仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第六話:Dark Night(8)

「……エイジ、話がある」

 泊進ノ介は神妙な表情で切り出した。

 だが、自身で納得がいかないように、ため息をついてから表情を改める。

 

「……エイジ君! じっくり話をしようっ!?」

 にこやかに、というよりも引きつった繕い笑顔で、声を上ずらせる。

 だがそれも合点がいかず、首を振る。

 

 他にも

「久々に風呂に一緒に入らないか!」

 と風呂桶に見立ててバケツを抱えて迫ったり、

「キャッチボールはどうだ!?」

 とエンジンマフラーとヘルメットを持ち出しそれを自分の足に取り落として痛がったり、

「良いか、一本じゃ折れちまうシフトレバーだって、三本揃えば……」

 などという謎説教をぶったりしている。

 

 そんな芸人の一発ネタのようなやりとりを、何もない壁に向けて都合五、六度はくり返していた。

「……何やってんだ、ありゃあ」

 身内の奇行を冷ややかに見やりながら追田現八郎は妻に耳打ちした。

 

「あぁ、練習でしょ?」

「なんの?」

「エイジ君が帰ってきたときの」

「くっだらねぇ」

 

 かはっと呼気を呆れとともに吐き出し、老刑事は毒づいた。

 

「んなもん、ぶっつけ本番で本人に洗いざらいぶちまけちまえば良いんだよ! 自分の気持ちをさっさと吐き出せねぇとか、みっともねぇ」

「……それをあなたが言いますか、と」

 

 その背で、タブレットで手慰みに執筆作業をしていた西城究が、ボソリと毒づいた。

 しか自身で漏らした失言に、彼はハッとして息を呑んだ。おそるおそる振り返れば、その間近には、昭和の雰囲気を色濃く残す、いかつい怒りの形相があった。

 

「んだとぉ~……!? そうやって面と向かって言うこともねぇモヤシみてぇな性根だから、てめぇはいつまで経っても嫁さんひとり見つけられねぇんだろうがッ!」

「ぼ、僕のことは今関係ないでしょ!? 僕のことは……ぐえぇ!」

 

 意味不明なたとえとともに『究太郎』の首を、小脇に抱えた人形もろとも締めあげる現八郎。

 そして夫の暴走を呆れながら止める妻りんな。

 喧噪そっちのけでまだイメージトレーニングを続ける進之介。

 

 その場は、時間の経過とともに緊張感は薄れ、和やかさが戻ったようだった。

 そこにはいつもの……かどうかは『彼女』には知るすべはないが、往年ではそうであったであろう特状課の光景が広がっていた。

 

 だが、当時とは違う異物が、他ならぬ『彼女』自身だった。照井春奈は、部屋の片隅で背筋を伸ばして座っていた。

 本来なら自分もエイジを追って退出しておくべきだったのだろうが、ついタイミングを逃してしまったし、無理に追って何かを伝えたところで、彼の頑なさを氷解させることなどできようはずもない。むしろ、よりこじれる可能性があるというのが彼女の客観的評価だった。

 

(それに、考えをまとめるいい機会かもしれない)

 エイジのルーツであり、彼がギルガメッシュ追跡の拠点として使ってきたこの設備の中なら、また新たな見方も生まれる可能性がある。

 ――なぜ、ギルガメッシュたちは、自分たちの先回りができているのか、などといった疑問はいまだに残ったままなのだから。

 

 彼女が組んだ腕の前に、香気が立ち上った。

 ほっそりとした手が、コーヒーの入ったカップを差し出していた。

 

「ごめんなさい。いろいろと騒がしくて」

 

 エイジの母にして進ノ介の妻、霧子はそう言って目を細めた。

 理知と厳しさと、それとは正反対の慈愛に満ちたまなざし。かつてそれを、別の誰かからも向けられていた記憶がある。だが、あえてそこを追及しないように努め、春名はカップを受け取った。

 

「コーヒー、苦手だった?」

「――いや、むしろ家族にうるさい人が……あぁいえ、ありがとう、ございます」

 

 機械的に礼を言う。

 

「照井さん、だった?」

「はい」

「ごめんなさいね、息子が迷惑かけちゃったみたいで」

「いえ」

 

 それ以上の会話に発展することはなかった。黙考にふけろうにも、あれこれと気を揉んでくれる相手をかたわらに置いて無視するわけにのいかない。

 ただ間を持て余すだけの、無為の時が過ぎていく。

 そんな非合理的な余暇を、彼女は許すわけにはいかない。

 

 春奈は鉄の顔の向こう側で、必死に探る。共通の話題を。そして頭に浮かんだのは、ここにはいないひとりの青年……霧子の言うところの『息子』だった。

 

「――彼は」

「え?」

「よくやっていた、と思います」

 

 言葉少なに、あいまいに彼女は言った。

 それでも、彼女の立場と人間性の許容できる限り最大限の賛辞だった。

 

 霧子はキョトンと目を丸くしていた。

 だが、春名の言わんとしていることをすべてくみ取ったかのように目を細め、かすかに微笑んだ。

 

「そう」

 とだけ、彼女もまた短く相槌を打った。

 

 だが、居心地の悪さはほんの少しだけ、和らいだ。

 春奈が手元に置いたドライバーに、霧子の視線と興味が向けられていた。

 

「これですか、これは」

 と持ち上げて見せる彼女に霧子は単刀直入に尋ねた。

「それがT3アクセルドライバー?」

 

 なぜ、彼女が詰まることなくその正式名称を唱えることができたのか。

 危うくコーヒーカップを取り落としそうになる。だが、かろうじて持ち直し、ドライバーの代わりにデスクへと置きなおした。

 

「さっき、インターポールの人から情報提供されて、あなたのこともその中にあったのよ」

 

 先輩(ヤツ)め、こういうところは根回しが速い。

 舌打ちしたい衝動をなんとか抑え、春奈は素直に首肯した。

 

「うらやましいな」

 意外な言葉が返ってきた。

 てっきり仮面ライダーに対して、反対意識を持っていると推測していたのだが。

 

 そればかりは、表情に出ていたらしい。

「意外?」

 目をのぞき込んで尋ねてくる彼女に、「いえ」と春奈は言葉をにごした。

 

「私も、昔はドライブになろうとしていたから」

「貴女が?」

「それこそだいぶ前の話だけどね。だから、もちろんあの子が心配っていうのもあるけど、本当は先を越されて悔しいのかも」

 

 冗談めかしく言ってのける霧子に春奈はわずかに苦笑いと愛想笑いを同時に浮かべた。

 

「触ってみてもいい?」

 と尋ねる霧子に、

「私以外が触ると、ロックがかかりますので」

 と断る。

 

「あぁ、やっぱりそうなんだ」

 それを不満がることなく、霧子はあっさりと受け入れた。

 そのことに安堵しつつ、春奈は続けた。

「もちろん力が悪用されるのはもちろんのこと、これはインターポールの情報と技術の集合体でもありますからね。たとえばその内部にスパ」

 

 

 机が、おおきく揺れた。

 コーヒーカップが大きく傾き、中の液体が少しこぼれた。

 それは他ならぬ、春奈自身が立ち上がったことによるものだった。

 

「……まさ、か……」

 

 ワンテンポ遅れて、咀嚼された情報と疑問と、経緯の断片が、頭の中によみがえる。

 

 

 なぜ、イーディスの潜伏先や逃亡ルートは露見した?

 なぜ、『白いゴースト』の正体とタイムリミットまで知られていた?

 なぜ、風都まで自分たちが向かっていることを知っていた?

 なぜ、風都タワーでの最後の作戦は成功した?

 

 あの時、何が他と違った?

 

 ――Wドライバー。

 

 ――()()、やってくれたな……

 ――……には、今見回りや盗聴器機のスキャンをやらせてるんです。どうしてもここからの話は奴らに聞かれたくなくて。

 

 

 

 春奈の脳裏に浮上した『まさか』は、一筋の雷光となって雑音のごときフラグメントを接合させ、記憶の最奥までさかのぼっていく。

 その総括となったのは、最初。

 『あの青年』を取り調べたとき、本人の口から聞いた言葉だった。

 

 ――だから、ギルガメッシュを一度は捕まえかけられたんだよ。けどあいつ、『()()()()に絡まれた』とかなんとかって、適当にあしらってきて……

 

 

「……照井さん?」

 

 握りしめたドライバーを震わせる彼女を不安そうに見上げていた。

 だが、彼女への配慮など、衝撃でとうに吹き飛んだ。すべてがつながった今、去来したのは自分への憤りだった。

 

「――なぜ」

「え?」

「なんで、今まで気が付かなかった!? この程度のことにッッ!!」

 

 春奈の怒号が、周囲の喧噪を止めさせた。

 今まで寡黙でいた女捜査官の、喉を裂かんばかりに荒げた声は、静まり返った場の中で一身に注目を浴びた。

 

 そんな折、進ノ介の携帯がけたたましく鳴り響きはじめた。

 一瞬、ビクッと身を揺らして、一同は振り返る。だが進ノ介が、じっと眼を春奈へと注いだままそれを手に取った。

 

「剛か、悪いが今…………え?」

 

 進ノ介の表情が変わる。その深刻さに、重さが加わる。

 春奈が答えへ行き着くのを待っていたかのように……あるいはその遅さを嘲笑うかのように、事態は次の段階へと進行しようとしていた。


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