その静寂は、塔の中央付近、装置の前に陣取るギルガメッシュによって破られた。
甲高い笑声を、天を衝く光線にも負けない勢いで轟かせ、やがてそれは左右の同胞にも伝播していった。
「ずいぶん思い切りが良いんだなっ! 人ひとりの命を絶ち切ってまで、父親のような半端者にはなりたくなかったのか!? いやその選択を、否定はしないさ! 俺たちにとってはただの時間つぶしなんだからなッ」
一度嗤いをおさめた彼らは碧眼に愉悦をにじませたまま、今度はおのれらが、春奈に犯した罪を認めさせるがごとく、指を突きつけた。
「だが、結局のところはどうだ! 人をひとり死にいたらしめておいて、幼い彼女を絶望に堕とし、それでもなお、お前は仮面ライダーであることを捨てきれない。今の行動は、その結末は! 父親がやったことと同じだぞ!」
よほど、おのれらの趣味嗜好と合致したのだろう。
その座興に対する満悦の表情で、今までにないテンションの高さで、彼らは春奈を糾弾する。
「……春奈……!」
そんな彼女の細い背を、翔太郎は見つめていた。
だが、その『家族』の視線を歯牙にもかけない様子で、春奈は取り戻したドライバーと、銃を手に、ギルガメッシュたちに冷ややかに見つめ返した。
「その通りだ。今、私は父と同じ決断をくだした。そして、あの夜の結末を、父を、私は決して許しはしない。あれは、まぎれもなく父たちのミスで、厳然たる罪で、私はそれを許さないだけの理由がある。色々と教わったとして、今もそれは変わらない」
ギルガメッシュたちは少しばかり、笑みを引かせた。
彼女の表情に、わずかばかりの違和感をおぼえたらしい。
「だが、その父のことで、ひとつ分かったことがある」
氷の女捜査官は、常のような、いっそふてぶてしいまでの鉄面皮で、黄金の王たちに接していた。
「あの時、父は私たちを見捨てたわけではなかった。後回しにしたわけでもなかった」
ふわり、とうすく額に張り付いていた前髪が持ち上がる。
真紅のジャケットの裾がはためいた。
そよ風が、はっきり肌を通じて自覚できるほどに、強くなっていく。
「そうだ、父は……いや、父も母も、『
旋風が、塔の下から吹き抜ける。
その風を操るように、弾丸のように、鋼のマシンが浮上した。
「何ィッ!?」
はじめて、王たちの貌が驚愕にゆがむ。
その彼らを煽るかのように、その機体は制動し、地表に対して垂直に持ち直す。
ハードタービュラー。
赤く伸びた両翼をユニットとして取り付けた、愛機ハードボイルダー形態のうちのひとつ。数十年来の付き合いだ。
その翼に足をかける彼と同じく。
彼……『相棒』フィリップは、投げ飛ばされた少女を、ケロリとした表情で抱きかかえていた。
(どうやら、今度は上手くいったみてぇだな)
少女は青白い顔で気を喪っているが、呼吸は遠目からでもわかったし、身体に目立った外傷も見当たらない。
今まで気取られまいと張りつめていた翔太郎は、安堵の吐息とともに、勝ち誇った表情を浮かべた。
「どういうことだ……ッ! 何故!?」
という、ようやく出し抜いてやれたギルガメッシュたちの狼狽ぶりが、小気味よかった。
その勝勢に乗じて、今まで流れを見守っていたエイジも前に出た。
「お前が教えてくれたんだ、ギルガメッシュ」
「は? 俺たちが……?」
「さっき言っただろ。『警官隊が外を抑えている』って。……でも、よく考えたらおかしいじゃないか。お前の言うように、ここからは外の様子はわからないし、こちらからは出ることもできない。なのに……お前たちはどうやって警官隊の動きを察知していた、って思ったんだ」
そのエイジの推理を引き継ぐ形で、フィリップが空中から話しかけた。
「塔のほとんどが閉鎖されたダンジョンと怪人で構成されている。きみたちが下に降りた気配もない。となればかんたんさ、きみたちが待ち受けているこの屋上エリアだけがテクスチャのみで構成され内外の防壁処理がされていない。このことに、そこの彼は気がついた」
「つまりここなら、外部と連絡がとれるっつーわけだな」
「付け加えるなら、リスクのない侵入も可能というわけさ」
翔太郎は、上着の前を開け放った。
そこにはさっきまでつけていたロストドライバーではなく、それとよく似た次世代機……ダブルドライバーが据えられていた。
そして、フィリップの腹部にもまったく同じ形状のものが複製され、転送されている。
そのドライバーを介して、彼らは互いの意思を疎通させることができた。
「だが……何故ここまで速く動ける!?」
疑問と怒りの入り混じる表情で、誰にともなく吼えた。
その問いに、表情を変えずにフィリップが答えた。
「事前に近くに待機していたに決まっていたからに決まっているだろう。事件の中心に連絡がとれない翔太郎たちがいることは察しがついたし、彼らが内部で何らかの手段で連絡ないし突破の手段を講じてくれると信じていた。だからあえて踏み込まず、じっとこの時を待っていた」
サラリと、だがごく自然に口から出たからこそ、魔少年の「信じていた」という言葉には、絶対の力強さがあった。
「あとは、俺がこいつらに合図や指示を出して、てめぇらの裏をかいてやればいい」
そして手には変わらずジョーカーメモリを、『左』で使う『切り札』を、握りしめていた。
――左を狙え。
と、それとなく春奈に伝えるために。
「わかりづらい」
と、当の春奈は低く文句を言った。
「だいたい、左探偵の持つのはどれも左側のメモリではないですか。それで『ジョーカー』を出されても、『切り札』が左にいるとも解釈できますよ。……まぁ、そこまで気を回せる貴方でもないでしょうから、素直に受け取りましたが」
「え? あぁ、そりゃそうだなぁ悪か……ってうぉい!」
毒のある言葉に、一歩遅れて翔太郎がツッコミを入れて食って掛かり、険悪さが緩和された両者を見て、フィリップが肩をそびやかせた。
「……貴様、やってくれたな……」
中央のギルガメッシュはそんな春奈でもフィリップでも翔太郎でもなく、エイジをにらんだ。
シフトネクストというシフトカーをつかんだ彼を。
そして自分たちも、指輪やスイッチ、ソフトを手にし、それぞれのベルトにセットする。
用済みとみなされたか。ゲームエリアがリセットされて、空間や、塔のテクスチャが剥がれ落ちる。
ゲームエリアが解除されたことで自由になったネクストライドロンが、下の階層から飛び出てきた。
フィリップはその後部座席に少女を収容し、自身はハードタービュラーに直立したまま、翔太郎の背後へと回った。
次第にその威容を取り戻していく風都タワー。鈍く銀色に輝くそのシンボルの上で、翔太郎と春奈はメモリを握りしめた。
「元々私、左を撃つつもりでしたよ」
翔太郎の顔を直視せず、春奈はベルトを腰に巻いて言った。
あ? といぶかしむ彼に対し、涼やかな目を細めた。
「もし落ちるのが人なら、貴方がたならどんなに困難でも、絶対に助けたでしょうから」
いつもと同じ憎まれ口、減らず口、冷えた声音。だがそこにはたしかに、今までなかった……いや、あのクリスマスの夜以来無くしていた何かがあった。それを感じて、翔太郎の胸の奥底が燃えた。湧き上がるその熱に突き動かされ
「ったりめーだ!」
と、強く頷き、メモリを押した。
〈JOKER!〉
〈CYCLONE!〉
相棒の意気に応じるかのように、背後を飛ぶフィリップも、マシンの上で緑色のガイアメモリを押した。
彼ら風都のヒーローたちは、互いの影を重ね合わせるかのように、メモリを突き出した腕を交差させた。
春奈もまた、見たことのない赤端子のメモリを、だが父と同じキーワードを持つ『A』のメモリを、自身のドライバーへとセットする。
ダブルやアクセルの次世代機。その満を持しての、降臨だった。
〈ACCEL!〉
「START OUR MISSION」
エイジがシフトカーをブレスレット型のデバイスに滑り込ませると、エンジン音が野太く鳴って、不気味な光を放った。
「変身!」
「変身!」
「変、身!」
「変身」
風が轟く。
雷光がうねる。
意識が転送されたフィリップを乗せたハードタービュラーが離脱した後、その場に立っていたのは緑の戦士と、黒の戦士、彼ら若い後輩に挟まれた、緑と黒のライダーだった。
白いマフラーをなびかせて、黒い半身を傾け、手を回し、二人で一人の仮面ライダーは、三位一体の怪人たちにに指を突きつけた。
「さぁ! お前の罪を数えろ!」