シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

3 / 22


「あ、あ……」

 

 プロデューサーは部屋の中央付近に立ち、小梅たちの隙をうかがっていた。

 

 小梅たちはすくんでしまいそうになる足をなんとか動かし、彼から距離をとろうとあとずさる。

 

 が、すぐに行き止まり。

 背後は壁。

 そしてその向こうには気配があった。

 

「オオオ……オオオ……」

 

 魑魅魍魎たちの気配が。

 

 逃げ場は――ない。

 

「グガァアァ……」

 

 追い詰められた小梅たちをあざ笑うかのように、プロデューサーは気味悪く蒼ざめた唇をゆっくりと開く。唾液が糸を引いていた。()()()()が鼻をついた――その矢先。

 

「ヴァウ!」

 

 犬のように吠えたプロデューサーは、しかし二本の足で床を蹴った。

 

 こっちに向かってくる!?

 

「う、うわあああっ!?」

 

 小梅たちは叫び声をあげながら、蜘蛛の子を散らすように左右へ逃れた。

 

「ガウッ!」

 

 プロデューサーは小梅たちがいなくなったドアへ飛びつく。

 

「しまっ――」

 

 小梅は自分たちの失策に気づいた。

 あのドアの向こうにはトレーナーたちがいる。

 プロデューサーはまさか――トレーナーたちを室内に引き入れるために小梅たちを蹴散らしたのか!?

 

 ――ところが。

 

「グルルル……ッ」

 

 彼は目の前のドアにはまるで興味を示さず、小梅たちのほうへ振り返った。

 

「え――?」

 

 どういう……ことだ? プロデューサーと外にいる連中は、仲間ではないのか?

 

 しかし、怪訝に思っている余裕はなかった。

 

「グァッ!」

 

 プロデューサーは左右に振っていた視線をとめ、見つけた獲物を威嚇した。

 

 狙いは右手に逃げたふたり――卯月と凛だ。

 

「き、きゃああっ!」

 

 悲鳴をあげ、両手で頭を守る卯月に、プロデューサーが襲いかかる――!

 

「――このっ!」

 

 しかしプロデューサーは卯月の手前で体をくの字に曲げた。

 彼の前に立ちふさがったのは凛。

 凛は間一髪、彼の腹に蹴りを食らわせたのだ。

 

「グゥッ!?」

 

 倒れたプロデューサーはそのまま床に仰向けになる。

 

 凛は腰を抜かしていた卯月のほうに振り返って叫ぶ。

 

「卯月、逃げて!」

「ひ、ひゃいぃっ」

 

 おろおろと逃げ出す卯月と入れ替わるようにして――。

 

「うああああっ!」

 

 未央がプロデューサーの枕元へ駆け込んだ――剣のように握ったビニール傘を大きく振りかぶる。

 

「てりゃああっ!」

 

 未央はプロデューサーの顔面を狙って一気に傘を振り下ろした!

 

 が――。

 

「ヴアッ!」

 

 プロデューサーはカッと目を見開いたかと思うと、すばやく横に転がった。

 

「ッツ!」

 

 床を叩いてしまった未央が、手のしびれに顔をしかめる。

 

「ヴァワッ!」

 

 横向きに数回転したプロデューサーは、追撃に備えたのかすばやく身を起こした。

 

 その機敏さに――小梅は目を見張った。

 

「さっきよりも動きが軽くなってる……?」

 

 アクション俳優さながらの身のこなしだ。最初は凛に胸を押されていただけでよろけていたのに……。

 なんというか、持て余していた体の使い方を、徐々に覚えていっているような――。

 

「ガウッ!」

 

 鋭い咆哮が耳をつんざき、小梅はハッと我に返った。

 

 プロデューサーが小梅の目前にまで迫っていた。

 

「ひゃっ!」

 

 小梅はとっさにうしろへ飛び退き、プロデューサーの手刀をかわした。

 

 勢い余ったプロデューサーはたたらを踏んだが――それでも下からキッと小梅をねめつけた。

 まだこっちを狙ってる!?

 反射的に身構えた小梅に、プロデューサーの手が伸ばされ――。

 

「――うりゃあああっ!」

「アッ!?」

 

 しかしプロデューサーの姿が突然視界から消えた。

 足元で大きな物音。

 奈緒がプロデューサーのともに床に倒れていた――横からプロデューサーに体当たりしたのか。

 

「奈緒、どいて!」

 

 凛の声。

 奈緒は目を見開き、床を転がってすばやくプロデューサーから離れた。

 取り残されたプロデューサーの横っ面を――。

 

「――このっ!」

 

 凛はおもいきり踏みつけた!

 

「ガッ!」

 

 しかし――凛の足の裏が顔に届く寸前で、プロデューサーはその足を片手で受け止めた。

 

「なっ――!?」

 

 ひるんだ凛の足を、プロデューサーはぐいと押し返した。

 

「きゃあ!」

 

 凛はバランスを崩し、後方に尻もちをつく。

 その隙に――。

 

「ウクェャッ!」

 

 プロデューサーは背中を弾ませただけで起き上がり、さらにその勢いのまま高く跳び上がった!

 

「あっ――」

 

 小梅たちは一斉に彼を仰いだ。

 

 あまりに鮮やかな挙動に圧倒され――身動きがとれない。

 

 プロデューサーはにやりと口元をゆがめて小梅たちを見下ろしていた。

 

 今度こそやられる――絶望的な考えが頭をよぎった、その刹那。

 

「ガッ!?」

 

 ゴンッ、と鈍い音が響き、部屋がわずかに揺れた。

 

 高く跳び上がったプロデューサーは――その勢いを殺しきれず、天井に頭をしかかたにぶつけたのだ。

 

「え――?」

 

 呆気にとられた小梅たちの前に、崩れた建材とプロデューサーの巨体が落ちてくる。

 

「わっ!」

 

 驚いて一斉に飛び退いた小梅たちは、建材のかけらをかぶって横たわるプロデューサーをしばらく呆然と見つめた。

 プロデューサーは白目を剥いて口を半開きにし、ピクピクと体を痙攣させていた。

 

 動く気配はない。

 

 えと……どうすれば――?

 

 いちはやくハッと我に返ったのは凛だった。

 

「み、未央っ! 早くっ!」

「え――あっ!」

 

 凛に急かされ、未央はようやく自分が握りしめている武器に視線を落とした。

 

 すばやく構え直した未央は、持ち手の部分を上にして、ビニール傘を大きく振りかぶる。

 

「プロデューサー……ごめんっ!」

 

 言うが早いか、未央はおもいきり傘を振り下ろした。

 

「ガッ!?」

 

 未央の一閃は今度こそプロデューサーの顔面をとらえる。プラスチック製の硬い持ち手に前歯を砕かれ、プロデューサーはまな板に乗せられた魚のようにビクンと体を跳ねさせた。

 

「やっ……た!?」

「まだっ!」

 

 未央と入れ替わるように前に出たのは――凛だった。

 

「うあああっ!」

 

 プロデューサーの枕元に立った凛は、陶器の花瓶を頭上に掲げていた。近くのキャビネットに置かれていたものだ。

 

 凛はキッとプロデューサーを見下ろすと――。

 

「こ……のおおおっ!」

 

 ためらいを振り切るように叫び、凛はプロデューサーの顔面におもいきり花瓶を投げ落とした。

 

 ガシャンッ!

 

 派手な音をたて、花瓶はプロデューサーの額で砕けた。

 

 強烈な一撃をくらったプロデューサーは――。

 

「ヴ……ウ……ヴォ……ッ」

 

 ガクリと頭を落とし、ついにぴくりとも動かなくなった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。