IS~Under Dog~   作:アセルヤバイジャン

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神通さんに締め上げられたい(願望


第九話

 

 

 

 

 

 

 

 

学年別トーナメントまで残り数日。

 

参加者が各々準備に勤しむ中、叢真は武道場で締め上げられていた、物理的に。

 

「ぐおおぉぉぉぉ……ッ!!」

 

「叢真さん、雑念が多いですよ」

 

ギリギリと叢真を締め上げるのは武道着に着替えた神通。

 

同じように武道着を着た二回りは大きい叢真を、難なく寝技で締め上げている。

 

「ギブ?ギブ?」

 

「の、ノー!ノォォォ!!」

 

審判役の陽炎がわざと耳元で囁く様に聞いてくるが、叢真はギブを拒否。

 

なんとか寝技から抜け出そうと奮闘している。

 

「トーナメントまで日が少ないからと焦る気持ちも分かります、しかしそういう時こそ普段の訓練を疎かにせず、心と身体を備える事こそ大切なのです」

 

「むがっ!?」

 

流れる様に叢真の抜け出そうとする力を利用してスルリと体制を入れ替えれ、更に解くのが難しい寝技へ移行。

 

神通の爽やかな香りと汗の甘酸っぱい匂いに包まれる形になってしまい、思わず息を止める叢真。

 

ISと寝技と言うか柔道関連は関係あるのかという疑問があるかもしれない。

 

だが、ISで寝技組技を仕掛けるという事は、当然関節狙いである。

 

関節と言うのはISではどうしても脆いか露出している部分である、可動部なのだから。

 

そこを狙うと言う事は生身の部分へ直接ダメージ、つまりシールドバリアや絶対防御を無理矢理発動させる箇所でもある。

 

更にエグい事に、関節へのダメージはシールドバリアでは軽減し切れない、ダメージが残るのだ。

 

何せ直接関節を攻撃しているのだから。

 

なので、意外と寝技絞め技組技を繰り出してくるIS操縦者は多い。

 

事実、神通が代表候補生になれたのも、ISで絞め技を出せるからだ。

 

相手の反撃を封じつつ相手へ的確なダメージを与えられるからと、空中でも構わず寝技を繰り出すから、神通は他の候補者から恐れられている。

 

何せ試合ともなれば本気でへし折りに来るからだ、一応絶対防御発動で折れる前に防がれるがそれでも痛いし怖い。

 

「先輩、叢真窒息しそう」

 

「あら…」

 

陽炎の一言で開放される叢真。

 

指導中は余計な雑念を忘れようとはするが、何せ周りは見目麗しい美少女ばかり。

 

汗の匂いすら甘酸っぱいと感じてしまう位だ、真面目な叢真にはある意味拷問である。

 

「ゲホゲホッ…」

 

「先程も言いましたが、雑念が多いですよ。タッグマッチになったとは言え、自分の仕事、役目を疎かにしなければ活路は必ずあります」

 

鬼厳しいと評判の神通の指導、そこに一切の手加減はない。

 

当然言葉の指摘にも手加減無く、率直に指摘してくる。

 

真面目な叢真としてはそれが逆にありがたくもある。

 

「自分の……仕事…役目…」

 

「そうです。ボーデヴィッヒさんとの訓練が出来ないのは痛いですが、秋雲さん達が集めた情報を元に戦術を構築すればぶっつけ本番でも合わせる事は可能です」

 

タッグが決まってから何度か訓練の申し出を叢真はしたのだが、素人が口出しするな、私一人でも勝てる、お前は後ろで見ていろなど、全く取り合って貰えない。

 

なので、もしトーナメントで対戦する時の為にと集めていたデータでボーデヴィッヒがどう動くかを想定するしか無かった。

 

神通はその役割分担の話をしているのだが、内心追い詰められている叢真には別の事として頭に残った。

 

「(勝たないと…今度こそ勝たないと……そうだ、今度こそ勝たないと俺は……!)」

 

「では叢真さんは少し休憩を。次!」

 

「よっし、お願いしますっ!」

 

考え込む叢真を横目に、次の相手を呼び出す神通。

 

それに応えて立ち上がる長波が、果敢に神通に掴みかかる。

 

武術経験者だけあって長波も善戦するが、一瞬の隙きを突かれて足を払われ、そのまま寝技へ。

 

迷いのない的確な動きだった。

 

自分もあんな風に、迷いなく動ければ…。

 

そう考えながら、叢真は神通の技を盗もうと見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、叢真の様子変じゃない?」

 

「最近の話?」

 

大浴場の一角で、陽炎が頭を洗いながら問いかけると、隣で身体を洗っていた白露が首を傾げる。

 

「なーんか、神通先輩も言う通り焦ってると言うか、考え事してるのが多い気がするんだよね」

 

「あー、分かる。なんかご飯の時とかあたし達と居てもどこか遠く見てるって言うか」

 

「何か、心配事でもあるのかしら…」

 

会話する二人の更に横に、夕雲がやってきて会話に加わる。

 

お湯で身体を流し、身体を洗い始める夕雲、ちらりと横目で見る陽炎と白露。

 

相変わらず同い年とは思えない色気に、ふと自分を見て落ち込む二人。

 

「やっぱり、ボーデヴィッヒさんとの訓練が出来ない事が心配なのかしら」

 

「んー、そっちは何か、もう完全に諦めてるみたいなんだけど」

 

「それとは別に、なんか悩んでるよねー。夕立とか巻雲とかがよじ登っても不動だったりするし」

 

普段ならはしたないから止めなさいと注意するのに、されるがまま登られるがままで。

 

肩車状態の夕立が上から顔を覗き込んで声をかけてやっと気づいた位だった。

 

「差し入れの村雨と春雨の料理、残したりしてたしねー」

 

「神通先輩が言う通り、焦ってるのは分かるんだけどね、何に焦ってるんだろうって…」

 

頭をシャワーで流し、リンスで念入りにトリートメント。

 

この辺りは女の子である、会話しながらも身嗜みの為のケアは欠かさない。

 

「あたし達が部屋に遊びに行っても、無言で筋トレしてて気づかなかったりするんだよねー」

 

神通特製の体力造りメニューの消化に必死なのかと思っていた白露達だが、今思うと思案していたのだろう。

 

「もしかして…今度のタッグトーナメントで何か条件を付けられたとかかしら…?」

 

「あの優勝したら織斑と付き合える~とか言うアホな奴の事?」

 

夕雲の言葉に、げんなりして問いかける陽炎。

 

いつから広まったのか、学年別トーナメントで優勝すると織斑と付き合えるという噂が広がっていた。

 

他のクラス、特に1組や2組は乗り気で普段よりトーナメントへの参加希望者が増え、そのせいでタッグトーナメントになったとも言われている位だ。

 

だが逆に3組のテンションはだだ下がりだ。

 

叢真の事もある上に、織斑の酢豚事件は3組生徒全員が知っている。

 

その為、織斑の評価も「顔は良いが他に良い所が見当たらない」というかなり辛辣な評価となっている。

 

後は言動がホモ臭いというのもマイナス評価の原因だろうか。

 

昨日も叢真と風呂に入ろうと部屋まで押し掛けて来たらしい。

 

そんな織斑でも噂とは言え、付き合えるとなると他の女子は大騒ぎだ。

 

「何、織斑みたいに叢真も優勝者と付き合えとかそんな条件が出されたっての?」

 

「叢真さんなら、例え遊びでも真面目に考えて悩むじゃない?」

 

「でもそんな話なら噂になると思うなー。お先ー、湯船いっちばーん!」

 

髪が短いのもあって先に湯船へ移動する白露。

 

「そもそも誰がそんなアホな条件を叢真に受け入れさせるって言うのよ…」

 

織斑千冬なら色気づくなと一刀両断だろう。

 

「それもそうね、なら別の事…なにかしらねぇ…」

 

「私達があれこれ悩んでも仕方ないわよ、叢真が困ってるなら助ける、そうじゃないなら見守るってだけよ」

 

髪をタオルで包み、湯船へと向かう陽炎。

 

それを見送って髪を洗い始める夕雲、ただ髪を洗っているだけなのに醸し出される色気は何なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎達が大浴場で叢真について話している頃、叢真も自室のシャワーを浴びながら悩んでいた。

 

もう自分には後が無い。

 

もし次に負けたり戦績が奮わなければ、研究所行き。

 

恐らくそのまま研究所で軟禁…下手をすれば監禁生活かもしれない。

 

冗談ではないと拳を握る叢真。

 

織斑はそんな悩みや不安とは一切無縁の如く、デュノアと楽しそうにしている。

 

ブリュンヒルデという称号を持つ姉が居るから、織斑は外敵から守られている。

 

逆に自分は何もない。

 

IS学園という壁が無ければ、自分には何もなくなってしまう。

 

ゾワリと背筋を撫でる悪寒。

 

不安が悪夢となり、やがて現実を蝕み始める感覚。

 

真面目で不器用であるが故に、誰にも話せず一人抱え込んでしまう悩み。

 

ただ一人だけ、クーにだけは零してしまったが、今考えると迂闊なことをしたと悔やむ。

 

下手に研究所送りの事が周囲に知られれば大騒ぎになるだろう。

 

だからこそ織斑千冬も周囲に話すなと釘を刺した。

 

これが織斑だったら直に誰かにそれを話してしまい、アッと言う間に話が広がっただろう。

 

そういう迂闊な所が織斑には多い。

 

だが叢真だ。

 

真面目で不器用な彼はそれすら出来ず、自分の中で抱え込むしか出来ない。

 

「勝たないと…何としても…勝たないと……!」

 

胸中に渦巻くのは、ひたすらに勝利への執念。

 

織斑千冬の一言が、余計な勝利への焦りを植え付けていた。

 

シャワーを浴び終えて着替えていると、部屋の扉がノックされる。

 

「はい…」

 

『雨宮か、3組の担任の長門だ。少し話がしたいんだが…』

 

「長門先生…?」

 

こんな時間に誰かと思えば、3組担任の長門教諭だった。

 

凛とした佇まいと軍人みたいな立ち振舞いの女性だが、世話好きで子供好きという一面があり、一部生徒からはながもん先生なんて言われて親しまれている。

 

同じ軍人気質の織斑千冬とは真逆の慕われ方だ。

 

「すまないな、こんな時間に。仕事が終わらなくて遅くなってしまった」

 

「いえ…どうぞ」

 

扉を開けるとスーツ姿の長門教諭が、苦笑を浮かべて立っていた。

 

そんな彼女を部屋に通し、椅子を引くとありがとうと礼を言って座る。

 

「コーヒーで良いですか…」

 

「あぁ、すまないな、突然押し掛けた上に飲み物まで」

 

織斑千冬と似た雰囲気なのに、長門教諭は配慮ある大人の女性という雰囲気が強い。

 

妹分(同期)の陸奥と合わせて学園で憧れられる大人な教師の一人に数えられるのも頷ける。

 

「どうぞ。砂糖とかはそこに入ってます」

 

テーブルの上の小瓶に入った砂糖とクリーム、これらは叢真が買い揃えた物ではない。

 

殺風景な部屋じゃダメよと、夕雲達が買ってきて備え付けてくれたものだ。

 

「ありがとう。ふふ、可愛い小瓶だな」

 

砂糖が入った動物の小瓶に笑みを浮かべ、砂糖を1つ2つ…3つと入れ、更にクリームもたっぷり入れる。

 

砂糖1個だけの叢真は、少し驚いた目でそれを見ていた。

 

「む、な、なんだ。雨宮も私が甘党だと笑うのか…」

 

陸奥にもいつもからかわれるんだ…と少し拗ねた様に呟く長門教諭。

 

大人びた含蓄ある女性像から、途端に可愛らしい乙女みたいになって思わず仏頂面の叢真にも笑みが浮かぶ。

 

「いえ、俺も甘いものは好きですし、おかしいとは思いません」

 

「そ、そうか。そう言って貰えると嬉しいぞ」

 

叢真の言葉にホッとしたのか、コーヒーカップを抱えてフーフーしながら一口飲む長門教諭。

 

見た目大人な女性なのにいちいち仕草が乙女っぽくて可愛いのは何なのか。

 

「それで、話とは…」

 

「あぁ…。雨宮、お前何か抱えて悩んでないか?人に言えない事や悩みで苦しんでないか?」

 

「…ッ」

 

長門教諭の直球な問い掛けに、自然と喉が鳴る叢真。

 

相手は教師だが3組の担任であり、恐らく叢真の状態…もう後がなく研究所送り候補である事を知らないのだろう。

 

知っていればこんな聞き方はしない。

 

「陸奥もな、お前がなんだか最近思い悩んでいる様で心配だと話していてな…。私はこういう性格だからストレートに聴く事しかできない。言い難い事でも恥ずかしい事でも他言はしない、私に少しはその重荷を背負わせてくれないか?」

 

正にストレートな物言いに、少し唖然となる叢真。

 

「どうして…そこまでしてくれるんですか。俺は1組で先生は3組なのに…」

 

「担任とか担当とかの前に、私は教師でお前は大事な生徒だ。なら真っ直ぐに向き合うのが教師として、大人としての努めだろう?」

 

真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに言い切る長門教諭に、思わず目頭が熱くなる叢真。

 

あぁそうだ、理想の、本当の教師ってのは目の前の人みたいな事を言うんじゃないか。

 

決して、身内を贔屓して生贄を差し出す様な人ではない。

 

そう考えた途端、叢真の目から涙が溢れた。

 

追い込まれ、思い悩んでいた叢真の我慢が、限界を迎えていた瞬間だった。

 

「いいんだ雨宮。言えないなら良い。だが、泣くのは我慢してはダメだ、男だろうが女だろうが、泣きたい時は泣いて良いんだ…泣いて良いんだ…」

 

素早く長門教諭は叢真を抱き寄せ、その胸の中に叢真を隠した。

 

大丈夫だ、弱いお前は私が守ってやると宣言するかのように。

 

「先生…先生…ッ」

 

「良いんだ、好きなだけ泣け。少なくとも私はお前の味方だから…な」

 

ぽんぽんと背中を叩く感触が心地よくて、叢真は涙を抑える事ができなくなった。

 

どれくらい泣いただろうか、長門教諭のスーツは胸元が叢真の涙で濡れてグシャグシャになってしまっている。

 

「す、すみません先生、スーツが…」

 

「何、この程度どうという事はない、気にするな。それで、少しは気持ちが軽くなったか…?」

 

「……はい、少しだけ、落ち着けました」

 

気持ちは確かに落ち着いた。

 

だが、叢真の中に根付いた焦りと勝利への執念は、未だ燻り、顔を出そうと狙っている。

 

「そうか…。私にはお前の悩みを解決出来ないかもしれない。だが私は教師であり、君よりも年上の大人だ。何かあったら頼ってくれていい」

 

「…ありがとうございます、先生」

 

「うむ。…そうだ、今からだと時間が取れないが、トーナメントが終わったら少し私も指導してやろう。2年の神通達のように時間は取れないが、これでも現役時代はジェガン乗りだったからな」

 

純然たる好意で提案してくれる長門教諭。

 

その言葉に感謝し、その時はお願いしますと頼んで、部屋を出る長門教諭を見送る。

 

そして扉を閉めると…再び焦りと勝利への執念が飛び出してくる。

 

「長門先生にまで心配を……負けられない…負けて溜まるか…勝たないと…勝たないと俺は…」

 

ブツブツと呟きながら、嵐達が貸してくれたダンベルを手に持つ。

 

結局叢真は、就寝時間になるまで身体を鍛え続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった…?」

 

「少しは吐き出させる事が出来たと思うが…な」

 

寮の廊下の影で待っていた陸奥教諭の言葉に、自分のスーツの胸元を撫でながら苦笑する長門教諭。

 

「泣けたなら少しは良くなると思うわ。私だと根掘り葉掘り聞いちゃって吐き出せないだろうし…」

 

「そうかな、陸奥の方が全てぶち撒けられて逆に良い可能性もあるぞ」

 

「でもそれが彼の為になるかは分からないでしょ?だから、何があっても受け止めてくれる安心感のある長門が最適なのよ」

 

「そうなのか…まぁ、何があろうと受け止めるのが教師であり大人である私達の役目だからな」

 

涙で汚れたスーツでも胸を張る長門教諭に、流石長門と煽てる陸奥教諭。

 

現役時代から姉妹のように仲が良い二人。

 

その絆の深さは確かであり、陸奥教諭の考えも長門教諭のスタンスも決して間違いでは無かった。

 

だが、叢真が抱える焦りと執念が、二人が思っていた以上に重く、そして織斑千冬の叱咤激励が彼を追い詰めている事を知らなかった。

 

それが、致命傷となってしまった…。

 

 




長門さんにバブミを感じる今日此の頃(暴露

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