「……あれ?」
扉を開けて、つい驚きの声を漏らした。
学校の始業時間より少し前の、部活が朝練をやっているような時間帯。夏とはいっても地域が地域だけに少し肌寒いこの時間に、私が来るよりも先に二人の人物が部室で寛いでいた。
一人に関しては、特に驚くことはない。窓際の椅子に座って携帯を弄っていた少女、ニュージーランドからの留学生である淡い金髪の彼女は、それなりに真面目な性格をしている。慣れない日本、しかも東北という寒冷の地においても元気に部活動――部活というものは、ニュージーランドではなかったそうだが――に励んでいた。
問題なのは、もう一人の方である。部室中央の雀卓にうつ伏せ、一昔前に流行ったパンダのキャラクターのように全身でダルさを表現している彼女が既に朝練前の部室にいるなどと、普段の彼女を知っている人間なら誰でも驚きの声を上げるはずだ。
ダルい。疲れた。めんどくさい。これらが彼女の口癖なのだから、どんな人間かは推して計るべしである。そんな彼女が、既に部室に来ている。はて、今日の天気は雨だったろうかと、至極真面目に今朝の天気予報を思い出そうとした。
「……ア、サエ! オハヨー!」
入り口で立ち止まっていた私の姿を見つけて、金髪の方の少女、エイスリンが挨拶をしてきた。留学当初と比べれば随分と日本語が上手くなってきたものの、どうしても若干カタコトな感じは否めない。それでも彼女の天真爛漫とした性格のおかげで、日本語でのコミュニケーションには然程問題もなかった。
そして、彼女の挨拶を聞いてようやく気付いたのか、白髪の少女――うつ伏せている少女もこちらに顔を向けて。おはよう、と短く一言だけ、覇気のない声で口にした。
「あー、はい、おはよ……。あれ、今朝って何かあったっけ?」
「……?」
「いや、だって、ほら。まだ七時台だし……」
ああ、と。私の言葉を聞いて、私がシロと呼んだ少女は納得のいったように頷いた。彼女自身、自分が怠惰な人間であることは自覚している。私の言いたいことが何かも、すぐに合点がいったらしい。
「別に……。今日は早く目が覚めたから、寝直すのもダルいし、早く部室に来ただけだし」
「あ、そうなんだ」
「そう。……じゃあ、ちょっと、授業まで寝る……」
そう言い終わるが早いか、シロは再び突っ伏した。まるで話す体力を使うのもめんどくさい、と言わんばかりのその態度に、慣れているとはいえ少しだけイラッと来てしまう。
小言の一つでも言ってやろうか、と考えて。ちょいちょい、といつの間にか近寄っていたエイスリンに袖を引かれて、思い浮かんだ幾つもの言葉を一先ず飲み込んだ。
「ネ、ネ、コレ! ミテミテ、スゴイ!」
ずい、と携帯をこちらに突き出してくる彼女は、どうやら画面に映っているものを私に見せたいらしい。私のガラケーと比べて随分と画質のいい、リンゴのマークが描かれた彼女のスマホの画面には、どうもインターネットのサイトが映し出されているようで。サイトそれ自体には見覚えはないけれど、画面上方に大きく書かれた題名らしき文字を見て、彼女が何を見ていたのかはすぐに分かった。
【麻雀?】今年のインターハイについて語るスレpart34【いいえ、マージャソです】
52 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:Wia5hduIa
んんwwwwwwwww今年も優勝は白糸台以外ありえませんぞwwwwwwwwwwwww
53 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:mk5auRxi8
臨界女子に決まってんじゃん。負ける気せぇへん地元やし
54 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:n5djgRx3k
どっちも地元なんですがそれは……
55 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:sRnc7xRds
白糸台は普通に強すぎてちょっとなぁ……。野球なら横浜ファンのワイはどこを応援したらええんや
56 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:Scvug5nau
>>55
阿知賀はどうよ。赤土っていう昔阿知賀にいた元実業団選手が監督やって全国にリベンジマッチ
阿知賀はほぼ無名校みたいなもんだし、晩成っていう強豪をジャイアントキリングしてきてるから胸熱
57 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:byd4nuxWv
そんなら清澄でええやん。あのころたんを数え役満で倒した無名校やぞ
58 名前:名無しの雀士さん:2013/0*/1*(水)ID:gdyRkd5au
あれは弱小っていうかダークホースっていうか
大将の宮永って多分チャンピオンの妹だろ? 原村もいるし、りゅーもんが負けたのは残念でもないし当然
「インターハイ……。これ、麻雀のインターハイについて色々書かれてるってこと?」
コクリ、と。私の問いに、エイスリンは笑顔で頷いた。彼女が言うには、どうやらこれはネットで皆が話し合ったり情報を共有したりするための場所で、日本語の勉強の一環としてこういったサイトを読み始めたらしい。その中にはこうした麻雀の話をしているものもあり、このインターハイについてのものを彼女は先程見つけたらしい。
彼女が画面をスクロールさせていくと、確かに今年のインターハイについて色々なことが書かれている。有益な情報というよりは各人の感想や意見の言い合いに近いし、ネットスラングというのだろうか、変な単語や言い回しはいまいちよく分からなかったけど、テレビや雑誌ではなかなかお目にかかれない情報は読んでいて少し楽しいものがある。私達と同じ各都道府県の代表校や代表選手、さらには大会での実況と解説を務めるアナウンサーとプロの話にまで、随分と様々な会話が交わされていた。
そして、彼女はこれを一番見せたかったのだろう、それらの内に私達についての話もあって。色々なところで飛び飛びではあったが、こうして自分たちのことが話題に上っているところを見ると、ああ、私達は本当に全国に行くんだな、という思いが一際強くなってくる。
「へー……。凄いね、これ。ちょっと嬉しいなぁ」
「デショ!」
えへへ、と二人で笑いあう。別に有名人になりたいわけじゃないけれど、私達の努力の結果として、こうして人々の話に名前が挙がるというのは素直に嬉しい。……勿論、良いことばかり話されているわけじゃないんだろう、とは分かっているけれど。
「おはよー、っと。……あれ、シロがいる」
そうしていると、今度は胡桃が部室にやってきた。突っ伏して寝ているシロの姿を見た彼女もまた、私と同じように驚いた様子を見せて。どうしたの、と話し込んでいた私達に問いかける。
私が先程シロから聞いた通りの話を答えると、彼女はへぇ、と一言呟いて、
「――起きろーーーっ!」
寝ているシロに近づくと同時に、大声を上げて彼女を叩き起こした。
バシン、といい音が部室の中に響く。まるで小学生のように小さい胡桃は、その容姿に反して性格は中々に強いものがあり、部長の私よりもリーダーシップをとることが多い。シロに甘えていることも多いが、こうして彼女に対して強い態度で臨むことも少なくはなかった。
流石に背中を叩かれれば目が覚めたのか、シロは机から顔を上げるときょろきょろと周囲を見渡す。そして今自分を起こしたのが胡桃であることを知ると、背後で仁王立ちする彼女に向けて、ダルそうに尋ねた。
「……何?」
「何、じゃないって! 何寝てるのさ、せっかく来たんだから早く朝練しようよ朝練! 全国だって近いんだし!」
「……いや、ダルい……」
「だーかーらー! ……あー、もう、エイちゃん雀牌出してきてっ! 始業まで時間あるし、東風打つよ!」
「えー……」
「えー、じゃない、シロもさっさと起きて! ほら、朝練始めるよ!」
渋々といったように、シロはゆっくりと体を起こした。以前エイスリンに冬のキーウィみたいと形容された彼女は、のっそりとした動きで背中を椅子の背もたれまで持って行く。
が、動いたのはそこまでで、牌を取りに行ったエイスリンや牌譜の準備をする私と胡桃を手伝おうとすることもなく、彼女は一人席に座ったままじっとしていた。そしてふと、彼女が思い出したように口にしたのは、この場にいない人間のことだった。
「そういえば……。豊音って、まだ来てないの?」
「トヨネ? いや、さっき教室で見かけたけど。もう来るんじゃない?」
「……そう」
胡桃の返事に、シロは全く声の調子を変えずに答えた。
姉帯豊音。私達宮守女子麻雀部の、五人目の部員。言われてみると確かに、まだ彼女はここに来ていなかった。麻雀は四人でやるものだから無理に彼女を待つ必要はないが、いや、やはり彼女が来るまで待ってあげた方がいいかも……。一瞬そんな風に思考を巡らせて、直後、その本人にそれを遮られた。
「おっはよー! あ、みんなもう来てるんだ、早いねー」
ガチャリ、と勢いよく扉を開けて、話題に上っていた当人が姿を現した。朝から元気のいい挨拶をして、豊音が部室に入ってくる。
二メートル近い身長の彼女は、同年代の男子と比べても非常に大きい。彼女は笑顔を浮かべ、勢いよく入り口を潜って――
「あ」
「あっ」
「Oh……」
(から揚げ食べたい)
――ゴン、と鈍い音が響いた。
当然のことではあるが、部室の入り口は一般的な高校生を水準として作られている。高校生女子の平均身長は160cm弱。それを大きく上回る彼女の身長は、彼女が扉を無事に通ることを許さなかった。
いつもなら問題はない。ただ腰を少し屈めて、気を付けて入ってくればいいだけの話である。が、今日は何やら嬉しいことでもあったのか、いつも以上に元気いっぱいの様子で、些か注意力に欠けていたらしい。勢いのままに額を打ち付けた彼女は、打ち付けた個所を抑えながら無言でその場に蹲った。
「……だ、だいじょう、ぶ?」
思わず部活の用意の手を止め、心配して豊音に声をかける。ぷるぷると小さく震え、よく見れば若干涙ぐんでいる彼女の様子を見れば、痛みが結構なものであったことを見て取れる。胡桃とエイスリンも慌てて彼女に駆け寄り、心配した表情を彼女に向けた。
暫く蹲っていた彼女だったが、やがて痛みも引いてきたのか、数十も数えないうちに顔を上げる。大丈夫かと再び尋ねれば、彼女は何故か、キョトンとした表情でそれに答えた。
「え……? あ、うん、大丈夫……」
そう言った彼女の様子は、どこかおかしかった。痛みに耐えるというよりも、まるで今の状況が呑み込めていないかのような顔をして、ある種呆然とした様子でこちらを見た。
もしや、頭を打ったショックでどこかおかしくなったのか、と。そう思った私が彼女に声をかければ、彼女はきょろきょろと辺りを見回しながら質問をしてくる。
「ねー。ここってさ、高校の部室だよね?」
「うん、そうだけど」
「……なんで私、ここにいるの?」
「そりゃ、まあ、豊音が学生だからじゃないかなぁ……」
私の返答に、豊音は心底不思議そうな表情をした。まるで私の方が何を言っているんだ、と言わんばかりに。
……ちらり、と横目で胡桃を見る。彼女もまた私と同じことを考えたのか、口端を引きつらせた顔をしていた。
明らかに、彼女はおかしくなっている。記憶の混乱でもあるのか、それともまた別の問題が発生しているのか、とにかく何か異常が起きていることは間違いないようだ。
全国前のこの大切な時期、大切な部員に何かあったら事だ。いや、そういう事情を抜きにしても、彼女は仲の良い友人である。例え実際には大袈裟であったとしても、彼女を心配することは悪いことではない。
「豊音、保健室行こ。頭打ったんだし、念のために診てもらわないと」
「え……?」
「さ、早く。肩――はちょっと貸してあげられないけど、保健室まで付き添ってあげるから」
「え、ちょっと、わっ!」
蹲っていた豊音へと近づき、腕を掴んで体を引き上げる。そのまま有無を言わさず手を握って、保健室へと連れて行こうとする。去り際に胡桃とアイコンタクトを交わして、それからすぐに部室を出た。
「ね、ねー! あのね、ちょっと、気になるんだけどー」
「あーはいはい。保健室に行ったら聞いてあげるから、ちょっと待っててねー」
「あの、待って、これだけ聞かせてっ!」
保健室へと向かう途中、豊音が何故か必死に話しかけてきた。どうしても気になることがあるらしい、何度も私を引き留めて尋ねようとしてくる。
そこまで言うならと、私は一度足を止めて。ふぅ、ふぅ、と彼女が息を整えるのを待ち、ひどく真面目な表情を浮かべた彼女が口にする言葉を待って、
「なんでみんな、高校の時の制服のコスプレしてるの? 罰ゲーム?」
「現役だよっ!?」
即座にツッコんだ。
「えー、まっさかー。だって塞ちゃん、この前ようやく結婚できたって、飲み会の席でシロに随分と絡んでたよー」
「そんなの言ってないし私未成年だし結婚どころか彼氏もいないし! ちょっと待って、なに豊音、それどういう意味!?」
「あ、そうそう塞ちゃん、先週くらいに言ってた話なんだけどー。結局胡桃ちゃんってどうなったのかなー、ちゃんとフィンランドの税関の人に『自分は子供じゃない』って説明できたのー?」
「フィンランドっ!?」
……ダメだ、頭が痛くなってくる。本格的におかしくなってしまっているのか、豊音が訳の分からないことを口にしだした。
結婚って。フィンランドって。私達は高校生で、今はインターハイ前だろうに。本当に一体何を言っているんだろう、この子は。
「あれ? どうしたの塞ちゃん、大丈夫? 頭でも痛いのー?」
「……痛いよ。現在進行形で痛くなってるよ……」
思わず頭を抱えた私を見て、豊音が心配そうに声をかけてくる。その様子は非常に素直なもので、決して今の言葉に悪意だのからかいだのというつもりはないのだと感じ取れた。
いや、誰のせいだと。お前のせいだよ。そう言ってやりたい気持ちを我慢して、深い溜息を一つ吐いた。
「はぁ……。もういいや、早く保健室行こっか」
考えることを一先ず放棄して、豊音との会話を切り上げる。真面目に考えるとそれこそ本当に頭痛を覚えそうで、とりあえずは保健室の先生に丸投げするとしよう。
保健室の先生なら、きっと豊音を治してくれるはずだ。それでも駄目なら病院ででも何でも診てもらえば、きっと元通りになる、はず。
「あ、あとね、この前あの人が作ってくれたメキシコ料理がね――」
「いいから保健室行くって言ってるでしょうがーーーーーっ!」
……なる、よね?
リハビリ気味なんでギャグ分は少な目。
Q.風呂敷広げすぎィ!
A.宮守の出番は構成上どうしても必要だったから(震え声)
Q.咲ちゃんは普通にしてれば大正義だよね
A.月姫の某キャラと似たような感じなんだよなぁ……
Q.更新はよ
A.サブマリン投法がメジャーに通用したら