山の宵闇を、赤と青のテールランプが彩って行く。
未だ自然が多く残る峠で、同じ原理で力を得たライダーが、同じスペックのスーパーカーを駆って競い合う。
スピードの話だけではない。
鍔迫り合いのように車体そのものをぶつけ合い、装備している銃座を左右に展開させながら、縦横無尽に撃ち合う。
だが、優勢を誇っていたのは、模造品であるギルガメッシュのライドトレーサーだった。
外側からコーナーに突入して内側を攻め、抜けきると同時にふたたび外側に出る……俗に言うアウト・イン・アウトという基本的なテクニックを抑えつつ、そうしてエイジより先に出るや、狭まった道でスピードを落とさないままに一八〇度回転して砲撃を浴びせるなど、人間離れした荒技をこなしてみせる。
砲火をくぐり抜けてかじりつこうとすりエイジだったが、怪物のごとき自らの車を御するだけで精一杯だった。
(ハンドルが重い。切り返すのに、ここまで力がいるんだったか……!?)
そして直に伝わってくる、一手操作を誤ればそのまま死に直結するという予感。
この愛機とはこういった危機は何度も潜り抜けてきた。そのはずだったのに、今ほどそれを痛感したことはない。ぞくぞくと、腹の底から染み出してくるような悪寒は、決して上手いとは言えない彼の運転をさらに硬化させるのだった。
戸惑う彼はその逃走劇の最中、何度もガードレールにぶつけ、ギルガメッシュの車体に押され、至近から容赦ない連射を浴びて、火の華を散らしてスリップする。
その都度、車体のダメージの度合いと損傷個所を、ネクストライドロンは律義にアナウンスやモニターで示してくれるが、逆にエイジの焦燥感を煽るばかりだ。
「くっ!」
その中で、エイジは一度利き手を離した。自身のシフトブレスに、緑のラインが入ったシフトカーを装着させた。
〈NEXT BUILDER!〉
ホイールを介してではなく、車内で直接生成されたネクストビルダーのタイヤは、ダークドライブのボディと結合すると同時に、高速で回転し、内部データを読み取った。
ドライブシステムに保存されているバックアップデータをハッキングされた
いち早く取り戻すべきは飛行機能。あれさえあれば、この狭い道に縛られることはない。そう判断したエイジは優先順位をそれへと設定。細かい調整を手動で取り仕切りつつ、もう片方の手はハンドルから外すことは許されない。
ネクストライドロンの頭を押さえる形で先行するライドトレーサーを、ラフなコーナリングで強引に突破する。
10%、20%、30%……徐々に進行していく工程を、焦れながらエイジは頻繁に見ていた。
だが、前を向いた瞬間、目前にはガードレールがあり、その向こう側には黒々と闇に沈む山や谷があった。
まだ自動操縦機能は回復できていない。エイジは慌ててハンドルを切った。だが、力を入れ過ぎて振り切った車はそのままサイドからレーンを突き破って、虚空へと飛び込んだ。
度重なる衝突から揺らいでいたフロントギアが、大きく開く。
一気に流れ込んできた山風が、エイジの身体を絡めとって外へと放り出した。
低く悲鳴をあげながら落下していくダークドライブのモニターが捕らえたのは、大きくうねる川。
大きく水音としぶきをあげながら、エイジはその奔流に巻き込まれたのだった。
停車したライドトレーサーから、ギルガメッシュは飛び下りた。
暗雲たちこめる夜空を、一台の車が飛翔していく。その軌道上に現れたワームホールへと飛び込む。皮肉にも、その主を追い出してからネクストライドロンは己の自由を取り戻したのだった。
揶揄に満ちた失笑を浮かべながら、ギルガメッシュはスーツを解いた。
「やはり、システムごとでなければアレは奪えないか」
未練そうにつぶやいたその背に、一個の影が回り込んだ。
何者か、と問うことも敵と見なして襲いかかることもしない。顧みずとも、彼にはその正体がわかっていた。
ほかならぬそれは、『我がこと』だったのだから。
後ろを向けばそこには、今の自分と寸分たがわない、同じ姿があることだろう。
ナンバー001。
そのほとんどを撃破されたギルガメッシュ十人衆の内、
精神の大部分を持つ、ナンバーズの総元締。
一切の増長も虚飾も取り払ったかのような表情でたたずむ彼に、
〈何があった?〉
と念波で問う。だが、その答えを聞くまでもなく、共有している思念と記憶が更新される。
なるほど、とナンバー008は納得した。
〈計画の最終調整に入った。それにあたって動くであろうライダーたちの情報を得るためにも、もう少し泳がせてやってもよかったが、照井春奈あたりがこちらのトリックと思惑に気付く頃でもあるだろう〉
彼がくだした判断はそういうことで、まったく同じ自分も、情報を得た今導く解答は同じものだ。
「――あぁ、遊びは終わりだ。……そろそろ『お前』にも、働いてもらうぞ」
足下に流れる黒い流れに向けて、ギルガメッシュたちは唇を歪めたのだった。