ワープドライブの瞬間、照井春奈は無表情だった。
条件が揃えば理論上、ワープどころか片道なら
これも、『愛車への情熱を語る男、興味のないガールフレンド』の一種とでもいうべきか。
苦笑するエイジだったが、現実世界への出口にいたった瞬間、そこに広がっていた夏空が獣の口腔によってさえぎられた。
「うわっ!?」
彼の操作を待つまでもなく、トライドロン自体の判断によって方向を変え、その牙が車体を捉える前に逃れる。
次いでせまってきた太い腕と爪とをかいくぐりながら、鋼鉄質の五メートル近い巨体をすり抜ける。
「こいつ……ギルガメッシュたちが乗っていた……」
エイジはそうつぶやいたが、空を満たす怪異はそれだけではない。
蛇のような、太古の翼竜のような、そんな飛行生物が青空を埋め尽くしている。
それらと、それらが吐き出す火球を、車体を旋回させながら回避する。
その回避行動もドライブシステムのAIと連動した自動操縦で、ほぼ人間の判断や操作は微調整程度しか必要としていない。だが、運転という行為に対する固定観念か、エイジの手はハンドルを握りしめたままだった。
エイジはハンドルを手放し、その付近にある映像パネルを操作した。
入力したコマンドに従い、車のバックミラーやボンネットに、ホログラムのような銃座が出現した。
そこから射出されたエネルギー弾が敵の火や本体を追尾し、撃墜していく。
だが、多勢に無勢とはこのことか。撃ち落としきれなかった怪物たちが、爆発や弾の隙を縫って、強行突破を図るトライドロンめがけて殺到する。
飛行する自動車を翼の生えた蛇やライオンが追うというその奇妙なドッグファイトの中、
「このままでは埒があかない」
助手席の春奈が、おもむろにシートベルトを外した。
「ちょっ!? 照井さん!」
「運転ご苦労。あとは下から行く。しんがりは頼む」
慌てるエイジにみじかくそう答えると、自分の側のドアを開けた。
ショートカットの髪が、風圧で踊る。
そんな春奈の片手には、あのUFOのガジェットがあった。
そのスロットに銀色に光るメモリを差し込むと、
〈ENGINE!〉
と唸る。
そしてもう片方のUFOとともに左右両方に握りしめると、地上から五十メートルは離れたその上空から飛び降りた。
制止する間もなく中空に身を投げた春奈だったが、ガジェットを握りしめた両手の空間に、何かが形作られて行く。
無から光をともなって生み出されたのは、一台の大型バイクだった。埠頭でエイジを捕らえたときの、T3アクセル自動操縦形態。
ハンドルにあたる左右の部位に、UFOガジェットが一体化している。
それにまたがった春奈は、空中で緩やかな角度へと車体を調整し、速度を落としながら地面へと着地した。
UFOガジェットを通して制御されたそのマシンは、ライダーを乗せて車道を突っ切る。
その途上から蛇たちが火を吹いたが、鮮やかなハンドルならぬUFOさばきで、ドリフトしながら戦場のごとき山道を抜けて行く。
唖然としていたエイジだったが、いつまでも呆けてはいられない。春奈の頼みどおり、生身の彼女を追手から守らなければならない。
エイジはあえて魔獣の群体へと突入し、一直線に突っ切った。
地上の春奈を追撃しようとしていた蛇たちが鎌首の向きを変え、トライドロンへと迫った。
それを正確な射撃で直近の相手から撃ち崩しながら、エイジも思案する。
「たしかに、このままだとまずいか……」
時間をかければ殲滅も可能だろうが、空中戦は人目につきすぎる。
盗んだ犯人も、敵の正体も判明した今、必要以上に姿を衆目にさらす意味などない。
となれば狙うは短期決戦。
仕留めるのは敵の最大戦力とおぼしき、翼を打って飛び回るライオンの頭と胴を持つ
エイジはアクセルペダルを強く踏み込んだ。
ネクストライドロンは加速し、あえてその巨獣の眼前を横切った。
宝石のような透明度の高い瞳が、その車を視界に捕捉した。
空気を揺さぶる野太い咆哮とともに、翼を打って獅子は追う。
トライドロンは彼から逃れるべく、木々の間を縫って飛ぶ。だが、勢いを殺すことなく、獅子は樹木をなぎ倒しながら迫る。
鋭く研ぎすまされた牙が大きく剥かれて届こうとした、まさにその瞬間だった。
「今だッ!」
エイジがキレよく発した声とともに、ネクスライドロンはさらに上空へと急浮上、地面に天井を向けるようにして宙返りした。
口撃がむなしく空を切った獅子の眉間に、温存していたレーザービームを一挙に照射した。
青白い光に焼かれたキマイラは、野生の本能のままに吼える。
トライドロンは垂直に車体を停止し、そのドアを開ける。
開いた扉を足場に、エイジは外に出た。
右手首のグローブをキュッと締め直すように逆の手で押さえ、はやる精神を鎮めてからベルトのアドバンスドイグニッションをひねり、シフトブレスのボタンを押した。
〈NEXT!〉
というクリムの声を合図に、車から完全に飛び立った。
ダークドライブから分離したトライドロンは、大きく回転しながらその鋼のボディを魔獣へとぶつける。
そして自身が吹き飛ばしたそれを取り囲むように、空中に軌道を描いて舞う。
さながらサーカスのバイクショーで使うケージのように球形に、青い光の帯が獣を包囲する。
そしてエイジは、この『檻』のなかへと身を投げ入れた。
外周を三次元的に疾駆する愛車によってバウンドしながら、その中央の獣へと何度も、様々な角度からキックを見舞った。
「せい……りゃアーッ!」
その速度が最高潮に達したとき、エイジは裂帛の気合とともにトドメの一撃をくり出した。
雷光を帯びた飛び蹴りは、ライオンの頭をうがち、カメレオンを模した尾までを貫通した。
ここまで蓄積していたダメージが内部から膨張し、紅蓮の炎と化して魔獣を内部から四散させた。
その中を、愛車の上に載ったエイジが振り切って抜けた。
だが、その後の光景は彼の目論見から外れていた。
自分たちの親玉が倒されて離散すると思われていた翼竜たちは、かえってその闘志をむき出しにして、エイジに迫ってきていた。
「っ、しつこい……!」
ブレイドガンナーを召喚して銃口を突きつける。
だが、その横合いから思いがけないものが流れ込んできた。
〈イッツ! ロミオとジュリエット!〉
という音声と、まるで楽譜のようなエネルギーの波。
それが蛇たちを取り囲み、まとめ上げて包み込んで、逃げる間も与えず締め付けて、もろともに爆発した。
攻撃の源を、エイジは目で追った。
一本の針葉樹の上、キマイラと戦っていたときには気配さえ感じていなかったが、そこにひとりの立ち姿があった。
黒い肌地に紫の大目玉の紋章。その上から、まるで西洋貴族と彼らの住まうバルコニーを掛け合わせたような、特徴的な黄色の装いを身に着けている。そのマスクは、さながら向かい合う男女の影絵のようだった。
その腰には、やはりあの
だが、イーディスではない。でなければここまで苦労はしていない。
「君は、いったい……?」
ギルガメッシュの使い魔を倒したということは、味方か。あるいは第三勢力の敵か。
だが、新たなるゴーストは、助けた相手に反応した様子も見せず、背の空間に浮かび上がった目の刻印への飲み込まれて、その姿を消した。