
「やっぱり……ヒーローだ…」
「ん?何か言ったか」
少女が呟いた言葉が小さくて聞き取れない叢真が問い掛けると、少女は首を振って、そのまま立ち去ってしまった。
「確か4組の更識さんだったか…何が言いたかったんだろうか」
良く分からない会話だったが、彼女の疑問が解けたなら良いかと機体チェックに戻る叢真。
その場を離れた少女…更識 簪は、高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
最初に彼を見たのは整備室で。
3組の生徒達と一緒にジェガンを弄っている所だった。
自分と同じ様に機体を用意しないとなのに、他人に頼る彼を見て、勝手に失望していた。
クラス代表決定戦での顛末も、惜しいとは思うが仕方ない結果だと思っていた。
だがその後の彼の活躍は、彼女が好きなアニメのヒーローそのものだった。
人知れず誰かを助け、傷つくヒーロー。
そしてタッグマッチでは仲間に裏切られ、それでも必死に戦うヒーロー。
倒れる時は前のめり、そんな姿勢まで彼女が愛するヒーローそのものな姿だった。
そして悪の組織(IS委員会)の魔の手にかかりそうになるも、仲間の力でパワーアップして帰還。
憎き織斑(ライバル)を倒し、その強さを見せつけてくれた。
そんな彼の信念は、誰かの為に強くなる、仲間と一緒に強くなるという正にヒーローの信念。
彼女の胸は高鳴る、姉へのコンプレックスも、そんな事はないと否定してくれた。
叢真にその気は無かったが、機体を一人で完成させたと言われる姉へのコンプレックスを、そんな人は居ないと否定してくれた。
正に彼は、彼女にとってのヒーローとなった瞬間だった。
彼女は思う、あぁ、どうして彼に協力しなかったのか。
同じ対織斑という目標があるのだ、協力も出来たし仲良くもなれたのに。
彼女は深く後悔していた。
少しだけ、少しだけチャンスがあれば、違った未来があったのに。
あの、輝いて見えるヒーローと仲間達の中に入れたのにと。
少女の、更識 簪の後悔と叢真への羨望は、止まる事が無かった。
ワンオフアビリティーの名前ダサい…?ダサくない…?