仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第三話:疾走の絆(15)

 寺の背にひかえたその霊山のふもとに、開けた場所がある。

 まるで古戦場のような様相をていするその場所で、かつて本当に幾度となく死闘がくり広げられてきたのは、今となっては寺の関係者を除いてはほとんどいない。

 

 それから身をいたわるように、あるいは眠るように静けさを取り戻していた山肌だったが、その日、ふしぎな光とともに内部から大きく盛り上がって、砂塵をまき散らして爆発した。

 

 その地中から、低いうなり声のようなものをあげて、青白いヘッドライトが輝きを放つ。

 黒い車体に浮かび上がる薄青色のラインは、たとえ土埃にまみれようともくすむことがない。

 

 野太いクラクションを鳴らすその未来車……ネクストライドロンから、泥土で汚れた男女がせき込みながら転がり出てきた。

 

「また、気軽に……ッ、その力を使う!」

「助けてもらっといて……はぁッ……第一声がそれとか。ていうかコレのどこが気軽なのさ?」

 

 エイジのシフトブレスから呼び出されたトライドロンのボンネットを支えに、春奈は身を起こした。

 そして自身の端末が土砂崩れで壊れていないかを確認するべく、電源をオンにした。

 

 ディスプレイは汚れのみで、ヒビのひとつも入っていない。問題は、そこに表示された緊急情報だった。

 十分ほど前、謎の飛行生物の群体がこの近郊に来襲し、山道を破壊し、木々を焼き払いながら市街地へと向かっているという。

 

 途上でその進路を変更したため大事には至っていないが、もし本当に居住区へと侵入すれば経済的、人的被害はまぬがれない。

 

「人がモグラの真似事をしているうちに、好き放題やってくれる……!」

 

 歯噛みしながら春奈は画面を最新の情報を更新した。

 穴だらけになった車道では渋滞を起こし、けたたましいサイレンやクラクション、そして人々の悲鳴や怒号が鳴り響く。

 おぞましい合成獣たちが、大地を震わせるほどの咆哮を放つ。

 

 正義を標榜する者にとって、これほど耐え難い地獄もないだろう。

 だが急行し、イーディスやギルガメッシュを確保しようにも、この悪路と渋滞だ。どうしても足をとられてしまうだろう。

 

 しかし、悩める彼女の横から、立ち上がってその惨状をのぞき込んでいた青年は、本人よりも早く決断した。

 自身の薄型タブレットを操作すると、その手にシートベルトにも似たドライバーが光によって転送された。

 

「実はさっき、あのおじいさんにシフトカーを忍ばせておいてさ。僕のトライドロンなら、そこから座標を割り出して、大体の位置まではワープドライブできる。あとは空中を突っ切れば」

 

 春奈はエイジの言葉を、銃口によって遮った。

 しばし、膠着状態がつづいたが、

 

 

「撃ちたきゃ、撃てよ」

 

 

 彼女を横目でにらむエイジの強気が、固まった空気を打ち砕いた。

 

「僕は、仮面ライダーをやめないから」

 

 その言葉が、春奈の意識を十年前まで飛ばした。

 

『すまない春奈……しかし俺は、風都の仮面ライダーをやめることは、できない』

 

 という、『あの男』の詫びる声。しかし明らかな、彼女の甘えや憤りを否定し、拒絶する言葉。

 

「……これだから、男の仮面ライダーは……っ!」

 

 それは決してエイジ自身だけに向けられたぼやきではなかったが、彼はそうとはとらなかったようだ。

「関係ないよ。男とか、女とか」

 

「あぁそうだろうよ。だがそれでも、君には戦う資格はない! 父親の影におびえる君に、精神的にも肉体的にも未熟な半端者に」

「親だって関係ない!」

 エイジにそう断言される。あのなんとなく情けなかった青年がはじめて攻勢に出た。そのギャップに、彼女はたじろいだ。

 

「トライドロンで君を助けたとき、とっさに身体が動いてた。考えるのをやめていた。でも多分、だからこそ、それが本質なんだ。今いる誰かを救うことができるのは、今この時の僕の正義だけだ」

 

「資格とか、いきさつとか理由なんて関係ない! 今この瞬間にエンジンに火がついたら、全力でアクセルを踏む! それが仮面ライダーだ!」

 抽象的な言葉とともに、男は腰にベルトを巻く。イグニッションキーを回し、ドライブシステムをシークエンスにまで進行させた。

 

「変身!」

〈DRIVE! TYPE……NEXT!〉

 

 ブレスレットにセットしたシフトカーが、主の勇声に応じて発光し、黒い装甲を展開させる。

 トライドロンから射出されたタイヤ型のパーツが、一度おおきく宙へと浮かび上がってから、ダークドライブと化したエイジの胸部へ合体する。

 

 その雄姿を、春奈は唇を薄く噛んで見守ることしかできなかった。

「でもさ」

 そんな彼女に、仮面ライダーは手を差し伸べた。

「たぶん、あの敵はひとりじゃかなわない。ハッキリ言って照井さんは不愛想でよくわかんないし、照井さんも僕に含むところがあるから突っかかるんだろうけどさ。でも実力は認めてる。だからこの場は因縁も振り切って、一緒に戦おうよ」

 

 春奈はその黒いグローブをにらみながら、自分のなかで渦巻き暴れる感情と暗闘していた。

 何がこの場においては妥当なのか。その思考を阻害するものを出来るだけ排除し、整理する。本棚のように。

 

 そして春奈の答えは、重い呼吸ともにその手を握り返すことだった。

「……緊急的な措置だ」

 という建前を言い添えて。

 

 ダークドライブのシャープな意匠のマスクから、苦笑の気配が漏れる。

 

「レディーファーストでどうぞ」

 と、エイジは助手席のドアを開けて言った。

 調子づいているし、キザな言動が鼻につく。オマケに似合ってもいない。

 だが、共闘を約した手前、これ以上は口論する必要もない。

 礼も言わずに彼女は車内に入る。

 海外の高級車やスポーツカーを思わせる流線型の車体に見合わず、意外と足が伸ばせるスペースがあった。

 

 シートに座った春奈は、腰回りや足下を手探りし、あるものを引き出そうとした。しかし、目当ての感触が捕まえられずに難儀していると、

「どうしたの?」

 と、運転席に乗り込んだエイジが尋ねた。

 春奈は苦い顔で問い返した。

 

 

 

「シートベルトはどこだ?」

「今それ言う!?」


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