仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第五話:夏の終わりのJoker game!?(22)

「――いや、遠いところをわざわざすみません……何しろ、ゲーム病関連の患者なんてここのところまったく見なかったので、専門の設備もスタッフも……」

「とんでもない。むしろ、よく報せてくれました。ゲーム病とどこまでも向き合うこと。それが、あの事件に関わった我々の使命ですから」

「そーそー! まぁ今のところ発症者はいないみたいですから、簡単な検査だけで大丈夫ですって! ねー?」

「黙ってろ。てか、なんでテメェまでついてきてんだ!? とっととアメリカに帰れ」

「はぁ~? 久々に臨時でバイトしに来てやってんのに、なにその態度!? それが主治医のセリフ!?」

 

 

 

 ――そんな、到底病院内とは思えないやかましい丁々発止のやりとりは、風都署の長の眼で覚まさせた。

 

 見上げれば病室の天井があり、自身はやや柔らかさに欠けるベッドに横たわらされている。

 その男、照井竜はその個室でふう、と息をついた。

 まさか、入院までするとは思わなかった。

 運ばれた原因としてはぎっくり腰だったが、やはり長年の無理が積もりに積もっていたらしく、ありとあらゆる部位にガタが来ていたようだった。

 

 検査と、大事をとっての安静を強いられ、何をすることもできずに寝かされれば、気が付けば病院の雰囲気に当てられて本当に眠りについていた。

 

(そんな今の俺の姿は、かつてでは考えられなかったことだな)

 

 もちろん、肉体的な衰えというのもある。往年の照井であれば、たとえ全身を焼かれようとも這って出て事件に当たり、終わった後には悠然と探偵事務所でコーヒーでも淹れて飲んでいたことだろう。

 

 しかし、それ以上にたとえどれほど寝たくとも、悪夢やトラウマ、身を焦がすほどの復讐心が自身を安寧の中に置くことを禁じた。

 ――特に、『医者』に身や心を許すことなど、決してなかったはずだ。

 

 戦士としては許されざる姿だ。だがそこに、たしかに幸福めいた感情や誇りのようなものを抱いているのだった。

 

「お目覚めかい?」

 

 ふいに、幼い響きを残す声が聞こえた。

 ふと目を病室の片隅に遣れば、仲間の魔少年然とした男が、白紙の本をめくっていた。

 

「フィリップか。なにやら人の出入りが激しかったが、何かあったのか?」

「あぁ、ありはしたが、無事解決したよ。だから今は、気兼ねなく寝ているといいさ」

 

 フィリップは何も書かれていないページに目を落としたまま、ナチュラルな調子で応じた。そこには彼らしからぬ気遣いのようなものを感じさせたが、ウソのようなものは見受けられない。だから、あえて追及はしないことにした。

 

「それに、ここからならよく見える」

 

 見舞い客はそう言って、窓のほうへと視線を投げた。

 その少年の横顔を、グリーンの輝きが包み込んだ。

 

 爆発には違いなかったが、その光は柔らかで、穏やかだ。

 それは、今夜予定されていた風都タワーの花火大会のものだった。

 

「ちょっとアクシデントは起こってね。予定がくり上がった。だが中止にはならなかった」

「……たくましいな。この街の住人たちは」

「変わらないのさ」

 

 かすかに微笑んで、フィリップは言った。自分と出会ったころよりかは表情豊かになったし、落ち着きもある。だが、その顔つきは変わらない。

 フィリップは二度死んでいる。一度目は幼少期、園崎(そのざき)来人(らいと)として。二度目は、姉若菜(わかな)に取り込まれ、そして強引に分離した結果。

 その後肉体は家族としての情を取り戻した若菜によって再構築されたが、やはりそれは、純粋な人間の肉体ではない。

 

 本人いわく、

「その気になれば加齢も設定できるが、ぼくは外に出歩くタイプではないから、こちらのほうが都合が良い」

 とのことだったが。

 うらやましい、とは口が裂けても言えることではない。

 そこには、彼自身にしかわからない悲哀や宿命があるはずなのだから。

 

 先ほど漏れ聞こえた『ゲーム病』という名も、人間がデータとしてプロトガシャットなる記録媒体(ソフト)に保管されるという奇病だったはずだ。治療はほぼ終わっているが、老化や死から解放されたと喜ぶ声もある一方、ふつうの人間として生きられなくなったという嘆きも聞こえてくる。

 

 その老いない魔少年からふと視線をそらすと、その手元に花瓶があった。ふと、その姿に違和感をおぼえる。睡眠に突入する前の記憶がたしかならば、その瓶は空だったはずだ。なのに、そこには、みずみずしく大ぶりな若い真っ白なバラと、それを引き立てる青いカンパニュラが咲いていた。

 

「……すまんな、わざわざこんなものまで」

 それを活けたのがフィリップだと見越して、照井は素直に礼を言った。

 だが当の本人は、首を振って否定した。

 

「……とすると、左か? それとも……」

 と、何人かの名を思いつくかぎりで挙げてみるが、フィリップはすこし意地悪げに口端を吊り上げるだけで、正解とは言わない。

 そもそも自分と親しい知人というと、揃いも揃って騒がしい連中か、花を持ってくるなどという発想のない人間ばかりだ。そんな相手の中で熟睡できるほどまでは、平和ボケしていないはずだ。

 

 照井は入り口がかすかに空いていることに気が付いた。

 つい先ほどまで、誰かいたかのように。照井本人とは、直接顔を合わせたくなくて、それで目覚める気配を感じ取ってあわてて出ていったかのように。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 それだけ、照井はつぶやいた。

 ただそれだけで、戦友には自分が理解したと伝えるには十分だった。

 今のところはそれだけで、花をくれた彼女に対する想いを、噛みしめることができた。

 

 夕日が沈みかけた夜空でも、満開の花がおおきく広がっていた。


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