この擬似ドライブピットに帰ってきたのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
つい最近も通信でのやりとりは欠かさなかったというのに。
それだけ、この八月の数日間が、エイジ自身にとって濃密な期間だったということだろう。
「ハイ、終わったよ」
所在なさげに手足をブラブラとさせていたエイジの顔の横に、りんなが預かっていたシフトカーを差し出した。
飛びつくようにそれをもぎとった彼は、ようやく人心地ついたような表情を隠さなかった。
「戦闘データのバックアップと、あと言われてたスキャニングもね。ベルトにもシフトカーにもシフトブレスにも特に異常は見当たらなかったけど、なんか気になることでもあった?」
まるでハムスターでも扱うような手つきで愛機を撫でていたエイジだったが、その質問には「いや」と言葉をにごした。
だが、その言葉とは裏腹に、彼の脳裏にはあの川岸でのイーディスの死がまざまざとよみがえっていた。
苦悶の死相を浮かべる老人。消えかけた命の火を絞り切るように、何かを訴えかけていたその口、目。
その先にはエイジと、彼の身に着けていたアイテムがあった。
(まぁ、なんかそそっかしそうな人だったし、気のせいだよなぁ)
事実、検証の結果はシロ。陰性。ノープロブレムだ。
科学的な根拠からそういう答えが出ているのだ。ならば、そっちを信じるべきだろう。
「なんなら、徹底的に調べてみる? それなりに時間と設備が必要だけど」
というりんなの申し出に、エイジはあわてて首を振った。
「いや、そのギルガメッシュってヤツらがこの先おとなしくしてるとは思えない。肝心なときに変身できないってのも困るから」
それに、施設だって問題だ。
大がかりな検査や実験をおこなうとなれば、正式な機関への協力をあおぐことになるはずだ。
その結果の先にあるのは、父や母たちへの、この件の露見だ。
「ひと段落ついたことだし、この際みんなに打ち明けたら? アタシは、それでもかまわないけど」
りんなはそう言って、装置につながれた鋼の人形を顧みた。
ギルガメッシュにさんざんに痛めつけられたであろうそれは、だいぶ破損がひどいものの、修復が難しいレベルではないそうだ。ただそれを使っていた魂は、戻ってはこない。それだけのことだ。
そして同時に、エイジの過失の償いと、おのれに課した本来の使命の成果としては十分なものだった。
「りんなさんも、あの人たちの性格知ってるだろ? ギルガメッシュとか知ったら、トシとか考えずにぜったい無茶するに決まってるんだから。もういい加減落ち着いてもらって、そういう役割は後進にゆずってほしいんだよ、僕としてはね」
その言葉は、ウソではなかった。だが妙に言い訳じみているのは、エイジ自身が自覚していることだった。
彼は、逃げるように荷物をかかえて実験室から出ようとした。
「そうやって、言いたいことを先送りにしてるときっかけを失うわよー」
と、その背に言葉の釘が刺され、反射的にエイジは振り返った。
「うちのダンナがそうだったのよ。あの足臭刑事バカ、実際に式にこぎつけるまで何度まごついたか知ってる?」
「いやいや、プロポーズとヒーローの秘密を一緒くたにしないでよ」
苦笑いを浮かべてエイジは横顔を向けた。
よりにもよって、重ねられた相手があの旧式刑事とは。
「エイジ君も、気をつけなよ。月日はあっという間に流れるんだから」
「それって結婚の話?」
「君ってば、最近イイ感じの子と会ったんでしょ」
「違うって。照井さんとはそういうのじゃないから。ルックスとか実力とかはともかく、不愛想だし、乱暴だし……とにかくありえないからっ」
「不愛想で乱暴、ねぇ……」
「なに?」
「むかぁし、どっかの誰かさんも、未来の結婚相手に言ってケンカしてた」
顔はニヤニヤと、かつ口調はしみじみと、りんなはそうエイジを茶化した。
エイジは赤面しながら目をそらした。
「……さって! 今日も仮面ライダーがんばるかなぁ!」
と、ことさらに大きな声を張り上げてから、エイジはりんなの制止も聞かずに部屋を出た。
りんなは、次第に小さくなっていくその背を、腕組みしながら見つめていた。
「……なーんか危なっかしいのよねぇ。オンナノコのシュミも含めて、誰に似たんだか」
と、ため息まじりにこぼしたつぶやきは、青年に届いたのだろうか。