――――どんなことがあっても、幻想郷が変わることはない。
「――さん。アリスさん!」
「・・・っ?」
目を開けると、正面には、可愛らしい心配の表情を浮かべた顔があった。銀髪碧眼の彼女は私が眠っているところを心配そうに覗き込んでいた。
「・・・どうしてあなたがここに?」
見間違うこともない。この少女は、白玉楼の庭師の魂魄妖夢だ。珍しいお客さんだ。少し体を起こすと、妖夢がベッドのそばで立っていた。
「どうして、って、貴女に用事があってきたんですけど・・・。何回呼びかけても出てこないから、何かあったのかと思って勝手に入りました。そしたらベッドの上で死んだように動かないアリスさんの姿があって・・・、っ」
ここで妖夢の目に涙が浮かんだ。
「・・・心配かけてごめんね」
「無事ならいいんです。・・・私、霊夢さんたちが亡くなってしまった時から、死に対して敏感になってしまって・・・」
「・・・私もそうよ。・・・座っていいよ」
「・・・はい」
私は、妖夢をベッドに座らせた。おそらく、長い話になるからだ。
・・・そう、私も、彼女らが亡くなってから、おかしくなってしまった。
彼女らは、別段妖怪にやられて死んだわけではない。
寿命が来たのである。
・・・分かっていたはず。分かっていたはずなのに、彼女らの訃報を聞いて、私は泣き崩れた。私は魔法使いで、彼女らは人間だったのだから、先に彼女らが朽ちていくことくらい、知っていたはずなのに・・・。
・・・いつから私は、ここまで人間を想うようになったのだろうか。なぜ、人間に温もりを感じてしまったのだろうか。いつか、こういうふうに悲しみに包まれる時期がやってくることはわかってたはずなのに・・・。
「もうじき死ぬと思うから、借りたもの返しに来た」って言って、魔理沙が、老体には苦しそうな大きな風呂敷を持って私の家に来たのは、今から何年前のことだろうか。当時、確かに魔理沙の活躍の知らせは聞かなくなっていたが、あんなにやせ細ってしまっていたとは知らなかった。慌てて博麗神社に行ってみたら、そこには霊夢の姿はなく、代わりに小さな可愛らしい巫女が精一杯仕事をしていた。そういえば、その以前に紅魔館を訪れた時は、咲夜の姿を見なかった。その時は咲夜も忙しいのだろうと思っていたが、もしかしたら、時を止める能力の使用によって相当寿命を削っていたのかもしれない・・・。
何十分も話をし、話題は私がなぜ眠っていたかに移った。
「・・・ずっと、眠っていたわ。多分、何日も」
「なぜですか?」
「・・・活動する意味を、あまり感じなくなったの」
「・・・そうですか」
博麗神社は、たくさんの者たちが訪れる賑やかな場所だし、そもそも魔理沙は一人だったし、紅魔館だって多少変化があっても賑やかだろう。だが、私は一人であり、周りには誰もいないのだ。・・・魔法の研究も良いのだろうが、ほとんど、行動の意義を感じることができなくなってしまった。その結果、長い眠りにつくことが多くなった。
「白玉楼は、相変わらずですよ。幽々子様の大食いも健全です。いろいろ大変ですが、楽しい毎日を送れています」
「・・・何が言いたいの?」
私も相当ひねくれてしまったに違いない。妖夢は私を励ましてくれようとしているだろうに・・・。
「いつまで、昔のままでいようと思っているんですか」
「え?」
私は驚いて妖夢を見た。
彼女の目は、先ほどの涙目の面影も残さないほど、凛とした、強い意志を持った目だった。
「昔という時間は、あくまで昔であって、今ではないんです」
「・・・どういう」
「どういうこと、かはお分かりでしょう?体は今の時代に在るのに、意識が昔に向いていていいんですか?貴女はそれでいいのですか?」
「・・・」
「貴女はもしかしたらそれでいいかもしれません。過去の、人間だった人々との思い出にずっと浸って、そのまま朽ちていくことにより満足出来るかもしれません。ですが、彼女らがもしそれを知ったら、あっ、私たちのことを思ってくれているんだ、って喜ぶと思いますか?私は思いません。彼女らだって、貴女には、普通に生活して欲しいと思っているに違いありません」
「なんでそんなこと言えるのよ!!」
私は、ここでつい逆上してしまった。知ってもいないはずなのに、亡き彼女たちの意思を勝手に捲し立てられるのに怒りを覚えてしまったのである。
だが、次の妖夢の一言で、怒りが一気に消え去った。
「白玉楼に、少しの間3人が存在したんです」
「・・・え?」
「普通ならありえないんですがね・・・。何があってか、暫くの間滞在してたのですが、つい数日前にいなくなりました」
「・・・その時に、そう言ってたの?」
「そうです。だからアリスさん、どうか、元に戻ってください。寝てばかりいず、もっと活動してください。・・・言い方がなんかアレですけど」
後半は、少し笑いながら、妖夢は私を励ましてくれた。
「・・・うん。ありがとう、妖夢。また、魔法の研究を再開するわ」
「そうです。それが彼女らの願いです」
「・・・ありがとね。なんだか、元気が出てきた」
「ふふっ、それは良かった。貴女はやはり、そうでないと」
――――如何なる事があっても、全ては変わり続ける。
今日まで妖夢とあまり対話したことがなかったのだが、一気に親しくなれた気がする。
「・・・で、私に対する用事ってそれ?」
「違いますよ」
「じゃあ何?」
「えっと、そのー・・・」
なんでそんなもじもじしてるの・・・。なんかすごく可愛いんだけど・・・。
「その~、アリスさんと仲良くなりたくて来たんです。というか、なぜか幽々子様にアリスさんと仲良くなるように言われたんです。元々ここを訪問したかったんですけど、時間がなかったんです。でも、とてもいい機会が訪れたのでこれを期に来ちゃいました」
あはは、と可愛く笑う妖夢。というか、さっきから可愛いという感情ばっかりである。
「面白いわね。私も、あなたとは気が合いそうだと思っていたわ。今日はいろいろとありがとうね。そして、これからもよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「・・・ねえ、これからは白玉楼に行ってみてもいい?」
「ええ。幽々子様も歓迎されてました。それに、私からもぜひ来ていただきたいです。一緒にお茶でもしましょう」
「・・・ありがとう」
ふと、涙がこぼれてしまった。
「アリスさん!?どうしたんですか!?」
「・・・どうしたんだろうね。なんだか、久しぶりにとても温かい気分になったわ。ありがとうね、妖夢」
「いえいえ、気になさらないでください。アリスさんのためになれて、良かったです」
そこで、妖夢は立ち上がった。
「アリスさん。長い話をしてしまって申し訳ありません。ですが、とても楽しかったです!これからは、たくさんお話ができますね」
「ええ、そうね。・・・これからもよろしく」
「はい。・・・ですが、これだけは言わせてください」
「・・・うん」
「私は、半人半霊です。完全な魔法使いである貴方より、先に寿命がやってきます。それは自然の摂理であって、覆すことなどできない運命です。・・・ですが、私が死ぬ時がやってきても、決して貴女は病まないでください。そして強く、生きてください」
「わかったわよ。私はもうへこたれないわ」
「よろしくお願いしますよ~?」
「疑ってるの?」
なんて軽く冗談の混じった会話ができるほどになったのだから、私も立ち直りが早い。
「では、さようなら」
「あ、待って!」
「? なんですか?」
「あのー・・・。私ね、敬語とかさん付けとか堅苦しいの苦手なのよ。そういうのなしにしていただけない?」
「ふむ」
少し間があいて、
「じゃあ、普通にタメ口で話すわね」
そう言ってニカッ、と笑った。
「じゃあね。また今度、白玉楼で」
「うん!」
私は、今できる最高の笑顔を返した。
あとがき
「国敗れて山河あり、城春にして草青みたり」という詩があります。これは中国の昔の詩人、杜甫が読んだ詩で、{国が滅んでも山や河は残り続ける、荒城にも春は来るが、草木が生い茂るだけだ}という意味です。松尾芭蕉のおくのほそ道でも出てくる有名な詩です。つまりこれは、生物がどれほど変化しようと、自然は変化しないということです。地学が少し好きな私は、山も川も変化してるぞー、地殻変動侵食運搬などといった中学生で習うような単語を連呼したくもありますが、とりあえずそれは置いておいて、つまりこのssはまさに杜甫の詩そのものとも言える作品です。人間が死に、魔法使いが疲れ果て、半人半霊が訴えかける、こんなに生き物(半霊とは果たして生き物なのかは置いておいてください)が変化しても、結局自然が変化することはないのです。そう考えると、今私たちが行っているすべての行動は、あまり重みのある行動ではないのかもしれません。常日頃感じる重みとは、あくまで社会で決められたことであって、自然に見れば、きっとそれは全然意味のないことなのでしょう。
なーんて、ここまで堅苦しいことを書いてしまいました。普通にします、はい。ちょっと小説家の方々のあとがきに憧れてしまっただけなんす、うっす(いずれは時〇沢恵一さんみたいなあとがき書きたいww)。
というか、普通に死ネタでシリアスで申し訳ありません!!東方の死ネタは個人的に心に来ます。というかダイレクトに刺さります。
という訳で、実は後半あまり暗くないかも?なssでした!あざます!