仮面ライダー NEXTジェネレーションズ   作:大島海峡

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第七話:Next(4)

 病院から出た春奈はロータリーの平坦な道のりで躓き、おおきくつんのめった。今まで、こんなことはなかった。少なくとも、捜査官となってからは。子どもに立ち返ったかのような心地だった。

 

 予想以上に、ダメージを受けている。

 ドライバーも、メモリも、肉体も。

 そして、彼女自身の精神も。

 

「ずいぶんな有様だな」

 

 そんな彼女に、男の声と姿が近づいてくる。

 聞きなれた、だが久しく聞いていなかったかのような錯覚さえおぼえる懐かしい調子に、女捜査官は渋面を見せた。

 

「先輩」

 と照井春奈が呼ばわる人物は、インターポール内でもただひとりしかいない。

 朔田流星は、明らかに不機嫌なバディに微妙な顔をしながらも、ひるむことなく接触した。

 

「今更登場とは、フットワークが重くなったんじゃないですか」

「定時連絡を怠ったのはお前だ」

 

 流星は、自分たちの周囲を旋回するUFOガジェットを睨みながら答えた。

 お互いの非難がぶつかり合う。

 一瞬険悪なムードになりかけたものの、あちこちに火種を撒いていることを自覚し、春奈はため息とともに怒りを収めた。どれをとってみても、確かに非があるのは自分だ。

 

 そんな常ならぬ彼女にいぶかしげに細い眉を吊り上げながら、上司は首をかしげて改めて問うた。

 

「――何があった?」

 

 

 

 そして春奈は、証拠を並べ立てられ観念した犯人のように、昨日の定時連絡から今までの経緯をすべてぶちまけた。

 

「なるほどな。……たった一晩で、なんて有様だ」

 

 かいつまんで私情はまじえず、最低限の情報のみを開示したはずだったが、その裏側までくみ取ったかのようなまじめくさった調子で、流星はうなずいてみせた。

 

「だが珍しいな。いつものお前だったら、自分が必要と思ったものは首根っこを引きずってでも連れて行っただろうし、相手に怒ったら最低二、三発は食らわせるだろ」

「……どんな野蛮人のイメージですか、それ」

 

 とは言え、彼と出会う前、いや風都タワーがゲーム化された前の自分なら、どういう反応をとっただろうか。

 春奈は一瞬考えたものの、すぐに答えが出なかった。

 

「だが、せめて言い返すぐらいはしただろう。何故、しなかった」

 

 流星は重ねて質問した。

 その名のとおり、一条の昴星のような、鋭く光るまなざし。それを拒むようにして、顔をそらし、背を向ける。

 

「言えるわけが、ないでしょう」

 

 と苦さを押し殺して。

 

「彼は、あの時の私と同じだ。そして私は、あの時の父と同じだ。選ばざるをえない二択の中で、最良と思える行動をした。その結果が、取り返しのない過失だ。……結局、私もあの父と同じことをしてしまった」

 

 エイジや翔太郎たち風都の住人を除けば、自分の過去を知る数少ない人物だった。だが逆に、この先輩にどのような過去があるのかを、春奈は知らなかった。

 

 だがその振る舞いから決して彼の仮面ライダーメテオとしての活動の一部が順風満帆であったとは言えず、一抹の暗影が差し込んでいることは察しがつく。そのせいか、自分に対しては少々甘いきらいがあることを、春奈は知っていた。

 

 ――いや、そも仮面ライダーとは、誰しも背負った、あるいは背負わされた罪を抱えて闘う者なのかもしれない。

 とはいえ、そんな言葉で今の自分の感情に整理がつくとも思えないし、父も、自分も許すことはできなかった。

 

「そういう貴方こそ、どうなんです? ここに自分自身で赴いたということは、何かそちらでも進展があったのですか」

 振り返った時にはすでに春奈の両目に感傷の色はない。冷徹なエージェントが、男の瞳に映っていた。

「言っただろう。『たった一晩で、なんて有様だ』と」

 とても分かりにくい言い回しで、流星は肯定した。

 

 スーツから取り出した自身のアストロスイッチを操作し、内臓されていたデータが春奈のガジェットへと転送される。UFOから照射された光線が、廃工場か、でなければ遊園地跡といった感じの荒れ地の立体映像となって映し出された。

 

「つい先ほど、財団Xのアジトを割り出した。風都タワーの比ではない、かなり大型の機材が搬入されたのも確認されている。今まで巧妙にカモフラージュがされていたのにも関わらず、そのプログラムが突然解除されたんだ」

「――罠の可能性は?」

「ありえるが、俺の印象では『もう隠す必要がなくなったからいつでも来い』といったところだな。もう猶予は残されていないようだ。明朝、仕掛けるぞ」

 春奈は無表情で首肯した。

 

「で、大丈夫なのか?」

 と流星に問われた。

 

「戦意喪失した彼は、もはや戦力として期待できません。放置しておいても、無謀な戦いを挑まないでしょう」

 春奈は、無表情で返答した。

 

「俺が言ってるのは、お前のことだ」

 流星は我がことのように、重く、苦し気な息を吐いた。

 だが、それも一瞬のこと。武術家としての呼吸法をくり返し、表情から緊張や険がとれていく。

 春奈の痩せ我慢とは違う。感情を無理やり押し殺すのではなく、柳のように勢いを流して自らのうちに流し込んで力と換える、気構え。

 

 その自己制御法を、後学のためにも食い入るように、春奈は見ていた。

 彼女に、朔田流星は重みのない口調で言った。

 

 

 

「じゃあちょっと、気晴らしにでも行くか」

 

 

 

「…………は?」

 思わず聞き返す。

「久々の日本だ。羽を伸ばすには良い機会だと思うがな」

「いや」

 猶予がないと言ったのは貴方自身でしょうよ、と言いたい春奈の先回りをするように、流星は答えた。

「そうは言っても、お前のこのザマじゃ返り討ちに遭うだけだ。それに俺も、いろいろと支度をしている最中だ。すぐに出撃というわけにもいかないんだよ」

 理路整然と反論されれば、元来理屈屋の春奈としては返答のしようもない。

 

 それに、流星の所作は冷静そのもので、この絶望的な状況に知性が吹っ飛んだ、というわけでもなく、思惑があってのことのようだ。

 

「――しかし、出かけるといってもどこに? 芝居でも見に行きますか?」

 皮肉をまじえて言ったつもりだったが、

「まぁ、そんなところか」

 先輩は肯定も否定もしなかった。

 

「こんな時間帯に、わざわざ世界中に、自分の芸を配信してる奇特なヤツがいてな。ちょうど近くでほかの知人と会う約束もあるから、その時間つぶし程度にはなるだろ」

「芸?」

 

 聞き返す春奈に、流星の顔にほんの少し、苦みが戻ってきた。

 それをあえて見せようという、覚悟のようなものも垣間見えた。

 

 

 

「伝統芸能って奴だよ。……まぁ、()()()の芸なんて、邪道で悪趣味もいいところだろうけどな」


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