打ち上げ花火もフィナーレを迎える中、病院帰りの春奈は泊エイジと再会した。
公園につながる階段で自、分を待つ体で座っていた彼は恨めしげに見上げた。
「照井さんの言い方のせいで、赤っ恥かいたよ」
などと憎まれ口を叩きながら腰を持ち上げる。
何のことかと春奈は思ったが、そんな彼女に「ほらお母さんのこと」とエイジは補足した。
「死んでるのかと思ったじゃないか」
あぁ、と春奈は理解を示した。
「勝手に勘違いするほうが悪い」
だが、おのれの非を認める気にはなれなかった。
「それに、結果的に母が生きていたからと言って、父を許せる理由とはなりえない」
一歩間違えれば、自分を含めて本当に死んでいたかもしれない。
事実、落下死はまぬがれたとしても、母の腕にはその時負った傷痕が残ったままだ。
そして認めがたいが、自分の記憶と心にも、未だ……
たとえそれが、ほかの誰かの生命を助けるためだったとしても。
たとえそれが、到底秤にかけられないような二択だったとしても。
エイジはふぅん、と声に出して相槌を打った。
そっけないそぶりだが、その眼の色には同情があった。そしてそれを安易に口にしない気遣いが感じられた。
「……君にも」
「え?」
「今回の件で、世話をかけたようだな」
きっとこの謝意は、自分には到底不似合いなものだったのだろう。
わずかばかり大きく目を見開いた彼は、はにかみを見せながらうつむいた。
そんな少年の面影を残す反応に、春奈はフ、と胸中にこそばゆげな苦笑を漏らした。
今にして思えば……そして本人にもその自覚はないだろうが、この泊エイジの存在が、いくばくか気を軽くしている、ように思える。
ときには呑気すぎるきらいもあるし、かと思えば臓腑を射貫くかのような正論をぶつけられることもあるが、それらがかえって、春奈の心を救っていた。彼がいなくば、きっと自分は任務の重圧や他者との軋轢、自身の能力とT3アクセルの機能に慢心し、身をほろぼしていただろう。
「……ありがとう」
その言葉はあえて、花火の光と音の中へとまぎれ込ませた。
「え? なんだって?」
「正体を隠してる君に親子どうこう言われたくない、と言った」
聞き返したエイジに対して表情を変えずに答え、春奈は階段を下り始めた。
「絶対ウソだ。もっと短かった。っていうか、今度会ったらちゃんと話すよ」
ムキになって自分を追い越そうとするエイジに道を譲ってやり、ちょっとしたいたずら心から薄い笑い声をその背にぶつけた。
振り返って突っかかってくると予想していた春奈だったが、現実は彼女の予想を裏切った。
エイジに反応はない。ただ、視線を眼下に向けられたまま、指の一本まで凍り付いたかのように、青年は硬直していた。
階下で腕組しながら立っている長身の男には、春奈も憶えがある。前に会ったのは同じく、階段でのことだった。
「……父さん」
呼気と語気とを震わせながら、エイジは喉から声を絞り出した。
暑ささえ忘れそうな鋭く冷たく、激しい怒りを秘めた目つきで、その男、泊進ノ介は我が子を睨み上げていた。
青年の夏の終わりを告げるかのように、最後に一発、大輪の花火が開いて消える。
そして、色濃い闇が彼らのいる空間を閉ざしたのだった。
Next Drive……
ドライブ。それは罪からはじまる宿業。
家族や仲間たちのもとへと引き戻されたエイジを待っていたのは、父のはげしい叱責と糾弾の言葉だった。
そして告げられるダークドライブの前装着者の正体は、彼を支えていたアイデンティティを崩壊させ、失意へと突き落とす。
ずっとつきまとっていた違和感、謎。
雷雨のなか、轟く狂笑とともに真実が明らかになった時、『彼』の時間は静止する……
第六話:Dark Night