その日の朝、エイジが自宅のドアを開けると照井春奈が立っていた。ビクッと総身が反射的に震えた。
美人は三日でなんとやらと言うものの、彼女の威圧感に満ちた堂々たる美貌は、慣れるどころか心臓に悪い。
「……あのさ、照井さんって驚かすのが好きな人?」
「君の肝が細いだけだ」
そっけなく言うと切れ長な彼女の目が、外に出るようにうながした。
イエスもノーもなく連れ立って歩きながら、またレンタカーへと押し込まれた。
「昨日、大天空寺に行ったようだな」
「ようだな、じゃなくて監視してたくせに」
運転席についた彼女に悪態をついたが、当の本人はどこ吹く風。自動運転を開始させながら、接続した端末を操作した。
「四六時中見ていたわけじゃない。こちらはこちらでやるべきことがあった」
「例の、捕まえた財団メンバー?」
「そうだ」
春奈はうなずいた。ここのところ、「私質問するな」と返される頻度は、ぐっと少なくなった。そんな気がする。
ピアノ奏者のようなきれいな、だが引き締まった指を端末に這わせたまま、彼女は説明した。
一昨晩、都内の立体駐車場でシステム暴走の通報があった。
そこが財団Xがらみの施設だったということで、そこを張っていたインターポールが、警察よりも先に、騒動に巻き込まれたらしく、そこから逃げ遅れて気絶していた財団構成員を拘束した。
「その男は今なお多くを語ろうとしない。ただ、自分がノビていた理由については話した。いわく、『謎の仮面ライダーと交戦し、取引した品を奪われたあげくに敗北した』だそうだ」
「謎の、仮面ライダー」
「で、質問はこちらからもさせてもらうが……何故、また大天空寺に行った? 真実が明らかになった今、何の用事があそこにある?」
真実を射貫く、矢のような視線。それを受けて、エイジはシートを背で押すようにして退いた。
だが、せっかく珍しく春奈が正直に事情を説明しようとしていて、その説明には自分の感じていることが必要なのだろう。
エイジはごまかしを抜きにして、率直に答える気になった。
自分が目撃した、あのゴーストのことを。
「……なるほど、あのとき妙に追いついてくるのが早いと思ったら、そういう事情があったのか」
今日の春奈は、逆に恐ろしくなってくるほどに物分かりがよかった。それとも、これもエイジの歩み寄りの成果ということか。
「で、君はそのゴーストが天空寺アユムではないかと疑っている、というわけか」
「うん。照井さんはどう思う?」
すぐには答えず、彼女は無言で端末を操作した。フロントガラスをスクリーン代わりに、薄く映像が表示された。
「これは……?」
「事件現場の監視カメラの映像だ」
さすがに高感度のものを使用しているらしく、夜中の光景だというのにハッキリと見えるほどに画質は良い。
ただ支柱などの障害物で全容までは見えないのがもどかしいところだ。
「君の直感を鵜呑みにはしない。だが」
余計な一言とともに虚空に指を這わせると、その動きにしたがってあるポイント、そこに映った人影がクローズアップされる。
「私も、同じ見解だ」
それは、昨日会ったあの生意気な少年の、幼さの残る顔だった。
「……アユム君!」
すり切れた真っ白なパーカーを目深にかぶっているが、幸い顔がわからないほどでもない。
何より、あの特徴的な目玉のベルトが腰に据えられていた。
「現場では『黄金仮面』も目撃されている。ギルガメッシュとも無関係とは言えない。彼に会って、気がついたことはあるか?」
「いや……何か隠してるって様子もなかった、けど」
そう答えるエイジの言葉に、迷いはあっても力はない。
言うべきか言うまいか。しばらく言い淀んだあと、エイジは切り出した。
アユムに対する質問をしてきた、あの奇妙な二人組のことを。
「なに? 列車のタイムマシンに乗った怪人と中年男性から飴ちゃんをもらった?」
「いや、重要な箇所そこじゃなくて……て言うか飴ちゃんって……照井さんは、どう思う?」
「深刻なノイローゼだな。一度診てもらえ」
「……僕のことじゃなくてね。あとノイローゼじゃないから」
とは言え、春奈のリアクションは、予想の範疇だった。
自分でも、白昼夢でも見ていたんじゃないかという、突拍子も無い出来事だ。
だが、物証もある。
プレゼントはネクストライドロンの後部スペースを占領しているし、キャンディーは手元にある。
「ほら、これが貰ったやつ」
と、エイジは上着のポケットからデネブキャンディーを取り出し、手渡した。
春奈はデネブの顔の入った包みを解いて、おもむろに飴玉を口に放り込んだ。
「仮に今の話が真実だとすると、あの寺の人間にはもう一度話を聞いておく必要があるな」
彼女が口腔の中で飴玉を転がす。
その様子を助手席から眺めながらエイジは「そうだね」と乾いた声で生返事をする。
あらためて映像の少年を凝視した。
たしかに顔の形は天空寺アユムのものだ。
だが、何かが違う。
……そう、心中で否定の声が響いてくる。
照井春奈の言うところの『鵜呑みにできない直感』ではあるものの、容易に肯定できない何かが、フロントガラスを通して伝わってくる。
画面の少年があの黄色いゴーストと結びつかないのではない。
彼が、自分の出会った天空寺アユム自身と結びつかないのだ。
たしかに、そっくりの一言では片付けられないほどに両者は似ている。
だが、浮かれたりヒネたりする様子のない陰鬱な表情、余裕の感じられないシンプルな上下の服。
そうした細かいポイントが、彼とアユムとをイコールで結びつけさせてくれない。
ほとんど顔見せ程度の短い邂逅だったが、それでもアユムの人となりはある程度は掴めていた。
浅薄で楽観的で、それを達観だと見せつけたくて背伸びしている……そしておそらくはエイジと同じく、偉大な父にコンプレックスを持つ男の子。
「案外、そういう些細な点が、真実に行き着くきっかけなんだ」
いつだったかの父のボヤキが脳裏に蘇る。
エイジはそれを振り払い、シートに上半身を預けた。
決して高いとは言えない位置に天井があった。
フゥ、と呼気を漏らしてそれを見つめた。
ポリポリとキャンディを噛み砕く音が隣で聞こえる。
それをBGMにしながら、切ない微笑を天井へと向けた。
(この人、なんでナチュラルに