仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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最終話:父よ、あなたはだれに今を託すのか(12)

 長く続いた、闇が開けた。

 英志は、亀裂を収縮させて遠のく異星と、本来の青さを取り戻していく空を膝をつきながら仰いでいた。

 もはや変身を解く気も起こらないほどに精魂が尽き果てていた。隣でよろめきながら立ち上がった春奈も同じ様子だった。

 

「生きてるか?」

 くたびれた様子を隠さない調子の声で、春奈が言った。

 見てわからないのか、と返したくなったが、言いはしなかった。

 目の前の互いが現か幻か。それさえ疑わしいほどに、疲弊していた。

 

「まぁね」

 英志もまた、疲弊のためにそっけない返事に終始する。

 だがそんな自分たちの有り様がなんだかおかしくて、笑い合った。

 

 そして互いの存在を確かめるように、腕を伸ばし拳を突き出し、打ち鳴ら、

 

 ……がしゃり、という鉄の音が、それを妨げた。

 戦慄とともに、弾かれるように、その音源……ライドトレーサーの残骸へとふたりは目を向けた。

 

 ドアだったらしき鉄片が内側より吹き飛ぶ。その異変の中心に、金髪の少年が立っていた。

 事の始まりから、騒乱の中心には、常に彼が、ギルガメッシュがいた。

 

「まだ生きてたのか……!」

 

 英志は驚いたのは、その耐久性ではなかった。今の彼の状態で立つことこそ、脅威だった。

 すでに美少年たる外装(カモフラージュ)は剥げ落ちて、蜘蛛か、頭蓋骨にも似た鋼の頭部をさらけ出していた。その隙間からは絶えず潤滑油たる血液を模した液体がこぼれ落ち、オーバーヒートした表皮に触れるたびに、ジュウと音を立てて蒸発している。結果、総身から絶え間のない血煙となって立ち上っていた。

 しっかりと二本の脚で立ってはいるものの、その姿もどこかか細い野花のようだった。

 自身の要、眼魂ドライバーにも修復不可能な傷跡が刻まれていた。

 

「……やめておけ」

 春奈が言った。

「もはや勝負はついた。お前は、もう立っていることさえままならんはずだしそれに」

「もう助かり様がない、か?」

 

 肉体の状態とは違い、いまだ覇気の衰えない音声で、ギルガメシュは言った。

 

「そうだ。間もなくこの身体は停止する。核も半壊している。放っておいても死ぬさ」

「だったら、なんで……っ!」

 

 なぜ、死ぬとわかっていても戦うのか。

 なぜその事実を、従容と受け入れられるのか。

 

 言葉少なに、だが幾度となく心の中で反復して問う英志に、ギルガメシュは半分だけしか残っていない唇をゆがめてみせた。

 

「さっきとは立場が逆だな」

 と、少年のように面白がる。

 

 だが、話の本質を突いている。

 たしかに、この戦いが始まるすぐ前までは、自分たちが決死の窮鼠だったはずだ。

 そしてその時に胸に抱いていた覚悟を想えば……

 

「そうさ。お前たちと同じだよ。たしかにお前たちのせいで過去の清算もままならない。未来も途絶えた。だが信念は捨てられない。最期の一瞬まで、それを胸に戦い続ける。……それが仮面ライダーだろう」

 

 そう、言い切った。

 

死と誕生によって(イン・モルテ・エト・インナーテ・)人の世はめぐる(アンブレ・サランツール・ジェネラチオーネ)!」

 

 雷鳴のごとき声を、天へと轟かせる。

 

「世界は停滞している。人は衰退している。だからこそ一度その枠組みを破壊することこそが地球人類にとっての幸福であり、ふたたび生を受けた俺の使命だ。俺が死のうともその主張を翻す気はない」

 

 穏やかになったはずの空が、揺れる。風が、荒れる。

 その流れの中心にあって、敗残にして不屈の王は、右の拳を突き出した。

 

 彼の内部に蓄積されているデータが、それをマテリアライズさせるリソースが、その腕に英志のそれとまったく同じものを形作った。

 

 シフトブレス。そしてシフトカー。

 ただ無骨な鉄色を帯びたそれの周囲に、黄金の球体が群体で取り巻く。

 

 眼魂。

 イーディスらによって分断された、ギルガメッシュの魂の容れ物。

 英志たちが幾度となく打ち破ってきたそれらは、共鳴するように寄り集まり、内側から膨れ上がるエネルギーのよって自壊した。

 

 溢れ出した霊魂はあらたな器を求める。それを、本体のシフトカーと定めて寄り集まった。

 分かたれた身と心が、連戦の果てに、今、統合された。

 

「これが最後だ英志、春奈。この時代の先駆けよ。最後はお前たちの流儀に沿って、戦ってやる」

 

 シフトカーを神気を帯びた黄金へと染め上げる。

〈FIRE ALL SPIRITS〉

 だが、その中で内燃するのは、野心と信念の炎。今この時を生きてそれらを貫かんとする、その紅。

 

〈ギルガメッシュ!〉

 自身でもあるベルトを再起動させる。

 彼の名を呼ぶそれから離れた手が、シフトブレスを上下させた。

 

「変身」

 ドライブシステムと、眼魂ドライバーの技術が、奇跡のきらめきとともに融合していき、彼をあらたな姿へと変貌させていく。破壊されたはずのライドトレーサーのパーツが浮かび上がり、形を変えながら彼の総身を鎧っていく。

 

 無駄のない、メタリックなフォルムを持つ上半身。パーカーゴーストを思わせる、霊験の神秘を編み込む腰巻が、王者のベルトを保護している。

 

 肩口にはまり込むのは、燃え盛る異形の車輪。

 顔に凹も凸もなく、ただ一点。眼のシンボルが中枢に刻まれている。

 

 もはや余計なものに意識を配る必要などない。その目は指すのは唯一無二の宿敵のみ、と。

 

 これが、最古の英雄の最終形態。

 一切の妥協のないその姿は、だからこそ力にその全てが集約されている。少しでも気を緩めれば、ただそれだけで消し飛んでしまいそうだった。

 

 その力の影響は、対する英志たちだけに限らなかった。天が、ふたたび唸り声とともに、封印らしきシンボルを砕き、閉じかけていた亀裂を拡げようとしていた。

 おそらく自身を媒介に、ライドトレーサーの転送システムを再起動させたのだろう。強引に。

 

 だがそれらの力に、今の……いやたとえ無傷だったとしても、ギルガメッシュのボディが耐え切れるとも思えない。きっとそれは、死と隣り合わせなのだろう。

 彼自身が宣言したとおり、過去も未来も度外視し、今この瞬間に命を燃やしている。

 

「この時代を生きゆくものたちよ。真にこの世界の在り様が正しいと言うのであれば、その強さを示してみせろ」

 

 王は宣う。強く踏みしめた一歩は、英志たちの立つ大地を揺るがした。

 

「……あぁ、では望み通りにしてやる!」

 

 受けて応じたのは照井春奈だった。蛮勇というわけではない。恐怖や気後れを自覚するよりも先に、身体を動かしてそれらを振り切るのが彼女の流儀のはずだ。

 

 トリプルAの、現状持ちうるかぎり最大の出力でもって踏み込んだ。

 迎え撃つギルガメッシュは正拳の構え。腰を低く沈めてひねる。

 だが力の流れは、その変化は、彼の肩と拳を含めた半身に重心を移していた。

 

〈ヒート・ファイアー・フレイム〉

 

 様々な音声が織り混ざった声が、呪詛のように低く響く。

 拳に業火が吹き上がる。今まで見たことのないほど大きく、広く、そして熱く烈しい。

 

 その拳は、確実に一拍子は速く動いていた春奈の攻撃よりも速い。後の先を打っていた。

 

 たった一撃。それだけで、トリプルAのボディが宙を舞い上がった。爆煙と衝撃が、その装甲を剥がして溶かす。

 いかに消耗していたとして、トリプルAの重装甲に綻びなどあろうはずもない。つまりは……

 

 いや、あえてその威力を疑う余地さえなかった。

 余波がその下にある足場……否、施設の半分が、この世から消滅したのだから。

 

 肉体を晒した春奈が、崩落に巻き込まれて落ちていく。下層の闇へと、飲み込まれていく。

 

「……照井さんッッ!」

 

 英志は叫んだ。一瞬、地球の命運など忘れて、春奈を救うべく駆け出した。

 

〈チーター・スピード・チェリー!〉

 

 だがその先に、いつの間にかギルガメッシュが立っていた。

「どこへ行く気だ?」

 その単眼に、祈りにも似た決死の覚悟と戦意をみなぎらせて。

 

 

 

 ――どこかで、排気パイプでも壊れたらしい。

 ガスが漏れ出す音がする。焦げ付くような異臭が鼻につく。

 ……というよりも、そもそも無事なところがないのだから当たり前か。

 

 全身がバラバラになってしまいそうな痛みと闘いながら、春奈は最下層で立ち上がった。

 落下の衝撃から自分をかばったUFOガジェットが、彼女自身とガレキの下で粉砕されていた。

 

 これでトリプルAには変身できない。だが、ドライバーの限界値などとうに迎えている。どのみち再変身はできない。そのことを訴えるように、手元に転がったドライバーもならスパークを迸らせている。

 だがそんなことはお構いなしに、

 

 メモリが砕けたわけではない。まだT3アクセルへは変身できる可能性が高い。

 ――彼が、まだ戦っている。ギルガメシュも、自身の限界を承知で最後の戦いを挑んできた。

 

 自分だけが、ここで休んでいるわけにはいかなかった。

 

 引きずる足を速めた春奈だったが、その前に巨影が落ちてきた。

 それは、無機物ではなかった。だが……彼の六本の太い腕は、触れるものすべてを傷つけるような青く鋭い外皮は、生物と呼ぶにはあまりにも冒涜的だった。

 

 しかし、どことなく憂いを帯びた赤い瞳に、春奈は覚えがあった。

 そしてそれを忘却するほど、長い時間は経っていない。

 胸にこびりついたアーマープレートの切れ端が、彼の最後の理性を象徴するかのごとく、剥落する。

 それが決め手となって悟った。コレは……あの青い仮面ライダーだ。

 

 低い唸り声を発する口で、つい十数分の彼は、シンプルな自分の願いを語ったことをも、思い出す。

 

「――そうまでして、そんなことになってまで、生きたいのか。お前は……」

 

 生理的な畏怖と同時に、春奈は奇妙な感慨さえも覚えた。

 彼に、善悪のしがらみはない。ただ徹頭徹尾、自分の生命を永らえさせるという、生物として当たり前の望みだけがあったのだ。

 たとえおのれが仮初の複製でも、どういう結果となってもいずれ捨てられると知りながらも。

 

「……っ!」

 春奈はきびすを翻す。

 逃走ではなく、別のルートから英志たちのいる最上階を目指して。

 

 その背を、理性をなくした猛獣は狂猛に追尾し始めた。


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