「その惑星は、直径においてはこの地球の三分の一にも満たないちっぽけな、だが美しく恵まれた環境を持っていた星だった」
轟音の中にも関わらず、ギルガメッシュの声はよく届き、心や頭の中にさえ介入するかのようだった。
それこそ、見知らぬ惑星の澄んだ青さを想起させるほどに。
「そこでは人々が慎ましやかに、穏やかに生きていた。だがある時、未知の植物が発生した。いくら焼きはらおうとも決して衰えることなく、つける実は人々を誘惑し、口にすれば最後、たちまち化け物へと変貌してしまう」
「ヘルヘイム……!」
「そうさ。そして魔性の果実に追いやられた人々は住処や食物を失い、猜疑心に駆られ、残されたそれらを求めて互いに殺し合った」
このままだと同様に自分たちも陥るであろう、異世界の惨劇。だがそれを語るギルガメッシュの目は真剣そのもので、そして不意を打つ隙を与えてはくれない。
「もはや人が人たりえなくなり、滅亡寸前となって、ある研究者がその森の発生源に強力なエネルギー源を見つけた。それは果実の形をしていながら他のものと異なり、神々しい黄金の輝きを持っていた。男はその果実を持ち帰ったが、もはやそれを利用できる施設や設備、資源などその世界にはなかった。そこで彼はその一部を持って惑星から脱出した。いつか母星を取り戻すためにな。……それこそが黄金の果実、シーブイッサヒルアメル……持ち帰った男こそ、俺の父だった」
語る目的、この凶行の動機はまだ掴めずとも、それが何の由来なのかは英志にも分かった。
ギルガメッシュ叙事詩。すべての原典ともされる英雄譚の、さらなる原点。
「父はこの星にたどり着き、黄金の果実を培養しようとした。だが、環境こそ酷似していようとも、適応できるかは別だった。父は高度な技術力によって現地人によって神と崇められたが、この星の大気は彼の身体を確実に蝕んでいた。そこで彼は自身や自分の家族の記憶と遺伝子、そして地球人の遺伝子を掛け合わせたクローンを作った。それが、この俺だった」
ギルガメッシュは感傷を交えて語り続けた。
間もなくして、父は枯れ木のように死んだ。だが残された彼のクローンは、その遺志を継いだ。
長い年月をかけ、もっとも保存に適した水中でそれを着実に成長させつつ、エネルギーを抽出し、生命の神秘を解き明かし、やがて父が思い焦がれた故郷に持ち帰り、滅びた文明を再生させる。それが彼の悲願だった。
「だが収穫を間近に控えたその時、『蛇』が現れた」
いや、元々黄金の果実とともに在ったのか。
呼び名どおりの絡み合う蛇のようでもあった。植物のツタや葉のようであったし、あるいは種族も定かではない人間の男にも見えた。
そして違和感なく周囲に溶け込み、そして去る時には本当にそこにいたのかさえ印象に残らない。そんな超常の存在。
「そいつは、ルール違反ってもんだろ」
そう嗤いながら、果実を取り上げた。
「お前たちはも進化もできずに負けたんだ。そして、滅びるべくして滅んだ。今さら足掻くのはみっともないし、おれとしても興味がない」
愛嬌とも茶目っけともとれる口調で、だが皮肉げに、冷酷に宣告した。
「けどこの惑星は気に入った。活力もあり、さらにその先を求めようとする欲望がある。ゆえに、おれは広めよう。永遠の生命にまつわる神話を、人智を超えた力の存在を。いつしかそれらを求めて、彼らが争うように。ここに至るお前の伝説もまた、そのための土壌となる。そして次へのステージが整った時こそ、黄金の果実はふたたびこの世界へと顕れる」
高らかに謳う『蛇』は「もっとも」と指を立てて付け足した。
「その時にはもう、お前はいないだろうがな」
彼の言うことは自明の理だった。
すでにここに至るまでに、黄金の果実を完成させるために、彼は世界を奔走し、その肉体は摩耗していた。友さえ
「ふざけるな!」
詰め寄るギルガメッシュの痩せた手をすり抜け、『蛇』は姿を消した。
「人としても神としても半端な男よ。せめて、人として一生を終えるといい」
と言い置いて。
「――そして、俺は死んだ。死んでいる間に、奴の言葉通り黄金の果実は生まれ、そしてある人間が手にした。それを使えば、あるいは世界の再生だってできたはずだが、奴はその力を持ち去り、現状維持を望んだ。その結果が、今のこの世界だ」
なんという馬鹿馬鹿しさ。そう吐き捨てるように、ギルガメッシュは回想を終えた。その時には、彼の碧眼には激情の火が灯っていた。
「だからこそ、俺がふたたび、それをやる。もはや故郷など跡形もないだろうが、それでも第二の故郷たる地球は、衰退の一途だ。神としても人としても半端というのなら神として世界を再生して、人として新世界を統べる。俺は、
「……負け犬の自己満足に、全人類を巻き込む気かッ!」
春奈が義憤とともに立ち上がった。
彼女を冷ややかに見返し、半人半神は
「ひとつ、お前たち仮面ライダーを研究してきて疑問に思ったことがある」
唐突に話題を転じた。
「照井春奈。お前は言ったな? 世界の救済を謳いながら世界を滅ぼす悪党はありふれていたと。そしてお前たちはその度に、人類の質が問われ、世界が危機に瀕するたびに彼らの前に立ちふさがり、そして言う。『人類は決して愚かではない』。『人は弱くなどない』と」
ならば、と王は問い返した
「――だったら何故、
なに、と春奈は眉根を引きつらせた。
乗るな、と英志は抑えた。だが会話を打ち切るよりも早く、ギルガメッシュは続けた。
「たしかに、この計画が成就すれば、全人口は今の三割程度に減るだろう。今ある国家や文明の大部分は崩壊するだろう。だがそれでも、俺は人間の可能性を信じている。どんな過酷な状況になっても、力と知恵を尽くしてきっと生き残ると」
「ふざけるな……お前がしでかしておいて、何をぬけぬけと!」
「だったらお前たちはどうなんだ?」
王はゆっくりと腕を動かし、英志と春奈、そしてその背後の空間を指弾した。
「そのオーバーロードを含め、世界を守ると息巻いて現状維持のままにゆるやかな衰退を許した仮面ライダーたちだって、つまるところエゴだろう。もちろん救われた人間もいるだろうが、その行動や判断に伴う犠牲者だって生んでいる。今の俺と、いったい何が違う?」
一度持ち上がった指が、少年の頭を掴んで撫でた。弄ぶかのように、モノのように。びくりと身を震わせ過剰に反応する彼には興味を示さず、笑いながらギルガメッシュはかぶりを振った。
「いや……俺は人の愚かさを理解し、愛でてもいる。無思慮に俺に刃向かうのも赦す。浅ましくも世界を破壊した俺に救いを求めるのなら庇護してやろう」
手をかざし、試すように、そして挑むように王は再度尋ねた。
「だがお前たちは、自分たちの行動を正当化しつつも犠牲を出し、人の善性を信じると抜かしつつも、その実不信を体現している。人間の悪性からは目をそらす。己や人の善悪を受け入れる俺の方が、よっぽど健全じゃないのか」
「詭弁だ」
英志は一言、否定を入れた。
だが、もはや声を荒げたりはしなかった。もはやお互いに許容し合えないのは事の起こりから分かっていたことだった。
ただ、過去のおのれへの決着と、親からの呪縛の解放。その境遇だけは、共通点だった。
雄弁を連ねてきたギルガメッシュとて、それは同様だろう。
肩を竦め、そして己は軍勢の最奥へと消えていく。
「これ以上の問答は無用だ。ではお前たちの死をもって、新世界への幕開けとするとしよう」
そして果実の装甲をまとう彼のコピー体が、英志たちの前に立ちはだかる。やがて、弓に取り付けられたその刃が、断頭台のように英志への首筋に向かって振り下ろされた。春奈がとっさに銃器を構えて前に出ようとした。だが、頭上から降り注いだ黄金の粒子が、彼女の動きを緩慢なものにさせた。
(重加速粒子……あのギルガメッシュの置き土産か!)
その違和感の正体と出所を、英志はすぐに悟った。
今それを使えるのは、108の肉体をベースとしているオリジナルのギルガメッシュしかいない。
そしておそらく対粒子コーテイングが施されている敵を除いて英志に影響がないのは、腰につけているシフトカーが機能している証拠だ。
だが、見切ったところでどうなるものではない。
武器も、シグナルチェイサーも爆破の衝撃であらぬ方向に飛んだっきり返ってはこない。
眼前に迫る刃を防ぐ手立ては、彼にはもはや残されていなかった。
影響がないはずなのに、命運が尽きるその一瞬、青年の時間はゆっくりと流れた。
時同じくして、聖都大付属病院の一室でも、異変は起こっていた。窓から見える光景は尋常ならざるものだということは、誰の目にも明らかだった。不安がる患者たちが騒ぎ取り乱すのを、院の内外で医者や看護師が落ち着かせ、避難させることに奔走していた。
だが、その病室で起こっていたパニックは、もっと深刻なものだった。
外の異変の影響か、あるいは心通じた誰かの変調が彼に影響を及ぼしたのか。
未だに意識の目覚めない入院患者、泊進ノ介が、身悶えていた。
手足をビクビクと痙攣させて、ベッドを割らんばかりに胴が跳ねる。
全身を苛んでいるであろう苦痛が、本人の目覚めぬままに喉から悲鳴をあげさせていた。
「貴方、しっかりして……! 進ノ介……泊さんッ!?」
彼の身体が傷つかないよう押さえつけている霧子自身もまた、取り乱し、その意識は、呼び名は時間軸を錯綜する。
ナースコールならもう何度も押していた。だが、一向に助けが来る気配はない。
もしや英志の身に何かがあったのか。そんな考えが脳裏をよぎった。だが不吉な考えは振り払い、ただ夫の回復を必死で祈った。
――それこそ、音もなく背後に現れた男の存在に気づかぬほどに。
その男は笑い、彼女の肩に手をかけた。
驚き振り向く彼女に、彼は箱を突き出した。