仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第五話:夏の終わりのJoker game!?(14)

 『ドルアーガの塔』と化した、風都タワー中層。

 そこに、照井春奈は到達した。

 

 息を切らし、足を引きずりながら。排熱が追いつかない銃を手に提げて。

 壁のレバーを引くと、次の階層へとドアが現れた。

 そのノブをつかもうとした時、鈍い叩く音を聴いた。

 

 壁にはめ込まれる形で設置された分厚いガラスのキューブ。その中で、数人の人質内側から助けを求めていた。

 春奈は足を止めた。特に意図したわけではなかったが、なんとなくその中へ向けたその目が、そのうちのひとりの視線とかち合った。

 自分と同じ年頃の彼女は、今まさに春奈が彼女らを見捨てる気でいるともしらず、「救われた」と言わんばかりに表情を明るくさせた。

 弱者特有の一方的な甘え。自分が何をせずとも外部の誰かがなんとかしてくれるという、無責任な信頼。

 

(何も変わっていない。この街は、人は)

 

 春奈は、奥歯を噛みしめる。

 舌打ちし、銃を持ち上げた。

 最初、彼女は自分たちが向けられているものが何なのか、理解していない様子だった。無理もない。何しろ一般的な拳銃や、暴徒や低級の怪人制圧用の電撃(テーザー)銃とは、その造形も機構も多少は異なる。

 

 だが、それでもそれが凶器であると理解するのに、多くの時間は必要ない。

 恐怖が笑顔を吹き飛ばし、彼らは低く呻きながら、動揺して壁側から後ずさった。

 

(それで良い。存分におびえろ)

 春奈は意地の悪い気分とともに、そのトリガーを引いた。

 

 

 

〈KEY! MAXIMUMDRIVE!〉

 

 

 

 何発目ともしれない、解錠の光線が射出された。

 感覚の麻痺した指先に逃れようのない熱が染み、皮膚を焼くかのようだった。

 

 自分たちの前にあった障壁が破砕の音とともに消滅し、人質たちは困惑の表情を互いに見せあった。

 その物分かりの悪さにまた舌打ちしそうになるのをこらえ、春奈は一公人として居住まいをただした。

 

「私の後から救助が向かっているはずです。彼らと合流し、その指示に従ってください」

 

 少なくともこの階層を彼らが無事脱出するのを見届けてから、自分も本来の任務に戻ろうとした。

 

 その、矢先だった。

「危ないッ」

 という高い声が空気を裂いた。振り向けば、人影が春奈に飛びかかろうとしていた。かみかかって押し倒した。それは、最初に目が合った彼女だった。

 

「……何をッ」

 

 必死の形相で床に押し付けようとする彼女を振り払おうとした次の瞬間、春奈たちの頭上を目にも留まらないスピードで、何かが通過していった。

 

 その砲丸のような球体は壁に当たって大きくめりこんでから、火花を放ちながら消滅した。

 テクスチャがはがれたその痕からは、コンクリートの壁が無残に砕けている様子がのぞいていた。

 あれが今生身でしかない自分に当たっていれば、と想像したとき、春奈の背に冷汗が流れた。

 

 そして投げた先には、鋼鉄の怪人がいた。

 肩から背にかけて、鳥翼のような、あるいは伝説に出てくるような火竜(ドラゴン)の鱗のようなものを生やしたそれは、自身の剛腕を誇示するかのように上下させていた。

 

 頭部から足にかけて散らばる『星』と、それをつなげるスターラインが意味するのは、それがドラゴン座のゾディアーツであるということだ。

 

「私の後ろに」

 命の恩人とともに体勢を立て直した春奈は、硬い声とともに彼女を自身の背へと押しやった。

(UFOガジェットや他のメモリがあれば……)

 相手がパワータイプであっても、たとえ自分が生身でも、ある程度渡り合えただろうが、今あるのはオーバーヒート寸前の銃と、数種類の補助用ガイアメモリだけだ。

 あるいは手持ちの『ライトニング』のメモリであればダメージは通るかもしれないが、最大で発電所並みの電力を放出するメモリだ。いかんせん出力が大きすぎる。このマグナムも限界で、周囲に影響を及ぼしかねない。

 

 ならば、防御と遁走に徹して退くか。

 それも、ためらわれた。

 今退いて、下から迫る左翔太郎や泊エイジに、どんな顔をして合流すればよいのか。

 

 プライドと状況の狭間で思考し、せめぎ合わせる春奈の前で、ドラゴン・ゾディアーツのコピー体は、新たに精製した鉄球を身をひねらせて放った。

 

 とっさに女性をかばうべく、身体を裏返して腕を拡げた。

 そんな春奈の上を、ひとつの影が飛び越えた。

 

 風に乗るかのように、軽やかに。

 固めた拳をひるがえし、その鉄塊を叩いて明後日の軌道へとそらして防ぐ。

 

「大丈夫か?」

 

 その仮面ライダーは、黒いボディで春奈たちを護り、真っ赤な目を向けた。

 

「…………いってぇ! 硬ッ、こいつの身体!」

 

 ――そして、時間差で拳を抑えて痛みに悶えた。

 いまいち締まらないこの道化っぷり半熟ぶりこそ、仮面ライダージョーカー……左翔太郎だった。

 

 呆れながらも、体勢を立て直した春奈は女性をかばいながら周囲を警戒した。

 さらに翔太郎を、たとえ撃てずともせめて形だけでも援護射撃をおこなおうとした。

 

「こっちはいい! お前は自分らのことだけ気にしてろ!」

 

 だが、当の本人がそれを諌止した。

 そして、春奈はそれに従った。

 

 好悪がどうという問題ではなく、春奈たちをかばう必要がなくなったジョーカーは、その動きが格段に良くなっていた。年齢を感じさせない敏捷さでドラゴンの投球をかわし、かつ小ぶりに身体を左右に動かしながら、翻弄する。じりじりと、距離を詰めていく。

 

 溶岩流のように異様な造形で膨れ上がったゾディアーツの腕を片腕が振り下ろされた。

 ジョーカーの交差された腕ががっちりとそれを防ぎ止め、かつ圧迫に耐えていた。

 

 しかし、自身の支えをも失う覚悟で、翔太郎はタイミングを見計らって足払いをくり出した。

 その奇手が功を奏して、ドラゴン・ゾディアーツは体勢を崩した。

 

 轟音を響かせて、230cmはゆうに超える巨躯の下を、翔太郎は身を低めて潜り抜けた。

 

「鉄には鉄だ」

 

 やや浮ついた口調で取り出した銀のメモリの金端子を、翔太郎はマキシマムスロットに挿入して上から手のひらを添えた。

 

〈METAL! MAXIMUMDRIVE!〉

「ライダー……メタルフィスト」

 

 顔の横で握り固めた拳とともに、翔太郎は床を足蹴に馳せた。

 その身体の重量が仇になって立ち上がりが一歩遅れた竜の頭に、銀の軌道をえがくストレート、言葉どおりの『鉄拳』が直撃した。

 単純かつ力強いその衝撃は、鋼鉄の鱗を波打たせて鳴らし、空気を震えさせて弾け飛んだ。

 

「とっと、と……!」

 慣れない、パワーのあるマキシマムを行使したせいか。翔太郎はおおきく身体のバランスを崩して前のめりに傾いた。

 

 それを見届けた春奈は、安堵の息とともに自分が守り、自分を救ってくれた彼女を顧みた。彼女も同様に、表情の強張りをようやく解いたようだった。

 背格好や歳が近いだけあって、間近で見ると鏡でも見ているような心境だった。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いえ、こちらこそ……ありがとうございます」

 

 礼を口にする春奈に、彼女もまた首を振って、頭を下げ返した。

 だが、彼女はなかなか頭を下げようとしなかった。春奈の胸元を、もっと言えばそこに掛けられていたアクセサリーに、視線がじっと定まったままだ。

 

「……なにか?」

「い、いえ! 特に大したことではないんですけど!」

 

 別に悪感情をおぼえたわけではないが、愛想というものを持ち合わせない春奈の態度は、彼女を必要以上に委縮させてしまったようだった。

 

「ただ」と伏し目がちにその顔色をうかがいながら、はにかみながら彼女は答えた。

 

 

 

 

「持ってたんです、それとおなじペンダント。昔助けてくれた赤い仮面ライダーの人が」


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