仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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エピローグ:re-ray(3)

 青年たちの眼前には、ガスによって赤く染まった空と、高くそびえる壁が立ちはだかっていた。

 

 マシンビルダーを駆ってファウスト暗躍の現場に向かう桐生戦兎は、過労で頭をぐらつかせた。危うく転倒事故を起こしそうになってようやく怜悧な頭脳を取り戻し、とっさの判断力で持ち直す。

 

「あっぶねぇな!」

 後部座席にまたがる龍我(バカ)が、ヘルメット越しに後頭部をべしんとはたいた。

 

 

「疲れてんだよ……」

「あの程度でなっさけねぇな。やっぱ歳か、トシ!」

「うるっさいよ! こっちは倍働いてんだぞ、倍!」

「あぁ? なんのこったよ」

「微分積分もできなさそうな筋肉ザルには、無縁の話だよ」

「バカにすんな! ビブンセキブンぐらい……なんだその、ビブンセキブンっての?」

 

 戦兎は大仰にため息ついた。頭痛は、遅れてやってきた。

 二十年後はいざ知らず、自分たちはこの後もずっとこんな不毛なやりとりを繰り広げていくのだろうか。そう考えると、気が重くなる。

 

 しかし、と同時に思う。

 

(あれは本当に、『あちら側』の二十年後だったのか?)

 

 今のビルドの性能では到底太刀打ちできなさそうな、あのゴージャスなライダー。

 ガトリング、ドラゴン……

 

(なぜ、フルボトルの力をヤツが持っていた?)

 遠目から仰ぎ見ただけだったが、自分たちの力であるような、気がした。

 

 今後、またスカイウォールのある世界と、あの世界は交わることがあるということなのか。その時にはまた、自分たちはこの世界に関わっていくのだろうか。

 その時には、自分の記憶も甦って、何者か知れているのだろうか……?

 

 そのことを聞く前に送り返された。

 いや、尋ねるチャンスはいくらでもあった。あえて聞かないかったのは、戦兎自身だ。

 

 過程を飛ばして未来や真実を知ることが、決して良いこととは限らない、と。

 

 未来とは断続する現在の積み重ねだ。集積された過去から現段階における精密なシミュレートの結果に過ぎない。

 少しでも脇道へと逸れれば、きっと自分が見た未来とはまったく別物となる可能性が高い。そしてそれは必ずしも改善された未来であるとは言い切れない、

 

「……ま、今を頑張るしかないってことだな」

 戦兎はひとりごちる。

 

 ――そう、彼は知らない。

 この直後に起こる戦争も、自分自身の正体や罪も。

 それにまつわる人々との出会いも、再会も、裏切りも、死別も。

 世界の崩壊も、再生も。

 

 いかに天才物理学者と言っても、その全てを予測することは不可能だった。

 

「お前どうしたんだ? なんか変なモンでも食ったのか」

 龍我が思い切りズレた気遣いをしてくる。戦兎は苦笑し、肩の力を抜いた。

 

 どうしようもないバカ。すぐに熱くなって突っかかってくるし、軽率な行動には出るし、どれだけ理路整然と言い聞かせてやっても暴走する。未だライダーとしての意義を見つかられず、こみ上げる衝動が、いつか自分の正義に変わると信じて戦う男。

 

 そして、自分にはないものを数多く持っている男。

 

 一方の自分は中身も背景もないから、空疎な綺麗事だとしても、愛と平和を信じて戦うしかない。

 だがそんなふたりであるからこそ、いつか中身もない正義も、正義になり切れない力や感情も、互いに補い合える時が来る。

 

 ――そう、彼らは知っている。信じている。

 たとえ今は未熟でも、ガムシャラに戦い、真っ直ぐに進み、そうやって守ってきた今日が明日の空を創るのだと。

 

「……なに笑ってんだよ。気持ち悪ぃ」

 

 怪訝そうな龍我の悪態に、礼は言わない。時折抱く感謝の念は伝えない。

 どうせ今みたいに、この低脳ザルに空気も読めずに気持ち悪がられるのが関の山だ。

 

「別に? ただ現場着くまでにチャックは上げとけよー。みっともねぇから」

「なァッ!?」

 

 指摘されて、ようやく気が付いたようだった。

 羞恥とともに後ろでもぞもぞと直してから、戦兎に吠えかかる。

 

「いつから気づいてたんだよ!?」

「ここに来る前から。てかどんだけ緩いんだよお前のズボン」

「だから早く言えよそういうことは!」

「あっぶね! やめろ盛るなバカ!」

 

 からかう戦兎を、龍我は羽交い絞めにする。

 コントロールをうしなったバイクは、車道を右往左往しながら前へと進む。

 

 危なっかしい走行でありながらもタンデムは、奇妙なまでに息の合ったコンビネーションによって、自分たちの進むべき方向へと突き進む。

 

 ――たとえ時間が、壁が、世界が隔たっていたとしても、空はつながっている。

 

 

 

 空には、磁気の嵐が吹き荒れていた。

 

 ギルガメッシュたちと仮面ライダーたちが世界の運命を決める戦いを繰り広げていた遊園地の跡地が買い手がついたのは、それから間もない頃だった。

 

 広大な敷地で立地も良かったものの、いわくつきの土地であったためで、競売にさえならず、ひとりの男が独占することになった。

 

 彼はかつて天才と称され、地位も名誉もあった人物だったがその実は裏で表で、罪を罪とも思わぬ所業を繰り広げてきた悪人でもあった。

 ――いや、その男に悪を為しているという意識はなかったが、それでも世間一般ではそれらは立派な犯罪歴であった。

 

 そんな奇人が私財を投げ打ってそんな土地を手に入れた時、『黄金仮面』のまばゆさに目を奪われて、彼の存在を忘れていた人々はその無謀を嗤った。

 

 彼を知る人もまた、だいたいは似た感想を抱いたが、ひとつ違っていたのは、その天才がどんな不可能さえひっくり返してしまえるだけのものだと知っていたことだった。

 そして思った。

 

「あいつ、また何かしでかす気だ」

 と。

 

 その予想は、外しようもなく的中した。

 もっとも外野がどれほどあることないことを取り沙汰しようとも説得しようとも、男にとっては小鳥のさえずりにも等しい。

 

 戦いから数か月後、無人の廃墟は、彼の才腕によって楽園(オアシス)へと変貌していた。

 ファンタジーチックな城、竜の住まう火山、お菓子の家やファンシーな動物たち。

 満点の星空の下には宇宙船が鯨のようにうなりをあげて遊泳し……いや、実際空飛ぶ白鯨もそこに並走するようにして風を切っていた。

 

 実面積以上に拡大したゲーム世界にはもはや、ないものを探す方が難しかった。

 

「ギルガメッシュに私に無断でガシャットを生み出されたのは忌々しいが、この土地とインスピレーションを献じた功績を認め、寛大な慈悲の心で赦してやろう」

 

 その中心に咲く大輪の蓮の華で、データ化され、全盛の姿を保ち続ける男は穏やかな心で座禅を組んでいた。施無畏印と与願印をそれぞれの手で結び、静かに目を閉じている。

 

 彼は今、成し遂げたという達成感によって、満たされていた。

 

 かつて、外資系ゲーム企業『マキナビジョン』は仮想現実の世界に人々を引きずり込もうとした。

 生命の限界を超越した未来。

 肉体的なハンデを負った者に、現実ではできないことを叶えさせる世界。

 基本的なコンセプトは、この男の思想や、このバーチャルの領域にも相通ずるところがある。

 

 だが、彼は常にその上を行く。行かなくてはならない。

 かつての南雲(なぐも)影成(かげなり)のように、強いて人々をその世界に引きずり込む必要はなかった。

 自分の創世したこのリアルとバーチャルが融合を果たした『ゴッドマイティ・オアシス』は、ギルガメッシュの宣告どおりに衰退した世界を超越している。

 

 現実では困難なことを叶えるのはもちろんのこと、学校、交通などの社会システムを構築し、その中でデータ化された人々が現実世界と大差なく生活を送れるようになっている。飢えも、疲れも知らず、死さえもなく、容姿さえ自分の望むかたちに変えて。

 散歩感覚で冒険の旅に出られ、高度なAIやバグスターのデータを基幹とした情緒豊かなNPCたちをパートナーとして、愛や友情をはぐくむことができる。

 自然環境や近所づきあいに配慮することなくどれだけでも広大な土地やありえない形の家や城を手に入れられる。

 

「――これを公表すれば、人々はこちらの世界に入り浸るようになる。ゲーム内で使われる通貨は現実のそれより価値を上回り、宝石や貴金属を棄て、アイテムや装備が高値で流通することとなる。そしてこの世界こそが、現実を凌駕し、新たなリアルとなるのだ」

 

 そして男、檀黎斗は立ち上がった。

 この聖域に無粋に踏み込む何者かの気配を感じ、その何者かの正体を肌で悟る。

 さながら隔離病棟のフィルターを払うようにして、外の世界から侵入した彼を、ゆっくりと顧みる。

 

 かつてのように、感情を荒ぶらせたり、声を荒げたり、大仰な身振り手振りはしない。

 ただ彼は、寛大な慈心でもって、待てば良かった。

 人々が自分の考えに同調し、老いも死も病も忘れられるこの場所を、新世界だと認識することを。

 

 やるべきことは、ただひとつ。

 超えるべきは、ただひとり。

 

 そして白衣をまとったファーストプレイヤーは、彼の眼下に立った。

 

 

 

「…………宝条永夢ゥ!!」

 

 

 

 ――黎斗は感情を荒ぶらせ、声を荒げ、大仰な身振り手振りで運命の宿敵を出迎えた。

 

「……久しぶりですけど、相変わらずなんですね。黎斗さん」

 

 男、宝条永夢は苦笑を漏らした。

 その応じ方はすでに慣れたものだった。

 

 神の才能を持つ自分に唯一、才能において敗北感を味わわせた少年。

 その後幾度となく自分に泥をつけた男。

 そして命の定義について、自分と決して相容れない価値観を持つ相手。

 

 だが奇妙なことに、彼らは互いの存在があったればこそ、より強く輝けた。

 

 宝条永夢への対抗意識がなければ、黎斗は才能を持て余して父親にいいように利用され、飼い殺しにされていただろう。

 少年期、嫉妬した檀黎斗にウイルスを感染させられていなければ、永夢は父親に見捨てられたまま恩師とも出会えず、自分の命に意義を見出せていなかったかもしれない。

 

 互いへの奇妙な感傷をあらためて噛み締めながら、ふたりは長い月日を超えて相対した。

 

 だが、そこに旧懐の感情はない。永夢は一転して戦士のような険しい表情に変わり、黎斗はそんな彼に冷ややかな嘲笑を浮かべている。

 

「あなたがゲームに対しても、そしてあなたなりに命に対しても真剣だってことはわかります。けどそれでも、人類をデータ化なんてさせない。人の命は、ゲームの先にあっていいものじゃない」

「医療技術は、あの頃とに格段に発達した。君たちドクターのがんばりを、まぁ認めてやってもいい。……だがッ! ぅ私の神の才能はそれさえも凌駕するッ! そしてさらに飛躍していくッ!」

 

 互いにその価値観は認めている。

 それでも永夢は、医療や世界に対して抱いた失望から黎斗の心を癒すべくここに立っている。

 

「永夢! 君の輝きを乗り越えた先に、究極の救済(ゲーム)があるッ!」

 

 そして黎斗は、自分の才腕が現在の医療よりもはるかに上回るものだと、唯一無二、人々の命や心を救う道だと永夢へ証明するために、あえてこの場に招待した。

 

 そんなものは幻の夢で終わらせるべきだと説得するため、永夢はガシャットを取り出した。

 それこそ見果てぬ永遠の夢だと嗤うため、幻夢(ゲンム)のガシャットを指から提げる。

 

 バージョンの異なる同じガシャット、同じゲーマドライバーを巻いた彼らは、互いに距離を詰めて、同じ姿へと変身した。

 

 2Dキャラのような彼らは、取っ組み合いながら、テクスチャによってコーティングされた水面の上を滑る。

 レベルアップとともにまっとうな人型になった仮面ライダー……エグゼイドとゲンムは、ピクセルで構成された山をのぼり空を駆け、溶岩流を避けてそして破壊されたオブジェから飛び散ったビットは、細かく砕けて渦を巻く。

 

 彼らは拳を打ち合った。

 

 たとえ互いの主義主張を賭けた戦いだとしても、湧き上がる高揚は、楽しさは、理屈で推し量れるものではなかった。

 

 永夢と黎斗のGAMEは終わらない。

 彼らが宝条永夢と、檀黎斗である限り。

 

 だがその終わらない時間をこそ、今は愛おしみたいと彼らは思った。

 

「さぁこのゲーム……君はどう攻略するのかな?」

「もちろん、ノーコンテニューで、クリアしてやるぜっ!」

 

 電子の空に、星はまたたく。

 命の輝きにも似たそれらに見出した意味は違っていても、天才ゲーマーと天才クリエイターの上で、その空はつながっていた。


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