仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第四話:オレがお前で、お前がオレで!~Double Action G~(10)

 戦闘のあった現場から離れ、人気のない土手で、ふたりは身を休めていた。

 未だに自然を残すそこは、緑の芝生に寝転べば、青い空と、透き通った川の流れが見えた。

 彼らの視界の端には、黒い網のようなものが引っかかっていた。

 

「はい」

 エイジが道中に買ったメンチカツを手渡すと、少年はほのかな微笑を浮かべてそれを受け取り「ありがとう」と礼を述べた。

 

 

「すごいね、この世界は。人と、あと食べ物にあふれてる」

 続けて発した一言は、彼がすごしてきた人生の凄絶さを物語るに十分だった。

 

 

 そこには私情で追及したりせず

「教えてくれないか。アユムじゃないなら、君は誰だ? そして『もうアユムじゃない』って、どういうことだ?」

 と、エイジは今気になっていることについての、説明をもとめた。

 

「……きみに接触するつもりは、あまりなかった。けど、そうだね。きみならこの事実を受け入れやすいだろうね。エイジ」

 

 自分を兄と呼び慕うようになった少年と同じ顔で、彼はエイジの名を呼び捨てた。まるで、肉体的にはともかく、精神的には長じているかのように。

 

 優しげに目を細めながら、『アユム』は尋ねた。

 

 

 

「きみは、この歴史が、現在が、何度も書き換えられた末のものだと、知ってるよね?」

 

 

 

 ――この歴史。

 思いがけないキーワードに、エイジは声を詰まらせた。だが、その脳裏に浮かんだのは、ダークドライブの力を手にしたときの、追田りんなの説明だった。

 

 相手が理解したことを表情から読み取って、『アユム』は言った。

 

「そう、ドライブドライバーの暴走によりロイミュードが支配する二〇三五年がこれより前に存在していた。歴史改変マシンや仮面ライダー3号の存在によって、ショッカーという組織は過去を改変し、その未来を書き換えてきた。とりこぼしたセルメダルが、歴史を捻じ曲げたことがある。イマジンとよばれる未来人が自分たちの時間軸につなげるため、分岐点を求めて過去を荒らし回ったこともあった」

 

 エイジが把握していること、していなかったこと。それらをひっくるめ、エイジが呑み込めないのもかまわずに『アユム』はつづけた。

 

 

「そして……イゴールが開発したデミアシステムがデリートを逃れて成長し、グレートデミアとして人格を持って、人類を支配しかけた未来があった」

 

 

 ――そう、エイジがエイジが完全に知らない、先の物語を。

 

「ぼくは、そこで戦っていた仮面ライダーゴースト、天空寺アユムだ」

 

 エイジがあっけにとられている間に、食べ終えたらしい。

 我に返れば、『アユム』の手からメンチカツが消えていた。差し出したその手には、本来のアユムにはない無数の傷跡があった。そして、完全に瞳を開いた白いゴースト眼魂があった。

 

「奴は復元したロイミュードやバグスターウイルスとともに人類を襲い、多くの仲間が傷つき、倒れていった」

 『アユム』はちらりとエイジを見た。

 

「その絶望的な状況下のなか、人類は何度もその過去を変えるべく、タイムワープを試みた。ぼくもそのひとりだ。結局それらは失敗に終わったけど、折れることのない希望を胸に、最終的には勝利した。……甚大な犠牲を、払いながらね」

 

 でも、とそれで幕引きとせず、平行世界の『天空寺アユム』は語り口を止めなかった。

 

「追い詰められたデミアは、その矛先を変えた。かつてのぼくと同じように現在ではなく、過去から変えようと跳んだ。ぼくもふたたび過去へと追い、そして父さん……天空寺タケルたちと共闘のうえ、ついに撃破した」

「……どこかで聞いた話だな」

 

 思わずこぼれ落ちたエイジのつぶやきに、真摯に目を向け『アユム』はうなずいた。

 

 

 

「きみのことも知ってる。勇敢で利発な戦士()()()

 

 

 

 白い眼魂をしまい懐深くへしまい直し、彼は幽かに、そして深みを込めて笑む。この時間軸のアユムが絶対に作れない表情だ。

「……でもそれっておかしくないか? 君がお父さんたちと倒したデミアっていうのは、未来からやってきたんだろ? だったら」

「そうだ、それだけだったら未来は変わらない。勝利はしたが傷つき、荒廃したままだ。だからこの話には続きがある」

 風が凪ぐ。草木が揺れる。その青さを愛でるように手元の野草を撫でながら、彼は答えた。

 

 

「事件の直後。二〇一六年では、イーディス主導のもと、デミアシステムの完全な除去作業が行われた。それが分岐点だ。結果、進化したデミア……グレートデミアは生まれず、代わりにこの二〇三五年が現れた」

 

 

 エイジは、しばらく無言でいた。あっけにとられていたわけではない。それは、今の状況と彼の説明を聞いたうえで導き出される解答のひとつだった。

 だが、リアクションには窮していた。

 イーディスの為人を思えば、「また余計なことを」と毒づきたくなるところだが……

 

「そう、正しいんだよ。その判断はね。近い将来確実に爆発して世界を壊滅させるとわかってる不発弾を放置しているほうが、どうかしている」

「……でも、それによって変わってしまった未来なら、君はどうして」

 

 『アユム』は、本来この平和を一番に喜び、謳歌するべきであろう戦士は、青空を見上げた。

 

「ぼくの体質は親のせいかちょっと特殊でね、特異点ではないけれど単独で時間が跳べるし、改変の影響を受けにくい。……だからなのか。ぼくが戻ってきたときこの世界には、もうひとりの天空寺アユムがすでに存在していたんだよ。ごくふつうに親から生まれ、何不自由なく育てられ、戦いも知らないままに生きている、()()()()()天空寺アユムがね」

「それが……ふたりのアユムの真相(こたえ)か」

 『アユム』は、首肯して応じた。

 

「そしてこれは、ぼくへの罰だ」

 

 少年は歌を口ずさむように言った。

 

「言っただろ。ぼくらはデミアがタイムワープする前、一度自分の世界に絶望し、過去から書き換えようとしたんだ。一度目は……ある青年、としておこうか。彼は未来の仮面ライダーだった。けど、自分たちの施設ごと変身能力をロイミュードに奪われた。そこで彼は二〇一五年八月に跳び、未来で復活したあるロイミュードの野望を阻止しようとした。けど、追いつかれた。そして、自分が変身してきた装備で殺された」

「……ッ!?」

「二度目はぼくだ。バグスターウイルスを増殖させた原因(だん)黎斗(くろと)からガシャットと呼ばれる装置を奪うことにより、未来でのバグスターの活動を阻止しようとした。でも本来、それは許されないこと」

「でもそれっておかしいじゃないかッ!? 現に未来は変わっている! 僕らの父さんたちや、君自身が戦ってくれたおかげで! だったら」

 

 

「エイジ」

 まるで友を呼ぶような口調で、『アユム』は語りかけてきた。

 

「結局未来を決定させるのは、今そこに生きる人々の決断と行動によってなんだ。未来からの干渉それ自体では、改変ができない。どうあっても、何らかの抑止力がはたらく。そういうものだ」

「……未来を変えるのは、今そこにある正義だけ、か」

「そういうこと。だからさ、今苦しむ父さんを助けられるのは、この時しかない。そしてそれをできるのは……もう『ぼく』じゃダメなんだ」

 

 『アユム』はそう言って、草のなかに横たわった。

 広げた手のひらに、真っ白な砂が張り付いている。震える指を折りたたむと、彼は拳をつくって自分の髪の生え際へと押しやった。

 まるで、何か恐怖を押し込めるように。

 そしてエイジは、彼にかける言葉が見当たらず、やり場のない感情で肩をいからせたまま、棒立ちになっていることしかできなかった。

 

 

 

「そうか、やっぱりお前の目的は、天空寺タケルの救出か」

 

 

 

 そんな若者ふたりに、男の声がかけられた。

 彼は季節外れの上着の袖に手を突っ込んで、川沿いの道にいた。

 黒ずくめの大男が、さながら従者のように歩幅を合わせて日傘を差すのを押しのけるようにして、早足で彼らに近づいた。

 

「桜井、さん」

 

 エイジも顔は知っている渋面の男の名を、『アユム』が立ち上がってつむぐ。

 忌々しげにちいさく舌打ちしながら、その男――桜井侑斗は甲高い声で言った。

 

 

 

 

 

「わかってんのか。これ以上無理をすれば、お前は消える」


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