仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第七話:Next(8)

「……ごめんなさい!」

 病院の待合室で、エイジは追田現八郎と西城究に深々と頭を下げた。

 

「父さんが目の前で犠牲になって、ようやく自分がバカだってわかった。頭が冷めて、自分がとんでもないことをしたって理解した。到底償いきれないことって自分でも思ってるから、許してほしいなんて言わない。だけど……っ」

 

 苦しげに、だが早口でそうまくし立てるエイジの肩に、ふたつの手が置かれた。

 究のものと、彼が腕に抱えた人形のものだった。

 

 では残るひとり、『現さん』のほうはどうか。

 いわゆる古い日本人体型といった体躯だが、骨組みがガッシリとしているぶん、ただ目の前に立たれるだけで威圧感がある。

 

 長年の刑事生活で鍛えられた太い腕を組んで、唇を引き結んでいた。

 萎縮してみせるエイジの前に無言で立っていた現八郎だったが、刹那、クワっと大きく目を見開いて、究を押しのけるようにして青年の肩を掴んだ。

 

「よく、わかってくれたなぁ……!」

 

 ……などと、感極まったような泣き笑いで。

 究はやや迷惑そうに顔をしかめていたが、そんな現八郎の様子を見ては色々と呑まれて何も言えず、エイジを気遣うように、曖昧に笑って同調した。

 

 エイジは先ほどまでの様子とは打って変わって、好青年然とした微笑みを返して言った

 

「父さんにも、お返ししたいんだ。……処置後の病室って、どこだっけ?」

 

 

 ふたりの話によれば、オペを終えた泊進ノ介は、そのまま東棟の一室にて安静にさせられているという。

 やはり一番のネックはガイアメモリによるダメージだったが、風都より取り寄せたという事例や資料が、間一髪進ノ介の 生命を食いつないだようだった。

 

 もっとも、その資料というのはかつてガイアメモリの魔力に取り憑かれた凶悪犯が、自身をも含めた臨床実験の産物であり遺物なのだが、それが人間の生命を逆に救ったというのは皮肉以外の何物でもない。

 だが、そんな理論を一読しただけで把握し、みずからの技術に取り込んだ執刀医もまた、その時代を代表する名医という高名にふさわしい手腕の持ち主といえるだろう。

 

 しかしそんなことは彼には関係のない話だった。

 進ノ介の生死。それこそが、自分が今気にするべき一点だった。

 

 現八郎らに見せていた表情とは打って変わり、引き締まった面持ちで彼は泊進ノ介のいる病室へと足を速めた。

 

 だがその前に、細い影が立ちはだかった。

 ――武装を、していた。

 

 右手に、ブレイドガンナーを提げ、手首にはシフトブレス。

 腰にはシフトかー三種を収めたベルト。変身できないことを除けば、ダークドライブとしての装備一式をすべて身につけていた。

 

 そして、うなだれがちの顔には暗い影が落ちて、さながら亡霊のようでもあった。

 

 ろくに手入れもされていない黒髪の奥に、静かに、だが確かな憎悪を滲ませて……鏡のように同じ顔を、エイジへと向けていた。

 

 動揺と不審とともに、その身を止めたエイジだったが、

 

 

「はっ」

 と、呼気を吐き出した。

 

 

「なぜ分かった、と聞くまでもないか」

 ひどくいびつに顔を歪ませた。

 それは目の前にいる『本人』には、決してできない表情だった。

 

 

 

「お前には分かるんだよなぁ、エイジ? 何しろ(わたし)は、お前なんだから」

 

 

 

 エイジ、否『泊エイジ』を模倣した何者かは、肩を揺らすようにして嗤った。

 感情の動きとともに、その痩躯に砂嵐のようなものに覆われた。一瞬、鋼鉄の怪人の姿が露わになった。

 ロイミュード108。

 それが、復讐のために泊進ノ介に接近しようとした、彼の本来の名だった。

 

「違うとは言わせない。僕はお前の姿形だけをコピーしたわけじゃない。当然、かつてのお前になりすますために、記憶や感情まで模倣(トレース)している」

 

 エイジの偽装に戻った108は、再び進み始めた。いや、エイジに向かって、歩み寄った。

 エイジは立ったままだ。指一本動かないし、一声も漏らさない。ただ目線だけが、同じ顔の怨敵を追っていた。

 

「つまり、どれだけ否定しようとも憎もうとも、僕の大部分はお前の中から生じたものだ」

 

 一歩の間まで詰め寄った。腕を伸ばして指を、その胸に突きつける。

 

「お前は、心無い正論で相手の想いを踏みにじり、偽りの言葉で他人の隙を突いて操ろうとする。そんな自分が上手く立ち回れていると自惚れている醜悪な人間だ。世界が変わろうとも、お前という人間の本質は変わらない」

 

 前の時間軸ではろくに会話もせず葬ったが、ようやく面と向かって言ってやることができた。

 その痛快さから、108は腹の底から笑った。

 

「……てる」

 

 対する青年は、項垂れらまま、今にも消え入りそうな声でつぶやいた。

 

「そんなこと、お前に言われなくてもわかってる。僕はどうしようもない人間で、そのせいでここに来るまでに多くの人間を傷つけた。でも、だから今ここにいる。だからこそ」

 

 彼の手からかすかな異音が聞こえる。腕に、不自然な力みを感じる。

 

「お前だけは……僕がケリをつけなきゃいけないんだよッ!」

 

 刹那、顔と同時に手が持ち上がり、ブレイドガンナーの銃口が火を吹いた。

 そしてマズルフラッシュが視界を埋め尽くし、互いの写し身をかき消した。

 

 それが薄らいだ直後、新たなる光が、その煙の渦中から発せられた。

 その粒子を浴びた世界が、停滞する。

 煙の動きは遅く、窓に打ちつける雨は、その水粒の変形が視認できるほどに鈍化する。

 

 『どんより』とした世界の中で、動くモノはふたつ。

 ひとりの青年と、金と黒の二色が渦巻く、雷雲を思わせる異形の怪人。

 

 両者は一度距離をとって状況を確認し、そして互いに雄叫びをあげながら再び激突した。


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