「十年ほど前、この街に似たような事件が起こったんです」
指を絡ませながら語り始めた彼女に対し、春奈はわずかに表情を強張らせ、そんな彼女を翔太郎は背から見守っていた。
「事件そのものはこの風都タワーで起こったんですけど、塔の外にも怪物が現れて、辺り一面今みたいなパニック状態で、その中に、私はいました」
当時の恐怖でも蘇って来たのか。彼女の組んでいた指に不必要な力が加わっていた。
だが震えはない。話しづらそうに、という様子はなく、むしろ誰かに今まで誰かに聞いてもらいたかった話をするように、しっかりと、ゆったりとした口調で彼女はつづけた。
親とはぐれた彼女を見つけたのは、兵隊のようなヘルメットの怪物たちだったという。彼女の姿を認めると、機械的な、だからこそ容赦や加減のない動きで追ってきた。
その後を似たような感じの化け物がついてきた。その一体感はそれこそ兵士と『
自分が何故追われているのか。それさえもわからなず逃走し続ける。
だが、所詮は子どもの体力。疲れを知らないように追走をやめない魔人たちによって、壁際に追い込まれた。
だが、その彼らの背面からバイクのように変形して突っ込んで、自分を助けたヒーローがいた。
「それが、あの赤い仮面ライダーだったんです」
そして、幼い彼女の目前で激闘は始まった。
だが、互いの心身を削り合うようなその戦いは、意外にも、いやそれゆえにこそ時間はかからなかった。
青く変色したそのライダーが、ストップウォッチのような巨大なアイテムを宙へと放り出した。
肉眼では到底追いつけない速度で敵軍を撃破し、孤立した『指揮官』に連蹴りを浴びせた。
「9.9秒。それがお前の絶望までのタイムだ」
という彼の勝利宣言とともに、その怪人を中心に火柱があがり、断末魔が冬の空に飛んだ。
やがて、その爆炎の中から吐き出されたのは、人間の男だった。
しかし、その正体は変身態とはまるで違う。痩せっぽちの、紳士然とした優男といった印象の男だった。
男と仮面ライダーとは、旧知あるいは因縁と呼べる仲であったらしい。
「やはり貴様か」
と、モトクロスバイクに使うようなメットの奥で、吐き捨てるようにライダーは言い放った。
倒れ伏す敗者は、自嘲気味に鼻を鳴らし、震える指先を、まるで不正を糾弾する審判のように突きつけた。
「これが、君の選択の答えだ……。我々のような
「俺に質問するな」
対するヒーローは、男の意図ごと質問を真っ向から吹き飛ばすかのように、力強い口調で言い切った。
「たとえ何が起ころうとも、俺の答えはあの時と変わらない。俺は貴様のようにはならない」
半壊していたメモリが、内側から起こった火花の衝撃でさらに割れて、完全に機能を停止した。
まるでそれに呼応するかのように、男も白目を剥いて意識を手放し、糸が切れたように脱力した。
それを見届けてから、仮面ライダーは変身を解いた。
真っ赤なジャケットの背に、炎のようなエンブレムが入っていたのが見えた。それをひるがえした時、春奈と同じアクセサリーが首にかじゃっていた。
それらの一つ一つが、彼女の記憶には鮮明に焼き付いているという。
「大丈夫か?」と彼は目線を合わせて尋ねた。
自分は無傷だが、親とはぐれたと答えると、
「わかった。俺が一緒に探そう」
と、迷いなくそう答えた。
「でも、良いの?」
と彼女が問うと、彼はややぎこちない微笑を浮かべて言った。
「このまま君を迷子にさせたままというわけにもいかない。それに、俺にも娘がいる。君の身を案じている親の気持ちは、よくわかる」
そして彼は街中を駆け回って彼女とその両親とを引き合わせ、
「……それが、あの年で最高のクリスマスプレゼント。ちょっとメカメカしいけど、あの人は、素敵なサンタクロースだったんです」
そう締めくくった彼女だったが、春奈は……同じ日に地獄を見た少女は、
(欺瞞だ)
と思った。
偽善だとも心中で吠えた。
だが、照井竜の欺瞞偽善が救った命が、心が、なんの因果か、巡り巡って春奈を救った。
すなわち、今、自分は、父に……
「アクセサリーだけじゃなくて、どことなく顔つきとか、雰囲気も似てるんですよね。あの、ひょっとしてお知り合いとかだったりします?」
邪気もなく、彼女は問いかける。
「父です」
春奈は答えた。