「こ、の!」
精一杯手を伸ばす。感じるふた通りの、たしかな手ごたえ。
手の中に収まった車型のガジェットは、今までの暴走が嘘のように、ピタリと大人しくなった。
と同時に、エイジ自身もまた、奇妙なフィット感を覚えていた。
その形状が、かつて父たちが『変身』に使っていたシフトカーという存在は知っている。何度も、おとぎ話のようにくり返し聞かされた。そして自分でも、目を輝かせて当時の記事を見聞きした。
だが、今手の中にある、そのシフトカーと酷似したものはそういうレベルのようなものではなかった。
まるで細胞のひとつひとつが吸い付くように、なじんでいる。磁力のように、強烈に惹かれ合っている。
……あるいは、おたがいに運命を感じ取ったかのように。
(それはそれとして)
周囲を見回せば、そこは教習や試験に使われていそうな場所ではなかった。
冷静さを欠いて無我夢中の追走劇のなか、いくつか立ち入り禁止の札や、通ってはいけないエリアを、通過、したような……
その事実を思い返し、気まずさが胸に去来する。
警備員の制止とか、電子的な施錠はされていなかったように思えるが。
埃の積もった場所は、まるで宇宙ステーションのように円形にかたどられた一室だった。
用途不明の機材や設備が並び立ち、前輪と銃、あるいは車のドアやハンドルが剣や銃に合体したようなものなど、これまた製作者のセンスを疑いたくなるようなメカが机の上に置かれている。
どうやらここは、運転試験場を隠れ蓑にした、誰かの実験場、研究所、工房といったところか。そんな発明品の中でも一際目を惹く存在があった。
『それ』には手があり、足があった。
目があり、鼻があり、口がついていた。
だが、全身を覆う鋼の皮膚と胸に取りつけられた空白のナンバープレートらしきものが、そこから一気に人間らしさを失わせていた。
腰には赤いベルトと銀色のコンソールが、左手首には奇妙な形のブレスレットがあった。
「ロイミュードのボディ……スタインベルト式のドライバーとシフトブレス……?」
自分とも決して無関係ではないものが、どうしてか、この久留間の運転試験場に集結していた。
戸惑う彼の脇を、浮遊物が通過していった。
シフトカーではなかった。それはまるで、眼球のような不気味なガジェットだった。
「うわあっ!?」
おどろきのけぞる彼を嘲るように周囲を飛び回ったそれは、銀色の機械の肉体へと向かっていく。
ナンバープレートをまるで入り口にするかのように、飲み込まれていく。
その異様な光景に唖然とするエイジの前で、何も書かれていなかったナンバープレートに、釘で刻んだような不気味な字体で、
「1002」
……という、
「なっ!?」
ゆっくりと歩き始め、自分につながれていたコードや機材を強引に引き剥がす。断続的に鳴り響くアラームが、これが異常な事態であると饒舌に知らせてくる。
異音をあげてぎこちなく動いた右手が、腰のベルトをいじる。
だが、その動作にベルトのシステムは反応しない。
「……むむ」
とわずかにうなったそれは、今度はエイジへと視線を向けた。正しくは、エイジの手にしたシフトカーに。
「悪いが、それを渡してもらおう」
人間の言葉で、はっきりと伝えるロボット。その腹から、ベルトが弾け飛んだ。
だが、その裏側には見たことのない、まったく別の意匠のドライバーが存在していた。
スタインベルト式の機械的な外見とは対照的に、青白い、目玉の妖怪を想わせる不気味な中心核。そのフタを前後に押し開ける。
先ほど自身の機体に入っていったはずの、黒い目玉がその手に収まっていた。横合いのスイッチを押し、ドライバーに挿入する。
〈アーイ! バッチリミナー! バッチリミナー!〉
まるで歌うようなシークエンス音の中、ドライバーから現れた黒いパーカーのようなものが踊るように飛び回り、エイジを突き飛ばし、そしてロボットのシフトブレスを弾き飛ばした。
ロイミュード……いやそこに憑依した何者かは、右腕を斜めがけに突き出した。そこから大きく時計回りに旋回させると、逆の手でレバーを左右させた。
「変身!」
〈カイガン!〉という甲高い音声とともに、浮遊霊のように漂っていたパーカーが両腕を天へと突き出したロボットに覆い被さる。
まばゆい光が明滅したあと、その姿は大きく変化していた。
胸には1002のナンバープレートの代わりに、赤紫の目玉模様が描かれている。そこから骨のようなシンボルが、黒ずんだ肉体へと伸びている。
白い顔には、炎のような輪郭の黒いアイ。平面的なそのマスクを、彼の指が大見得を切るようにツルリと撫でる。
両指を絡ませるような仕草のあとパーカーを取り外すと、鬼にも似た一本角があらわになった。
「仮面、ライダー……!?」
エイジの口からこぼれたのは、伝説の仮面のヒーローたちの総称だった。
だが目の前の禍々しい姿は、どう見ても正義の味方のものではない。まして、自分の父たちが生命を賭けて封じようとした技術を、奪おうとしている。
そしてこの怪人を自分がここまで呼び寄せてしまったのだったら……
彼の周囲には、ベルトとシフトブレスが散らばっている。
その手の中には、シフトカーがある。
それらの視覚情報をつなげれば、自分の使命は本能で理解できた。
そう自覚した瞬間、エイジの頭と心臓が火を入れられたように熱くなった。今までに感じなかった興奮をおぼえる。
腕を伸ばして自分からシフトカーを奪おうとする怪人から、転がって避ける。
逃げた先にあったシフトブレスを手に取り、腕に装着してから弾き飛ばされたベルトへと行き着いた。
手順は、ニュースのアーカイブで見た若き父の姿を見て知っていた。
掴んだドライバーを、勢いをつけて腰に回す。
ドライバーウェビングと呼ばれる繊維部分が、エイジの体格に合わせて調整される。
アドバンスイグニッションをひねると、内部のエンジンは正常に起動した。
シークエンス音とともに、セントラルフェイスというディスプレイに、リングのようなマークが表示された。
シフトブレスに、シフトカーをセットする。
その直前、今からひとっ走り付き合ってもらう『相棒』に、低い声で語りかけた。
「
シフトランディングパネルが乗せられた車の情報を読み取る。
「変身……」
〈DRIVE! TYPE……NEXT!〉
転送されたライダーのデータが物質化し、両腕をT字に出したエイジを包み込む。上空に空間が揺らぎ、タイヤが斜めがけにはまり込む。
雷光にも似たきらめきとともに現れたのは、敵と同じく、闇夜に身を包んだかのような、黒い仮面ライダーだった。