シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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「せえ……のっ!」

 

 小梅と凛が彼の両脚を押し込むと同時に、奈緒がロッカーの扉を無理やり無理やり閉じた。

 

 念を押すように両手で扉を押さえたあと、奈緒は小梅のほうに振り向いた。

 

「鍵って……あったっけ?」

「さあ……、で、でも、中からは扉を開けられないんじゃないでしょうか……」

「そっか……うん」

 

 奈緒は自分自身を納得させるように深くうなずいた。

 

 小梅はプロデューサーを閉じ込めたばかりのロッカーを再度見つめた。こうして扉が閉められているかぎり、何の変哲もないロッカーにしか見えない。それだけに、中身を知っていると余計にまがまがしく感じられてしまう。

 

 凛によって()()()をさされたプロデューサーは――しかしまだ息があった。

 

 もとより小梅たちは、彼の命まで奪うつもりはなかった。しかし、彼が意識を取り戻してまた暴れだしてはたまらない。話し合いの末、小梅たちはとりあえず彼を拘束しておくことに決めた――彼がつけていたネクタイとベルトで手足を縛ったうえで、掃除用具入れとして使われているロッカーに閉じ込めておく、という手段で。

 

 無論、室外へ追い出すことができればよりよかったのだけれど――。

 

「ひっ!」

 

 ()()()外から乱暴にドアを叩く音が聞こえて、幸子は耳をふさいでその場にしゃがみこんだ。

 

 トレーナーをはじめとする例の連中だ。彼らはまだ廊下を徘徊しているらしく、小梅たちがプロデューサーの手足を縛っている最中から、時折ああしてこちらを威嚇していた。ドアを開けた途端、やつらは一気に押し入ってくるだろう――プロデューサーは室内のロッカーへ入れるしかなかった。

 

「……ドア、なにかで塞いでおいたほうがいいかな……? バリケード……って言うのかな?」

 

 乱暴なノックの衝撃できしむドアを見て、凛がつぶやいた。

 

「お、おお、そうだね。あのソファとか使おうよ」

 

 未央はうんうんと相槌を打つと、三人がけの大きなソファのもとへ走った。

 

「わ、私もお手伝いします」

 

 卯月に続き、凛と奈緒もソファの両端へ散った。

 

 もちろん小梅も作業に加わったのだけれど――。

 

「なんでなんでなんで……? あんなの……プロデューサーさんじゃない。お家帰りたい帰りたいどうすれば帰れるの……?」

「……幸子ちゃん」

 

 幸子だけは窓際で座り込み、駄々をこねる子どものようにブツブツとなにかつぶやいていた。

 

 無論、そんな幸子の姿にはみなも気づいているだろう。しかし無理強いをしようとする者はいなかった。こんな状況だ。混乱してもしかたない。今はとにかく、動ける者が動かなければ。

 

 怯える幸子を横目に、小梅たちは協力してソファを運び、ドアにぴったりと押しつけた。

 

 バリケードと呼ぶにはいささか心もとないが、なにもしないよりはマシだろう。

 

 廊下にいる連中がこちらの動きをどこまで察しているかはわからないが――ドアが叩かれる頻度は、さきほどよりも少なくなってきた気もした。

 

 ようやく人心地つけた――のか。

 

 そう思った矢先――。

 

「――あっ!」

 

 未央が突然、大きな声をあげた。

 

 一同はびっくりして身をすくめる。

 

 しかし未央はかまわず大きく目を見開いてみなを見渡した。

 

「ケータイ! 助けを呼ぶんだよ、誰でもいいから!」

 

 未央の言葉に、一同はハッとした。

 

 目前の危険への対処に追われ、外部に救助を求めるというごく当たり前の発想が、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

 みな一斉に自分の懐に手をやった。しかし――。

 

「あっ!」

 

 みな、ほぼ同時に声を詰まらせた。

 

「ケータイ、更衣室だ……」

 

 未央がガクリと肩を落とす。

 

 ほかの者もみな一様に唇を結んだ。

 

 小梅たちは今日、レッスン後、着替えもせずにこの休憩室に直行している。

 私物を仕舞ったバッグは、下の階にある更衣室に置いたままだ――携帯電話も、当然その中に入れている。

 

「ど、ど、どうしましょう!?」

「おちついて、卯月! とりあえず、なんとか外と連絡をとる手段を――」

「あ、ああっ!」

 

 凛の言葉をさえぎったのは、幸子だった。

 

 幸子は窓に張りつくようにして階下を凝視していた。

 

「どうしたの、幸子ちゃん!?」

「あ、あ、あれ……」

 

 振り返った幸子は、歯をカチカチと鳴らしながら窓を指さした。

 

 小梅たちも急いで窓に駆け寄る。

 

「な、なんだよ、あれ……!」

 

 そう漏らしたきり絶句してしまったのは奈緒だが――残りの者もほぼ同様の反応を示した。

 

 窓から前庭を見下ろすと――のろのろとあたりを歩きまわる群衆が、外灯のつくるうすぼんやりとした明かりの中に浮かび上がっていた。

 

 その数は少なく見積もっても数十人。

 

 いや、果たしてあれを「人」と呼んでいいものか――。

 

 どこへ向かうでもなく、てんでばらばらに徘徊する彼らの姿からは、およそ理性や知能といったものを感じ取れなかった。人間の集団ならば備わっていてしかるべき最低限の秩序さえ保たれている気配がない。

 

 遠目にもはっきりとわかる。彼らがかもしだす異様な雰囲気は、プロデューサーやトレーナーのそれと同じ種類のものだ。

 

「な、なにが起きてるのよ、いったい……?」

 

 凛の言葉に反応し、ハッと顔を上げたのは未央だった。

 

「そうだ、テ、テレビ!」

 

 言うが早いか、未央はガラステーブルの上に置かれていたリモコンをひったくり、壁際に置かれた液晶テレビへ向けた。

 数秒の間を置いて――液晶画面に映像が映し出された。

 

「おおっ」

 

 誰からともなく短い歓声があがった。

 

 が――小梅たちはすぐに眉を曇らせる。

 

「――た、たいへんな事態になっています!」

 

 画面には緊迫した表情でマイクを握りしめた男性が映っていた。テレビ局のレポーターのようだ。

 

 薄暗く見にくい映像のなかで、男性はしきりにうしろへ振り返りながら、早口でまくしたてた。

 

「と、東京都内、……駅前です! ごらんください! 暴徒と言うのでしょうか、大勢の人々が駅前で暴れまわっています! 警察の制止もきかず……いや、暴徒のなかには、警察官らしき姿もあります! なにが起こっているのか、まったく理解できません! 危険です! 非常に危険な状況です! わけがわかりません……うわっ!」

「あっ!」

 

 一同が声をあげたのは、テレビ画面のなかで思いがけない出来事が生じたからだ。

 

「う、うわっ! ちょっ……、や、やめっ、やめてください……っ! と、突然人が私に襲いかかって……っ、こ、このっ、やめろっ! 痛い!」

 

 暴徒が――背後からレポーターにのしかかっていた。

 

「か、噛むなっ、この! いたっ! やめなさい……、やめろ……っ、ぐはっ!」

 

 ()()()で首筋を狙ってくる相手を必死で引き剥がそうとするレポーター。

 

 そんな攻防を映していた画面が、突然大きく揺れた。

 

「な、なんだ!?」

 

 奈緒を筆頭に、一同は思わず身を乗り出した。

 

「ちょっ、やめ――こっち来んな! こっち来んなって! 痛って! ふざけんな……っ、ちょっ……、わ、わ、わ……っ」

 

 レポーターとは別の声だった。まさか……カメラマン? カメラマンも襲われているのか!?

 

「ひ、ひっ! た、助けっ! 助けて! うわっ! ぎ、ぎゃああああっ!」

 

 暴徒の集団に引き込まれていくレポーターの姿が一瞬映しだされたのを最後に、画面は突然ブラックアウトした。

 

「な……っ!?」

 

 凛と奈緒は絶句してその場に立ち尽くしてしまった。

 

「ひ、ひいいっ!」

 

 一方、両手で顔を覆い、画面に背を向けたのは、幸子と卯月のふたり。

 

「ちょっ……!」

 

 未央はあわててリモコンのボタンを押す。

 チャンネルが次々と切り替わるが――そのたびに変わらず画面に映し出されるのは「現在放送をおこなっていません」という白抜きの小さな表示だけだった。

 

「そんな……テレ東すらやってないのかよ……」

 

 奈緒が愕然とした表情で漏らした。

 

「な、なんなんだよぉ、いったい……」

 

 未央がしゃがみこみ、頭を抱えた。その疑問に答える者はいなかった。

 

 しかし――小梅はひとり、思考を巡らせていた。

 

 冷静に――努めて冷静に、状況を整理する。

 

 プロデューサーが突然、気でも狂ったかのように自分たちに襲いかかってきた。

 事務所内やその周辺にも、彼と同じように理性を失った人たちがあふれかえっている。

 そして街中でも、ここと似たような混乱が生じているようだ。

 

 異常としかいいようがないこんな現実を、まともに説明しろというほうが、無理な相談だろう。

 

 しかし、まともでない説明ならば、どうか?

 

 これまで観察された事実を説明しうる仮説が、小梅の頭にひとつだけ浮かんでいた。

 

「あ、あの……」

 

 小梅が意を決して切り出すと、黙り込んでいたみなが顔を上げた。

 

 みなの視線が小梅に集まる。小梅は伸びすぎた前髪の隙間から一同をうかがいながら、突拍子はないがそうとしか考えられない結論を口にした。

 

「これ……、ゾンビ、じゃないでしょうか?」


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