シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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※この最終話はこれまでの物語全体の種明かしが含まれます。前話まで未読の方はご注意ください。


~Curtain call~

 THE END――。

 

 血文字風のフォントでつづられたエンドマークが消え、スクリーンが暗転すると、試写室には二時間半ぶりに灯りがともされた。

 

 客席からまばらな拍手の音が聞こえてくる。みんな、観終わったばかりの作品をどう評価していいものか、まだ迷っているようだ。

 

 しかしそんな中へ、自信に満ち満ちた小気味いい拍手が飛び込んできた。

 

「はい、みなさん、お疲れ様でしたー。どうでしたか? なかなかの出来栄えだったでしょう?」

 

 映写室とつながるドアから現れたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 最前列の席に並んで座っていたうちのひとりが、あきれたような目つきでプロデューサーを出迎える。

 

「……ていうか、これ、本気で公開するつもりなの?」

 

 渋谷凛だ。今回の映画におけるメインキャストのひとりである。

 

「そりゃあ、もちろん。我が社が、というか僕がメインで企画した映画ですからね。どーんと全国ロードショーにかけようと考えていますよ!」

 

 予想外の大風呂敷を広げられ、あわてだしたのは島村卯月だ。

 

「あわわ……。い、いいんですかね? 全国なんて……。わ、私、台詞棒読みじゃなかったですか!?」

「いやいやー、なかなか良い演技してたよ、しまむーは。世界のクロサワもうならせる熱演だったと思うよ、うん!」

 

 調子よく返したのは、本田未央だ。腕組みをし、満足げにうんうんとうなずいている。そういえば未央は誰よりもノリノリで撮影に臨んでいた。

 

「本田さんのおっしゃるとおりです。みなさんのおかげで、大変すばらしい映画に仕上がりました」

 

 プロデューサーは誇らしげな笑顔を浮かべた。皮肉でもなんでもなく、本心から作品の出来に満足しているのだろう。

 

 映画を撮る――プロデューサーからそう告げられたのは、今から半年ほど前のことだった。

 

 その時点で台本はすでに出来上がっており、撮影現場やスケジュールの調整もぬかりなく整えられていた。本編で見たとおり、今回の映画では346プロダクションの事務所がおもな舞台となっている。撮影は実際の事務所ビルでおこなわれた。今回の映画のために346プロが自社ビルを全面的に貸し出したのである。

 

 実際の撮影期間は約一ヶ月。もちろんほかの仕事とも平行しておこなわれたから、思った以上にハードなスケジュールだった。撮影じたいは結構楽しかったが。お芝居は緊張したけれど。

 

 そして今日、編集作業を終えて出来上がった映画本編が、ここ346プロダクション内の試写室で披露されたというわけである。エンドロールなどはこれから入れるとのことで、いわゆる「完パケ」品ではないようだけれど、作品としてはたしかにいちおう完成していた。

 

 しかしまあこれは……わかってはいたこととはいえ、じつにベタベタのゾンビ映画が上がってきたものである。

 

 しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その点にまだ納得がいっていない者もいるようで……。

 

「お、おいっ! なんだよ、あたしのあのキャラは! なんで随所でアニメネタ入れてんだよ! あれじゃあたしがオタクみたいじゃねえか!」

 

 たいそうな剣幕でプロデューサーに食ってかかったのは、神谷奈緒である。……まあ、自分の名前が使われている以上、この手の文句を言いたくなる気持ちもわからないではない。

 

 しかしプロデューサーはしれっとした顔で首をかしげる。

 

「そうですか? 僕としては、神谷さんの隠しきれないガチオタっぷりが引き出されたいい映像だと思いましたが……」

「誰がガチオタだよ!?」

 

 プロデューサーさん、完全にわかって言ってますよね……。まあ、こういう分かりやすい反応を見せるから、奈緒は毎回毎回いじられてしまうのだと思うが。

 

 そして、自分の役どころに不満を抱いているらしい者がもうひとり。

 

「ボ、ボクも納得いってませんよ!」

 

 輿水幸子はスクリーンを指さしながらわめき散らした。

 

「やっぱりゾンビじゃカワイくないじゃないですか!? 『編集したら大丈夫だから』って言うから渋々あの役を引き受けたんですよ!? なのに……、やっぱり全然カワイくなってないじゃないですか!」

 

 こちらもなかなかの剣幕だ。同志を得たと思ったのか、奈緒が抗議に加勢した。

 

「そうだそうだ! もっと言ってやれ、幸子!」

「なんですか、あのメイクは!? あんな恐ろしげな顔を日本全国に晒せるわけがないでしょう!? 今すぐにモザイクをかけてください!」

 

 ゾンビ映画で、ゾンビの顔にモザイクって……。そんなものが公開されたら前代未聞の珍事である。撮影のたび数時間かけて施した特殊メイクも形無しだ。

 

 しかしプロデューサーは、やはりしれっとした顔で幸子の無茶な訴えを受け流した。

 

「いやいや、それはもったいない。なんたって輿水さん、あなたの演技は今回の映画でもひときわ光ってましたからねえ。重要な役をきっちり演じきってくれたと思います。これはアカデミーも見えてくるなあ」

「え? そ、そうですか?」

 

 あからさまなおべっかを使われて、険しかった幸子の顔が、わかりやすく緩む。

 

「これは授賞式に臨む準備もしておかないとなあ。あっ、今度一緒に授賞式用のドレスを見に行きましょう」

「ド、ドレスですか? そこまで言うなら……仕方ないですね! プロデューサーさんには特別に、世界一カワイイボクのエスコートをさせてあげましょう!」

 

 鼻の穴を広げ、上機嫌にふんぞりかえる幸子。

 

「ちょっ、幸子!?」

 

 甘言を弄する敵にあっさりと陥落した同志を見て、奈緒はぎょっと目を剥いた。なんというか、不憫だ……ふたりとも。

 

 まあとはいえ、なんだかんだ文句を言いつつも幸子が全力で役を全うしたのはたしかだ。アカデミーはともかくとして、幸子が今回の映画で果たした功績は大きいと思う。実際、登場シーンはそれほど多くないにもかかわらず、幸子の役は強く印象に残っている。

 

「オ、オイシイ……ってやつだ」

 

 浮かれる幸子のすぐそばで、星輝子がぼそりとつぶやいた。……うん、間違いじゃないんだけど、その言い方だと微妙にニュアンスが変わってきちゃうから。

 

 輝子と言えば、彼女がこの映画で果たした役割も大きい。役者として演技を頑張ったのはもちろんだが、それ以外にも輝子は、小道具の提供というかたちで制作に貢献している。その小道具とは、言うまでもなくあのキノコである。作中に登場したあのキノコ、あれらはすべて、輝子が実際に栽培しているものだ。そのため、映画のエンドクレジットにも「キノコ提供 星輝子」と出る予定らしい。輝子もなんだかんだ言ってノリノリだったよね……。

 

「その節はどうも、お世話になりました、星さん」

 

 今日も映画に出演したキノコの鉢を持参している輝子にお辞儀をすると、プロデューサーはその隣にいたふたりに目を移した。

 

「木村さんと堀さんはいかがでしたか? 撮影の感想など」

 

 木村夏樹が、格好良く組んでいた足を崩して、プロデューサーのほうを向く。

 

「アタシか? アタシはそうだな……、まあ楽しかったぜ。ギターをぶっ壊すのはアタシの趣味じゃないが、アクションシーンなんかはなかなかイカしてたぜ」

「私はもっとサイキックパワーをお見せしたかったですけど……でも全力は尽くしましたよ!」

 

 夏樹の横でムンッと手を前に突き出したのは堀裕子だ。夏樹はともかく、裕子も作中の役柄が普段とそう変わらなかった組のひとりだろう。

 

 なお、裕子はエンドクレジットに「サイキック提供」で名前を載せてもらえるようプロデューサーに直訴していたが、これは却下されたようだ。……残念ながら、といちおう言っておこう。

 

「そういや、志希のやつはどうした? あいつも今日、試写を観に来るっつってた気がするんだが」

 

 夏樹が会場を見回して、プロデューサーにたずねた。

 

「その予定だったのですが、あいにく一ノ瀬さん、また失踪してしまいまして」

「……ああ、なるほどな」

 

 プロデューサーの返答を受けて、夏樹は諦めたような苦笑を浮かべた。「失踪」というと物騒に聞こえるかもしれないが、気まぐれにどこかへ出かける志希の習癖が事務所内ではそう呼び習わされているのだ。

 

「こんな大事な日に顔を見せないとは。ふん、一ノ瀬も困ったものだな」

 

 そんなふうに会話に入ってきたのは、夏樹たちのうしろの席に座っていた妙齢の女性である。プロデューサーは彼女に向けて、ぺこりと頭を下げる。

 

「麗さんたちも、ありがとうございました。いや~、みなさん、素晴らしい熱演でした」

「ふん、礼には及ばん」

「これも仕事だからな」

「緊張しましたけど、楽しかったですよ?」

「精一杯頑張りました」

 

 プロデューサーに順々に言葉を返したよく似た顔立ちの四人は、トレーナーの青木四姉妹である。ご覧いただいたとおり、彼女たちも今回の映画にゾンビ役として出演している。本来は裏方であるはずの彼女たちの出演は、プロデューサーのたっての希望だったらしい。プロデューサーいわく,「事務所内で発生したゾンビパニックという設定にリアリティをもたせるためのキャスティング」だそうだ。その思惑がうまくいったかどうかは判断しかねるが……彼女たちの演技じたいは迫力満点だった。

 

「いやー、もう、主役を食いそうなくらいのお芝居でしたよ。ゾンビだけに」

 

 ……つまらない冗談はさておくとして、今回の映画でプロデューサーは、世界観のリアリティにかなりこだわったらしい。アイドル役を実名で登場させたこともそうだが、プロデューサーの尽力で実現したシーンが、もうひとつある。

 

 346プロ所属アイドル全員の、ゾンビ役での出演だ。

 

「みなさんも、あらためて撮影お疲れさまでした。おかげさまでいいシーンが撮れました」

 

 プロデューサーが試写会場全体に向けて声を張ると、思い思いの歓声が即座に返ってきた。言葉の内容はてんでバラバラだが、この個性が346プロ所属アイドルの魅力に違いない。さすがに出演した全員が今日の試写に出ることはできなかったが、それでも二十人を超す仲間がスケジュールの都合をつけてこの会場に駆けつけてくれていた。

 

 総勢百七十三人のソンビアイドルが地下駐車場へ押し寄せるクライマックスシーン。あのシーンの撮影は、文字どおり一日がかりでおこなわれた大掛かりなものとなった。なにせ、百七十三人だ。ひとりひとりにゾンビメイクを施すだけでも相当な時間がかかる。そのうえでリハーサルに本番。アクションも代役をたてず、すべて自分たちでこなしたから、撮影当日までにおこなった殺陣の練習時間なども含めれば、かなりの手間隙がかかっている。

 

 だが苦労の甲斐あって、あのシーンはたしかに迫力あるものに仕上がったと思う。トレーナーさんたちも大活躍したし、まさに346プロの総力を結集したひと幕になったといえよう。

 

「いやあ、ここまでくると、ちひろさんには出ていただきたかったんですがねえ」

 

 プロデューサーが残念そうにため息を漏らした。ちひろというのは、この事務所のアイドル部門で事務員を務めている千川ちひろのことである。プロデューサーはちひろにもゾンビ役での出演を打診したものの、()()()断られたそうだ。……そのシーンがなによりも怖く感じられてしまうのは気のせいだろうか。

 

「ふん、それは無理だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()他人に出てもらおうなど、そんな虫のいい話があるものか」

 

 わざとらしく肩を落としているプロデューサーに、ベテラントレーナーの麗が皮肉を言った。

 

 そうなのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 プロデューサー役だけはなぜか、オーディションで選ばれた本業の俳優が務めることが当初から決まっていた。その重役を務めてくれた彼は、今日の試写会にも駆けつけてくれている。最後列の席に座っている彼にプロデューサーが会釈をすると、彼も愛想のいいお辞儀を返していた。

 

「彼を起用したのは大正解だったでしょ? それにほら、やっばり僕が画面に顔を出さないのは世の理っていうか」

 

 よく意味のわからないひとことを漏らしたあと、プロデューサーはあらためて会場全体へ向けて声を張った。

 

「さて、みなさん。それでは、『シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド』完成披露試写会も、そろそろお開きにしたいと思います。本日はお忙しい中お集まりいただき、本当にありがとうございました。最後になりましたがここで、今回の映画で見事に主演の大役を果たしてくださった白坂小梅さんに、ひとことご挨拶を頂戴したいと思います」

「えっ、わ、私……?」

 

 いきなり指名を受け、小梅は目を白黒させた。しかし会場ではすでに自分を迎える拍手が起こっている。と、とにかくなにかしゃべるしかなさそうだ……。

 

 小梅は渡されたマイクを両手で握り、まずはぺこりと一礼をした。

 

「え、えと、し、白坂小梅……です。き、今日はこんなにたくさんの人に集まってもらって、と、とても嬉しい……です。わ、私は映画に出てくる小梅ちゃんみたいに賢くないし、じ、自分に役が務まるか不安で、と、とても緊張しましたけど、なんとかやりきることができたのは、さ、撮影でみなさんに助けてもらったから……だと思います。で、できればゾンビ役もやってみたかったけど……」

 

 ぼつりと漏らした言葉に、会場から笑いが返ってきた。結構本気だったのだが。

 

「で、でも、大好きなゾンビ映画を、みんなで一緒になって作ることができて、すごく楽しかったです。この映画が、た、たくさんの人に観てもらえたら、う、嬉しいなって思います。み、みなさん、それに、か、監督さんやスタッフのみなさん、プ、プロデューサーさんも、本当にあ、ありがとうございました」

 

 小梅が深々と腰を折ると、会場からあたたかな拍車が返ってきた。文句を言う者もいたけれど、もちろんみんな本気で嫌がっていたわけじゃない。みなで一丸となって取り組んだ作品だ。完成を喜ばないはずがない。

 

「白坂さん、ありがとうございました。映画界広しといえど、ゾンビに造詣の深いアイドル役で白坂さんの右に出る役者はいないでしょう。もちろんみなさんもそれぞれが最高の演技を見せてくださったと思います。一般公開のあかつきには多くの方にこの作品を届けられるよう我々スタッフ一同精一杯努力いたす所存です。宣伝などでまたお力添えいただく機会もあるかと思いますので、その際はよろしくお願いいたします。それではあらためて、主演の白坂さんに盛大な拍手を!」

 

 プロデューサーがそんなふうに促すやいなや、試写会場はまた、割れんばかりの拍手の音で満たされるのだった――。

 

 

 *

 

 

 こうして試写会は盛況のうちに幕を閉じ、集まった出演者やスタッフは、三々五々会場をあとにしはじめていた。

 

「わ、私たちもそろそろ行こっか……」

 

 小梅が輝子を誘って席を立った。このあと、予定が空いている者で簡単な打ち上げをおこなうらしい。小梅と輝子もそれに参加するつもりだった。

 

 と、そこへ――。

 

「ああ、星さん、ちょっと」

 

 輝子が急に呼び止められ、小梅は思わず一緒に振り返った。

 

 そこにいたのは、プロデューサーだった。

 

「すみませんね、こんなときに。いやね、星さんにちょっと、折り入って相談したいことがあるんです」

「そ、相談? な、なん……だ?」

 

 輝子は少し怪訝そうに眉をひそめる。小梅もなんだろうと思った。映画の話ならもう終わったはずだけど……。

 

 小梅たちが小首をかしげていると、プロデューサーは輝子の手元へ、ちらりと視線を落とした。

 

「キノコ――なんですけどね」

 

 そして、言った。

 

「星さんが僕のデスクの下で栽培してるキノコ、あれ、ひと株分けてもらえませんかね? なんか、一ノ瀬さんから実験用に欲しいって、頼まれちゃって」

 

 

(――THE END?)


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