空飛ぶ自動車が本拠に突っ込んだのは、未だ道半ばで奮闘するゴースト達からも見えていた。
あるいはこのふたりは、その場で共闘するどのコンビよりも、呼吸の合った戦いぶりを披露していた。
一方のゴーストが幽霊のごとく宙を浮遊し敵を翻弄すれば、地上ではその子がガンガンセイバーで敵をなぎ倒していく。
その白いゴースト……アユムは大上段で振り下ろした大剣で刀眼魔を一刀両断し、返す一太刀で槍眼魔をその得物ごと切り裂いた。
〈闘魂カイガンブースト!〉
地上に舞い降りたタケルは、その身を真紅に燃え上がらせた。
文字通りに、その生命に火を灯すような彼の攻めは、並み居る大群をものともしない。達人然とした所作で反撃を捌きながら、苛烈な後ろ蹴りを見舞う。
転送したサングラスラッシャーで敵を押し込み、撫で切っていく彼の前に、電気眼魂が現れた。
辺り構わず放電し、眩いばかりの電光で眼を潰さんとする。その怪物相手にも、そしてソレの放つ光線が自らのすぐ脇を焼こうとも、タケルは臆さず剣を傾けて突っ込んだ。
〈メガ! オメガシャイン!〉
中空を舞った父が、赤い刃で電球の頭部を叩き割った。爆炎をも自身の推進力として取り込みながら、タケルはなお、前に進む。
たとえ絶望的なタイムリミットだとしても、自らが半ば死に体のようだったとしても、その前途をいかな大群が覆い尽くしたとしても。命を燃やして最後の一瞬まで戦う。自分の側にいてくれる。
それが、天空寺タケル。
これが、皆が信じ憧れた英雄の姿。
アユムは初めて、いやあらためて、父に対する敬慕を強めた。
だがそんなアユムの前にも、危難が形を成して立ちふさがった。
紫のメダルを核に、銀色のメダルが肉を作り、幻獣と恐竜の象徴と変化する。
試作型グリード、ギル。
因縁に引きずられるように、両者は期せずしてふたたび邂逅を果たした。
足下から湧いて出るようにして出没したそれに、先手を打たれた彼は鋭く翼爪を、二発直撃として喰らう。
「アユム!」
火花を散らして膝を屈す我が子を援護すべくタケルが動く。
だがその先を、ギルガメッシュのメガウルオウダーが遮る。
強敵をそれぞれに抱え、親子は分断された。
アユムが態勢を立て直すよりも先に、ギルは紫の瘴気を総身から迸らせた。それに触れたありとあらゆるものが、運動能力を奪われて凍結する。
アユムとてそれは例外ではなく、冷気がその脚に霜を走らせ分厚い氷塊で覆い、身動きを取れなくてさせた。さらにせり上がってくる冷気が、ゴーストドライバーまで達しようとしていた。
「ッ!」
それよりも先に、アユムはオレンジ色の眼魂を起動させ、ドライバーへとセットした。
〈カイガン! ダーウィン! 議論結論進化論!〉
パーカーゴーストが彼の身体を覆う。
そのマスクには種の多様な可能性を示す枝分かれしたシンボル。
その型に刻まれたのは、進化の果てに自立を果たした人類の姿。
流動する生命の営み、人間の可能性をその身に宿したこの形態こそ、虚無の中で時を停めた魔獣を相手取るに相応しい。
みずからを粒子化させたアユムは、閉じようとする氷の隙間から脱した。
赤と黄、二色の粒子が絡み合い、放電しながらギルを取り囲む。
逃れようとすれば奔る電流がそれを遮り、反撃に転じようとすれば、衝撃波が押し戻す。
「ぼくの仇は……ぼくがとるっ!」
〈ダイカイガン! ダーウィン! オメガドライブ!〉
光の檻に拘束されたギルの正面に、実体化したアユムが現れ、爪先を繰り出した。
叩きこむのは進化のエネルギー。生きるためにみずからを変えようとする原初の欲望。言い換えれば、明日へと進もうとする人の意思。
それを胸板に、直に流し込まれた虚無の魔物は、胸板に絶叫と咆哮とともにメダルの集合体へと戻って爆散した。
地面に降り立ったアユムは、父を顧みた。
そこには、ギルガメッシュと競り合い、そして押し負けつつある父の、消耗しきった姿があった。
「お父さん!」
たまらずアユムは叫んだ。
この乱戦に柔軟に対応すべくフォームの多様性を重視してゴーストドライバーにあえて戻したタケルであったが、それでも本来であれば量産機相手に遅れをとることはないはずだった。
だが現実に遅れをとっている理由はただひとつしかない。
『彼』が、いや『自分』が体験したことだから分かる。
生命の灯が、ジリジリと細まって、薄れゆく感覚。今、父の身で、それが起こりつつあった。
「ムゲンにもなれない、残りの命数もたかが知れている! そんなお前に、何ができる? お前はただの、無力な死に損ないだ」
ほとんど無抵抗に近いタケルを容赦なく打ちのめしながら、ギルガメッシュが嘲る。彼も、そのことに気づいていたのだ。
自分にもまだできることがあるはず。最後まで戦わせてくれ
そう強いて頼むタケルに根負けしてそれを受け入れたアユムだったが、今はそのことを悔いつつあった。
(けど、それももうここまでだ)
アユムはその手に、オレ眼魂を握りしめた。
二つの記憶、二つの世界線でずっと疑問に思っていた。なぜ自分がこれを持っているのか。なぜゴーストになれたのか。なぜ色が違うのか。
父が天空寺タケルであったのだから、遺伝したのだと自分を含めて皆は納得していた。眼魂の色はそのまま魂の色である。だからタケルとアユムとで違っていてもおかしくないとも。
だが、真実は微妙に違っている。
この戦いの直前、父に反応し、覚醒を促したこれを見て、悟った。
この純白は、この力の正体は……
「……お父さんは、無くしたわけじゃない!」
父に、敵に、訴える。
「今なら分かる……誰かに託した想いが、力が……つながっていく。いつか自分へ巡って、さらに世界は広がっていく。それこそがムゲンの魂だ!」
ふたりの仮面ライダーが、彼の啖呵にわずかに意識を傾けた。
アユムは、決意とともに、自身の分身を彼らの間へと投げ込んだ。
眼魂が、繭のように、転がした毛糸玉のように、解きほぐれて形を失っていく。
と同時に、アユムのゴーストドライバーは消滅し、変身が解除された。ダーウィンを含めた英雄眼魂はその権能を無くして浮き上がった。
押し寄せる脱力感と寒さに、ぐっと歯を食いしばって耐える。それは、今まで父は代わりに背負ってきた感覚だ。
輝く糸となったアユムの力と権限は、そのまま眼魂たちに守られて、残ったゴーストのエンブレムへと吸い込まれていく。
いや、本来あるべき場所へと、還っていく。
それは天空寺龍から受け継がれてきた命のバトン。
祖父が父タケルを救い、そして彼と、その仲間の絆によって限界を突破した。
そしてタケルは、母クロエを救うためにグレートアイにその力と命の半分を捧げた。
だがその力は、喪失したわけではなかった。
分け与えられた生命とともに一部がクロエの中に残留し、やがて彼女から産まれたアユムへと流れ込んだ。
もちろんそれのみでは、タケルを補うには至らない。
だがここには、
多くの人間との関わりを経て、あの眼魂は分岐した時の流れを別のアユムとともに生きてきた。
そして今、それはアユムの宣言したとおり、倍のリソースでもって天空寺タケルの元へと帰ってきた。
ゴーストのブレストクエストから、一つに融合した眼魂が精製される。
タケルのムゲン眼魂は、その煌めきを完全に取り戻した。
〈ムゲンシンカ!〉
長い裾が戦雲の闇を切り裂き、たなびく。
タケル自身でもあるパーカーゴーストが融合し、ゴーストをまったく別の姿へと変えていく。
〈ゴ・ゴ・ゴ!ゴ・ゴ・ゴ!ゴ・ゴ・ゴ!ゴースト!〉
神々しい装束をまとった仮面ライダーゴーストムゲン魂は、フードをとって一角をさらした。
「……バカな……選ばれなかった世界とともに消えるしかない半端者が……そいつの足下にさえ及ばない未熟者が……ムゲンの代わりになどなるはずがッ!?」
その変化を待たずして、ギルガメッシュは拳を打ち出した。
だが、あくまでも分身である彼は、本来の力を得た天空寺タケルの敵ではなかった。渾身のパンチは、事もなげにゴーストによって受け止められる。
「たしかにお前の言う通り、俺たち人間は力がなければ何もできないのかもしれない」
静かに説諭しながら、だがタケルはギルガメッシュのその手を強く包んで離さない。
「それでも、立ち向かう気力さえあれば、どんな強大な敵にだって、たとえ神にだって立ち向かえる。その勇気で切り拓かれる人間の可能性は……無限大だ!」
退くことも押し切ることもできないギルガメッシュを、タケルは解放した。だが、反撃に移るわずかな隙も与えなかった。掌底二発。バランスを崩した彼に、強力な回し蹴りを見舞う。そのエネルギーの余波が、白い羽となって風の中で踊る。
それだけで、今まで自分が受けてきたダメージに相当する衝撃を、ギルガメッシュへと与えた。
ギルガメッシュはきりもみしながら、だが自身の眼魂をメガウルオウダーへとセットした。
〈DAITENGAN! GI……〉
だがスピードにおいても、軍配があがったのはゴーストだった。
ギルガメッシュが反攻に出ようとしたその先に、すでにタケルの姿はない。
ギルガメッシュの頭上高くに、巨大な瞳のクレストが浮かび上がる。
そこから現れたゴーストは、ガンモードへと切り替えたガンガンセイバーで狙いを定めていた。
「命……燃やすぜ!」
〈イノチダイカイガン! イサマシュートッ!〉
ドライバーのレバーを動かす。
虹を描きながら撃ち落とされた一筋の光線は、ギルガメッシュを貫いた。
穿たれた穴から迸るエネルギーは、
タケルはそのまま、両翼を打たせて割れた天空へと向けて舞い上がった。
レバーを何度か左右させ、その爪先に生命と感情の輝きが七色の彩を成す。
〈ダイカイガン! ムゲン! ゴッド! オオメダマ!〉
瞬く間に、小惑星のごとき球体と化したその力を、ゴーストは足で上空へと蹴りだした。
拡がっていく亀裂に向かって飛来したそれは、着弾と同時に空全体を覆うフィルターとなり、ヘルヘイムの降下を抑止した。
翼を羽ばたかせて音もなく降り立ったタケルは、改めて我が子と視線を交わした。
「アユム……ありがとう」
彼から手向けられた礼の言葉だけで、アユムには万感の思いが去来した。
もちろん、正気を取り戻した彼は、今は、その一言だけで十分だった。