若き仮面ライダーたちは、自身に課せられたハンデにも関わらず圧倒的な物量を相手によく健闘したと言って良い。
撃破した敵の中には、ギルガメッシュの分身体もあった。
だが、相手は英志らが開けた穴を、彼らが穿ち突破するよりも早く埋めてくる。
ただでさえ弱体化していた彼らは、少しずつエネルギーの消耗と装甲の摩耗を繰り返していた。
そして彼らの予測、いや希望的観測に反してギルガメッシュの複製は手強かった。
たしかにスペックは落ちているはず。
かつては有効だった攻撃が通じなくなっている。剛柔、正奇を織り交ぜても、防がれる。
あるいはこの時ギルガメッシュにふしぎなことが起こり、彼の意志の強さに感応してパワーをスペック以上に高めたのかとも考えた。
だがギルガメッシュの機体に、ましてその量産型などに、そんな仕様が施されているはずがない。
そしてギルガメッシュは高揚や意志力によって能力を引き上げる質の戦闘者ではない。
ではチューニングによって出力ではなく技術力を向上させたのか。これも否に思える。
ギルガメッシュの武練はある意味では完成されている。
完璧とは言えない。攻めに偏る傾向もある。だが猪武者ではないし、デバイスや技の切り替えは誤ることなく、惜しみなく使い切るからバリエーションに富んでいる。
これ以上に余計な機能を持てば、かえってその動きを阻害しかねない。
では何故、こうもやりにくいのか。
「『なんでスペックはまだこちらが上なのに勝てない?』か」
正面で鉄棒を振りかざすギルガメッシュが言った。
「お前のことなど小細工がなくとも読める」
と、かつてそう宣ったとおりに。
「たしかにスペックは上がっていないさ。だがすでに行動パターンは入力済みだ。理由は……それだ!」
ギルガメッシュのくり出したアッパーが、膝元からせり上がって春奈のガードを崩した。
浮き上がった両腕を引き戻そうとするよりも速く、機械的な所作で、彼女と対するギルガメッシュは腕輪のような装置のボタンを押した。
〈DESTROY! DAITENGAN! GILGAMESH OMEGAURUOUDO!〉
水音とともに、ギルガメッシュの突き出した正拳が黄金を帯びて春奈の胴へと叩きつけられる。
わずかな呼気を激痛とともに吐き出しながら、春奈は地面を転がった。
その身から、骸骨の装甲が剥がれ落ちていく。
「……っ! 照井さん!」
変身の解かれた彼女を見て、英志は思わず意識を引かれた。
だが、それが災いとなった。振り返った彼の右側面で、件の青い敵ライダーは、ホルダーを上下させた。
〈AMAZON SLASH〉
機械的な起動音とともに、彼の腕の刃が赤熱を帯びる。
赫奕と光を放ち、火花を散らしながら、英志の肩口目がけて振り下ろされた。
「ッ!」
とっさに英志はシフトブレスを押した。
〈NEXT!〉
手順を省略した簡易的なキックは、紫光を走らせながらその剣尖を迎撃した。
さながら冷えたコップに熱湯を注ぐかのように、方向性も出自もまるで違う力の衝突は、劇的な奔流を生んだ。
そして彼ら自身を巻き込んで大きく爆ぜて、その中から青年と少年が弾き飛ばされた。
相打ち。だが周囲の状況がまるで違う。
歯を剥く少年の背後には無数の怪物たちがひしめいている。英志の側には、同じく変身を解かれた春奈しかいない。
英志より先んじて、少年が起き上がった。その傍らの列が割れた。
その最奥から現れたのは、金髪の少年だった。だが、明らかに他のコピー体とはたたずまいや全身から感じる気位がまるで違う。
残る唯一無二のオリジナルナンバー001。真のギルガメッシュ。
自分たちが倒すべき最大の目標が、手を伸ばせば届くような位置にまで接近していた。
「……ずいぶん、遅い登場だな。列でも詰まっていたか?」
春奈が乱れた声音で皮肉を言った。だがそれが虚勢であることは、英志にさえも明らかだった。
ギルガメッシュたちもまた、敗北者たちに対する憐憫こそ浮かばせるものの、攻撃の意思はとりあえず見られなかった。
「もう足止めは、必要ないからな」
静かに真のギルガメッシュが宣言した瞬間、彼の背に伸びる鉄塔が光を放った。
柱とも杭とも思えるその波動は、周囲一面を巻き込んで風を起こし、天へと伸びていく。
地が揺れる。天が割れる。さながら神話世界のごとく、天地は同和されていくようだ。
空が割れ、にわかに闇が生じた。その亀裂から、目を覆わんばかりの、地上のすべてを呑みこもうとする赤い星々と、闇を帯びた緑の巨塊が迫っていた。
そして英志たちは理解した。
施設から伸びる光柱は、それをつなぎとめるためのもの……いや、引きずり込むためのアンカーのような役割だと。
目でわかるほどの速度で近づきつつあった。それこそ、肉眼でそれが何物なのか、判別がつく程度には。
その『緑』は、惑星だった。
見たこともない植物がその表面を覆い、文明らしき輝きは見られない。
ただ、その植物の間隙でひしめいているのは、虫とも獣ともつかない、異形の怪物たち。
知性など感じられず、だがあちら側も異変は察知しているらしく、無秩序に暴れ狂っていた。
「あれは……ッ!?」
「あらゆる可能性、時代、
唖然と見上げる英志たちに、ギルガメッシュは淡々と語りかけた。
「あれはヘルヘイムに浸食されつつある惑星。もっともこの地球と適合率の高い世界だ」
「適合……?」
ギルガメッシュが用いた言葉にただならぬおぞましさを感じ、英志は凍ったような声で聞き返した。
金色の王は、その天頂へと指を差した。そして、いつになく厳かな音調で、静かに宣言した。
「今からあの星をここへ『移植』させる。そして、ただ生まれ、増やし、食い潰されるばかりのこの世界の文明と環境を一度破壊する。破壊と再生のバランスの整った、闘争の神話世界へとやり直させるために」
正気とも思えない、突拍子もない言葉。
それを、ギルガメッシュはごく当たり前のように、唯一無二の正答だと言わんばかりに告げた。
「なに、一度や二度は通った道だ。行き詰った世界を、他の世界と融合させてやり直すことなどな」
世界はそれを拒絶するかのように、震撼していた。
その地響きだけの音だけが場を支配し、その王以外は誰も言葉を口にしようとしなかった。
機械であるコピーたちはもちろんのこと、唯一知性を感じられた青いライダーの少年でさえ、あまりに自分の許容量を超えた話に頭から手足の端まで硬直させていた。
やがて、かすかな嗤いがあがった。春奈の喉から絞り出されたものだった。
自分がここまで静寂だったのは、呆れて物も言えなかったのだと言わんばかりに。
「かつて沢芽市で起こりかけていたことを、世界規模で再現しようとでも言うのか」
ヘルヘイム。そのキーワードだけでギルガメッシュが意図するところを汲んだらしく、訳知り顔で聞き返す。
「王だなんだというからどんな壮大な計画かと思っていたが、なんのことはない……お前は、どの時代にもいたありふれた三流の小悪党だ! 世界の救済を謳いつつ、結局のところ世界を破壊することしか頭にないっ!」
激する感情と強がりのままに、春奈はそう食いかかった。
だが、ギルガメッシュの碧眼はもはや揺るがない。嘲弄の気配さえない。
むしろその瞳は、春奈の無理解を憐れむようだった。
立ち上がりかけていた彼女に、そして英志に、ギルガメッシュは目線を合わせた。
「小さな
混ざり合いつつ次元の狭間で、黄金の王は語り始めた。