「まぁ、お前が行ける
皮肉げに嗤いながら、侑斗はさらに距離を詰めた。『アユム』は、後ろへと下がった。
「天空寺タケルの眼魂がゼロライナーに入ってきたかと思えば、飛び出して……理由にしても、考えられるのはそれぐらいだしな」
「顔見知り、だったのか。っていうか……消えるって、なんだよ」
エイジは、侑斗から距離をとるように身を移した。目で追いながら、コクリと少年はうなずいた。
そこでようやく彼の存在に気が付いたかのように、桜井侑斗もまた、鋭い視線をエイジに送り、口を開いた。
「そこのアユムがいた時間は消滅している。時間からこぼれ落ちたそいつが砂の砂漠をさまよっていたところを、ゼロライナーが引き上げたんだ。ゼロライナーも、本来は失われた時間の中にあったものだから波長が合ったのかもな」
「あなたも、本来の時間とは切り離された単独の存在だ」
「けど俺とお前とでは状況が違う」
突き放すように侑斗が言った。
彼とデネブと、『アユム』。それぞれの顔をうかがえる中間の立ち位置に、エイジはいた。
「ゼロノスでも特異点でもないお前が今も存在を保っていられるのは、ゼロライナーとゴーストドライバーの恩恵とのバランスによってだ。ゼロライナーから離れてゴーストドライバーを酷使すれば、もう存在を保つのは限界のはずだ……おとなしく戻れ」
「断る」
『アユム』は立ち止まり、間髪を入れずその申し出を拒んだ。
「ぼくには、まだこの時間でやるべきことがある」
対する侑斗は、カッと眼をいからせた。
「お前、自分で言ったばっかじゃねぇか! もうお前はこの世界に干渉できないんだよ! そもそも、もうなんの関わりもない! 自分が消滅してまで肩入れする義理がどこにある!」
つながった、とエイジは心の中でつぶやいた。
「お前、天空寺アユムを見たか?」
という、その問いの意味。そして、それらのやりとりの中にあった、侑斗の焦燥。
それらは、ただ似たような存在であるこの『アユム』を、案じてのことだったのだと。
そして青年は岐路に立たされていた。
これ以上戦わせれば、『アユム』は消える。だが、彼の望みは、たとえ自分を代償に差し出してでも、父タケルを救いたいというものだ。
その願いの前に、自分は、何を、してやれるのだ?
『アユム』は言った。
「それでも……ぼくにはやるべきことがある。『天空寺アユム』には、背負わなければいけない宿命がある」
透き通った目に頑なな信念を宿して輝かせて。
「十分なんだ! ぼくが間違っていたとしても、そこで得たのがたとえ短い
侑斗は大仰にため息をこぼした。
「たとえ自分が消えても、未来を守りたい……そんなヤツらを、俺は三人ばかり知ってる」
ぞんざいに投げやった彼の視線に、川べりに引っかかった黒い網があった。
「どいつもこいつもいけ好かないヤツらばっかりだったが、それでも消えてもいいヤツなんか一人だっていなかった。俺自身、そんな覚悟もしてきたはずだった。けど、実際に死んじまうのは大違いだと、誰かに教えられた。もう誰に対するものだったのか、それさえも憶えてないけどな」
黒い網をしかめっ面で見つめ、彼は薄く唇を噛みしめた。常の渋面とは違う、もどかしげで、切なげに揺れるまなざしを、引き絞って。
「そして思った。俺は、そいつらのようにはなれない。これ以上、誰かに背負わせるつもりもない」
真正面に向き直ったとき、彼の手にはベルトと、一枚のカードがあった。
「力づくでも連れて帰るぞ……変身」
腰に巻いたベルトのバックルに、カードを差し込むと、
〈ALTAIR FORM〉
無機質な電子音声と、星を思わせるまばゆい輝きともに、彼を緑色の大剣士へと変えた。
「仮面ライダー!?」
おどろくエイジを、デネブが「ここは危ない!」と端へと押しやる。
その彼らを、変身の衝撃波がおおきく揺さぶった。
「最初に言っておく! 俺はかーなーり、強いっ!」
と高らかに宣言とともに、大剣が地面に突き立てられ、空いた指が少年へと突きつけられた。
「うん……知ってる。それでも、止まる気はない!」
対峙する『アユム』の腹部にも、ゴーストドライバーが燃え上がりながら浮かび上がった。
そこに深紅の眼魂を装填すると、手刀で虚空に印を結ぶ。
「変身ッ!」
〈カイガン! ガリレオ! 天体知りたい、星いっぱい!〉
左右させたレバーの連動とともに、ドライバーから呼び出された、天球をかぶったようたパーカーが彼を頭上から覆い、三日月と望遠鏡をかたどった模様がマスクに浮かび上がる。
そのシンボルが、桜井侑斗の変身した戦士を見つめ返していた。
寸時の見つめあいの後、時空をわたってきたふたりの仮面ライダーは、互いに向かって踏み出して、エイジの眼前で衝突した。