「……キサマァッッ!」
春奈は吠えた。
そのために仕掛けたのか。そう続けたかったが、怒りと屈辱と自身の迂闊さへの憤りで言葉にならなかった。
違和感もおぼえていたのもある。何故、わざわざ一度変身をしておきながら素の姿で挑んできたのか。
答えとしては、シンプルだった。明確なかたちで、目の前から現れた。
入り口を封鎖する獣の足下から、黄金の鎧騎士が笑い声を含ませながら現れる。金髪の少年は、また別の個体としてそこにいた。
「ふたりいた、というわけか」
「いや、三人だ」
彼らとはまた別の方向から、まったく同じ声が聞こえる。
ギルガメッシュは、三方向から春奈たちを取り囲むようなかたちで迫ってくる。
〈DRIVER ON!〉
黄金の騎士以外のふたりは、それぞれにまた別のアイテムを持ち、異なる意匠のベルトを腰に巻いている。
「グルーバ!」
右手のギルガメッシュが、合成獣の名らしき単語を発すると、大きな唸り声とともに獣は金色の粒子となった。
それは、波打ちながらギルガメッシュのベルト、門扉のようなレリーフの口へと吸収されていく。
「変身」
指に巻いた古代的な指輪を、その脇に鍵のようにはめ込み回すと、ライオンの顔が開いた扉からあらわになった。
〈SET! OPEN! L・I・O・N! LION!〉
自身の前に現れた紋章の壁を怖じもせず潜り抜けると、黄金の仮面ライダーが現れた。
ベルトや、その掛け声と同様にライオンをかたどったマスク。インパネスコートのようなつくりの該当を双肩から打ちかけて、その下から長い腕と鋭い猛獣の爪が伸びていた。
左手のギルガメッシュは、二つのスイッチを片手で握りしめていた。
折れた翼をヘッドから生やしたスイッチと、幾何学的な文様が彫られた赤と黒が渦を巻くスイッチ。
そのうちのひとつ、
だがそれを歯牙にもかけず、みずからのベルトにそれらを挿入し、指でスイッチを押した。
〈3・2・1……〉
「変身」
機械的な、抑揚のないカウントダウンとともに、ギルガメッシュは天に拳を突き上げた。
ベルトから吹き上げた赤黒い霧とともに、星座が浮かび上がる。
今までのギルガメッシュライダーズとは違う。白を素体とした肉感的なボディ。そこに核のような宝玉が関節部を青いラインと金の装飾でつないで浮かび上がり、頭部は牙をむき出しにした猛々しい獅子のそれ。岩石のような分厚い鬣が、その後頭部を覆い隠す。
直垂をひらひらとさせて闊歩するさまは、さながら地上に降り立った神のようであり、喉元からこぼれる重低音の呼気は、獅子の咆哮を想起させた。
ただの猛獣と違い、その背には黄金の片翼が生えていた。
前門の虎後門の狼とはよく言うが、この場合左右を挟み込むのは獅子だった。おまけに前方には勇者然とした騎士ときた。
距離を少しずつ詰めてくる彼らを警戒しつつ、ベルトを手にしたまま、唯一変身能力を保持したままの泊エイジは硬直していた。
変身のためのプロセス中に、攻撃されることをエイジは恐れているのだ。
だが、そんな彼の思惑に対し、ギルガメッシュたちに迷いはなかった。
三人同時に、彼へと攻めかかる。
そんな彼らの間隙を、黒い小さな影が飛来したのは
クワガタを模した前時代的な携帯端末は、仮面ライダーたちの眼前をすり抜け、あるいは体当たりで足止めし、翻弄しながら彼らをエイジから遠のける。
強引に迫ろうとするスイッチタイプのギルガメッシュの前に、二階の吹き抜けから飛び降りた男が立ちふさがった。
三枚目の雰囲気はナリをひそめ、目深にかぶり直した帽子で目元のやさしさや冷たさを隠した彼の手元に、そのガジェット……スタッグフォンはもどってきた。
「……てめぇらか。この街を泣かせようってのは」
その男……探偵、左翔太郎は無残にも破壊された風都タワーの内装を見回した。
ぬいぐるみや化粧品、あるいは子ども用のバッグが散乱している。それらを認めると、顔をしかめた。
義憤のようなものを静かに両目にたぎらせる彼とは対照的に、ギルガメッシュたちは不敵に笑声を重ねた。
ゲームキャラのようなギルガメッシュが、自身のドライバーのサイドを指で押した。
〈ステージ・セレクト!〉
人工音声とともに、彼らを取り囲む世界が一変した。
塔の内部には違いないが、壁はレンガ造りに、床は石畳へと変わっている。
電灯や照明のたぐいは見当たらず、かわりにたいまつがほの暗い空間のなかで煌々と灯り、片隅や中空に、コインのようなアイテムや、宝箱が設置されていた。
(空間転移、いや……)
部屋の基本的な構造や散らばっていたものに変化はない。
テクスチャを実際の空間に貼り付けてそう見せているだけなのだ。
「ったく、妙なことするライダー
翔太郎が呆れ声を出した。
そしてスタッグフォンをしまうと、腰の裏から……おそらく自身のWドライバーを取り出そうとした。
だがその手を、ギルガメッシュの嘲笑が遮った。
「無駄だ。この一帯は、外部との連絡は遮断された。一切の例外も無くな」
その言葉に、翔太郎は腰の裏に回した手を止めて舌打ちした。険しい顔で、黄金の騎士をにらんだ。
Wドライバー……正式名称ガイアドライバー2Gは、ギルガメッシュのように単独の意志で変身することはできない。相棒であるフィリップと意識を共有させ、彼が承認してソウルサイドのガイアメモリとともに自身の意識を転送させなければ、変身はできない。
つまり、今左翔太郎はWにはなれない、ということだ。
だがその表情に焦燥はない。
冷静さを取り戻した春奈も、彼が平静でいられる理由を知っている。
「だったら、シンプルに行くまでだ」
左翔太郎には仮面ライダーとして、もうひとつの姿があった。
今回のようにWに変身できない場合に使う、緊急措置的な形態。
一時期フィリップが消滅していた空白の一年間、この街を支えつづけてきた、風都第四の仮面ライダー。
前もって抜き出したガイアメモリはそのままに、彼はWドライバーと酷似したドライバーを取り出した。ただその片側のスロットは欠落している。
Wドライバーのプロトタイプ、ロストドライバーだ。
〈JOKER!〉
ガイアウィスパーが主に呼応するように高らかに響いた。
「何度も修羅場をくぐり抜けてきたいぶし銀……見せてやるよ、小童ども」
探偵の声にハッとしたエイジは、状況に膠着状態に……変身できるタイミングになったことを悟り、自身もベルトを巻いた。
翔太郎と並び立つと、イグニッションキーを回す。
ベルトを待機状態にすると、ブレスレットにシフトカーをセットする。
同時に、ロストドライバーのスロットにもメモリが挿入された。
翔太郎の顔にコネクタのような、あるいは涙のような刻印が浮かび上がる。その横で、拳を握り固めた。
「変身」
〈JOKER!〉
「変身!」
〈DRIVE! TYPE NEXT!〉
歯がゆさを噛みしめる春奈の前で、ふたりの男が姿を変える。
「仮面ライダー……ジョーカー」
銀色の触覚、赤い瞳。紫のボディラインに黒の体色。
無駄な飾り気のないその仮面ライダーは、右手を回して鳴らしながら、公然とそう名乗った。
地下に停めてあったであろうトライドロンが、きりもみしながら床を突き破って、空中に躍り出る。そのホイールから吐き出された黄色いタイヤを受け入れて、ダークドライブの正常な起動を示した。
みずからグローブを握りしめて指を開閉する。
新旧黒のライダーは、巨悪と対しながら、赤と青、二色の眼光を鋭く閃かせた。