校外実習を終え、休みを挟んだ月曜日。
二次移行を果たした白式を腕に、織斑は今日も元気を出そうと意気込んで教室に入った。
「おはよー織斑君!」
「一夏くんおはよー」
「おはよう皆」
既に教室に居たクラスメイトに挨拶し、自分の席に座る織斑。
叢真が連れ去られてからは、一様に沈んでいた1組生徒達。
その雰囲気も、織斑達を中心に、少しずつ元気を取り戻し、今回の校外実習で大分回復したように見える。
他愛ない会話、織斑の白式が二次移行した事は既に周知の事実であり、その事を聞いてくる生徒も多い。
そんな会話をしながらやがて織斑の周りに篠ノ之や凰、オルコットにデュノア、ボーデヴィッヒが集まり、いつもの面子で会話が始まる。
朝のHRまでの団欒の一時。
「邪魔するぜ」
そこへ、3組の生徒…嵐、野分、舞風に萩風の4人組が入ってきた。
「3組の…何か用か?」
一瞬表情が曇る織斑だが、直に真面目な顔を浮かべて対応する。
3組生徒の気持ちを刺激しない為の、織斑なりに考えた対処法だった。
時雨に殴られた事で、その辺りの経験になったらしい。
「あぁ、アンタに用はないぜ」
だが嵐は織斑の言葉をさらっと流すと、そのまま空いている席…叢真の座席へと向かう。
「PCに残ったデータって吸い出せるのか?」
「テキストや個人データならパスを聞いてあるから平気だよ」
「そーちゃん真面目だからねー、残ってるの授業で必須な教科書と使い終わったノートだけだよ」
萩風が持ってきたモバイルPCからケーブルを伸ばし机に内蔵された個人用PCに接続し、データの吸い出しを始める。
それと同時に、机の中に残された、使い込まれた教科書やノートを取り出す舞風。
「お、おい、何してるんだよ!そこは叢真の…!」
「そうです、叢真の席です。見ての通り、叢真の個人PCのデータと教科書を回収してるんです」
織斑の言葉に、それがどうしたとばかりに答える野分。
「お待ちなさい、そんな勝手な事を…!」
「勝手じゃねぇよ、ちゃんと教師の許可も取ってる。そもそもPCのデータも教科書も残ってても仕方ないだろ」
オルコットが止めようとするが、嵐が立ち塞がって足止めする。
「いやでも、だからってなんで3組が回収するんだよ…!」
叢真は1組の生徒だったんだぞ、その言葉に白い視線を向ける4人。
4人の冷たい視線に思わずたじろぐ織斑達。
「叢真に何もしてあげないで、良くクラスメイト面が出来ますね」
「叢真がどうなったか、同じクラスなのに当日まで知らなかった奴のセリフかよ」
野分と嵐の指摘に、言葉に詰まる織斑達。
「で、でも、それでも叢真は俺達1組の…!」
「異物扱いだったさ」
ざわりと、教室中がざわめいた。
そして織斑は絶句した。
響いたその声に、その男性の声に、覚えがあるから。
「俺にとってこのクラスは、居心地の悪い鳥籠だった…当然だ、ここは織斑一夏(お前)と織斑千冬(お前の姉)の為の鳥籠なんだからな」
「そ…叢真!?」
そこに居たのは、IS学園の制服を着た、雨宮叢真だった。
「な、何故…」
「研究所に送られたんじゃ…?」
オルコットと凰の言葉に、仏頂面に苦笑を浮かべる叢真。
彼女達代表候補生が、国から出された学園に必要なのはどちらかと言う質問に織斑を選んだ事は知っている。
だが別に彼女達に思う所はない、決めたのはIS委員会の理事達だ。
もう退職が決まっている、元理事だが。
叢真は質問には答えず、教室のモニターをONにする。
そしてチャンネルを合わせると、そこには速報というニュースコーナー。
見出しには、二番目の男子、アナハイムの企業代表就任!と大きく報じられていた。
画面には、アルベルト達と共に記者の質問に答えるIS学園の制服姿の叢真の姿。
その横には、同じく制服姿の陽炎とクーも並んでいる。
「え…なんで叢真がテレビに…え…」
目の前に居るのに記者会見をしている叢真を、交互に見て混乱する織斑。
「落ち着け嫁、録画だ。全世界一斉放送の為の録画放送だこれは」
流石に一応は軍人であるボーデヴィッヒ、放送されているのが生放送ではなく、全世界同時配信の為に録画された映像だと看破する。
日曜日に記者たちを集め、今日の一斉放送のために録画した映像。
「アナハイム…え、企業代表ってなんだよ…えぇ…?」
混乱する織斑と、1組生徒達。
「雨宮さんが企業代表に…?」
「企業代表…新しく設立された企業側の代表操縦者…」
オルコットやデュノアは概要は知っているのか唖然としている。
「改めて自己紹介しよう。アナハイム企業代表操縦者、雨宮 叢真だ」
チャリと音を立てるのは、胸から下げられたドッグタグ。
紛れもなく、彼がIS操縦者であるという証。
「ど、どうなってるんだよ叢真!研究所に送られたって聞いてたのに、急に企業代表とかわけ分からないのになって…」
「そのままの意味だ。研究所行きを回避する為に、俺はアナハイムの代表操縦者になった。ただそれだけだ」
いまだ混乱と言うか事態を飲み込めない織斑に冷たく言い放ち、踵を返す叢真。
「萩風、終わったか?」
「うん、全部移し終わったよ」
「そーちゃん真面目だねぇ、教科書殆ど無いじゃん」
「部屋でも勉強で使ってたからな」
なお織斑は殆ど机の中に入れっぱなしである。
「邪魔をしたな」
「お、おい!どこ行くんだよ叢真!お前、学園に復帰出来たんだろ!?ならクラスは…!」
「俺のクラスは」
織斑の呼び掛けに、足を止めて短く答える叢真。
「俺のクラスは、もう1組じゃない。3組が俺の居場所だ」
冷たく言い切り、歩きだす叢真と、後に続く嵐達。
「あまみー…」
「世話になったな、布仏さん」
クラスで唯一、山田先生と同じ位自分を気にかけてくれていた生徒に声を掛け、教室を出て行く叢真達。
残されたのは、唖然としている1組生徒と、混乱し続ける織斑達だけだった。
学園の話題は、今朝から流れている二人目の男子の企業代表就任、そしてその裏で企まれていた元IS委員会理事達の暗い計画。
その2つで学園中が持ち切りだった。
企業代表となり、3組へと転入という扱いになった叢真。
織斑も、オルコットやデュノア、ボーデヴィッヒが集めて来た情報を纏め、順序立てて説明されてやっと理解した。
流石代表候補生を知らなかった男性操縦者である。
「つまり叢真は、国家代表とかと同じ立場になったって事か…?」
「ある意味、国家代表より大変な立場だよ。所属する企業が出資・進出してる地域や国の代表操縦者でもあるんだから」
デュノアの言葉に、信じられないという表情を浮かべている織斑。
織斑にとって、叢真はタッグマッチで手強かった相手という認識のままだからだ。
それなのに代表、オルコット達より上の立場になった事が信じられないのだろう。
「おまけに3組代表ともう一人も企業代表候補生に。専用機持ちが一気に増える事になるな」
自身も姉にねだって専用機を手に入れた篠ノ之が待機状態のISを触りながら呟く。
陽炎の代表候補生就任や、クーの事も既に知られていた。
「噂だけど、他にもテストパイロットとしてアナハイムから貸与された機体があるらしいよ」
デュノアの言葉に、ライバルが増えたと警戒する代表候補生達。
「なぁ、専用機持ちとテストパイロットって何か違うのか?」
どっちもISを持ってるって事だろ?と脳天気な織斑に、苦笑を浮かべる面々。
「あのね一夏、テストパイロットってのは機体のテストや試験を任される操縦者で、大体が企業に所属してるの」
「そこに国も人種も無く、純粋に技量を認められてテストを行うのがテストパイロットですわ」
つまり技量を認められれば、例え他国の人間だろうが大人だろうが子供だろうが選ばれるのがテストパイロット。
まぁ大体が経験豊富な元代表やテスト専属操縦者が行うのだが。
なおテストが終わればISは返却され、データも初期化される。
あくまで、機体テストをする為だけに貸与されているのだから。
「折角慣れても初期化しちまうのか?」
「いえ、中にはそのまま専用機として運用する場合もありますわ」
とは言え、大抵の場合は返却されてしまう。
だが問題はそこではない。
学生の身分でありながら、テストを任される程の技量持ちが、3組に居たと言う事実の方が重要だ。
だが、気づいているのは代表候補生の3人だけで、織斑と篠ノ之は気づいていない。
いや、篠ノ之はISを手に入れてまだ浮かれているのだろう。
「ちょっと一夏!大変よ!」
そこへ、凰が大慌てで1組へ飛び込んでくる。
「どうしたんだよ鈴」
「どうしたじゃないわよっ、なんか私達専用機持ちと3組専用機持ちとで模擬戦闘するって!」
「私達って…俺と箒とセシリア、シャルにラウラに…」
「あと私!んで3組も6人の6対6のチーム対戦だって話よ!」
担任に言われたらしく、大慌ててでやってきたらしい凰。
名目上としては、3組の専用機や二次移行した白式、天災謹製の紅椿などのデータを取るという物。
だが、3組との6対6という時点で、これが3組からの挑戦であることを、織斑を除いた全員が感じていた。
「席に着け、授業を始めるぞ。凰は自分のクラスで詳しい話を聞け」
「は、はぁい…」
そこへ織斑千冬がやってきて、凰をクラスに戻らせる。
そして授業を始める前に、先程凰が言っていた専用機対抗戦の話を始める。
「つまり俺達プラス鈴の6人と、3組の6人のチーム戦って事か…」
「そうだ、試合は第一アリーナで行われる。全員、それまでに準備をしておけよ」
必要事項と質疑応答を終え、授業に入る1組。
織斑は、なんで突然3組とのチーム戦なんかを…と、今回のチーム対抗戦の意味を理解していなかった。
「すまなかった!」
「………」
昼休み、3組の廊下の前で頭を下げて謝罪するのはボーデヴィッヒ。
その謝罪を向けられているのは、3組生徒となった叢真。
「あの時の私は、お前の言う通り子供だった…教官を取られたと我侭を振り撒く子供だった」
ボーデヴィッヒの謝罪の言葉に、耳を傾ける叢真。
憑き物が落ちた様に冷静になったのだろう、ボーデヴィッヒはあの時言われた指摘を図星だったと認め、その上での馬鹿な暴走だったと謝罪してきた。
「許して貰おうとは思っていない、ただ、ただ我が国全体がお前を被検体にしたいと思っている訳ではないし、その命令を私が受けた訳でもない事だけは分かって欲しい…!」
頭を下げたまま懇願するようにボーデヴィッヒが伝える言葉。
これに起因するのは、記者会見で叢真に向けられた質問が原因だろう。
『雨宮選手を被検体にしようと推進したIS委員会理事と理事の所属する国に対してどう思いますか?』
質問したのはイタリアの記者だったか、恐らくフランスやイギリスへの口撃材料が欲しかったのだろう。
その質問に、叢真は出来る限り笑みを浮かべて答えた。
『文化的に観光などが出来ればと思っていた国が多いだけに、非常に残念ですが…仕方ないです』
明言は避けているが、事実上の拒絶宣言だった。
おまけにアルベルトが『それらの国は、代表候補生がもう一人の男子と仲が良いので気にして居ないでしょう』と皮肉げに答えた。
これにより、推進していたIS委員会理事や役員を引きずり降ろした該当国は焦った。
どっち付かずでフラフラフラフラしている織斑を自分達が選んだと世界的に披露されてしまったのだから。
幾つかの国は「やはり織斑千冬の弟なのだから~」と織斑を選び、幾つかの国が「アナハイムが推すのだから雨宮に~」と鞍替えしようとしていた。
だが研究所送りを推進していた国は、この質問と答えで事実上の断絶宣言。
手遅れだと諦める国、今からでも謝罪して許して貰おうという国、自分達の選択は間違っていないと開き直る国などに分かれた。
そしてボーデヴィッヒのドイツは、自国の代表候補生の暴走ではあるが引け目がある。
それだけでもせめて謝罪しておこうという命令と、自発的な謝罪が合わさったのだろう。
「お前自身の謝罪は受け取ろう…だが国に関しては何も言えん、今後の態度次第だとだけ答えておく」
「そうか…いや、私に何か言う権利はない、謝罪を受け入れて貰って感謝する」
叢真の言葉に、自国愛があるのか寂しげに呟いてから、もう一度頭を下げるボーデヴィッヒ。
そして踵を返して自分のクラスへ戻っていく。
「許していいのー、あんだけ酷い事されたのに」
「そーそー、もっと言いたい事言っても許されるんだよー?」
にゅっにゅっと、叢真の両肩に現れる頭が2つ。
右肩には陽炎、左肩には白露で、背中にしがみつきながら頬をスリスリとほっぺたサンドをしてくる。
それをはしたないから止めなさいとチョップして止めさせる叢真。
白露は前からこういった甘える好意が多かったが、あの夜以来陽炎も多くなった、他の子達に対抗しての行動なのだろう。
「話した通り、あれは子供の駄々だ。自分の獲物が取られたと癇癪を起こした子供のな…」
それをいくら責めても身に為らないと、叢真は踵を返して教室へ戻る。
お昼なのだが、夕雲達が気合を入れたお弁当を作ってきたので教室で、晴れて3組の生徒になったパーティーも兼ねて教室で食べる事になった。
当然3組生徒だけではなく。
「おかえりなさい、叢真さん」
「そーちゃぁぁぁんっ」
「おっかえりー、無事で良かったよ」
神通達2年生。
「アナハイムからの連絡で知ってたけど、心配したんですよー」
「保護が無事行われて良かったです」
そして明石と大淀。
「ほら長門、急いで」
「お、おい、押すな陸奥…」
そして担任と副担任である長門教諭と陸奥教諭。
叢真の関係者が勢揃いしての、叢真帰還&3組編入おめでとうパーティーである。
「素敵なパーティーにしましょ!」
と言う夕立の言葉に苦笑し、嵐達が買ってきてくれた飲み物を手にする叢真。
全員が飲み物を持ち、叢真の言葉を待つ。
「先ずは、改めてただいま。…やっと、自分の本当の居場所に辿り着けた気がする。今後も色々と迷惑をかけると思う、なのでその…よろしく頼む」
気恥ずかしさから頬を掻きつつ、飲み物を掲げると、那珂ちゃんのかんぱーい☆の言葉に唱和する乾杯の言葉。
そして夕雲や海風達が朝から手作りしたお弁当に舌鼓を打ちながら、入れ替わり立ち替わりで叢真と喋ろうとする少女達。
「お前達、もう雨宮は3組なんだ、焦る事はないだろう」
長門教諭の苦笑の言葉に、それもそうかと一度は波が引くが、それでも話したいのだろう少女達が纏わり付く。
その様子をやれやれと苦笑し、叢真に視線を向ける長門教諭。
「アルベルト氏からの要望通り、6対6のチーム対抗戦となった。自信はあるな?」
あるか、ではなくあるな、と聞く長門教諭。
それに対して、確り頷いて答える叢真。
「もう皆に惨めな姿を見せられません…俺は、俺が持つ全力で、戦い抜きます」
「そうか…その言葉が聞けたなら十分だ。……もう少し格好が決まっていれば最高だったんだがな…」
長門の苦笑の理由は、背中に長波と江風が抱きつき、左右の夕雲と海風により料理をあ~んされ、足元には夕立とクーが足に抱き付いている。
正にハーレムの王様状態である、本人が望んでこの状態になっている訳ではないのがポイントだ。
「お前達…頼む、せめて抱き着くのは勘弁してくれ…」
「えー、いいだろ別にー」
「そうそう、いいじゃん別にー」
悪戯っ子な笑みを浮かべる長波と、楽しそうな江風が更に抱き付いて肉体を接触させてくる。
背中に感じるふにょんとした感触と、耳に当たる甘い吐息に、叢真は即チョップ。
その軽いチョップをされるのが楽しいのか、二人は額を押えてケラケラ笑っている。
どうやら叢真の意識バロメーターになっているらしく、チョップされる=意識していると言う事になるので、自分がどれだけ意識されているか判断するのに使われている模様。
なおチョップされ率が高いのは夕雲・浦風・長波・白露・クーがトップ5である。
「お前達、嬉しいのは分かるがせめて教師の前では控えろ。不純異性交遊は許さんぞ」
「そんな、不純なんかじゃありませんっ」
「どう見ても不純だろう!胸元を閉じろ夕雲!」
先程から叢真にあ~んをしている夕雲の、胸元は大きく開いていた。
叢真はそちらを見ないようにするのに必死だった。
3組に所属出来て良かった事は良かったが、男として落ち着かないなとほんの少しだけ後悔する叢真であった。
ほのぼのメインの艦これ物でも書こうかな…(リハビリ感