そこは、遊園地というカバーストーリーにはほど遠い、荒涼とした大地だった。
アトラクションどころか遊具ひとつ転がってはおらず、山は採掘の後が今なお残るむき出しの肌を晒していた。
その前身は、採掘場であった。
かつては人々の生活を支えるため、新たな技術の進歩のために、この場所の石炭や鉄鉱が掘り出されていたのだろう。だがそれを絞りつくした今となっては、立ち寄る者など誰もいない、不毛な場所となった。
ところが今、その最奥には鉄の城塞が出来上がっていた。
巨大な手に包まれた目のようなレーザー装置が天に突き出され、マクロファージのような小型の宇宙船の残骸が、支柱となってその巨大な身体を支えている。
それはいずれも過去、この世界を脅かしてきた侵略者たちや闇組織が用いてきた技術であった。それを乱雑につなぎ合わせ、組み合わさって、出来上がった財団Xの最期の拠点だった。
この場所は、あの城は、かつての死の大商人の成れの果てが拠り、そして過去の大王が籠るには相応の空間と言えるだろう。
そこにふたりの仮面ライダーが現れたのは、ほとんど同時刻だった。
眼下に広がる赤い荒野を見ながら、照井春奈はバイクに寄りかかるようにして立っていた。
その隣に停車させた英志は、並び立つように地に足をつけて降りた。
その接近に、明敏な彼女が気づかないわけがない。
だが、しばらくは春奈は無言だった。ただ、英志が隣に立つに任せた。
風音だけが両者の間を抜けていく。それもまた一区切り終わり、本当の意味で静寂が訪れたときに、彼女は言った。
「結局来たのか。というか、乗り換えたのか」
皮肉とも直截的な疑問ともとれる彼女の言葉に、
「まぁ、いろいろあって」
と英志ははにかみながら答えた。
「照井さんこそ、来たことに怒らないんだ」
今度は彼女の変化に、彼が追及を入れる番だった。
「まぁ、いろいろあってな」
と、異口同義の返答をした。
乾燥した風が、ふたたび若者たちの隙に滑り込んできた。
「すまなかった」
だしぬけに、春奈が言った。
「君の大切な人々を傷つけてしまった。辛い立場にある君を、責めてしまった。だがそれでも、君は戻ってきてくれた。ありがとう。……こんなことを言えた義理じゃないが、ともに戦ってくれ……英志君」
直言はあっても素直な謝意なんて、それこそ今まで春奈の口から聞いたかどうか。
本当に、いったい何があったのか。
なんかする態度に、戸惑いもあった。問い詰めたくもあった。だがそれよりも先に、英志は笑うことを選んだ。
「……なんだ」
春奈は茶化されたと思ったのか不機嫌そうに訊いてきた。
だが、英志が笑ったのは春奈が思っているような点ではなかった。むしろこれは、可笑しさではなくて嬉しさから来る笑いだった。
「ごめん、けど初めてだったから。照井さんが、僕の名前をちゃんと呼んだのって」
春奈は怪訝そうに眉根を歪め、あらぬ方向の虚空をぼんやりと見つめていた。
彼女の脳裏で、スタートシグナルが刻まれているようだ。段階を踏んで、その表情が驚愕へと変化していく。
そしてそれが青に達した瞬間、春奈は目一杯に見開いた瞳孔を、弾かれたように英志へと向けた。
「いやそんな『ウソだろ』みたいな顔されても、事実だから」
「せめて一度や二度ぐらいはあるだろう」
「なかったよ。というか一度や二度あったからってどうだってハナシだけど」
「ハハハ」
「笑ってごまかそうとしないでよ……むしろ目が笑ってないし笑い方がヘッタクソ過ぎて逆に怖いから」
敵の本拠を目前にそんなやりとりをしていた矢先、彼らの前方で異変が起こった。
天を衝く機械の目。そこから光が発射された。
敵が先手を打ってきたか。ベルトを腰に巻いてふたりは身構えた。だが、それは彼らを焼きはらおうと狙ってきたものではなかった。それは彼らと城の中間ぐらいに幅広く大地を照らした。
その光の柱から、異形の群れが生まれ出でる。
過去、暴威を振るった敵。
覚醒態も含めたロイミュードがいた。ドーパントが闊歩し、ゾディアーツが列を成して接近してくる。そして彼らのデータベースをもってしても知り得ない未知の怪人たちがいた。
体系も由来も姿かたちも、一個一個がまるで違うそれらだったが、一糸乱れぬ足取りだった。
だが、それ故にこそその正体を、英志たちに教えることとなった。
おそらくは、惑星メガヘクス。回収したその残骸を素体とする模倣品。
オリジナルの戦闘データ、あるいは行動や思考、人格のパターンをプログラムし、外見を似せたテクスチャで外皮を覆った機械人形。
それらが、広大な平野だったはずのそれを埋め尽くしていた。
「作戦決行に必要な時間稼ぎの番犬、といったところか」
春奈はそう言って鼻白んだようだった。
だがふたりの若者の表情に恐怖は見受けられない。苦難の夜を超えたという自負、そのうえで持ち合わせた勇気が彼らをそうさせたということもあるが、どれほど数で勝ろうともあの城を潰せば、コントロールを喪いこれらは無力化できる。その道理を知っているがゆえに。
だが、打ち止めに現れたソレは、そんな恐れ知らずの彼らのしばらく硬直させた。
表情さえうかがえるほどの最前線、細まっていく光線が最後に転写したのは、ひとりの少年だった。
擦り切れたジーンズ。どことなくエスニックな雰囲気を醸すマフラーと、くたびれたジャケット。
小柄で華奢な、どこにでもいそうな少年。ただそれだけに、動物の横顔を模したと思われるベルトの赤いバックルだけが、浮き彫りになって不気味だった。
その場に留まり、眠るように瞼を落としていた彼だったが、やがて顔を持ち上げ、眼を開けた。
物憂げな表情と、生にしがみつくかのような渇望じみた力強さ。相反する要素が、その目の中でせめぎ合っていた。
機械で再現されたとは思えない、苦悩と葛藤に満ちた表情のまま、彼はジャケットのポケットから注射器にも似た容器を取り出した。
見たこともないそのベルトの、持ち上げたスロットに押し込んだ。
〈NEO〉
流れる音声に、感情の抑揚はなく、切れるように短い。
だがそれとは対照的に、ベルトを介して薬液を取り入れていく彼の眼光に、獣の獰猛さが混じりあって、勇ましいものとなっていく。
そうして内側から変異していく衝動のままに、彼は低く唸るように言葉を発した。
「
そう声を絞り出した直後、少年の身体は炎と熱波とに覆われた。
現れたのは、獣とも魚人とも思える生物を強引に機械化させたような、他のモノたちとも勝るとも劣らない、青い異形の姿の怪人。
――いや、『仮面ライダー』だった。
たたずむ姿には再現されたとはいえ、明確な自我を感じさせる、人格が残っている。
だが、彼は英志たちと対峙し、怪物たちの列に加わることを選んだ。
そして天へと向けられて放たれた高らかな咆哮が、他の者の獣性をも煽り立てる。
疾駆する無数の怪人たちが、青い獣を先陣に英志と春奈に迫りつつあった。