エイジは空に浮いていた船が墜落していったあたりに、飛翔するネクストライドロンを向かわせた。
そして異変はすぐに、山の上のあたりで見つかった。
そして衝撃的な光景を、見てしまった。
砂になる『天空寺アユム』を。
もうひとりのアユムに取り込まれ融合するさまを。
そうして再誕した、仮面ライダーゴーストの変身を。
「……っ変身!」
まだ高度はあったが、着陸まで待っていられなかった。
車内から宙へと身投げした彼は、ダークドライブとして大地に、そこでゴーストと交戦するギルガメッシュへとブレイドガンナーを振り下ろした。
だが、あらかじめ予期していたかのごとく、振り上げた槍がその一太刀を遮った。
「やっと来たか」
遅かったな、と言外に嘲りを含ませて青光りする刃を巻き込むように、二股の穂先をねじる。
それに絡め取られて奪われないよう、エイジは自身の身体ごと刃を翻して引いた。
「エイジ兄ちゃん」
彼に背中を重ねながら、ゴーストはそう名を呼ぶ。
だが、仮面ライダーの姿をとっている。ダークドライブを泊英志だと認識している。
「君は……いったいどっちのアユムだ」
「どっちとも、かな」
返ってきたのは、あいまいな答えだった。
だが、そのあいまいさこそが、今判然としないアユムにとって妥当な答えなのだろう。
それ以上は追及せず、若き両ライダーは剣を立ててそれぞれの敵に相対し、剣を立てて攻勢を押し戻す。
恐竜の怪人とギルガメッシュはダークドライブが受け持ち、眼玉の妖怪にはゴーストがあたる。
怪人の剛腕を潜り抜け、次いで来たる二撃目を交差した腕で受け止める。それが完全に食い込む前に流して威力を殺して、上から突き上げるようにしてその姿勢を崩させた。
浮き上がった腕の下から掌底を突き上げ、連打する。足を開いて大地を踏みしめ、様々な荒ぶる感情を制すようにして握り拳に込める。
テレホンパンチが、怪人の胸板を強打した。
メダルを散らしながら苦悶する怪人は、逆に間合いがとれたことにして肉体のバランスを取り戻したようだった。
身体中にびっしりと張り付いた目から、まるで鏡片が太陽を乱反射するかのように、あるいはプラネタリウムのように、怪光線が照射される。
大地を削り亀裂をはしらせ、遠方の岩肌さえも焼いてえぐる。
アユムは、自身に迫るそのレーザーを、自身の肉体から生み出した剣によって横一線に切り払った。
両断された数条の光線が彼の両脇をすり抜け、地面に触れた瞬間爆発し、アユムの背を火炎があぶる。
彼は、剣を天へと放り投げる。慣れた手つきで、だが勢いをつけてレバーを左右させた。
〈ダイカイガン! オレ! オメガドライブ!〉
虚空に黄金の紋章を負う。
それがエネルギーとなって前へとすり出した足に集中し、生じた磁場が踏みしめた地点の砂を巻き上げる。
「この一歩が……『ぼく』の歩みだッ……!」
指を立てて印を結ぶと、なお発し続ける光をかいくぐり、妖怪へ向けて高く飛び上がった。
突き出した爪先が怪人の腹を叩く。
エネルギーがそこから流し込まれて内部から膨れ上がる。
退いて着地したアユムの目の前で、断末魔をあげて、百目鬼のごときその怪人がメダルとともに爆散した。
「……面白いッ」
エイジを攻撃していたギルガメッシュが、吼えるように言った。
獣の跳躍力でダークドライブを飛び越え、アユムの前に降り立った。
喉笛目がけた槍を、空から落ちてきた剣をつかんでアユムは受け止める。
「もうひとりを容れて、多少はマシになったか試してやるよ」
そううそぶいて、攻撃の手を一層はげしくさせた。
一度は槍撃をしのいだアユムだったが、その技量と単純なスペック差とが、次第に戦況を覆していく。
ギルガメッシュはベルトのメダルを一枚ずつ取り換えていく。その動作を隙に見せてアユムの反撃を誘いながら、逆にカウンターを仕掛けて格闘術で圧倒していく。
〈ハチ! バフォメット! ガゼル!〉
交換したメダルをスキャンすると同時に放った、草原の獣を思わせる強烈な後ろ蹴りが、ゴーストの防御を突き破って胴へと叩き込まれる。
「アユム!」
空間を揺るがすほどの衝撃とともに吹っ飛んだ彼を援護すべく、エイジは駆け出した。
だがその前に、恐竜の怪人が立ちふさがった。口にあたる部分から吐き出された冷気が、ブレイドガンナーを凍結させる。それが手にまで及ぶ前に、エイジはみずからの武器を投げ捨てた。強引に突破口を開くべく突撃を試みるも、息遣いも間合いも関係ないと言わんばかりの力任せの猛攻が、それを許してはくれなかった。
アユムの手の中が、光を放ち始めたのは、そのときだった。
恐る恐る手のひらを開くと、そこにはペンダント代わりになっていたあの鍔があった。
アユムは、仮面ライダーゴーストは、その奇妙な現象を前に何をすべきか、瞬時に悟ったようだった。
その前の空間で、まるで眼玉のようなものを指で描く。
すると、その刻印と鍔とが一体化し、輝きに包まれた。その光の玉の中から飛び出た幽霊のようなものが、三体。
〈あのバラガキが、ようやく一人前になったか〉
そのうちの一体が声を空へと響かせる。
彼らはそれぞれの右手のような部位に生えた刀を閃かせて、ギルガメッシュに飛びかかった。
〈共に戦わせてくださいよ!〉
〈うむ……! 我らの力、存分に使いたまえ!〉
一度押し返してアユムのそばに戻った彼らは、想い想いの言葉とともに合体し、ひとつとなった。
その下のアユムの手中には、水色の眼魂が握られていた。
それをドライバーにセットし、一度素体にもどったゴーストが、そのレバーを引く。
〈カイガン! コンドウ! ヒジカタ! オキタ! 君と肩組み! 新選組!〉
裾の長い、浅葱色のダンダラ模様の羽織、その背と顔に、『誠』の一字。そしてふたつのスロットのついた真紅の直刀を翻し、ゴーストはあらたなフォームへと進化する。
「英雄のなり損ないどもが群れた程度で、なにができるッ」
体勢を立て直したギルガメッシュが、高らかな嘲笑とともにふたたびアユムに迫る。
「たとえ一人で英雄になれなくても、二人なら、三人なら……っ!」
アユムは、剛槍を正面から受け止めることはしなかった。刀身に穂先を這わせるようにして力を流して殺し、返す刀で袈裟がけに斬りこんだ。槍の柄でそれを受け止めたギルガメッシュの腹を、アユムの足が叩く。
「一度でダメでも、二度目なら、三度四度とくり返せば!」
のけぞったギルガメッシュのその脛を、紅の斬撃がねらった。低姿勢で駆けるアユムは、ダンダラ羽織を目くらましに、そのモーションを読み取らせない。何度も何度も、一ヶ所に狙いをつけて斬りつづける。
弱者と侮っていた相手に足蹴にされ、正攻法とは言い難いが致命的な箇所を確実に、そして執拗に狙われる。
王にとって、これ以上にないほどの無礼であったことだろう。
表情には出さない。声も漏らさない。だが、そのマスクとアーマーの内部で、徐々に屈辱と怒りが蓄積されていくのが、エイジの遠目からも見て取れるようだった。
刀を脇にかまえ、アユムは地を蹴った。
対するギルガメッシュも、銀のメダルを槍へと呑み込ませ、スキャナーでベルトのコアメダルを読み取らせる。
〈スキャニングチャージ!〉
太陽を想起させる灼熱の光を宿した槍先が、柄ごと、身体ごと、おおきく旋回した。
〈ダイカイガン! オキタ! オメガドライブ!〉
対するアユムの刺突が、それを迎撃する。
銀光を帯びた一突きが、二股の穂の軌道をわずかにそらした。
だが、アユムの刺突がつづく。
一突きが、ギルガメッシュの首の付け根に、さらなる突きが、その胸に。
〈ダイカイガン! ヒジカタ! オメガドライブ!〉
よろめくギルガメッシュの目の前で、アユムの得物が銃へと変形する。
片手で引き金をひくと、その銃口から火炎が吐き出され、ギルガメッシュを焼いた。
まとわりつく業火を振り払ったギルガメッシュの身体を、刀に姿をもどしたアユムの武器が、オレンジ色の焰を巻き込みながら、乱雑に、だが豪快に左右に凪がれた。
その勢いに乗ったままにアユムの爪先が回る。その回し蹴りがギルガメッシュを吹き飛ばした。
〈ダイカイガン! コンドウ! オメガドライブ!〉
三度目、レバーを左右させながら、アユムは飛び上がった。
大上段から振り下ろされた重撃が、ギルガメッシュの肩に叩きつけられた。
だが、王は膝を屈さない。地面をすべりながらも、退きながらも、なお陽光を放ち続ける槍を手にふるう。
「今できることを尽くして生きていれば、いつかは絶対に手が届く!」
今度は正面から受けて応じた。火花を散らして額と刃を打ち合わせる。だがその刹那アユムは、自身の身体ごと剣先を移した。槍の柄をなぞるようにして刃が走る。捉える。ギルガメッシュの鳩尾に届き、食らいつく。
アユムは、ドライバーが赤熱するのにも構わず、レバーを左右に動かした。
〈ダイカイガン! コンドウ! ヒジカタ! オキタ! オメガドライブ!〉
「……人間の可能性は、無限大だ……!」
空のように蒼く気高く、狼の爪牙のごとくまばゆく鋭く。
ギルガメッシュに食い込んだ刀が閃光とともにその胴をえぐり抜いた。
「……ハ、ハ。今日のところは……その健闘に免じて……退くか」
ギルガメッシュは不敵に振り返って、ノイズにまみれた声で言った。ただし半身を奪われて、不自然な姿勢のままに。
その姿勢のまま、アユムの背越しに欲望の王は槍を取り落として爆発した。
その爆炎の中から飛び出した眼魂を、残された恐竜の魔人が掴み取って羽ばたいた。
黒翼から生じる風に圧されている間に、ふたりはその逃亡を許してしまう。
ふたたび視界が明けた時には、すでに肉眼で視認できないほどの高みに消えた後だった。
〈オヤスミー〉
それぞれの変身装置からシフトカーや眼魂を引き抜けば、そこに立ち尽くすふたりは少年の姿にもどっていた。
だが、そこに若者らしい溌剌さはなく、勝利に歓喜するにはいろいろと複雑な要素が絡みすぎていた。
ただ言葉もなく、見上げ続けた空は青かった。