仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第一話:僕の時間はなぜ進んだのか(2)

 最初、それはその概念さえ存在しなかった。必要がなかったからだ。

 だが、物をやりとりするという文明が生まれてからは欲望が生まれ、欲望が盗難といった犯罪を呼び、いつしか人は大切なものを守るために、扉を作り、カンヌキを作り、小さな鉄片を差し込んで開閉を許すカラクリを作った。

 それだけでは犯罪は防ぎきれず、やがて小さな鉄片はカードやナンバーや記号に置き換わり、その家主自身が持つ指紋や音声、網膜へ。気密性と利便性は、着実に進化している。

 

 それは、東京の郊外の、『(とまり)』という表札をかかげた一戸建ての家でも同じことだった。

 三十五年のローンを組んで新築として購入されたこの家は、主人の昇進に合わせる形で、指紋認証システムを玄関に採用することになった。

 

「ったく、警察官の家に入る泥棒なんているかよ?」

 

 と最後まで渋っていた父を、

 

「ガレージの車、持っていかれてもしりませんよ。というか、だいぶ前に仕事場でも盗まれましたよね、ミニカーとかキャンディとか」

 

 と母が冗談めかしく説得し、動揺させた。この場合、肝が太いのはどちらなのか。

 時折思い出したように、母は父に敬語を使う。

 

 その子たる青年は、その時にはどちらかと言えば取り入れ賛成寄りだったのだが、今この時ばかりは、後悔していた。

 時刻は深夜。星と、天を突くほどのビル群の明りが、小ぶりな一軒家に降り注ぐ。

 

 その下で、彼は認証システムに、端正に類するその顔をのぞかせた。

 

〈泊英志(エイジ)様、お帰りなさいませ〉

 

 普段は気にしない人工音声の出迎えも、夜の静寂も相まって大きく聞こえる。

 あわててその声が出る口を押さえ、足音を忍ばせながら玄関に侵入。

 革靴を脱いで、揃えてから二階の自分の部屋にもどろうとする。

 

 だが、その手首に、輪のようなものが、ガシャリという音とともにかけられた。

 

「へっ?」

 

 呆気にとられるうちに周囲の電気がつけられて、眉間にシワ寄せした女性の顔が、現れた。

 

「確保」

 

 と、表情を変えずに彼女は、母は言った。

 青年……泊エイジの手首を拘束していたものは、母の霧子(きりこ)がつかんだ手錠だった。

 

「うわっ! ちょっとやめてよ! っていうか、ホンモノじゃんこれ!?」

「こんな時間までほっつき歩いて!」

 

 エイジの抗弁を無視して、霧子は怒号を響かせた。

 声量はそれほどでもないが、有無を言わせない威圧感と目力が、彼女にはあった。

 

「お父さんが帰ってきたらちゃんと叱ってもらいますから、覚悟しなさい」

「やだよッ、僕もうガキじゃないんだしさ。大学生だよ!?」

「だったら、それらしいふるまいをしなさいッ、私が貴方ぐらいの歳にはね」

 

 などとぶつくさ言いながらも、旧式の金属の鍵で手錠を外してくれる。

 階段をのぼりながら逃げようとしながら、手首に跡が残ってないかを確かめた。

 

「さんざん聞いたよ。ロリ少女?」

「ロイミュード」

「そう、それそれ。その悪のロボット相手に、父さんたちや叔父さんたちと戦ってたんだろ? さんざん聞かされたよ」

「それに、ロイミュードが悪なんじゃなくて」

 

 その続きも聞かされた。

 悪の心は、その危うさは、常に人間の側にあると。

 

 聞き流していた言葉だったが、今となっては身をもってわかる。

 

「で、結局なにしてたの?」

 

 逃げようとするのを一度やめて、子は母に、手短に答えたのだった。

 

「ドライブだよ」

 

 

 

 最低限の家具や勉強道具しかない、自分の部屋。

 幼いころは父にならってミニカーがひしめいていた。高校のころはギターなどが飾られていたが、どれも成長とともに遠のいていった。

 今、十九歳の青年となったその部屋の主には、ただ一組のベルトとガジェットがあればよかった。それで充実していた。

 鞄に押し隠したそれを、手に取って見下ろす。

 

「わかってるさ。僕だって、今は父さんたちと同じ仮面ライダーだ」

 

 こぼした小さなつぶやきは、誰に聞かれることもなかった。

 ただ、そのことに対する寂しさは、ほんの少しだけあった。


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