ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?   作:友(ユウ)

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第三十九話 ベル、歓楽街へ行く

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

借金を背負うことになった翌日。

新たなホームになった事によるゴタゴタもとりあえずは落ち着き、明日からダンジョン探索を再開しようと決めたこの日。

夕食が終わり、広くなった前庭でトレーニングを行っていた。

 

「ふっ! はっ! せいっ!」

 

拳や蹴りを繰り出し、体の調子を確認していく。

 

「はっ!」

 

もう一度拳を繰り出した時、

 

「………ん?」

 

視界の片隅にある正門の前を、見知った2人が通り過ぎるのを見かけた。

 

「今のって………命さんと千草さん? こんな時間に何処に………」

 

暗がりではっきりとは分からなかったけど、その表情には焦りが浮かんでいるように見えた。

 

「……………追ってみよう」

 

気になった僕は気配を消して2人の後を追った。

 

 

 

2人は南のメインストリートにある繁華街に到着する。

僕は屋根を飛び移りながら2人を見失わないように追ってきていた。

でもどうやら2人の目的地はここではなく、別の場所のようだ。

2人はまた移動を開始し、繁華街から離れ始める。

僕もその後を追って屋根を飛び移った。

やがて、僕も普段立ち寄らない都市の第四区画、南東のメインストリート寄りに辿り着いた。

その街並みを見て、僕は固まった。

 

「え…………? こ、ここってもしかして…………」

 

淫靡な雰囲気が漂う桃色の魔石灯。

艶めかしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板。

そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾った蠱惑的な女性達。

 

「か、『歓楽街』って奴?」

 

じゃ、じゃああの女性たちは、しょ、娼婦って事!?

僕はその事を理解すると顔が熱くなる。

 

「な、何で命さん達はこんな所に………!?」

 

そこでハッとした。

周りに気を取られ過ぎてて命さん達から目を離した隙にさっきまでの場所に彼女たちは居ない。

 

「み、見失った………!?」

 

僕は慌てて周りを見渡すけど、何処を見てもきわどい服装の娼婦だらけでまともに注視することが出来ない。

僕は仕方なく帰ろうかとも思ったけど、

 

「……………もしかしてあの2人、自分達の【ファミリア】の存続が危ういから身売りとか考えてたり………?」

 

普段の僕なら2人の性格や【タケミカヅチ・ファミリア】の状況からしてあり得ないと却下するところだけど、今この『歓楽街』の空気に中てられた今、まともな思考は不可能だった。

 

「や、やっぱり心配だ!」

 

僕は帰るという選択肢を捨て、2人の姿を探し回った。

 

 

 

 

暫く屋根の上から探し回っていたけど、どうにも見つけることが出来ず、僕は道端に降りる。

ふと見ると、目の前の朱色の柱の独特な作りの門から先の風景は様変わりしていた。

 

「……………極東の………建物?」

 

お爺ちゃんから教えられた偏った知識の中に、似通ったものがある事を思い出す。

こういう極東の歓楽街の事を、確か遊郭と言っていた筈だ。

そして、探していた命さん達の出身も極東。

 

「…………もしかして、ここにいるのかな?」

 

そう思った僕は、朱色の柱の門を潜った。

目の前に広がるのは『着物』と呼ばれる極東の民族衣装に身を包んだ娼婦達。

男性が娼婦に声を掛けたり、逆に娼婦から男性を誘ったり。

そのような光景がいたるところで行われている。

僕は目のやり場に困りながら命さん達の姿を探していると、通りに面した朱塗りの娼館の一階に格子状の大部屋があり、そこに沢山の娼婦が並んでいた。

着物で着飾った娼婦達は往来に向かって声を掛け、客を誘っている。

店先では幾人もの男性達が気に入る女性が居ないか探しているのか、足を止めて吟味している。

その矢先に一人が娼婦と二三言葉を交わして店の中へ入っていく。

僕も男であってそういう事に関して興味が無いと言われれば嘘になるわけで、自分でも気付かない内に見入っていたらしい。

その大部屋の奥にいる一人の寂しそうな眼をした少女と目が合った。

 

「…………………………」

 

光沢を帯びる金の髪。

透き通った翠の瞳に、髪の色と同じ獣の耳と太く長い尻尾。

それは、狐の獣人――――狐人(ルナール)だった。

初めて見る種別の獣人の少女に僕は思わず見入ってしまう。

少女と大人の間を揺れ動く彼女は、可憐で美しかった。

彼女の瞳には、外にいる僕に羨望と憧れを抱くような眼差し。

一瞬の視線の交錯が何十秒にも感じられる。

その彼女がふと唇を綻ばせ、笑った。

他の娼婦達と違う儚げな笑みに、僕は目を見開き固まってしまう。

そして…………

 

「…………もしかして、ベル君かい?」

 

ポンと肩を叩かれ、体が跳び上がる。

周りへの注意がおろそかになっていた証拠だ。

僕が慌てて振り返ると、

 

「へ、ヘルメス様!?」

 

「ははっ、やっぱりか」

 

そこにいたのはヘルメス様だった。

肩に小鞄を背負っている。

 

「こんな所で会えるとはね。 フフ、ベル君もお年頃だなぁ」

 

「えっ? いや、待ってください! 僕がここにいるのはっ!」

 

「張見世を見ていたようだけど、気になる娘でもいたかい?」

 

ヘルメス様! 誤解してます!

 

「え、え~っと………ヘルメス様はどうしてここに? あと、その荷物は?」

 

僕は無理やり話を変えることにする。

 

「ベル君、ここでそんな野暮な事聞いちゃ駄目だぜ」

 

ニヤリと笑うヘルメス様は、何かを隠しているような雰囲気だ。

アスフィさんの目を盗んで遊びに来た…………という訳ではないらしい。

 

「俺がここにいたことは、くれぐれも内密に頼むよ? 約束だ」

 

ヘルメス様と話していたお陰で、余裕のなかった心に安堵感が広がる。

 

「それにしても、あのベル君が一人で歓楽街にね~」

 

と思ったところで、ヘルメス様の言葉で再び身体が硬直する。

ヘルメス様はするりと肩を組んできて、

 

「こういう場所に興味津々なようで、俺も嬉しいよ。もちろんベル君も内緒で来たんだろう?」

 

「ちがっ………!? ヘルメス様っ! だから勘違いです!」

 

「照れる必要は無いさ。ヘスティアには何も言わないよ。もちろん、東方先生にもね」

 

「し、師匠…………!」

 

その言葉は暗に僕の弱みを握ったことを示唆しているように思えた。

確かにこんな所をうろついていたと師匠が聞けば、問答無用で天誅を下されるだろう。

 

「ヘッ、ヘルメス様っ!」

 

「ははっ! 分かってる分ってる。ほら、これは(オレ)からの餞別だ」

 

ヘルメス様は小鞄をごそごそとあさり、赤い液体が入った小瓶を渡される。

 

「な、なんですかこれ?」

 

「精力剤さ」

 

「ぶっ!!??」

 

分かってない!

分かってないですヘルメス様っ!!

 

「それじゃあベル君! お互い楽しい夜を過ごそうぜ!」

 

「ちょ、ヘルメス様ぁっ!」

 

密着していた肩を離し、ヘルメス様は人混みに紛れる。

僕は慌てて薬を返そうと追いかけようとしたところで、

 

「うわっ!?」

 

「おっと」

 

通りがかった人物と肩が接触してしまう。

 

「す、すいませんっ! だいじょう、ぶ………」

 

その言葉は続かなかった。

ぶつかった相手は、美しく長い足を持った、アマゾネスの娼婦だった。

 

「………ご、ごめんなさい、突然ぶつかってしまって………あの、用があるので失礼します!?」

 

僕はまだ遠くへ行っていないだろうヘルメス様を追いかけようとして、

 

「待ちな」

 

「えっ?」

 

突然手を掴まれぐいっと引き寄せられる。

突然のことに僕は抵抗も出来ずに抱き寄せられた。

 

「見ない顔だね?」

 

腰に両手を回され、下半身と下半身が密着した格好で見つめ合う。

立ったまま至近距離で顔を観察され、僕は恥じらいから顔が熱くなるのを感じた。

 

「んー?」

 

その女性は、僕の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「へぇ………そそる顔をしているじゃないか」

 

赤い舌がぺろりと唇を舐める仕草を見て、僕は強烈な悪寒に襲われた。

 

「あんた、名前は? 私はアイシャ」

 

「えっ、はっ、えっ!?」

 

「今から、私の一晩を買わないかい?」

 

そう言いながら僕を拘束する腕の力は強く、普通の娼婦ではないと感じる。

強引に抜け出せないことも無いが、下手をすれば彼女を傷付けてしまう恐れがあったので、それも憚られた。

すると、

 

「今日は不作だ!」

 

「なんだか青い男の匂いがする!」

 

「アイシャ、誰それー?」

 

畳みかけるように周囲からわらわらと沢山のアマゾネス達が姿を現す。

 

「今ここで見つけたんだ。うぶな顔してるだろ」

 

「久し振りだな。こういう男を見かけるのは」

 

「ふふっ、歓楽街に来るのは初めて?」

 

アイシャと名乗った彼女の言葉を皮切りに客寄せに出ていたであろう娼婦達は僕をからかってくる。

未だにアイシャさんに抱きすくめられているので、逃げ出すことも出来ない。

その時、一人のアマゾネスが僕の顔を見てはっとした。

 

「ねえ、待って。このヒューマン………もしかして【心魂王(キング・オブ・ハート)】じゃない?」

 

その言葉に、彼女たちはピタリと動きを止めた後、ざわついた。

 

「白い髪に、赤い瞳」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)で、城を一刀両断にしてヒュアキントスを圧倒した………」

 

アマゾネスの一団が揃って僕の顔を凝視し、呟きを漏らす。

僕を捕まえているアイシャさんもジッと僕を見据えていた。

そして、一瞬にして空気が豹変した。

まるで、(えもの)を前にした腹を空かせた獅子の如き空気に僕の冷や汗はダラダラと流れ続ける。

そして、次の瞬間に一気に僕に飛び掛かってきた。

 

「強い男は大歓迎!」

 

「ねえ、あたしを指名しない!?」

 

「そんなちんちくりんより私の方が!」

 

「あ、すごい! 鉄みたいに固い筋肉!」

 

「顔に似合わずいい体してるわね!」

 

歓声と共に四方から掴まれ引っ張られる。

ぎゃああああああっ、と内心叫びながら僕は娼婦に埋もれる中虚空に向かって手を伸ばす。

すると、その手を掴まれ、ぐいっと強引に娼婦の群れから引きずり出された。

 

「こいつは私が最初に目を付けた獲物さ。誰にも渡さないよ」

 

他の娼婦を押しのけ、僕を豊満な胸に抱き寄せたのはアイシャさんだった。

アイシャさんは他の娼婦達から大顰蹙を貰うが、当の本人はどこ吹く風。

僕は慌てて口を開き、

 

「ち、違うんです! 僕はそのっ! 変な目的があって来たわけじゃなくて、知り合いを探しているうちに迷ったというか、なんというか………!」

 

「そんなこと言って、準備万端じゃない。ほら」

 

僕が焦っている間に後ろに回り込んだアマゾネスの少女が僕の手にある小瓶をかすめ取った。

その中身は精力剤。

ヘルメス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

「往生際が悪いよ。さ、来な」

 

「ま、待ってください!? 待って!!」

 

僕を抱きすくめたまま移動を開始するアイシャさん。

ニヤニヤと笑う他のアマゾネスも取り巻きとなって移動を開始する。

肉食獣(アマゾネス)に囲まれた(ぼく)は、ぞろぞろと遊郭を移動する中思ったことは、何で極東の遊郭の区画にこんなにアマゾネスが居るんだろうという割とどうでもいい事だった。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

一方、こちらは【ロキ・ファミリア】。

この『黄昏の館』でも夕食が終わり、食堂では各団員が食後の時間をまったりと過ごしていた。

そんな時、ガタッと椅子が倒れる音が聞こえ、団員達は何事かとその方を向くと、アイズが椅子を蹴倒して立ち上がっていた。

 

「アイズ? いきなりどうしたの?」

 

近くにいたティオナが突然立ち上がったアイズに尋ねる。

アイズはティオナの問いには答えず、振り返って外に隣接する壁の方を向くと、

 

「ベルが危ない………!」

 

「へっ?」

 

そう呟き、ティオナが声を漏らした瞬間、アイズは壁に向かって駆け出す。

 

「ちょ、アイズまさかっ!?」

 

ティオナが呼びかけるがアイズはそれを無視して腕を振りかぶり、

 

「ッ……………!」

 

壁を拳で破壊すると同時に外へ飛び出した。

 

「アイズーーーーーッ!!」

 

アイズは鎧も剣も持たずにどこかへ走り去っていった。

 

「何の騒ぎだ?」

 

「あ、リヴェリア!」

 

騒ぎを聞きつけてリヴェリアが現れる。

 

「なんか、アイズがいきなりベルが危ないって呟いて外に飛び出して行っちゃったの」

 

ティオナは穴の開いた壁を指さしながら説明する。

すると、リヴェリアは頭を抱えた。

 

「またアイズか…………最近のホームの修繕費が馬鹿にならんのだが…………」

 

「あ、あははははは……………」

 

リヴェリアの呟きにティオナは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

アイシャさんに抱きすくめられながら辿り着いた場所は娼婦が刻まれた徽章が掲げられた宮殿だった。

 

「お、お城………?」

 

そう漏らす僕。

 

「本当に何も知らないのかい?」

 

狼狽えている僕の様子を見て、アイシャさんは笑みを浮かべる。

 

「ここは私達のホーム、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』」

 

僕を抱きすくめながらアイシャさんは言葉を続ける。

 

「この建物だけじゃない。この辺一帯は私達の島………イシュタル様の私有地さ」

 

イシュタル……様?

確かそれはフレイヤ様と同じく美の神の………

 

「何だお前たち。ぞろぞろと集まって」

 

吹き抜けとなった上階から声が聞こえた。

フレイヤ様とはまた違った美しさを持った女神がそこに佇んでいた。

 

「そのヒューマンは………」

 

アマゾネスの集団の真ん中にいる僕に目を付けたのか僕を覗きこもうとして、

 

「イシュタル様は見ちゃダメー!」

 

「みんな骨抜きにしてっ、また奪われちゃ堪ったもんじゃないよ!」

 

そんなアマゾネス達を見てイシュタル様は鼻で笑った。

 

「ふふっ………今夜はこれから客が来る。今はそんな青い子供に構っている暇なぞない」

 

イシュタル様はそう言うと、傍らの青年に声を掛け、そのまま歩き去っていった。

アイシャさんは僕を連れたまま支配人らしき人に二三言葉を交わした後三階にある部屋へと移動する。

部屋の中にあるソファーに座らせられるが、アイシャさんは一時も僕の腕を離さない。

 

「あ、あの………手を離してくれませんか?」

 

「嫌だね。離したとたんに逃げるだろう?」

 

「うぐっ………」

 

「まあ、本来ならあたしの力なんざ簡単に振りほどけるだろうけど、私がしっかりと捕まえた所を無理に振りほどこうとすれば、私が怪我をするかもしれないからねえ。振りほどかないのはその為なんだろう?」

 

全部見透かされてる!

 

「部屋が空いてないみたいだから、暫くここで待ってもらうよ」

 

そう言うアイシャさんの傍らで、アマゾネス達が二番目だか三番目だかで揉めている。

 

「僕はっ、別の【ファミリア】でっ………ホームに迂闊に入れたら、拙くないですか? だ、だからっ」

 

「構いやしないよ。冒険者なんて毎晩のようにここに連れ込んでる」

 

アイシャさんは全く気にも留めていない。

 

「それに戦るっていうなら上等だよ。ホームの中だろうと寝台の上だろうと、いくらでも受けて立ってやる」

 

ドカッと長い足をテーブルに振り下ろし、戦いを歓迎すると言わんばかりの物言い。

僕は不覚にもその姿を見て、ほんの少し格好いいと………美しいと感じてしまった。

 

「ど、どうすれば、僕を帰してくれますか?」

 

「イシュタル様のお膝元で、高級娼館、なんて名乗ってるがね………お高く留まるつもりなんてさらさらないんだよ。私達アマゾネスは。ホームで知りもしない奴を大人しく待つなんて、私達にはできない。強い雄は自分で探す」

 

え、と僕は固まった。

 

「アマゾネスの習性を知らないのかい? 男を攫って………“食っちまうのさ”」

 

ぶわっと冷や汗が噴き出る。

まさに僕は『攫われていた』。

こちらの要望など、聞くつもりはないのだろう。

 

「観念しな」

 

そう言い放つアイシャさんの言葉を聞いて、僕の頭は冷静になった。

今までは雰囲気に呑まれてしまったけど、『攫われてしまった』というのなら話は別だ。

大人しく受け入れる気は無いし、抵抗もする。

あまり女性に怪我をさせたくないけど、最悪の場合は仕方ない。

僕は脱出のチャンスを伺おうとして………

 

「……………ん?」

 

地響きと言わんばかりの激しい足音が近付いてくるのに気付いた。

他のアマゾネス達もそれに気付いたのか、次々と扉の方を向く。

すると、

 

「やばいアイシャ! フリュネがここに来る!!」

 

部屋の扉を開け放ち、一人のアマゾネスが飛び込んでくる。

その顔には焦燥の表情が滲んでいた。

それを聞いて、アイシャさん達が顔色を変える。

僕を慌てて隠そうとしたようだけど、その前に部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

扉の前にいたアマゾネスも同時に吹き飛ぶ。

そして、

 

「若い男の匂いがするよぉ~!」

 

大きな鼻孔をひくひくと動かしながら彼女………と言っていいのか分からないけどソレは現れた。

2mを超える巨漢………というか巨女?

褐色の肌からおそらくアマゾネスなんだろうけど、その短い腕や短い足は膨れ上がった筋肉の塊で、とてもじゃないけどアイシャさんと同じアマゾネスとは思えない。

身の丈もそうだが横幅もすさまじく、手足と胴体のつり合いがおかしい。

極めつけはその大きな顔で、黒髪のおかっぱ頭でギョロギョロ動く目玉と横に裂けた口唇は、まるでヒキガエルのような………

 

「…………あの、アイシャさん」

 

「何だい、今余裕が無いんだ」

 

「何でモンスターがこんな所に居るんですか?」

 

「……………まあ、そう言いたくなる気持ちはわかるけど、あれも一応アマゾネスだよ」

 

「マジですか?」

 

「マジだよ」

 

僕達が話していると、

 

「ゲゲゲゲッ! 男を捕まえてきたんだって、アイシャァ~?」

 

いや、その笑い方は本当にヒキガエル…………

 

「何しに来たんだ、フリュネ」

 

「お前達が寄ってたかってガキを連れてきたって耳に挟んでね、興味がわいたのさぁ~」

 

フリュネと呼ばれた彼女?はのっしのっしとアマゾネス達を掻き分けながら歩いてくる。

テーブルやソファーをまるで無い物かのように蹴飛ばしながら真っすぐに進んできた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】の『兎』じゃないか! まだまだ青臭いガキだけど………アタイの好みだよ!!」

 

得体のしれない恐怖が僕の体を駆け巡り、再び固まってしまう。

 

「押し倒した体に跨って、その可愛い顔を滅茶苦茶にして………そそられるじゃないかぁ~!」

 

意識が飛びかける僕。

 

「味見させなよぉ、アイシャ。なに、すぐに返してやるさ」

 

「ふざけんじゃないよ。これは私達が捕ってきた獲物だ」

 

フリュネ………さんの要求に、アイシャさん達は殺気を募らせる。

 

「アタイに相応しい雄が最近めっきり減って、退屈だったのさぁ。少しくらいイイだろう?」

 

「ずっと大人しく館の奥に引っ込んでろ。どれだけの男を使い物にならなくするつもりだ」

 

「美しい、っていうのも罪だねぇ。アタイ以外の女じゃあ満足できなくなっちまって………イシュタル様もいいとこ行っているが、アタイの美貌には敵わない」

 

…………本気で言ってる。

その口振り、仕草からは嘘が感じられない。

 

「お前がいるせいで冒険者はホームにちっとも寄り付かない、捕まえてくるのも一苦労なんだよ。いい加減気付け、ヒキガエル」

 

「女の嫉妬程醜いもんはないよぉ。このアタイに美貌も、力も劣る不細工どもがぁ」

 

美貌はともかくとして、『力』に関してはその通りだろう。

フリュネさんはこの場にいるアマゾネスの中では一番強い。

次点でアイシャさんだけど、その差は圧倒的だ。

と、そこまで考えて気付いた。

アイシャさんは他のアマゾネス達と一緒にフリュネさんと対峙している。

ということは今の僕は自由になっているということだ。

僕は気配を消して床を這いながらこの場を離れようと………

 

「あぁ~、面倒だ! もう無理矢理奪っていくよ!」

 

した瞬間不穏な言葉がもたらされた。

 

「アタイ等は女戦士(アマゾネス)! 気に入った男を見つけりゃ掻っ攫うだけさ!! 違うかアイシャ!?」

 

「……………………」

 

「アタイ等流で白黒つけようじゃないか………それとも怖いかぁ?」

 

「………上等だよヒキガエル」

 

アイシャさんそんな簡単に挑発に乗っちゃダメェェェェッ!

アイシャさんの言葉が引き金となり、全員のアマゾネス達が振り返った。

ギラギラとした眼光が僕に集中する。

僕の脳裏に肉食獣に囲まれた兎の構図が再び思い浮かぶ。

一人のアマゾネスが舌なめずりを行った。

 

「早いもん勝ちさぁぁぁっ!!」

 

それが合図だった。

フリュネさんの雄叫びが轟き、アマゾネス達の腰が沈む。

僕も後は強引に逃げようと思ったその瞬間、

―――バリィィィィィンと甲高い音を立てて、部屋の天井近くにあった窓が突然割れた。

その音に、僕を含めた全員の動きが止まり……………

 

「ぐえっ!?」

 

踏みつぶされたカエルのような声を上げてフリュネさんが上から降ってきた何かに踏みつぶされた。

上から降ってきた何か………いや、人はフリュネさんを下敷きにしたままゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向く。

 

「あ…………」

 

僕は思わず声を漏らす。

僕の目に映ったのは、輝く金の髪に透き通るような白い肌。

一対の金の眼が僕を捉える。

 

「見つけた………ベル」

 

「ア…………アイズ………さん?」

 

僕は思わず呟いた。

何故アイズさんがここにいるのか疑問はあるけど、アイズさんは何も気にせずに床に座り込んだ僕に歩み寄ってくる。

 

「ベル………無事?」

 

「えっ? は、はい………」

 

「そう……よかった………」

 

アイズさんはそう言うと微笑みを浮かべる。

その微笑みに、僕は思わず目を奪われた。

歓楽街にいる娼婦達とはまるで違うアイズさんの魅力。

やっぱり、僕にとって彼女は一番なんだと再認識した。

 

「あのっ、アイズさん。何でここに?」

 

僕は先程から思っていた疑問をぶつける。

 

「………ベルが危ないって思ったから」

 

「ど、どうして?」

 

「…………勘………かな?」

 

そう言いながら首を傾げるアイズさんは、自分でも何故そう思ったのかわかっていないようだった。

 

「アイズさんは………もしかして僕を助けに?」

 

「うん…………余計な事………だったかな?」

 

不安そうな表情を浮かべる彼女を見て、僕は全力で首を横に振った。

 

「い、いいえ! そんな事はありません! 本当に助かりました!」

 

僕がそう言うと、アイズさんはニッコリと笑って安堵の息を吐いた。

 

「なら……よかった」

 

再びその笑顔に目を奪われる僕。

と、その時、

 

「いったいねぇ………何だったんだい今のはぁ~」

 

フリュネさんがムクリと起き上がる。

どうやらアイズさんの落下の衝撃は余り効いていないようだ。

そりゃそうだよね、アイズさん軽いし。

以前抱き上げた時のアイズさんの事を思い出し、僕は一人納得する。

フリュネさんの視線がアイズさんを捉えると、

 

「おやぁ~? 誰かと思えば【剣姫】とか大層な名前を付けられた小娘じゃないかぁ~」

 

フリュネさんの口振りは、アイズさんを知っているような口振りだ。

でも、

 

「………………………………………誰だっけ?」

 

アイズさんは首を傾げて声を漏らす。

 

「忘れたのかぁ~? 以前お前を負かしてやったフリュネ様じゃないかぁ~」

 

フリュネさんはそう言うけど、アイズさんは首を傾げ続けて、

 

「…………………………………………………………忘れた」

 

どうやら本当に忘れたみたい。

 

「【剣姫】の小娘がぁ~! 舐めてんじゃないよぉ~! 本気で忘れたというのならぁ~! 思い出させてやるよぉ~! フリュネ・ジャミールの美しさと強さをぉ~!」

 

フリュネさんはそう叫びながら腕を振り上げる。

でも、アイズさんはその場を動かずにフリュネさんを見据え、

 

「………一つ訂正する」

 

アイズさんがそう呟くと共に、フリュネさんの拳が振り下ろされた。

傍から見れば、フリュネさんの拳がアイズさんの顔に直撃したように見えただろう。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 

フリュネさんの笑い声が響く。

でも、アイズさんの左手が顔とフリュネさんの拳の間に滑り込んでおり、実際には左手でフリュネさんの拳を受け止めた格好だ。

 

「私はもう【剣姫】じゃない…………!」

 

「ゲッ!?」

 

フリュネさんが驚き、狼狽えている間にアイズさんは右手を握りしめる。

次の瞬間、強烈なアッパーカットがフリュネさんの顎に入った。

その威力はフリュネさんの巨体を宙に浮かし………いや、飛ばした。

勢いよく打ち上げられたその巨体は減速する兆しを見せないまま天井に突き刺さった。

 

「今の私は【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】。ベルと同じ、『シャッフル同盟』の一人」

 

アイズさんの右手の甲には、クイーン・ザ・スペードの紋章が浮かび上がっていた。

その光景を、ポカーンと見つめるアマゾネス達。

頭が天井に突き刺さったままぶらぶらと揺れるフリュネさんの体。

まあ、死んじゃいないだろうけど…………

すると、床に座り込んだままだった僕の体が、突如浮遊感に包まれた。

 

「へっ?」

 

「行こう、ベル」

 

気付けば、僕はアイズさんに抱き上げられていた。

しかもこの格好はお姫様抱っこ。

いや、ちょっと待ってくださいアイズさん!

これは恥ずかし過ぎます!

僕は声を上げようとしたけど、それよりも早くアイズさんは先程破ってきた窓から外へ飛び出した。

そのまま屋根伝いに宮殿から離れていく。

すると、

 

「ベル………」

 

「は、はい………」

 

アイズさんから話しかけられ、僕は返事を返す。

 

「ベルはこんな所に来ちゃダメ」

 

「い、いえっ………僕は………」

 

「こんな所に来ちゃダメ!」

 

「ご、ごめんなさい………」

 

アイズさんの言葉に僕は大人しくなることしか出来ない。

やがて景色が様変わりし、見覚えのある街並みになる。

あ、ここってさっきも来た遊郭………

アイズさんは極東の独特な作りである瓦が敷き詰められた三角形の屋根の頂点をバランス良く走り抜ける。

屋根から屋根へ飛び移り、遊郭の入り口である朱色の柱の門が見えてきた時、アイズさんが次の建物へ飛び移るために飛び上がり、着地しようとした瞬間、

 

「あっ………!」

 

屋根が脆くなっていたのか、2人分の重さに耐えきれなかったのか、高く飛び過ぎたのか。

アイズさんは屋根を踏み抜き、僕達は建物内へ落下してしまった。

 

「うわぁああああああっ!?」

 

「ッ………!?」

 

僕達は体勢が悪くうまく着地できずに床に倒れてしまう。

 

「いたた………アイズさん、大丈………ん?」

 

体を起こしながらアイズさんを気遣おうとしたが、体を起こす際に着いた手に、むにゅんという柔らかな感触が伝わる。

 

「んっ……………!」

 

僕の下から艶めかしい声が聞こえた。

僕は目を開いて状況を確認すると、僕はアイズさんを押し倒すような格好になっており、先ほど体を起こすために着いた右手はアイズさんの左胸をがっちりと掴んでいた。

その状況を認識した瞬間、僕は固まってしまう。

――――アイズさんの胸、掴んじゃった、嫌われる、柔らかい、離さなきゃ――――――

いろんな事が頭を駆け巡るが、体が反応しない。

その間ずっとアイズさんの胸を掴んでいることになるが、アイズさんは頬を赤くして目を逸らしてはいるが、怒ったり、嫌がったりという仕草は見せず…………

 

「ベル…………こういう所に来るのはダメだけど…………我慢できない時は………私が……………」

 

え?

何言ってるのアイズさん?

そんなこと言うと僕勘違いしちゃいますよ?

そのまま僕の理性の糸が切れる瞬間、

 

「ほぁあああああああああああああああああっ!!??」

 

突然の悲鳴に僕は我に返った。

 

「と、殿方とご婦人のっ、絡みぃ~~~っ!!??」

 

がばっと身を起こした僕の視線の先には、ピンッと尻尾と耳を立てた見覚えのある狐人(ルナール)の少女が顔を真っ赤にして立っていた。

その直後、フッと意識を手放した彼女はその場に倒れた。

僕は思わず体を起こしたアイズさんと顔を見合わせた。

 

 






第三十九話の完成。
犯されそうなヒロイン(ベル君)を間一髪で助けるヒーロー(アイズさん)の図。
…………………………あれ?
何か間違ってるような気が……………
うん、間違ってないよね。
間違ってないよね?
とりあえず春姫もちょこっとだけ登場。
名前も出てきてませんが。
こんな感じになりましたがどうでしょう。
それでは次回にレディー………ゴー!!




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