「あ、あ……」
プロデューサーは部屋の中央付近に立ち、小梅たちの隙をうかがっていた。
小梅たちはすくんでしまいそうになる足をなんとか動かし、彼から距離をとろうとあとずさる。
が、すぐに行き止まり。
背後は壁。
そしてその向こうには気配があった。
「オオオ……オオオ……」
魑魅魍魎たちの気配が。
逃げ場は――ない。
「グガァアァ……」
追い詰められた小梅たちをあざ笑うかのように、プロデューサーは気味悪く蒼ざめた唇をゆっくりと開く。唾液が糸を引いていた。
「ヴァウ!」
犬のように吠えたプロデューサーは、しかし二本の足で床を蹴った。
こっちに向かってくる!?
「う、うわあああっ!?」
小梅たちは叫び声をあげながら、蜘蛛の子を散らすように左右へ逃れた。
「ガウッ!」
プロデューサーは小梅たちがいなくなったドアへ飛びつく。
「しまっ――」
小梅は自分たちの失策に気づいた。
あのドアの向こうにはトレーナーたちがいる。
プロデューサーはまさか――トレーナーたちを室内に引き入れるために小梅たちを蹴散らしたのか!?
――ところが。
「グルルル……ッ」
彼は目の前のドアにはまるで興味を示さず、小梅たちのほうへ振り返った。
「え――?」
どういう……ことだ? プロデューサーと外にいる連中は、仲間ではないのか?
しかし、怪訝に思っている余裕はなかった。
「グァッ!」
プロデューサーは左右に振っていた視線をとめ、見つけた獲物を威嚇した。
狙いは右手に逃げたふたり――卯月と凛だ。
「き、きゃああっ!」
悲鳴をあげ、両手で頭を守る卯月に、プロデューサーが襲いかかる――!
「――このっ!」
しかしプロデューサーは卯月の手前で体をくの字に曲げた。
彼の前に立ちふさがったのは凛。
凛は間一髪、彼の腹に蹴りを食らわせたのだ。
「グゥッ!?」
倒れたプロデューサーはそのまま床に仰向けになる。
凛は腰を抜かしていた卯月のほうに振り返って叫ぶ。
「卯月、逃げて!」
「ひ、ひゃいぃっ」
おろおろと逃げ出す卯月と入れ替わるようにして――。
「うああああっ!」
未央がプロデューサーの枕元へ駆け込んだ――剣のように握ったビニール傘を大きく振りかぶる。
「てりゃああっ!」
未央はプロデューサーの顔面を狙って一気に傘を振り下ろした!
が――。
「ヴアッ!」
プロデューサーはカッと目を見開いたかと思うと、すばやく横に転がった。
「ッツ!」
床を叩いてしまった未央が、手のしびれに顔をしかめる。
「ヴァワッ!」
横向きに数回転したプロデューサーは、追撃に備えたのかすばやく身を起こした。
その機敏さに――小梅は目を見張った。
「さっきよりも動きが軽くなってる……?」
アクション俳優さながらの身のこなしだ。最初は凛に胸を押されていただけでよろけていたのに……。
なんというか、持て余していた体の使い方を、徐々に覚えていっているような――。
「ガウッ!」
鋭い咆哮が耳をつんざき、小梅はハッと我に返った。
プロデューサーが小梅の目前にまで迫っていた。
「ひゃっ!」
小梅はとっさにうしろへ飛び退き、プロデューサーの手刀をかわした。
勢い余ったプロデューサーはたたらを踏んだが――それでも下からキッと小梅をねめつけた。
まだこっちを狙ってる!?
反射的に身構えた小梅に、プロデューサーの手が伸ばされ――。
「――うりゃあああっ!」
「アッ!?」
しかしプロデューサーの姿が突然視界から消えた。
足元で大きな物音。
奈緒がプロデューサーのともに床に倒れていた――横からプロデューサーに体当たりしたのか。
「奈緒、どいて!」
凛の声。
奈緒は目を見開き、床を転がってすばやくプロデューサーから離れた。
取り残されたプロデューサーの横っ面を――。
「――このっ!」
凛はおもいきり踏みつけた!
「ガッ!」
しかし――凛の足の裏が顔に届く寸前で、プロデューサーはその足を片手で受け止めた。
「なっ――!?」
ひるんだ凛の足を、プロデューサーはぐいと押し返した。
「きゃあ!」
凛はバランスを崩し、後方に尻もちをつく。
その隙に――。
「ウクェャッ!」
プロデューサーは背中を弾ませただけで起き上がり、さらにその勢いのまま高く跳び上がった!
「あっ――」
小梅たちは一斉に彼を仰いだ。
あまりに鮮やかな挙動に圧倒され――身動きがとれない。
プロデューサーはにやりと口元をゆがめて小梅たちを見下ろしていた。
今度こそやられる――絶望的な考えが頭をよぎった、その刹那。
「ガッ!?」
ゴンッ、と鈍い音が響き、部屋がわずかに揺れた。
高く跳び上がったプロデューサーは――その勢いを殺しきれず、天井に頭をしかかたにぶつけたのだ。
「え――?」
呆気にとられた小梅たちの前に、崩れた建材とプロデューサーの巨体が落ちてくる。
「わっ!」
驚いて一斉に飛び退いた小梅たちは、建材のかけらをかぶって横たわるプロデューサーをしばらく呆然と見つめた。
プロデューサーは白目を剥いて口を半開きにし、ピクピクと体を痙攣させていた。
動く気配はない。
えと……どうすれば――?
いちはやくハッと我に返ったのは凛だった。
「み、未央っ! 早くっ!」
「え――あっ!」
凛に急かされ、未央はようやく自分が握りしめている武器に視線を落とした。
すばやく構え直した未央は、持ち手の部分を上にして、ビニール傘を大きく振りかぶる。
「プロデューサー……ごめんっ!」
言うが早いか、未央はおもいきり傘を振り下ろした。
「ガッ!?」
未央の一閃は今度こそプロデューサーの顔面をとらえる。プラスチック製の硬い持ち手に前歯を砕かれ、プロデューサーはまな板に乗せられた魚のようにビクンと体を跳ねさせた。
「やっ……た!?」
「まだっ!」
未央と入れ替わるように前に出たのは――凛だった。
「うあああっ!」
プロデューサーの枕元に立った凛は、陶器の花瓶を頭上に掲げていた。近くのキャビネットに置かれていたものだ。
凛はキッとプロデューサーを見下ろすと――。
「こ……のおおおっ!」
ためらいを振り切るように叫び、凛はプロデューサーの顔面におもいきり花瓶を投げ落とした。
ガシャンッ!
派手な音をたて、花瓶はプロデューサーの額で砕けた。
強烈な一撃をくらったプロデューサーは――。
「ヴ……ウ……ヴォ……ッ」
ガクリと頭を落とし、ついにぴくりとも動かなくなった。