IS~Under Dog~   作:アセルヤバイジャン

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VTシステムはしまっちゃおうね(地の文に


第十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れのアリーナの医務室、制服に着替えながら一人俯く叢真。

 

学年別トーナメントは、叢真が墜ちた後にボーデヴィッヒが追い込まれ、レーゲンが暴走し、結果中止となった。

 

VTシステムという研究すら禁止されているシステムがレーゲンに組み込まれていたらしく、叢真が気絶した後に、元々叢真との戦いで損傷していたボーデヴィッヒは2対1で追い込まれ、システムが暴走。

 

織斑千冬を象ったVTシステムは、デュノアからエネルギー供給を受けた織斑の手で倒された。

 

ここまでの騒ぎとなるとトーナメント続行はできなくなり、残りの生徒はデータ測定目的の試合を行っただけで終了となり、優勝云々の話は消えた。

 

だが、叢真とボーデヴィッヒの敗退という記録は残った。

 

残ってしまった。

 

レーゲンが暴走する前に、負けてしまったから。

 

しかも、叢真の研究所行きを推進するIS委員会の役員が見ている前で。

 

故に、もう、叢真に残された道は残っていなかった。

 

先程まで室内に居た織斑千冬は、珍しく言い淀んでいた。

 

そして、力に成れずにすまないと一言謝罪した。

 

ボーデヴィッヒが明確に叢真を攻撃した辺りで試合を止めようとしたが、IS委員会からの圧力で出来なかった事。

 

無効試合に出来なかった事。

 

なんの慰めにもならない言葉だった、全ては遅すぎた。

 

叢真は無言だった、もう織斑千冬の姿すら視界に入っていなかった。

 

今更何をどうしようと、自分が研究所行きになる事は決まってしまったのだから。

 

着替え終わり、ふと右手を胸元へ持っていく。

 

そこには、自分の愛機に決まった時から身につけていたドッグタグは…ジェガンは無かった。

 

ダメージレベルがCを超えた為、整備室送りになってしまった。

 

「……もう…何も無いんだな…」

 

勝利も無く、未来もなく、苦楽を共にした相棒も無い…。

 

叢真の瞳から、光が失われた瞬間だった。

 

「雨宮…」

 

「………」

 

医務室からの帰り道、通路に立っていたのは長門教諭だった。

 

その表情には心配の色が浮かんでいる。

 

「雨宮、その…見事だったぞ。試合結果は負けかもしれないが、内容はお前の敢闘だった。皆お前が凄いと褒めていたぞ」

 

長門教諭の、精一杯の慰めだった。

 

陸奥教諭みたいに慣れていないのだろう、だがそれでも何か言葉を掛けたくて、必死に言葉を探す。

 

事実、本日一番の操縦を見せたのは叢真である、3対1で10分近く持ち堪え、相手に有効打を何度も与えているのだから。

 

「神通達も訓練が生きていたと褒めていたぞ。胸を張れ、次はあんな事態にはならないように教員側でも注意する」

 

ボーデヴィッヒの裏切りが無ければ勝ったのはお前だったと褒めて、肩を優しく叩く長門教諭。

 

その言葉に一切の嘘はなく、叢真を元気づけようとしている感情だけは今の叢真にも伝わってきた。

 

「そうだ、早速来週から私が放課後指導してやろう、郊外実習までにもっと実力を上げて周りを驚かせてやろうじゃないか!」

 

だが私の指導は厳しいぞと笑う長門教諭に、叢真も少しだけ笑みを浮かべる。

 

「その時は……お願いします…」

 

「あぁ、この長門に任せておけ!」

 

叢真の言葉に嬉しそうに胸を張る長門教諭、そんな彼女の笑顔が眩しくて、叢真は疲れているので…と一言残してその場を立ち去った。

 

ゆっくり休むのだぞーという温かい声に、流れる涙を隠しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝訓練に、叢真の姿は無かった。

 

一日休むと取り戻すのに3日掛かるからと数人が呼びに行こうとするが、神通が「今日くらいは休ませてあげましょう」とそれを止めた。

 

朝食の時間になっても現れないのを不思議に思いながら、学園に向かう3組生徒。

 

部屋に向かおうとしたが、寮長である織斑千冬に見つかって朝から男子の部屋に行こうとするなと叱られてしまった。

 

そしてホームルームの時間、教師達が中々来ないのを不思議に思っていてもそこはIS学園生徒。

 

ちゃんと教室で静かに待っていた。

 

一人の生徒を除いて。

 

「あ~もう、叢真っちの応援絵書いてて寝坊するなんて~!」

 

その生徒の名前は秋雲、趣味の絵で叢真を元気づけようと、スタークジェガンを纏った叢真の絵を書いていて寝坊したらしい。

 

遅刻をした生徒は職員室に立ち寄って遅刻届けを出す決まりがある。

 

その為に職員室へ立ち寄ろうとした時、職員室からガラガラと椅子が倒れたような音が響いた。

 

「な、なんだろ…?」

 

訝しみながらも様子を伺う為に少しだけ職員室の扉を開ける。

 

『ふざけるなっ!貴様はそれで…それで彼を研究所に渡したと言うのか!!』

 

「……は?」

 

響いたのは自らの担任である長門教諭の声。

 

その内容に、一瞬ポカンとなる秋雲。

 

『落ち着いて長門先生っ!』

 

『落ち着ける訳がないだろう!?あの子を…雨宮を研究所へ行かせたなんて…そんな事許せるわけがない!』

 

「――――え」

 

今、長門教諭は何と言ったのか。

 

雨宮を、あの真面目で不器用で仏頂面で、でも時々堅物可愛いくて優しいあの雨宮叢真を。

 

“研究所に渡した”?

 

それはつまり。

 

「……え、叢真っちを……実験台に…?」

 

二人しか居ない貴重な男性操縦者だ。

 

前々から、どこぞの研究所が解剖したいとか公言してるとネットニュースにもなっていた。

 

だから直に想像出来た、研究所へ渡すと言うことは、人体実験の被検体にされるという事だと。

 

『だがIS委員会からの正式な通達だ…戦績が奮わない方の生徒を、IS研究に専念させる為に直属の研究所へ入れるというな…』

 

『それを受け入れたと言うのか、織斑千冬!貴様、貴様ほどの力がありながら…それを受け入れたのか!?弟の為に雨宮を売ったのかっ!?』

 

『私とてただの人間だっ!出来る事と出来ない事が他人より少ないだけに過ぎん!私にだって…出来ない事もある…』

 

長門教諭と言い争っているのは織斑千冬だった。

 

朝の朝礼で雨宮叢真が研究所へ送られる事になったと通達され、長門教諭が織斑千冬に詰め寄ったのだ。

 

『だが出来る事は多かった筈だ!こんな、彼一人に重荷を背負わせるような真似以外で、何かあった筈だろう!』

 

『出来る事はやった、だが結果として彼が選ばれてしまった。私が進んで彼を差し出した訳ではない…』

 

『だが守ろうともしてないだろう!守る気があるなら、貴様一人で全て抱え込まずに、我々に相談するなり、世論に訴えるなり出来た筈だ!違うか!?』

 

『長門、落ち着いて!』

 

織斑千冬に殴り掛かる寸前の長門教諭を、必死に止める陸奥教諭と山田教諭。

 

『私は…私は彼に、あの子に、指導すると…校外実習までに一緒に訓練して…もっと強くなろうと…そう言ってしまった…!』

 

『…………』

 

『もうあの子には、そんな時間、そんな機会なんて無いのに…もう学園に居られないのに……もう居ないのに!私は…私は…っ!』

 

『長門……』

 

「…うそ…叢真っち……」

 

もう居ない、その長門教諭の言葉にパサリと、愛用のスケッチブックが廊下に落ちる。

 

そして、フラフラとしながらも歩きだす秋雲、やがて歩きは早足になり、そして走り出す。

 

自分の教室を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生達遅いねー」

 

「もしかして、昨日の叢真の試合を再審判してるとか?」

 

「ありえる、アレはないよアレは」

 

「普通ならボーデヴィッヒが裏切った時点で止めるべきだもんねぇ」

 

3組教室での話題は、SHRが遅れている事と、昨日の叢真の試合の事。

 

誰もがあの試合には文句があった。

 

裏切ったボーデヴィッヒの行動、さらに機体が暴走してトーナメントの中止。

 

疑うべき場所はいくらでもあった。

 

「ひょっとしてさ、ボーデヴィッヒの奴は最初から叢真を裏切る気で組んだんじゃないの?」

 

「どういうことよ?」

 

長波の言葉に、首を傾げる陽炎。

 

「だってアイツ、織斑先生の教え子なんだろ?織斑を勝たせる為に、もし対戦することになったら裏切って織斑に勝ち星をやれって命令されたとか」

 

それは長波が思いついたただの想像だった。

 

だが裏付ける理由が存在していた。

 

ボーデヴィッヒが凰とオルコットを模擬戦で叩きのめしたのは、トーナメントの有力選手を減らすため。

 

4組代表は機体が完成していないので不参加、となれば残りの専用機持ちは4人。

 

デュノアは織斑と組ませ、残りの不安材料である叢真をボーデヴィッヒと組ませて謀殺のように倒す。

 

そうすれば、織斑に勝ち星を与え、かつ叢真に負け星を与える事になる。

 

「なにそれ、つまり織斑先生がそんな事を企んだっての?」

 

「もしくは織斑一夏か周りの奴かも。ボーデヴィッヒが単独で企んだ可能性もあるけどさ」

 

織斑と仲悪かったのも演技かもしれない、怪しいもんだと肩を竦める長波。

 

全ては推測だが、裏付けになる理由がある為に妙な信憑性があった。

 

「もう、変な事言ってないで、叢真を元気づける事考えてよ」

 

「素敵なパーティーしましょ!」

 

その横で、叢真を元気づけ隊と名乗る子達が、どんな風に叢真を元気づけようかと話し合っていた。

 

隊長である時雨の言葉に、兎に角パーティーをしようと提案する夕立。

 

先のない話をするよりそっちの方が良いかと、陽炎達もその話に加わる。

 

そんな様子を教室の後ろから眺めている銀髪の生徒…クーが、スマホを片手に何かを見ていた。

 

そして送られてきたメールを見て、ニヤリと笑みを深くした。

 

「ヘェ…もう行クンだぁ…」

 

「…?セインさん何か言った?」

 

近くの席だった海風が問いかけるが、クーはクスクス笑うだけで答える事はなかった。

 

不思議な子だなぁと思いながら海風も叢真を元気づけ隊に合流しようとして、教室の扉が勢い良く開いた。

 

「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…!」

 

「あ、秋雲さん?どうしたのそんなに急いで」

 

「急いでも遅刻は遅刻だぞー」

 

夕雲と江風の言葉に、顔を上げた秋雲。

 

その瞳からは、汗と、そして涙が流れていた。

 

「叢真っちが…叢真っちがぁ…!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「そーちゃんがどうかしたのっ?」

 

時雨と夕立が慌てて駆け寄り、荒い息の秋雲の背中を擦る。

 

「叢真っちが…研究所に、実験台に…っ!」

 

「はぁ?」

 

「おいおい、夢でも見たんじゃないのかよ……え、マジなのか?」

 

秋雲の言葉に首を傾げる陽炎と、秋雲の気迫に冗談じゃなさそうだと気付く嵐。

 

「さっき、職員室で、先生が…叢真っちが研究所に送られちゃうって…もう居ないって…!」

 

「う、嘘よそんなの!質の悪い冗談でしょ、なんで叢真が…!」

 

「そうよ、そういう行為を許さない為に、叢真さんはこの学園に入って守られてるのよ…!」

 

「でも!でもIS委員会が正式に通達したって…!ながもん先生が織斑先生に詰め寄ってたし、冗談には見えなかったもん!」

 

陽炎と夕雲の言葉に、髪を振り乱して必死な秋雲。

 

その様子から、嘘じゃない、冗談の類ではないと感じ取り、ざわめく3組。

 

「ね、ねぇ…誰か今日、叢真を見た…?」

 

「「「………」」」

 

白露の言葉に、全員が見渡し、それぞれ首を振る。

 

そう、3組生徒全員が、誰も叢真の姿を見ていなかった。

 

「叢真…叢真どこ行っちゃったの…!?」

 

「もう連れ出されちゃったの!?」

 

「それはない筈、だってそれなら誰か気付く筈でしょ!?」

 

パニックになりかける3組教室内。

 

そんな教室中、パンッと乾いた音が響いた。

 

全員が視線を向ければ、手を叩いた状態のクーの姿。

 

「セイン…さん?」

 

「ソーマ、まダ学園に居ルヨォ…でモ、もう出チャウよ…」

 

そう言って、彼女が指差した先は、学園裏へと続く遊歩道。

 

その道を歩く、制服姿の男子の姿。

 

遠目だが分かる、3組生徒全員が毎日見た姿だから。

 

「叢真!?」

 

「裏門の方へ向かってる!」

 

「荷物も持ってる…秋雲の話が本当なら!連れてかれちゃう!?」

 

「そんなのダメぇっ!!」

 

陽炎と白露が窓から行き先を確認。

 

本当に研究所へ連れて行かれてしまうと悲鳴を上げる村雨と、いの一番で飛び出す夕立。

 

次々に3組生徒達が叢真を追いかけて教室を飛び出し、残されたのはクー一人だけ。

 

「クフフ……愛サレてルんダァ…愛さレテるよォ…ソーマァ…」

 

クスクスと、クスクスと笑いながら、どこかへ連絡するクー。

 

その姿を見届ける生徒は、一人も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荷物を旅行鞄へと入れ、最低限の物を入れたボストンバックを肩から下げながら。

 

叢真は学園裏へと続く道を歩いていた。

 

誰にも合わないように部屋に閉じこもり、身支度を整え。

 

そして授業が始まる時間まで待ってからこうして織斑千冬に指示された場所へ向かう叢真。

 

騒ぎになるといけないからと、裏門を指定された。

 

裏門側は、資材搬入などに使われている門であり、警備も最低限である。

 

当然生徒の目が届かないので、叢真を引き渡すのに最適なのだろう。

 

ガラガラと音を立てる旅行鞄が、ズシリと重く感じる。

 

実際は衣類しか入っていない軽い旅行鞄なのに。

 

足取りも重い、誰にも告げる事が出来ずにこの学園を後にする後ろめたさ。

 

そして、行きたくないという気持ちが。

 

彼の足取りを重くさせる。

 

だがそれでも、諦めの気持ちが彼の足を前に進ませる。

 

やがて裏門が見えてくると、そこには3台の車が止まっていた。

 

車の周りにはいかにもな黒服と、一人だけ仕立ての違うスーツを着た男性。

 

「雨宮 叢真様ですね。私はガエル・チャンと申します。研究所までは我々が安全に護送致します」

 

「………」

 

一人だけスーツの違う男性が自己紹介をしつつ叢真の手荷物を受け取る。

 

叢真は何も言わず、彼に促されるまま車の開かれた後部座席へと乗ろうとする。

 

「―――――そーちゃんっ!!」

 

「――っ!?」

 

すると、車に乗ろうとした瞬間に少女の声が響いた。

 

振り向けば、夕立を先頭にこちらへ走ってくる3組生徒達の姿。

 

「み、みんな…」

 

思わず視界が滲む。

 

こんな自分のために、必死に走って助けようとしてくれている。

 

「そーちゃん!行っちゃダメ!行っちゃダメだよっ!」

 

「叢真!行かないでっ!!」

 

「お願い、叢真さんを連れてかないでっ!」

 

口々に叢真の名前を叫びながら走ってくる生徒たち。

 

「時間がありません、お早く…」

 

「待ってくれ、皆が…皆がッ!」

 

だがガエルは無情にも叢真を押し込み、車に乗せてしまう。

 

そして車は次々に出発していき、叢真を載せた車も裏門から出ていってしまう。

 

「そーちゃぁぁぁぁんっ!!!」

 

「こら、待ちなさ――きゃっ!?」

 

すると、夕立が更に加速して守衛の静止を振り切って学園外に飛び出した。

 

学園の裏門はそのままハイウェイに繋がっており、その先は海を横断して本土に繋がっている。

 

資材などの流通のために専用に整備されたハイウェイなので他に車は居らず、夕立は真っ直ぐに車を追いかけていく。

 

そのスピードに、後に続いて守衛を突破した長波や陽炎まで置いていかれる。

 

「そーちゃぁぁぁんっ!!」

 

『夕立…夕立ぃぃッ!!』

 

車の後部座席から叫ぶ叢真、その声が届く距離まで夕立は走って追いついていた。

 

学園専用ハイウェイ上が40キロ制限とは言え、車は既に50キロを超えているのに。

 

「驚くべき身体能力ですね…これがIS学園生徒ですか…」

 

「夕立ぃぃぃッ!!」

 

ガエルが夕立の身体能力に驚き、叢真が護衛を押しのけて窓から身を乗り出す。

 

「そーちゃんっ!!」

 

夕立が手を伸ばしてくる、叢真を連れ戻そうと必死に。

 

「あっ!?」

 

だが、終に足がもつれ、転んでしまう夕立。

 

「夕立ッ!?夕立、夕立ぃぃぃッ―――!!」

 

ゴロゴロと道路を転がる夕立を見送る羽目になり、絶叫する叢真。

 

やがて夕立の姿が見えなくなり、叢真は力なく座席に戻る。

 

「……畜生…畜生…畜生がぁぁぁぁぁッ!!」

 

「………今は耐えなさい。まだ、貴方には選択の時が待っているのだから」

 

ガエルの言葉は叢真の嘆きの叫びに消えていった。

 

そしてそのまま、本土へと叢真は連れ去られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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