喜ばしい反面、春奈が出るという説もちらほら聞こえてきて戦々恐々としております。
……まさか八年も昔の作品の続きが来るなんて考慮しとらんよ……
映像媒体で無いとはいえ、どういう展開になるのか楽しみです。
「事の発端は、クリスマス。風都刑務所へ移送中だった囚人の脱走だった」
エイジと共に塔を出た春奈は、あらためてその全身を見上げていた。
脱走の中心にいたのは元警察官で、それは二度目の脱獄だったという。
警察官、あるいは脱獄者としての経験、人脈。
それらを悪辣に使い、男はガイアメモリを獄中にて入手。仲間とともに護送車内でドーパントへと変貌した。
自由を奪われているはずの囚人がたやすくその拘束を解き、持っているはずのない違法品を使い、現れるはずのない怪人へと化けた。
その時警備に当たっていた警官たちの衝撃たるや如何ほどか。今となっては知る由もない。
とにもかくにも風都郊外で狂乱の果てに、護送車は横転し、死傷した警官を残して囚人たちは解放された。
騒動が彼らが一路目指したのは、風都タワー。
地下から侵入した彼らは、警備室を制圧しながらホールから現れた。
意図したかどうかはともかくとして、ちょうどその手法は一度目に占拠された時と酷似していた。
そのことが、人々に実態以上の恐慌を引き起こさせた。
下から上へ、さながらそういう漁か、あるいはゲームであるかのように来客を追い立てた犯罪者たちは、彼らとともに展望台に立てこもった。
そこに、幼い春奈と……そして母、鳴海亜樹子がいた。
そして、彼女たちこそが目的だったようだ。
展望台につくなり変身を解いた男たちがこう呼ばわった。
「副署長の照井の家族が来てるだろ!? 出せっ」
主犯格の男はともかく、その取り巻きは現役時代の照井竜に逮捕された犯罪者たちであり、その動機は怨恨による復讐だった。
当初は黙秘していた人質たちだったが、主犯格の男が、扇子で爪をとぐようなしぐさととも発した一言が、その空気を変えた。
「もし誰がそうなのか教えてくれたら……解放してやってもいいよ?」
むろん、それは守る気もない約束だった。すこし考えれば、その程度のウソは見抜けるはずだった。
だが、ギリギリの状態に立たされた観客たちには、その『すこし』を考える精神的な余裕は、なかった。
「たしか、そこの女が『竜くん』とか言ってた、ような」
「お、俺も聞いた!」
「そこの親子がそうだ! 間違いない」
ーーそれが、自分の半生を費やして街を守護した男に対する、街の人々の返礼だった。
これらの密通が決め手となり、照井母子は犯人たちの手元に置かれた。
そして主犯格の男は、ブロードキャストドーパントの特性を使って街中の放送をジャック、どこかにいるであろう照井竜に向けて声明を発した。
「えー、エリート警官照井くんの家族をお預かりしていまぁす。返して欲しければ、日没までに一人で来るように。……来る勇気があればの話だがなぁ〜」
男がこう言ったのには理由がある。
実のところ、風都に現れたドーパントは彼らのみではなかった。
彼らと通じていたエグゼほか犯罪グループの残党が、最後の花火とばかりに一斉に蜂起。ドーパントに変身し風都中を荒らし回っていた。
おおよそ計画性も、自身の損得さえも関係ないと言わんばかりに、ドーパントたちは街で破壊の限りを尽くしていた。
そんな蛮行に、警察も、そして仮面ライダーたちも方々で対応に追われていたのだった。
そして結局、父は時間には来なかった。
代わりに現れたのが、仮面ライダーWだった。
そして母は展望台から突き落とされた。
当時小学生の頃の春奈にとっては、あまりに衝撃的な光景だった。そこだけが脳裏に焼き付いて、その前後の流れが千々に乱れている。乱雑につなぎ合わせて編集されたフィルムのように。
たしかWが、激情に身を任せてドーパントに立ち向かった。
展望台から飛び立ったふたりを追って、タワーから抜け出た春奈は、地上で争う彼らを見た。
その時Wの姿は変色していた。まばゆいばかりの黄色と銀に分けられた闘士。背負った鉄棒を振りかざせば、ムチのようにしなって灰色のドーパントへを打擲した。
「メタルイリュージョン……!」
そしてシャフトにメモリを怒りとともに叩き込めば、振りかざされるシャフトの軌道に沿うように、月輪のごときリングがWの周囲に展開する。
勝算がないと判断してか、逃げようとするブロードキャストドーパントの背を、その月輪が追尾し、存分に切り刻む。
断末魔とともに巻き上がる爆炎。ブレイクされるメモリ。うつぶせに倒れる犯人。
ノイズとともに、映像が一瞬途切れる。
「……おいっ、おい! しっかりしろ、亜樹子!?」
次に記憶に残っているのは、悲鳴にちかい、どこかで聞いた声。見慣れた男性が、ぐったりと力なくもたれかかる母を何度もゆする様。
その彼女の細腕をつたって、おびただしい血の量が地面に広がる。
「左ッ、フィリップ! 所長は……ッ!?」
そして今更ながらに駆けつけてきた父。言葉をうしない、さっと色がひいて、凍り付いたその顔。
どうすることもできず、誰を責めることもできずに立ちすくむ自分自身。
その足下を、母から流れ出た血が濡らした。
かくして、この年の聖夜は、街中のいたるところに傷痕を残し、後味悪く朝を迎えた。
その被害は最初に起こった『蜘蛛男事件』に比肩しうる甚大さであった。ただ一方で、地下でくすぶっていた犯罪グループはこれを機に一掃され、風都におけるガイアメモリ事件は激減した。
ブロードキャストの男……主犯格も再逮捕された。
ただその動機は、事件の大きさに反して、ひどく卑屈で、身勝手で、矮小だった。
取調室に押し込められた男は唇をとがらせながら傲然と持ち込んだ扇子をあおいでこう供述したという。
――事件を起こした理由? んなもんねぇよ。
――強いて言うなら、あの副署長が気に食わなかった。一目見たときからそう思ったね。
――刑事出身ってのが気にいらねぇし、赤いのも気に食わねぇ。エリートで正義漢気取りってのも虫唾がはしる。
――街とか市民を護る仮面ライダーとかいうのにも、やな思い出があって、あのバカどもに恥をかかせてやりたかったのさ。
――そうだな、まぁあとは……メッセージかな? 昔オレを逮捕した『あいつ』にな。『何度悪事を重ねても止めてやる』とかなんとか言ってましたけど? でも
――どうせオレの人生詰んでんだっ! 何やったって損はねぇんだよ、うひゃははははは!
自分は悪くない、自分をそうさせた世の中が悪い。
そう言いたげな吐露の数々に、取り調べをした警察官は閉口したという。