そこはまるで、時代の流れに取り残されて、ぽつりとたたずんでいるような、そんな構えの寺だった。
山を背に負い、前方にそびえ立つのは、無骨なつくりの門。その中から、さながら武家屋敷のような、荘厳なたたずまいの境内がのぞいている。
柱に取り付けられた板札には、『大天空寺』の四文字。
……そしてその傍にある、まるで宴会芸の演目のような、手作り感あふれる『不可思議現象研究所』の看板のうさんくささと古臭さが、寺の神秘性を台無しにしていた。
停車した車の中から、山門の奥の様子をうかがおうとする照井の横顔を、助手席からエイジもうかがっていた。
「さっきの話にも出てきた『イダルマ』って、誰?」
こちらに対する注意が散漫になっている今なら、口を開くかもしれない。
そう目論んで、タイミングを見計らっての質問だったが、振り向きもせず、相槌もない。
(……かわいげのない)
と、あきらめかけたその矢先、
「数日前、県境の河川敷で殺されていた男の名だ」
意外にも、返答はもどってきた。
軽くおどろくエイジだったが、女のほうは彼を意識した様子さえなかった。どうやら自分自身の頭の中を整理する一環として、話しかけているらしい。
「といっても、本名かどうかはわからない。戸籍も見当たらず、家族、交友関係は一切不明。遺体が回収された今となっても、遺留品からは何もつかめず、DNA検査にさえ引っかからない。『地球の本棚』にさえ、ヤツのログはなかった」
「そんなことが、あるわけが……」
あらゆるものがデータ化され、管理される世界において個人の身元特定はほぼ100%にまでなったとされる現在だ。血液一滴からでも身体的特徴どころか、社会的な立場までも洗い出せるといわれるほどにまでなったというのに、そんなことはありえるのだろうか。
「そいつが、ギルガメッシュたちと財団とのパイプ役だった。奴らの正体を知っていたはずなんだが、ようやく見つかったのは死体だった。組織か連中、どちらかに排除された可能性が高い」
「それが、あの」
自分も居合わせたあの現場では、そういった暗闘の背景があったのか。エイジはここに至るまでの彼女たちForest1の苦労を想像し、あと一歩で手がかりをうしなった無念に同情した。
「で、生きてた頃のイダルマさんと接点があったのが、この寺ね」
納得とうなずく彼をよそに、彼女は車を降りようとしていた。
「あ、待って」
とエイジも外に出ようとして、思い留まる。
携帯端末とシフトブレス。それさえあれば、ベルトごとダークドライブを呼び出せる。
当事者がすでにいないとは言え、まだここは敵とつながりがあるかもしれない施設だ。警戒しておいても損はないはずだ。
それとなく身に忍ばせてあるのを確かめてから、エイジは車から降りた。
次の瞬間、その眉間に、ごり、と硬い感触が押し当てられた。
「わかっているとは思うが」
助手席側のドアに回り込んでいた春奈が手にした、銃の発射口によるものだった。
「君に絶対に変身はさせない。万一のことがあったとしても、私が君を保護するからダークドライブは必要ない」
「……わかってるよ」
銃を突きつけた相手に言うことじゃないだろ、と内心でツッコミを入れたくなったが、おそらく本人の中では矛盾はないし、その約束はウソというわけでもないのだろう。
ため息をこぼしながら、歩き出した彼女を追う。
労力を消費するばかりの急こう配の石段をのぼり、山門へとたどり着いたときには、スタミナを相当に消耗していた。
「なんでこう、不便なものを作るかな……っ?」
と愚痴をこぼしてヒザに手をついたとき、
「……わかってる。あいつ、タケルには俺もいくつも借りがある。やれるだけのことはしてみせるさ」
ふと、数段上のゴールから聞きなれた声と見覚えのある姿があった。
「えっ!?」
思わずあげてしまった声に、スーツ姿のその男が振り返って反応した。
あわてて身を隠そうとしたが、疲労と衝撃とで身体が機敏にうごいてくれなかった。
背を向けるだけで精一杯な彼の姿、男は……赤いネクタイの刑事、泊進ノ介は捕捉した。
「エイジ……? お前、こんなとこで何を?」
「え、いや……ッ、父さんこそ何を?」
親子ふたり、似たような質問をぶつけ合う。
背後で坊主が興味深げに見守り、彼を一瞬見てから、
「古い知り合いの寺だ。実はここで修行したこともあってな。今から二十、いや三十年前か……」
「……父さん、その時いくつ?」
何となしに言いにくそうに答えた父に、エイジは訝しみの視線を向けた。だが、疑問を持ったのは進ノ介のほうだったろう。
「俺のことは良い、問題はお前だ。なんで縁もゆかりもないこの場所にいる?」
「なんでって」
いつぞやの自宅での質問より強い口調で、エイジを問い詰める。
春奈は我関せず、という態度でふたりの間を素通りし、山門までのぼりきっていた
「ほら、大学の課題だよ。調べもの。そんなことまでいちいち報告にあげなくちゃダメな」
ごまかしもかねて階段をのぼろうとしたエイジの腕を、進ノ介がつかんだ。
四十路を超えても振りほどけないほどの強い腕力と眼力に、エイジは気圧された。
「いいかよく聞け。今、この世界に良くないことが起きようとしている」
「それって、この間大学おそった『黄金仮面』とかいうヤツのこと?」
「そうだ。だからこそ、フラフラせずに霧子を安心させてやれ」
「フラフラって……」
自分がどれほどの葛藤と戦いを経てきたと思っているのだろうか。
話を打ち明けていないからしょうがないのだが、それでも自分は、事態の解決に間違いなく父よりも貢献しているし、父よりも先に真実に迫ろうとしているのだ。
そうした気持ちが、エイジに反抗心を起こさせた。
「父さんこそ、もっと家に帰ってあげたら? もう変身もできないのにこんなとこまで顔突っ込んで、いつまで仮面ライダーの気でいるのさ」
腕を振り払ってこう言った瞬間、さっと父の顔色が朱に染まった。
だが自覚はしているフシはあったのだろう。苦々しげに唇を噛みしめてうつむいてしまった。
言い過ぎた。その様子をエイジは後悔したがデータと違って発してしまった言葉までは取り消せない。
「……じゃ、そういうことだから」
とだけ口数少なく言い捨てて、気まずい空気から逃げるようにして、小走りでエイジは石段を駆け上った。