天空寺アユムは、目に入り込んできたかすかな光と、鼻から侵入してきた焦げ付く臭いと、耳に届いた金属音とで目を覚ました。
次第に輪郭がはっきりしている目の前の光景は、さながら異世界のようだった。
真っ二つに割れて炎上し、地上の山肌に墜落している幽霊船。
それを背景に、剣戟を鳴らして競り合う、仮面の戦士と怪人たち。
いつの間にかふさがって痛みのない傷もあいまって、まるで悪夢でも見ているような心地だった。
だが、目前の怪人たちは、自分を襲ったあの三人組で、彼らの存在が、これが非情な現実であることを証明していた。
そしてそんな彼らの姿を、アユムは自分を護る仮面ライダーゴーストの……胴から背にかけてに大きく穿たれた穴から目撃したのだった。
穿たれたアーマーと肉体だけではない。貴族か軍人ののようなマントやビーコン帽は端々が擦り切れている。何合打ち合ったのか。手にした両刃の剣は、そのどちら側の刃先も欠け落ちていて、もはや武器というよりかは敵の攻撃を捌くための防具でしかなかった。
ただ、背にひかえた自身を護るために、そんな状態でも彼は戦っていた。
――仮面ライダーゴーストは。
「……父さんッ!?」
たまらずアユムは声をあげた。
間違いない。フォームこそ見覚えがないが、基本の形状はゴーストのそれだ。
夢ではなく、本当にあれは父だったのだ。
そう思い、アユムは悲痛な声をあげた。
だが、彼のすがるような悲鳴も、目の前のゴーストの健闘も、怪人たちの猛攻を前には無力だった。
決死の特攻もむなしく距離をとられ、一斉射撃を浴びせられた。
衝撃で足下まで転がりながら、ついにゴーストはその変身を解除した。
アーマーによってせき止められていた血液がその装着者の口端から、傷から一気に吹きこぼれ、またたく間に周囲に紅の潮海を拡げた。
「父さん、しっかり……ッ!?」
自身の足下に転がって来た人間を見て、アユムは一瞬言葉をうしなった。
父、天空寺タケルではなかった。だが、知った顔ではあった。
――そう、自分自身と生き写しのような顔が、そこにはあったのだ。
「なん、だよ……コレ……何してるんだ、お前!?」
「なにを、しているのかだと? そう聞きたいのはぼくのほうだ」
自分と似ているようでどこか違う調子の声で、ゴーストに変身していた『彼』は言った。
逆注する血反吐に、まるで溺れるようにむせこみ、喘ぎながら。
「自分の答えは……出ているはずだ……さんざん皆に背を押されたはずだ。なのになんでおまえは、何もしようと、しない……?」
彼らの前で、まるでいたぶるように、あるいは自身の威容を誇示するかのように、色とりどりの怪人たちは歩幅は大きく、しかりゆったりと追ってくる。
にも関わらず、死に瀕しながらも彼は、そうとは思えないほどの力強さでもって、アユムの肩をつかんだ。
その手のなかに、硬い感触があった。
それはあのギルに斬られた際胸から切り離された、近藤勇の鍔だった。
たとえ時代に逆行していようとも、裏切られ、見放され、利用されようとも……大いなる力や流れの前には無力であったとしても、信念と理想に従い、堂々と在りつづけた漢の生きた証。
それを改めてアユムに握りしめさせながら、血の気の失っていく唇を、『アユム』は震わせた。
全身でぶつかるように、すべてをゆだねるかのごとく、同じ顔のアユムを抱きしめた。
「眼をそらすな、閉じるな……自分の心の、眼を開け」
そう言った少年は次の瞬間、灰のような真っ白な砂となって、崩れ去った。