ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか? 作:友(ユウ)
【Side ベル】
夢のような一時が終わり、僕はアイズさんの手を取りながらダンスホールの外までリードする。
すると、パチパチパチと拍手が聞こえ、
「いやぁ~、見事なダンスだったよ」
ヘルメス様が手を叩きながら歩み寄ってきた。
「ヘルメス様」
そう言えばヘルメス様が後押ししてくれなければ、僕はアイズさんと踊ることは無かっただろうなと思い、
「あの、ヘルメス様…………何と言うか………ありがとうございました」
「ん? 何がだい?」
「えっと………背中を押していただいた事です」
「ははは! そんな事か!」
「そんな事じゃないです! 背中をしてくれなければ………僕は………」
「フフフ、もしかしたら余計な事だったのかもしれないけどね?」
ヘルメス様は意味ありげな視線をアイズさんに向ける。
アイズさんは何やら顔を赤くして俯き、モジモジしていた。
めっちゃ可愛いです!
「それで君達、いつまで手を繋いでるんだい?」
ヘルメス様にそう言われ、僕は未だにアイズさんの手を握っていることに気付いた。
「うわわわ!? すみませんアイズさんっ!!」
僕は慌てて手を離そうとした。
だけど、
「ッ…………!」
離そうとした手がキュッと握られ、離すことが出来なかった。
「ア、 アイズさん………!?」
「も、もう少し…………」
「え?」
「もう少し………このまま………」
「アイズさん…………」
僕は自然と握られた手を握り返す。
「おやおや」
ヘルメス様がニヤニヤしているけど、そんな事今の僕には気にならなかった。
「ねえヴェルフ。あの二人ってもしかして付き合ってるの?」
「いや、ベルがアイズ・ヴァレンシュタインに惚れてることは知ってましたけど、あの様子じゃどう見ても…………」
「相思相愛よね?」
ヴェルフとヘファイストス様が何か言ってるけどそんな事も耳には入らない。
僕はもっとアイズさんの手の温もりを感じたくて、僕の指は勝手にアイズさんの指の隙間に入り込もうとする。
するとアイズさんの手の力が緩まり、指の隙間を広げ僕の指を受け入れた。
僕達の指は絡まり合い、より強く握ろうと……………
「そ・こ・ま・で・だぁああああああああああああああっ!!!」
神の怒りと言わんばかりに怒髪天を衝く叫びと共に僕達の間に神様が現れ、僕達を引き離した。
「やいヴァレン某! ボクの目を盗んでよくもベル君と踊ってくれたな!」
神様はまるで獣の様に唸り声をあげてアイズさんを威嚇する。
でも、神様の容姿も相まってか何故かその様子が可愛いと思えてしまう。
すると、神様はくるりと僕に振り返り、
「ベル君! 今度はボクと踊ろうぜ!」
そう言ってくる神様の後ろで、
「アイズたんもウチと踊ろー! 拒否権は無しやぁぁぁぁぁっ!!」
アイズさんもロキ様に強引にダンスに誘われていた。
僕は少し残念だと思いつつも苦笑し、神様の誘いを受けようとして………
「―――諸君、宴は楽しんでいるかな?」
主催者のアポロン様が登場した。
神様は、もう少しの所を………みたいに呟いて振り返る。
従者達と共に足を運び、僕達と相対する。
「盛り上がっているようならば何より。こちらとしても開いた甲斐があるというものだ」
月並みの言葉を述べた後、アポロン様は神様に向き直る。
自然と、僕達の周りには他の招待客達も集まり、円が出来ていた。
「遅くなったが………ヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」
「………ああ、ボクの方こそ」
神様は来たかと言わんばかりに低い声でそれに答える。
すると、即座にアポロン様が口を開いた。
「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」
「………重傷?」
その言葉に僕も神様もポカンとなる。
「私の愛しいルアンはあの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた………私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった」
大根役者の演劇を見ている気分になり、僕も神様も声を失ってしまう。
何気に横の従者たちも泣く素振りを見せており、下手な演技の割には芸が細かいなと思った。
更によろよろと僕達の歩み寄ってくる影があり、
「ああ! ルアン!」
アポロン様は大げさすぎるほどの素振りでその
そのルアンと呼ばれた
「痛えぇ、痛えよぉ~」
「………ああ………うん………ご愁傷様………」
あまりの脚色に神様も呆れかえっている。
「更に先に仕掛けてきたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れは出来ない」
パチンと指を弾くと、僕達を取り囲む円から複数の神様とその団員が歩み出てきた。
多分、あらかじめあの騒動に居合わせるように依頼をしておいたか、もしくは口裏合わせるようにあとで雇った人たちなんだろうなと予測する。
「………ああ、うん………じゃあ一つだけ………」
神様も何が何やらと言わんばかりに、ちぐはぐな話の進み具合に頭を押さえながら口を開く。
「何かな?」
「ピザの皿一枚ぶつけられただけでそこまで大けがする人材は探索系ファミリアに向いてないから、即刻退団させるか非戦闘要員に回すことをお勧めするよ」
「なにおう!?」
神様の発言に反応したのは、ルアンという冒険者だった。
さっきまでの様子とは違い、体中に力が入って強張るのがわかるほどに力んでいる。
「「「「「「「「「「……………………………………」」」」」」」」」」
多くの視線がルアンに集中する。
その事に気付いてハッとなった彼は、
「い、痛えよ~………痛い~」
下手な演技で誤魔化そうとしている。
アポロン様は慌てて、
「だ、団員を傷付けられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる…………ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか!」
話の流れを強引に変えるようにそう言う。
「罪を認めるも何も、まだ何も答えてないんだけど………」
しかし、アポロン様は神様の言葉を全く聞かずに話を進める。
「ならば仕方ない。ヘスティア、君に『
「何が仕方ないんだよ…………」
最早疲れたと言わんばかりに肩を落とす神様に内心同情しながら今言われた『
簡単に言えば、【ファミリア】同士でルールを決めてぶつかる決闘のことだ。
対立する神が神意を通すためにぶつかる総力戦。
いわば神の『代理戦争』だ。
その瞬間、
『アポロンがやらかしたぁーーーーーー!!』
『すっげーイジメ』
『いや、逆に墓穴を掘っただけだろ?』
周りの神々が騒めく。
流石娯楽好きの神様達。
アポロン様の宣言を支持する方が圧倒的だ。
アポロン様はその流れに便乗し、更なる条件を突きつけた。
「我々が勝ったら…………君の眷属、ベル・クラネルをもらう」
それを聞いた瞬間、僕は思わずえっ?と声をもらした。
「………なるほど、それが狙いだったのか」
神様はようやく合点がいったという風に頷いた。
そして、アポロン様は僕に視線をむけると、
「駄目じゃないかヘスティア~? こんな可愛い子を独り占めしちゃあ~」
おぞましい笑みを浮かべながらそんな事を言い放った。
ぞっと身の毛がよだち、何とも言えない恐怖が僕を襲う。
その時、
『ああ~、アイズたん落ち着けや。今面白………やなくて、アポロンに手ぇ出したらベルに迷惑かかるかもやで~』
視界の隅でロキ様が今にもアポロン様に飛び掛かりそうなアイズさんを宥めている。
今、面白そうな所って言いかけませんでした?
「この変態め………!」
「変態とは酷いな、ヘスティア。天界では求婚し、愛を囁き合った仲だろう?」
「嘘を言うな嘘を! ベル君、今言ったのはこの変態の勝手な妄想だ! しつこく言い寄って来ただけでボクは速攻でお断りしたからな!」
「わかってますよ、神様」
「でだ、アポロンの目的は君を手に入れる事らしい。全く、面倒くさいことをしてくれたもんだよ」
「それでヘスティア、答えは?」
「その前に一つ聞きたい。君らが勝ったらベル君を渡す。なら、ボクらが勝ったら君達は何を差し出してくれるんだい? 言っておくが、ベル君は【ファミリア】の唯一の眷属でボクの全てだ。ちょっとやそっとの対価じゃ釣り合わないぜ」
「ふむ、我々が負ける道理など無いが、そこまで言うなら答えよう。ヘスティアが勝者になった暁には、要求は何でも呑もう」
「正気かい?」
「いたって正気だ」
「ボクにも慈悲はある。撤回するなら今の内だぜ」
「フハハハハ! 冗談がうまいなヘスティア。ちょっとやそっとの対価では釣り合わないといったのはそちらではないか」
「ふう…………それなら最終確認だ。君は間違いなくこのボクに、【ヘスティア・ファミリア】に『
「無論!」
「わかった。受けようじゃないか、『
「意外だな。すんなりと受け入れるとは」
「ふん、君の事だ。ここでゴネたら、街中で見境なく襲ってくるだろう? ギルドのペナルティも承知の上でね」
「さて、どうかな?」
アポロン様は白を切るようにおどけて見せると、周りの神達が盛り上がった。
そんな中、視界の隅でヴェルフがヘファイストス様に何かを告げていた。
【Side ヴェルフ】
宴の後、ホームへと戻ってきた俺は、ヘファイストス様の部屋を訪ねた。
「失礼します」
そう言って入室する。
「それで、さっき言ってた話って言うのは?」
ヘファイストス様が静かに問いかける。
まるで、今から俺が言う言葉が分かっているかのように…………
「…………お別れを告げに来ました」
「……………………」
「【ヘスティア・ファミリア】の………ベルの元へ行くことを許してください」
俺は決意を込めた言葉を放つ。
「…………………どうして? 例え貴方が行かずとも、彼が負けることは無いのでしょう?」
「『
「血筋にまつわる全てを見返して、『魔剣』を超える武器を作りたいのではなかったの?」
「その『意地』は捨てました。俺は今、『誇り』を持ってベルの為に武具を打ちたい」
「貴方をそうまで駆り立てるものは、いったい何?」
「友の為…………なにより自分の為………そしてそれこそがこの世界の【ジャック・イン・ダイヤ】を受け継いだ俺の『役目』です!」
俺は右の拳を作り、その甲に紋章を浮かび上がらせる。
ヘファイストス様は一度目を伏せ、
「いいわ、許しましょう」
そう言うとヘファイストス様は立ち上がると、いくつもの金槌が並べられた棚に近付く。
そこで自身の髪、そして瞳の色と同じ、紅の鎚を手に取った。
そして、その鎚を俺の眼前に突き出し、
「餞別よ。持っていきなさい」
「お世話になりました」
俺はそう言ってこの
【Side リリルカ】
『
いきなりヴェルフ様が【ヘスティア・ファミリア】に入団すると言ったことには驚きましたが、更にリリの【ソーマ・ファミリア】退団のお金の事にも目処がついたと言いました。
それで突然ながらベル様、ヴェルフ様と一緒に【ソーマ・ファミリア】のホームに赴いています。
「お願いします、ソーマ様。リリを、【ファミリア】から退団させてください………」
リリは壁に向かって両膝を抱えて床に座り込んだソーマ様の背中に向かって呼びかける。
「音沙汰が無かったことも含め、数々のご無礼をお詫びします。ですが、どうかご慈悲を…………」
「僕からもお願いします。リリを、【ヘスティア・ファミリア】に
リリの横で、ベル様も頭を下げています。
しかし、当のソーマ様は何の反応も示しません。
座り込んだままぶつぶつと「運営自粛………」「罰則………」「趣味が………」と呟くだけです。
まあ、そう簡単には話が通るとは思っていませんでしたが………
すると、
「ソーマ様はお忙しい。話なら私が聞いてやろう、アーデ」
その声が聞こえ、やはり来ましたかとため息を吐く。
「しかし、お前が生きているとはなぁ。カヌゥからは死んだと聞かされていたが?」
まあ、ベル様が脅………もとい頼みこんでリリが生きていることを黙っておくように言いましたからね。
「そのカヌゥ達もついこの間から消息を絶っているが………お前の仕業か?」
「知りません」
その当の本人はバーバリアン強化種に串刺しにされてしまいましたが。
この人は団長のザニス・ルストラ。
この【ファミリア】では数少ないLv.2の上級冒険者。
「さて、久しぶりに戻ってきたかと思えば他のファミリアの人間と共に来るとは………いったい何用かな?」
ザニスは視線をベル様に向けていやらしい笑みを浮かべます。
「挨拶が遅れましたね。僕はベル・クラネル。【ヘスティア・ファミリア】の団長をしています」
「ふむ、私はザニス・ルストラ。【ソーマ・ファミリア】の団長だ」
「今日、突然お邪魔させていただいたのは、リリを【ヘスティア・ファミリア】に
ベル様はあまり刺激しないように敬語で受け答えしています。
「ほう、つまりはアーデを我々【ソーマ・ファミリア】から引き抜きたいと?」
「その通りです」
ベル様の言葉にザニスは顎に手を当て、考える仕草をする。
「退団についてだが、無論代償が無くとは言えん。ここまでお前を育ててくださったソーマ様に報いるためにも…………一千万ヴァリス、といったところだろう。そして、【ヘスティア・ファミリア】には、我々の“大切な仲間”であるアーデの引き抜く代償として、五百万ヴァリスを支払ってもらいたい」
なーにが大切な仲間ですか。
よくもぬけぬけと。
と、そこでヴェルフ様が前に出ようとした所、ベル様が手で静止させた。
ベル様はザニスに向き直り、
「法外にもほどがありますね。僕がリリをサポーターとして雇った当初、彼女は同じ【ソーマ・ファミリア】の団員達に躊躇なく囮にさせられそうになってたんですが? それで『大切な仲間』? 笑わせないでください」
「それはごく一部の団員だ。アーデの両親が死んでから面倒を見てくださったのは他でもない、ソーマ様ではないか」
リリは自分の力で生き抜いてきたつもりなんですがね。
まあ、【恩恵】無くして生きていけなかったのは確かですから、ソーマ様にはそこそこ感謝するべきなのでしょうが………
「そのソーマ様はさっきから一言も喋っていないようですが?」
「おっと、これは失礼。ソーマ様、如何でしょうか?」
「…………任せる」
振り向きもせずにソーマ様は答えます。
その様子に、ベル様は目を鋭くさせます。
「そう言うことだ。アーデの退団料一千万ヴァリス。引き抜きの対価五百万ヴァリス。合計一千五百万ヴァリスでアーデの
ザニスはくつくつと笑いながらこちらを見下ろす。
ベル様がヴェルフ様に視線を向けると、ヴェルフ様が頷き前に出た。
そして、背中に担いでいた細長い布に包まれたものをザニスの前にドカッと降ろした。
「何だねこれは?」
ザニスの言葉にヴェルフ様は布の一部を剥ぐと、その下から普通の武器とは比較にならない存在感を持った剣が5本現れた。
「『クロッゾの魔剣』、5本。1本あたり三百万ヴァリスは下らねえ筈だ」
「ヴェルフ様!?」
ヴェルフ様の出した代物にリリは思わず声を上げました。
あれだけ魔剣を打つのを嫌がっていたヴェルフ様が魔剣を打った事も、それを躊躇なくリリの代わりとして差し出したこともリリを驚愕させました。
「ク………『クロッゾの魔剣』…………!?」
ザニスが震えた声でその内一本を手に取ります。
その存在感は、そんじょそこらの『魔剣』とは格が違うことがリリにもわかります。
ザニスは激しく動揺していましたが、
「い、いや! いくらクロッゾの魔剣とはいえ使い捨て! そんなものでアーデと交換するわけにはいかん!」
お金と交換しようとしているのに何言ってるんですかねこの人は?
「アーデと交換するならば、その魔剣鍛冶師本人と交換しなければ釣り合わんな」
ザニスはヴェルフ様を見ながらニヤニヤと笑う。
ベル様はため息を吐き、
「わかりました。ではこうしましょう」
そう言うとベル様はザニスを指さし、
「僕達【ヘスティア・ファミリア】は、あなた達【ソーマ・ファミリア】に『
ベル様は想像の斜め上の方法を言い放った。
「ウォ、『
「僕達が負けたらヴェルフをあなた方に差し出しましょう。リリの事も諦めます。ただし、『
あまりにも【ソーマ・ファミリア】のリスクが少ない条件ですね。
「し、しかし現在貴様ら【ヘスティア・ファミリア】は、【アポロン・ファミリア】との『
「ええ。ですから、僕達【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、【ソーマ・ファミリア】の同盟軍で『
ベル様サービスし過ぎです。
でも、この位やらないと本質が臆病なザニスは首を縦に振らないでしょうね。
「し、しかし『
ベル様はソーマ様に視線を向け、
「ソーマ様。この『
しかし、ソーマ様は動きません。
「やかましいぞ。雑事はすべてそこのザニスに任せて………」
その瞬間、ソーマ様の目の前の壁がドゴンという音と共に陥没しました。
一瞬でベル様がソーマ様の横に立ち、左手で壁を殴りつけています。
「いい加減にしてくれませんか、神ソーマ! あなたのそういう態度があなたの【ファミリア】を悪い方向へ向かわせていることに気付かないんですか!?」
ベル様が、ソーマ様の事を神ソーマと呼んだことからかなり怒っていることが伺えます。
すると、ソーマ様が口を開きました。
「簡単に……………酒に溺れる子供達の話を聞くことに、何の意味がある?」
起伏の少ないその声にリリはぞっとします。
ソーマ様は、本当に眷属の事を何とも思ってはいない。
単に、『興味が無い』。
それだけを感じました。
「酒に溺れる子供達の声は………薄っぺらい」
「それは、あなたの勝手な思い込みでしょう?」
ベル様の言葉に、ソーマ様はゆっくりと腰を上げ、壁にある棚から白い酒瓶を取り出しました。
リリはそれ見てハッとします。
「これを飲んで、また同じことが言えたなら、耳を貸そう」
杯に注がれていく液体。
それこそリリを、この【ファミリア】を狂わせた『神酒』。
ザニスはそれを見てニヤニヤと笑い、ベル様は黙って杯を受け取った。
「………これを飲めばいいんですね?」
「………………」
ソーマ様は答えませんでしたがベル様は肯定と受け取ったようです。
ですが、
「だ、駄目ですベル様!」
リリは思わず叫びます。
いくらベル様でもこの『神酒』はっ!
ベル様は一度リリに視線を落とし、心配しないでという様に微笑みました。
そして、
「あ…………」
リリが止める間もなくベル様は杯の『神酒』を半分ほど一気に飲み干した。
ゴクリと『神酒』を飲み込むベル様の喉の動きに目が奪われ、同時に絶望感が私を包みます。
ベル様はその味を感じるように目を瞑りながら何も言いません。
ザニスはニヤニヤと笑いながらベル様に歩み寄ります。
「どうだ? 素晴らしいだろう? アーデの事などどうでもよくなるほどに」
その言葉がリリの胸に突き刺さります。
ベル様………
ベル様に要らないと言われたら………リリは………
絶望感から私は項垂れます。
「ほれ、アーデと『神酒』どちらが欲しい? 今なら『クロッゾの魔剣』一本に付き『神酒』一本と交換してやるぞ? まあ、聞くまでも無いと思うがな? ふはははははははははははは!! ハーハッハッハッハ「リリをください」………ハ?」
「……………え?」
今聞こえた声が信じられなくて、リリは顔を上げました。
「リリをください」
もう一度ベル様が言う。
「ベル………様………」
リリは愚かでした。
ベル様はこんなにもリリの事を想ってくれていたのに、リリは今までベル様の事を完全には信頼していなかった。
一瞬とはいえ、ベル様を疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「な、何だと!?」
ザニスが狼狽え、ソーマ様の前髪に隠れたその奥の瞳が見開かれる。
「聞こえませんでしたか? 僕は『
その言葉を聞いた瞬間、『私』は完全に堕ちたことを自覚しました。
もう駄目です。
もう私はベル様から離れることは出来ません。
ベル様無しでは生きていけません。
ベル様の一番じゃなくていい。
側室でも、妾でも、愛人でも、ハーレムの一人でも何でもいい。
リリは………私はベル様の傍にいたい。
いつまでも一緒に居たい…………!
でも、今のままでは私にその資格はありません。
その資格を得るためには、私の心を縛り付けていた元凶そのものに打ち勝たなければいけない。
私はベル様に歩み寄ります。
「ベル様、残った『神酒』を私に………」
私がそう言うと、ベル様は迷わずに杯を差し出してくれました。
おそらくベル様も私が何をしようとしているのかは察しているのでしょう。
でも、ベル様は私を信じて躊躇せずに杯を差し出しました。
その信頼が嬉しくて、私は更に勇気付けられます。
私は杯を受け取るとソーマ様の前に立ち、
「ア、 アーデ!? 何を………!?」
ザニスの言葉を無視し、私は残った『神酒』をあおり、飲み干しました。
天にも昇る気持ちと言えるほどの美酒の味わい。
初めてこれを飲んだ時には、私は狂いました。
果てしない陶酔感。
意識を捻じ曲げる感動の絶頂。
でも、そんな天にも昇る気持ちすらも、ベル様に堕ちてしまった今の私を引き上げることは不可能でした。
私は杯をあおった体勢から元に戻し、真っすぐソーマ様を見つめます。
「ソーマ様、私をベル様の元へ行かせてください」
ソーマ様は私を見下ろす。
何を考えているのかは分からない。
でも、もう怖くはない。
何故なら……………
気付けば私は、いつかの雪原にいました。
あの時と同じように、凍った湖の前にアルゴ様が佇んでいます。
私はアルゴ様に歩み寄りました。
「迷いは晴れたようだな」
アルゴ様は振り返り、私に呼びかけました。
「はい」
私はそれだけを答えます。
「ならばいい。お前はたった今資格を得た」
アルゴ様は両手の拳を胸の前で合わせました。
すると、大きな地響きと共に地面が揺れ出します。
「見ろ! これが! ガイアクラッシャーだ!!」
その叫びと同時に、アルゴ様は拳を地面に打ち込みました。
すると、信じられないことに地面が割れ砕け、砕けた地面が槍の様に突き出しながら前方に次々と隆起していきます。
私はその地面の亀裂に飲み込まれましたが、不思議と怖くありませんでした。
そして感じました。
話に聞いた、心優しき海賊頭目の生き様を…………
私は自然とこの言葉を口にしました。
「ありがとうございます。 アルゴ様…………」
………何故なら私は!
「私はブラック・ジョーカー! リリルカ・アーデです!!」
私の右手の甲には、ブラック・ジョーカーの紋章が輝いていた。
「……………………」
ソーマ様は一度目を瞑ったあと、再び目を開けベル様に視線を向けました。
「わかった、ベル・クラネル。先程の条件で『
そう言うソーマ様の目は何かを悟ったような感情を浮かべた。
そしてソーマ様が私に視線を戻した事を確認し、姿勢を正して礼を取る。
「ソーマ様、今までお世話になりました」
私はけじめとしてその言葉を口にした。
私は姿勢を戻し踵を返してベル様達の元へ向かう。
その時、
「リリルカ・アーデ………すまなかった」
「ッ…………」
「…………体には、気を付けなさい」
「……………はい」
そのやり取りをして、私はベル様の元へ赴く。
今度こそ、ベル様の本当の仲間になる為に。
第三十四話です。
今回はリリの完堕ちの回ですかね?
そんでようやくブラック・ジョーカーも揃いました。
さて、次回は皆さまお待ちかねのヴェルフとリリのステイタス公開です。
(覚悟して)お楽しみに。
それでは、次回にレディー………ゴー!!