エイジたちがたどり着いた時には、すでにかつての歓楽地は戦場だった。
海沿いの広場。逃げ惑う作業員。飛び散る火、煙。その奥で黒い無数の影がうごめいていた。
西洋悪魔を思い起こさせる風貌の石の怪人が、槍を手にして、隊伍のように整列して闊歩する。
その中央に三体、白をベースとした素体をし、紫の宝石を所々にちりばめた魔人が悠然と歩いていた。
そして彼らが追い詰めていたのは、深紅のパーカーを羽織った仮面ライダーだった。
鹿の両角を頭に伸ばし、マスクには六つの真円とその上下に刀が四本デザインされている。
飛びかかってきた石の怪人を紅の直刀を左右に振りかざして斬り落とす。甲冑とダウンジャケットの合いの子のような上衣がひるがえり、中から紫目玉の紋が覗いた。
(間違いない)
姿こそ違うものの、達人然とした太刀筋でわかる。
エイジが会ったのと同じゴーストだ。
それを目で確かめたあと、エイジは段差の陰に身を隠した。
避難者を一通りやり過ごしてから、飛来してきたシフトカーをその手につかむ。
「START OUR MISSION」
それに語りかけるように呟くと、音声入力に応じてベルトが腰へと転送されてくる。
「変身!」
〈DRIVE! TYPE NEXT!〉
エイジはその場から身を乗り出して、高く跳躍した。
空を踊る青年の肉体に黒い装甲が張り付き、黄色い放物線を描きながら、その胴部にタイヤがはまり込んだ。
着地と同時に振り降ろされた槍を、ブレイドガンナーが受け止める。
それを受け流して、エイジは石の怪物の脇をすり抜けた。
上半身をひねると、背後から追おうとする敵に射撃を浴びせる。
引き金から指を離し、まだ紫煙が糸引く武器を宙へと浮かび上がらせる。
再び身を前方へと切り回しながら逆手でガンナーを捕まえると、握りしめて、迫りくる相手の胸へと叩き込む。
全身を衝撃で波打たせながら、数メートル先へ吹き飛んだ石人が、コンクリート塀に激突する。
ギ、ギ……と、断末魔らしいとは言えないかすれ声をあげながら、そのまま爆発した。
「ッ!」
ダークドライブと化したエイジは、そこで頭上に
廃屋の屋根に、金髪の美少年が直立していた。
「ギルガメッシュ、やはりお前か……ッ!」
だがその少年……ギルガメッシュの分霊は、まるで今までエイジの到来を待っていたかのように、次の瞬間には嘲笑を浮かべながら背を向けていた。
彼自身は建物の裏へと身を投げたが、彼がここまで引き連れてきたであろう異形の群れは止まらなかった。
「待てッ」
なおも追いすがろうとするエイジだったが、ギルガメッシュのいた廃屋の裏から、五、六体ほどの影が地上の怪物の群れの中に舞い降りた。
忍者のような風貌のそれは宙返りを繰り返しながら怪物たちの隙間を踊り、手りゅう弾を投げつけてくる。
その煙幕が晴れた時には、ギルガメッシュの気配はかけらほども感じなくなっていた。
エイジはマスクの奥で舌打ちした。
だが、観察も思考も会話も、すべては後回しだ。
敵の群れはダークドライブと紅のゴースト、その両ヒーローへと、タガが外れたように猛攻を仕掛けてきた。
自然、互いに敵を突っ切りながら、仮面ライダーはその背を、ほぼ見ず知らずの互いに預ける形となった。
それぞれの横顔を見やる。問答はない。
ダークドライブはグローブを締め直し、ゴーストは一度襟に手をやった。
そしてすぐに前をまっすぐに向き直して、敵へと向かっていった。
突き出された槍を、ゴーストは黒いグローブでつかんで絡み取る。
奪った槍を水車のように振り回すと、火花を散らしながら怪人たちがのけぞった。
ゴーストが包囲に作った穴を、順手に持ち替えたブレイドガンナーの連射が広げる。
そこから飛び出そうとするエイジだったが、白い魔人が全身から吐き出した宝石のような光弾が、忍者たちが繰り出した手裏剣型の爆弾がエイジに直撃し、その進路をさえぎった。
息を詰まらせるほどの痛みにうめくエイジだったが、退いた彼の手元には新たなシフトカーが握られていた。
それをブレスのネクストスペシャルと交換すると、
〈BUILDER!〉
と音声が流れた。
黒と緑とを基調とした新たなタイヤがはまり込む。
次の瞬間、ダークドライブのアイカメラに、膨大な情報が流れ込んできた。
自身の状態、立ち位置、風速、敵の数、モーション、予測動作、彼らから発せられる生体エネルギーなどの動力源、それが集中する急所……
ネットワークや、拡張された演算システムを使ってありとあらゆる情報や周囲の環境が収集され、データとして視覚化される。
もっとも、エイジはそれをすべて把握できるわけではない。それをもとに、強化されたAIによって自動制御されたダークドライブの装甲が、エイジの肉体をベストな位置や姿勢へと導く。
それに抵抗せず従う彼は、振りぬかれた忍者刀を飛びのいて回避し、そのまま銃を連射した。
再び放たれた宝石や投擲武器を一発漏らすことなく撃ち落とし、背後からの槍の奇襲も、かがんでかわしたうえで振り返らず、背面越しに撃ち抜いた。
敵の攻勢をはねのけたことにより、アドバンスドイグニッションをひねり、シフトブレスのボタンを押す余裕ができた。
〈BUILDER!〉
という音声とともにブレイドガンナーの銃口にエネルギーが集中し、エイジの指によってそれが解放された。
引き絞られた弾はまるで一筋の雷光のように群がろうとする敵を、軌道を直線的に変化させながらそれぞれの急所を貫通し、さながら数珠つなぎにでもするように、緑碧の尾を引いたまま、敵を巻き込んで爆発した。
そしてゴーストの方もまた、一気にケリをつけるべく行動を始めていた。
低く跳躍して襲いかかってきた石の怪人に、投げ槍を叩き込んで蹴り飛ばす。
敵群がその体に巻き込まれて雪崩うつ間に、地から新たな槍を拾い上げて、アスファルトの地面にその石突をめりこませて固定した。
彼の手の中で、真紅の刀が細身の拳銃へと変形させられた。
グリップのあたりにある、まるでサングラスのようなユニットへ、黒と白のふたつの眼魂をセットすると、その銃身を槍穂の付け根に据える。
〈ダイカイガン! オメガフラッシュ!〉
十字架のような、槍のようなエネルギーが、銃口から放出される。
大樹のような太さを持つそれは、射手の身体を反動でのけぞらせながら、一帯の敵を焼き尽くした。
「……すごいな」
周囲を一掃した後、エイジは周囲に反応がないことを確認してから変身を解除した。
照井春奈のトリプルAにも負けず劣らずの火力の痕跡を見やりながら、畏敬とともに称賛する。
だが、当の本人は変身を解かなかった。
かと言って、逃げる様子もない。当然、襲いかかる気配もない。ただ立ち尽くしていた。
いぶかるエイジの前で、ゴーストはくずおれた。
そのままゴーストドライバーのカバーが外れ、変身に用いた英雄眼魂が転がり落ちる。
〈オヤスミー〉
間抜けた調子の音声と光とともに、そのスーツが引きはがされ、現れたのは白いパーカーの少年だった。
駆け寄るエイジは、うつむきがちの彼に駆け寄り、その横顔を覗き込んだ。
予期していた、かつどうしても聞きたいことがあった『彼』の顔が、そこにはあった。
「やっぱり、君だったのか……アユム君」
だが、彼は汗をにじませたまま、苦い表情で首を振った。
「たしかにぼくは天空寺アユム……けど同時に、もう天空寺アユムじゃないんだ」
と、謎を深める言葉を返しながら。