仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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最終話:父よ、あなたはだれに今を託すのか(16)

〈ジョーカー! クルミ! マイティ!〉

〈SPESPESPECIAL!〉

 

 限界まで突き伸ばした拳と拳が、衝突する。行き場を失ったエネルギーが余波となり、嵐となりあらゆるものをねじ曲げ、引き裂き、雷となって地表を奔り、火柱をあげる。

 

「良いだろう……決着の時だ人間……! 泊英志ッッ!」

 

 一帯を巻き込んだ純粋な力の衝突は、引き分けと相成った。

 

 引き分け。そう、五分の力。拮抗。

 本来スペックのみで論ずれば地球上のいかな存在にも引けをとらないギルガメッシュが、ひとりの、いやふたりの仮面ライダーの力と、互角。

 

 本来であれば、あり得ない。

 いかに強化されたとして、雛鳥のごとく幼く、ただの人間がまとっただけのライダーが、神として完成したに等しい、英雄の原典に太刀打ちできるなどということは。

 

「……仮面ライダードライブ、タイプスペシャル。やはりこの肉体にとっての蛇か……!」

 

 反動を受けた自身の手を押さえながら、ギルガメッシュは舌打ちする。鎧武者の甲にも似たマスクの奥底で、憎悪の色が波を打つ。

 

「だが……使う者の器量が伴わなければ何の意味もない!」

 

 肩に担いだ、火の円環が回る。魔性の輝度を高めていく。

〈サイクロン! エアロ! ハリケーン!〉

 それを基点に嵐が巻き起こる。英志たちを含めた一帯を覆い込んで、撹拌し、切り刻む。

 

 暴風に翻弄されるドライブの手に、剣が形作られていく。

 ハンドルを模した鍔。まっすぐな青い刃。読んで字のごとくハンドル剣。

 

〈TURN!〉

 

 ハンドルを回す。急発進したドライブは、渦の中心にギルガメッシュへと向けて、その身を旋回させた。

 

 英志の若さと勢いを、その中に同居する進ノ介が抑え、システム面よりクリムが制動する。

 心技体が一体となった彼らは、荒波を超える船のように、回り続ける独楽のように、その暴威の風をむしろ自分たちが推し進む力に替えて、突き進む。

 

 間合いに、至る。

 大上段に振りかぶった一撃は相打ちとなり、互いに呻きながら転がった。嵐が止んだ。先に立ち上がったのはドライブの方だった。

 

 今度は彼の周囲に、色のついた竜巻が巻き起こる。

 いや、それは単なる自然現象や、エネルギーの波動によるものではなかった。

 

 走路を空中に構築しながら英志の側近く周回するのは、新旧一式全て揃ったシフトカーだった。

 

〈シフトカー、シグナルバイク全機発進! 我々の全戦闘データ、全武装も全て解禁した〉

『出し惜しみなしだ! 全部使えッ!』

 

 父と『ベルトさん』がそう高らかに宣言すると同時に、ハンドル剣はドア銃へと換装された。

 

〈ガトリング! カチドキ! ガトリング!〉

 

 上半身を跳ねあげ、腕を振り下ろしたギルガメッシュの背後に、砲門が開いた。無数の銃口が現れた。

 そこから一斉に発射された銃弾が天を、弾痕が地を埋め尽くす。

 

 英志は片手で銃を乱射した。狭い足場の中、確実に自分に命中するであろう敵の弾を狙って、撃ち落としていく。

 

〈ハンドア!〉

 

 ……順調に撃墜していっていたなか、クリムの声帯に似せた音が響くや、銃トリガーにロックがかかった。

 

「へ?」

『馬鹿! 半ドアだ半ドア!』

〈確認を怠ってはいかんよ!〉

 

 間の抜けた声とともに銃口を覗き込む英志の耳元で、二人分の声ががなり立てた。

 だが、保護者たちの忠告は、次の瞬間には無為のものとなった。鋼鉄と光熱の雨あられが彼らを叩いた。

 

「うわぁー!?」

 三者三様の悲鳴があがる。だが、ドア銃のシールド機能と、ドライブ二体分の装甲の強度が、その斉射を凌ぎきる。結果、そして新たな武器の準備をする時間を作った。

 

〈フルフル! デッドヒート、大砲!〉

 

 両手で構えるトレーラー砲の上部にはデッドヒート。内部にはスピードとワイルドを徹甲弾のごとく装填し、ドライブはトリガーを弾いた。

 

〈ブドウ! ドラゴナイト! ドラゴン!〉

 

 車輪は、神王自身の生命を代価に、なお激しく燃え立ち、回転する。

 砲門は消え、代わりに巨大な龍のミツ又の首が、異界の口より顔を覗かせた。それぞれの顎門(アギト)に火炎を渦巻かせた。中央の龍の首に飛び乗った騎士の決定に従い、一気に放出した。

 

 轟、剛、劫……風が揺れる。

 

 手数による主導権の奪い合いは、一極化された出力による競合いへと推移した。

 

 彼らの中間で衝突した力は、互いの身を焼くほどの熱を発しながら、間もなく臨界点に達して暴発した。

 

 いずれの火力と意志が優っていたのか。

 それさえも判然としないほどの崩壊が一帯を襲った。

 ついに傾き、する牙城。その中でも、ドライブとギルガメッシュは互いに狙いを定めて撃ち合い、押し合い、殴り合い、もつれ合う。

 

 互いに掴みかかって離さないまま、受け身とらずに地表へ激突した。

 自由落下による衝撃は、彼らを痛みとともに荒廃した大地に仰臥させた。

 

〈シンゴウアックス! マッテローヨ!〉

 

 シグナルチェイサーをセットしたシンゴウアックスをガレキの山に突き立てて、英志は立ち上がる。

 

 だがそのチャージを待つほど、王には時間も余裕もないし、行儀良くない。

 体勢を整えるやすかさず突撃し始めた。

 

〈シューター!〉

 

 空いたその手に、ゼンリンシューターを創造する。弾幕でもって敵の侵攻を押しとどめようとするも、勢いも速度も一向に衰えを見せず、むしろますます猛る。駆ける。

 

〈ヒッサツ! フルスロットル!〉

 

 シグナルトマーレをシューターに装填し、発射する。

 クレストを模した電気の壁が、王の足を止めた。

 だが、それも砕かれ、突破する。手負いの獅子が、網を噛み破るように。

 

 ギルガメッシュの拳が、ドライブの姿を間合いに収めた。

 振り上げられた腕は、雷を帯びた鉄槌となって英志たちに襲いかかった。ドライブの傍らの大斧は、いまだに信号音を刻んでいる。

 

 対するドライブは、腕を真一文字に切っただけだった。

 

 一閃が、ギルガメッシュの周囲を切り取った。まるで映画のフィルムのネガのように。

 

「この……技はッ……!?」

 

 ドライブの右手には、黄金のナイフが握られていた。

 そこに内包されていた戦闘データが、かつての宿敵の技を再現させた。

 

 本来であれば、ヒーローである前に警察官であるドライブが、その装備、ルパンガンナーを、宿敵であった彼の技を、用いることなど、決してしないはずだった。

 

 だが、今のドライブには使える。

 泊英志が主軸となった、今のドライブならば。

 警察官でもなく、未だ何者でもない彼ならば。

 

〈ULTIMATE! LUPIN……STLASH!〉

 

 斬撃が、青い三日月となって空を裂く。

 それを腕で受けつつ、ギルガメッシュは後退して衝撃を脇へと流した。フィルムのような隔壁は、車輪の炎熱に焼き切られた。

だが、時間は稼ぐことができた。

 

〈イッテイーヨ!〉

 

 ランプが青に切り替わったアックスを引き抜くと、再度攻め来るギルガメッシュへとすれ違いざまにその刃を叩きつけた。

 

 ベルトの眼球に直撃し、バックル全体に亀裂が奔る。

 

「ぐ……ウゥゥッゥゥ!」

 

 呻きながらも彼は、ドライブの肩口を掴んで留めた。自分の下に引き寄せ、渾身の膂力がボディーブローを見舞う。

 

 重、

 痛、

 苦……

 

 心身の均衡が、たった一撃で崩れる。

 自分が今、何を感じているのか。それさえも判然としないままに前のめりに傾いたドライブの側頭部を、ギルガメッシュはそのまま強引に、捨て鉢気味に殴りつけた。

 

 他のライダーの力を流用しない、独力による殴打。だが、今まで食らったどの攻撃よりも、英志に苦痛を与えた。

 首がねじ切られるのではないかという衝撃とともに、崩壊した城を突き抜ける。その余波が、その残骸さえも跡形もなく地上から消滅させた。

 

 だがそのギルガメッシュも、もはや限界が来ていた。

 ベルトから始まった亀裂は108のボディ自体にも伝播しつつあった。その激痛は、神経を引きちぎられるがごときものだったに違いない。機械の肉体であるにも関わらず、反撃は成功したにも関わらず、その呼吸は荒く、痛ましい。

 

 互いに満身創痍の体を引きずって、接近する。

 

 ドライブが斃れるのが先か。

 ギルガメッシュが幽鬼となって冥府へ還るのが先か。

 あるいは、緑の異星が墜ちて、王の宣うとおりの、究極の救済を果たすが先か。

 

 フェイズはその最終段階を踏んだ。その答えは、過去にも未来にもない。今この瞬間、目の前の敵を打破した先にしかない。

 そして一切の障壁も、彼らの間には存在しなかった。

 

 駆け出す。

 アドバンスドイグニッションを回し、シフトブレス上下させる。

 

〈ヒッサーツ! FULL THROTTLE!〉

 

 ドライブの背後から、エンジン唸りがあがる。サブミッションが軋む。ネクストライドロンのタイヤが廃城を踏みしめ、加速する。

 英志は腕を突き出した。主人を追い抜き、腕の先のいる敵へと食ってかかるかのように、愛機はギルガメッシュへ突っ込んだ。

 

「舐めるなァァァア!」

 

 一喝。王は真正面からそれを受けた。両腕でもってネクストライドロンの全速前進を妨げ、あまつさえ、そのフロントタイアさえも持ち上げた。

 

 だが次の瞬間、その横合いから瓦礫突破して、別の機体がギルガメッシュを突き飛ばした。

 

「何ッ!?」

 

 二十年以上も過去の、前世代機。だが焔や、太陽にも似た熱い真紅の輝きは、決して色褪せることはない。

 

 進ノ介やクリムたちと、常に共に在って魂をリンクさせてきた愛車。

 トライドロン。

 

『言っただろ。出し惜しみはなしだって』

 

 そう嘯く進ノ介と同調し、鋼鉄の相棒はギルガメッシュを上空へと打ち上げた。

 両手が、ネクストライドロンから離れた。

 解放された未来のトライドロンは、クラクションとともに宙へと舞い上がり、さらに追い討ちをかけて、鯱のように突き上げた。

 

「見せてやる! これが僕たちの……オーバードライブだ!」

 

 蒼雷の軌道を描いたネクストライドロンは、ギルガメッシュをその中へと覆いこんだ。

 ライドブースターと合体してトライドロンはその後を追った。

 ある程度の高度に達したあとで分離し、後継機の敷いたロードにタイヤをつけて疾駆し始めた。

 

 描かれた円弧が数を増やしていく。リボンを束ねるように、編むように、球の形を成していくさまは、あたかも地球と異星の狭間に、その宇宙に、別の天体を生み出していくにも似ていた。

 

 地球を背に、ドライブは両脚をそろえて突き出し、飛び上がった。

 大喝、怒号。ギルガメッシュもまた、異星を頭上に控えさせ、ドライブへ向けて蹴り返した。

 

〈ギルガメッシュ! オメガフォーメーション!〉

 

 光速と、神速が衝突した。

 星の中で、十字となって交差した。牙となって双方噛み合った。

 形成された小惑星の中で、彼らこそが支配権を争う王たちであった。

 

 鋼が響く。互いを削る。

 いつしかその像は単一のものではなくなり、一秒間に幾重にも分裂して見えた。

 

 ――否。

 

 ドライブの像は、いつしかふたつに分かたれていた。

 すなわち、タイプスペシャルではなく、タイプスピードとダークドライブタイプネクスト。

 ふたつのスーツ。ふたつのフォーム。泊進ノ介と泊英志。一組の親子。

 

「まだだ……っ! 俺には乗り越えるべき過去がある! 命を焼べても進むべき未来がある……! そして、そのために倒すべき今がある!! 負けるわけには、いかない……ッ!」

 

 そうか。英志は、確固たる声音で、王の覚悟に応えた。ダークドライブの像が、新旧のトライドロンの加速を推進力にギルガメッシュとぶつかった。

 だが、もう彼の心身は揺らぎはしない。その背を、父が見てくれるから、押してくれる人がいるから。

 

「だけど負ける気はない。――僕にはお前みたいに確かな展望も力もない。けど、立ち止まっても間違っても、その背を正しい方向へと押してくれる人がいる。その人たちの想いを受けて、それを明日に伝えるために、今日を生きたいという願いがある!」

 

 英志は言霊を放つ。

 多くの人たちが調整に加わり、もうひとりの自分から譲り受けたダークドライブが、自身の闇を振り切って光を放つ。

 そこにドライブの、父の像が後押しをするように重なった。

 

「どれだけ人類の未来を想っても、多くの犠牲の果てに立っていたとしても……結局はひとりぼっちのお前には、()()()は超えられないっ!!」

 

 

 

 進む。進む。進む。進む。突き進む。

 

 

 

 天を衝かんばかりの雷が、ドライブ二台にして二代分のきらめきが、この時の中、唯一にして孤独の王の鋒を折る。盾を破る。

 

「あああぁあぁああああああっ!!」

 

 苦痛、後悔、悲壮感、そしてそれらを噛みしめ敗北を享受する自分自身への憤り。

 死の間際なればこそ、積み重ねていた感情が、業が燃え立ち、高らかな断末魔となった、それとともに、肉体の内側で臨界点を迎えていた動力炉は、肉体そのものと、力と魂の容れ物たる眼魂ドライバーを焼いた。

 

 

 黄金に輝く世界を見通すその瞳は、派手な爆炎の中で粉々に粉砕された。

 英志はその破壊を義務として、そしておのれの罪として見届けた。

 

 消えゆく焔から遠のいていく。

 二台のトライドロンが描く螺旋をくぐり抜け、一体に戻ったドライブが着地した。

 

 ブレスレットから、シフトカーを引き抜く。

 

 ――使命は、果たした。(ミッションコンプリート)

 

 まるでそうとでも言いたげに、シフトネクストスペシャルは、英志の手を離れると、差し込む太陽の中へ、そこに開かれた次元の門の向こう側へと消えていった。

 

 来るときも唐突だったが、去り際もまた潔いものだった。

 

「……いつか、また会おう」

 だが多くの戦いを経た自分たちには、たしかな絆があると信じて、変身の解けた英志は小さな盟友に再会を約した。

 

〈……では我々も、そろそろあるべき場所に戻るとしよう〉

 クリムに促されて、ベルトを外す。

 かすかなスパークがはしり、そこからクリムたちの意思が消えたのを肌で感じる。

 父と、父の相棒の気配が、自分から遠ざかっていくのがわかった。

 

 ――だが、

 

 

 

 NICE DRIVE

 

 

 

 去り際に、二色の声がそう言い残す。

 シンプルだが、英志にとってはこれ以上ない賛辞を贈る。

 

 青年の双肩に、たしかな手のぬくもりがあった。

 その感触を噛みしめながら、こみ上げる涙と汗をぬぐい、顔を上げる。

 

 生じていた亀裂は今度こそ塞がり、緑の惑星はその姿を隠した。

 

 久々に見る、傷一つない青空だった。

 だが問題は山積している。今後、何度も綻ぶことだろう。

 それでも空はきっと、どこまでも続いて、つながっていると、今では信じられる。

 

 今目の前で待つ春奈とも、アユムとも、剛を始めとした、多くの先駆者たちと。

 

 泊英志は、晴れやかな心を胸に抱いて、走り始める。

 自分の速度で、そして足で、明日へ続くその道を。




Next Drive……

 ――空は、つながっている。

「やっぱまだまだ、この街には俺たちが必要みてぇだな!」
「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 ――空は、つながっている。

「……行こう。お前へ伸ばす腕はきっと、別の誰かともつながってるから……!」

 ――空は、つながっている。

「んじゃ、ちょっと宇宙まで見送りに行ってくるぜ!」
「3!」
「2!」
「1!」

 ――空は、つながっている。

「その程度のお願い、魔法使いにはお手の物だよ。……お姫様」

 ――空は、つながっている。

「こうして世界はまた強さから遠ざかっていく。弱さに甘えるようになっていく」
「いいや信じてる。世界はちょっとずつ、優しくなってるって」

 ――空は、つながっている。

「きっと、まだあの可能性の世界は切り落とされていないはずだ。だからぼくが……『アユム』の分も『あの人』の命をつなぐ」

 ――空は、つながっている。

「さぁこのゲーム……君はどう攻略するのかな?」
「もちろん、ノーコンテニューで、クリアしてやるぜっ!」

 ――空は、つながっている。

「それじゃあまぁ……いつかの愛と平和のために今日のラブ&ピースを護りに行きますか!」

 ――空は、つながっている。

「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」

 ――空は……

「誰かが覚えているかぎり、俺たちは死も生も超えて、物語として存在し続ける。俺たちの旅は続く」



エピローグ:re-ray

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