DU:ゼロからなおす異世界生活   作:東雲雄輔

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今回はラムがメイン視点のお話。毎回のことながらサブタイトルのセンスのなさに絶望する。

サブタイトルなしっていうのも考えたが、それだとあまりにも味気ない気がするので無理矢理にでも毎回つけています。


第29話:赤鬼《ラム》

 

 

 

 

 

―――――その男を最初に見たとき、ラムは一言で言って『面倒な男』だと思った。

 

 

 

屋敷での仕事っぷりが全然ダメだからとかそういう理由じゃない。ロズワール様から監視するよう命ぜられていたからでもない。

 

 

 

 

 

『―――グレートっ・・・もう十分だぜ。~~~~っ・・・あんた達が生きててくれただけでもう十分だ。他にもう何もいらねえ。俺はもう十分すぎるほど救われた』

 

 

 

 

 

最初に目が覚めたとき、ラムとレムを見たあの男がいきなり泣き始めたからだ。

 

 

 

わけがわからない。何故、見ず知らずの他人にいきなり泣かれなくてはならないのだろう。ラムとレムがいったいこの男に何をしたというのだろう。

 

 

 

だけど、泣きながら不細工に嬉しそうに笑うその男が放った言葉に更にラムは混乱させられた。

 

 

 

 

 

『―――生きててくれて嬉しい・・・俺は何も出来ず『二人の姉妹』を失うところだった。『お前ら』まで死んでたら・・・俺は一人ぼっちになるところだった。

 

 

――――――生きててくれてありがとうっ』

 

 

 

 

 

この男はラム達を通じて『誰』を見て言っているのだろう。そんな言葉を言われたところでラム達には関係のないことだ。そもそも『ラム達が死んでたら』というのはどういう意味なのだろう。

 

 

 

―――もしかして、この男はラムとレムが暮らしていたあの惨劇のことを知っているのかも・・・

 

 

 

そんな仮説が一瞬頭をよぎったが、鬼族でもないこんな男がラムとレムの住んでた村の関係者だとは到底考えられない。従ってラムとレムが感謝される筋合いもない。ラムとレムがその男の感謝を冷たくあしらったものの・・・

 

 

 

 

 

『やれやれ・・・手厳しいな――――――でも、ありがとよっ』

 

 

 

 

 

ラムとレムに卑下されたその男は嬉しそうに笑ったまま再びラム達に向けてお礼の言葉を口にした。それを聞いて本当に面倒な男を抱え込んでしまったとラムは内心で頭を抱えた。

 

 

 

それからすぐにその男はラムとレムの下で使用人見習いとして働くようになった。それと同時にロズワール様から『監視しろ』とのお達しが下った。

 

 

 

その命令は至って自然なものだった。ロズワール様から言われなくともそうするつもりだった。だが、ロズワール様はそれだけじゃなく、もう一つ奇妙なことを付け加えた。

 

 

 

 

 

『彼が能力を行使する素振りを見せたら、逐一、わぁ~たしに報告してくれたまぁ~えよ。それと彼が何か奇妙な行動を始めたら・・・一先ず泳がせてみてくれないかな。もぉ~しかしたら、彼は何か面白いことをしてくれるかもしぃ~れないからね~え』

 

 

 

 

 

あまりにも奇妙な・・・それでいてちぐはぐな命令だった。ロズワール様のキテレツな言動は今に始まったことではないけども。この王選を控えたこの時期に危険因子を自由に泳がせておくなど普通なら考えられない。

 

 

 

これではまるで・・・ロズワール様があの男に何かを期待しているかのような。

 

 

 

そんなロズワール様の奇妙な命令に従い、ラムとレムはその男の教育係となり新しく仕事が追加されることとなった―――最初は迷惑だと思った。ただでさえ大変な屋敷の仕事をしながら、こんな正体の知れない男を飼うなどロズワール様の命令でなければ断固として認められなかった。

 

 

 

だけど・・・

 

 

 

 

 

ザクッ ブシュゥゥウウーーーーッッ!!

 

 

『ううおおおおおーーーーーっっ!?』

 

 

『ジョジョ。あなた、何をやっているの?汚らわしいジョジョの血でロズワール様のお屋敷を汚さないでちょうだい』

 

 

『仕事中に負傷した怪我人に対して汚らわしいはねぇだろっ!ちったぁ俺の体も労ってくれたってバチはあたんねえだろうがよっ!庭の剪定なんてほとんどやったことがないんだからよぉ』

 

 

『・・・・・・。』

 

 

『無言で嫌そうな顔すんのやめてくんないっ!?仕事仲間としてもう少し本音と建前を使い分けろよ』

 

 

 

 

 

ジョジョはラムのことを敬いもせずにずけずけと距離を詰めてきた。何て無礼なヤツだと思った。ツノがあった頃のラムならこんな好き勝手な振舞い許さなかったのに。

 

 

 

 

 

『―――う~~~む・・・』

 

 

『銀食器を研くだけで何をそんなに手間取っているの。早くしないとまだ洗濯物が沢山あるのに間に合わなくなってしまうわよ』

 

 

『いや、そっちは早々に片付けたんだがよ~・・・どうも皿の数が足りねえような気がしてよ。さっきから数え直しているんだが、やっぱり一枚足りねえんだよ。お前、何かしらねえか?』

 

 

『・・・さあ?ラムは知らないわ。それよりもジョジョ・・・後片付けはラムがやっておくから、レムのところに行ってあげてなさい』

 

 

『一応、聞いておくが・・・お前、自分が割ったのをごまかそうとしてねえよな?』

 

 

ササッ

 

 

『・・・何のことだかわからないわ』

 

 

『今、床の隙間に何か隠しただろっ!?』

 

 

 

 

 

傍若無人で、立場を弁えず、物怖じしないでラムに接してくる。敬意を示すでも見下すでもなく同じ目線に立ってラムに喧嘩腰で話しかけてくる。

 

 

 

ロズワール様の命令に従い、ラムは表面上優しく面倒見よく振る舞っているつもりだった。あくまでもラムにとってはジョジョは環視の対象でしかなかった。だから、ジョジョの慇懃無礼な態度に腹を立てることもない・・・はずだった。

 

 

 

だけど、時間が経つに連れてジョジョと過ごしている自分がいつの間にか自然体になっていることに気づいた。

 

 

 

それが腹立たしくもあり、心地よくもあった――――今までラムには『悪友』と呼べるような相手がいなかったから。

 

 

 

 

 

『―――やれやれ・・・この屋敷は広すぎるぜ。今まで他に人を雇おうとは考えなかったのか?』

 

 

『ええ。ロズワール様もラムとレムを楽させるためにジョジョを一匹飼うことにしたそうよ』

 

 

『人のことを家畜みてぇに言ってんじゃねえよっ!エミリアを助けた恩人である俺にロズワールが授けた恩赦はどこに消えたんだよっ!?』

 

 

『こんな美少女の奴隷として仕えることが出来るのよ。女性にもてないジョジョにとってこれ以上のご褒美はないわ。光栄に思いなさい』

 

 

『お前の奴隷になった覚えはねえし!『女にもてない』とか余計すぎることを言われたくねえしっ!!』

 

 

『本当のことでしょ?』

 

 

『本当のこと言われたときが一番腹立つんだよっ!!』

 

 

 

 

 

こんな男にラムが心乱されるなんて有り得ないわ。こんな愚にもつかない男のためにラムが心労を抱えても仕方がないわ。それに・・・ジョジョが現れたことでレムがひどく動揺している。

 

 

 

レムはラムのことになるとすぐに見境がなくなるから心配だわ。先走ってジョジョを手にかけたりすれば、いくらラムが庇ったところでレムはこの屋敷にいられなくなる。

 

 

 

ならばレムが下手な行動を起こすよりも先にラムが何か確たる証拠を掴めばいい。ジョジョがロズワール様やエミリア様に仇なす外敵だという証拠さえあれば、ジョジョを始末できる。

 

 

 

わたしは『文字を教える』という名目でジョジョに近づき、ジョジョに何か不審なところがないかを探りを入れてみることにした。

 

 

 

結果、得られた情報は特になかった。イ文字の読み書きはある程度出来るということくらいしかわからなかった。それと・・・もう一つだけわかったことがあった。『ジョジョはとてつもないバカだった』ということ。

 

 

 

 

 

『―――あえて聞くけど。ジョジョはどっちの鬼と仲良くしたいと思うの?』

 

 

『どっちってーと・・・赤鬼と青鬼でか?』

 

 

『『願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼』と『自己犠牲に浸るバカな青鬼』と・・・どちらを選ぶ?』

 

 

『・・・・・・。』

 

 

 

 

 

我ながら無意味な質問をしてしまったと思ったわ。差し出した二枚の鬼の絵を引っ込めようとしたラムより一瞬早くジョジョの手が先にそれを両方とも掴んだ。

 

 

 

 

 

『―――“それ”がジョジョの答え』

 

 

『ああ。俺には“これ”以外考えらんないぜ』

 

 

『とてもつまらない答えだわ。ジョジョは随分と欲張りで浮気性なのね。そんなんだといずれ痛い目を見るわよ』

 

 

『俺は俺の納得がいくまでいくらでも欲張るぜ。だから、この物語のラストはこう書き換える――――――『赤鬼と青鬼は一人のバカな男の手によって無事再会することが出来ました』ってなぁ』

 

 

 

ズキュゥウウン…ッッ ―――スゥゥゥウ、ピタァアッ!

 

 

 

『・・・っ!?』

 

 

 

『二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやるぜ。やっぱり、赤鬼と青鬼は『二人で一つ』でないとよぉ~―――そう思うだろ、お前も?』

 

 

 

 

 

不覚にもラムは動揺した。ジョジョが目の前で謎の『なおす力』を行使したことに対してではない。ジョジョがラムを見据えて『赤鬼と青鬼を両方とも救ってみせる』と宣言したことにラムは胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 

 

 

何を考えている?こんな男にラムとレムの何がわかるというの?ラムとレムを救うなんてこと・・・この男に出来っこない。ラム達が失ったものを取り返すことなんて絶対に不可能なのよ。

 

 

 

そう言い聞かせていても心の奥底ではどこか期待してしまっている自分がいた。ジョジョなら・・・ジョジョならば・・・何とかしてくれるかもしれない。未だに過去に縛られているあの子を・・・あの悪夢の夜に一人ぼっちで取り残されている『青鬼』を救ってくれるかもしれない・・・って。

 

 

 

それを感じさせるだけの何かがジョジョにはあった。ジョジョに対する疑念が晴れたわけではないが、期待するだけしてみてもいいかもしれない。どうせ、ダメで元々なのだから。

 

 

 

―――この日、ラムは初めてロズワール様に虚偽の報告をした。ロズワール様がジョジョをどうこうするつもりがないということはわかっていたけど・・・何故か、ジョジョの能力のことで報告するのは躊躇われた。

 

 

 

そのすぐ翌日のことだった。レムとジョジョが夜の内に屋敷から姿を消したのは・・・。

 

 

 

 

 

『―――エミリア様?朝からどうされました?』

 

 

 

『ラム!アキラがどこにいったか知らない!?さっき、部屋を覗いたんだけどどこにもいないのよ』

 

 

 

『・・・いえ。ラムは何も知らないわ』

 

 

 

『んもう!アキラったらどこに行っちゃったのかしら。あの子は目を離すといっつもこうなんだから・・・またどこかで無茶をしていなきゃいいけど』

 

 

 

 

 

エミリア様とジョジョが出会ったのはほんの数日前。なのにエミリア様のジョジョに対する信頼は異様なまでに大きかった。いったい、あの男の何を見てそんなことを言えるのか。

 

 

 

実はラムはこの時、一つだけジョジョの行方に心当たりがあった。何となくだけど・・・この日、朝から姿を見ないレムと一緒に屋敷の外に出てるって、そんな気がした。

 

 

 

その後、レムの部屋に行くと見覚えのある筆跡で書かれたイ文字の手紙を発見し、それは確信に変わった。

 

 

 

 

 

―――『こんや、そとではなしがある』

 

 

 

 

 

バカだとは思ったけど・・・ここまで並外れてバカだったとは予想外だった。レムを相手にこんな手紙を出せば『殺してください』と言っているようなものだ。ジョジョはそれをわかっててこんなことをやったのかしら。

 

 

 

だけど、それ以上に驚いたのは――――ジョジョがレムを背負って屋敷まで帰ってきたことだ。

 

 

 

あのレムを相手にいったいどんな説得をやったらそんなことが可能なのか・・・ラムの想像を遥かに越えていた。

 

 

 

 

 

『よぉ~・・・朝帰りで申し訳ねぇな。遅れたぶんはきっちり仕事すっからよ。まずは朝飯の準備からだな』

 

 

 

 

 

ジョジョはその言葉の通り、エミリア様の治療もろくすっぽ受けようとせずラムやレムの分の仕事を必死にこなしていった。

 

 

 

あのレムが目を覚ますことなくお屋敷の仕事を忘れて眠り続けるなどこのロズワール邸に来てから『初めて』のことだった。

 

 

 

この時からラムは既にジョジョのことを信じ始めていたのかもしれない。

 

 

 

得たいの知れない男だけどきっと何かをやってくれるという漠然とした期待。ロズワール様もこれを見越してジョジョを雇ったのかもしれない。

 

 

 

少なくともあの男はレムに今までにない変化を与えてくれた。あの男が本当に赤鬼と青鬼を救える力があるというならラムはそれに一縷の希望を託したかった。

 

 

 

 

 

―――そう思っていた矢先のことだった。

 

 

 

 

 

レムとの騒動があった翌日、ラム達と一緒に村に訪れたジョジョが突然『村に呪いを持つ魔獣の驚異が迫ってる』と言い出したのだ。しかも、ロズワール様の命令を無視することになるのを承知で『今すぐにクビにしろ』とまで言い出す始末。

 

 

 

もう『バカ』だとかそういう次元の話ではない。ジョジョはいったい誰のために何のために行動しているのかわからなくなってきた。

 

 

 

いや・・・そんなことはわかりきっている。非常に愚かしいことだが、ジョジョは自分が出会ってきた人全てに救いの手をさしのべようとしているのだ。そのために本気で全てを投げ捨てようとしているのだ。

 

 

 

この時、ラムの頭の中で『ジョジョが他の陣営から送り込まれた刺客である』という可能性は完全に消え去っていた。根拠など一切ない。ジョジョのあまりのバカさ加減にその可能性を考えること事態バカバカしくなったのだ。

 

 

 

 

 

『わかったわ、ジョジョ。あなたの独断行動を認める』

 

 

『今、この場で俺をクビにして『村へ追い出す』って選択肢もあるぜ』

 

 

『・・・あなたはこの屋敷の使用人なのよ。勝手に辞めることはラムが許さないわ』

 

 

『へえ~、意外だぜ。てっきり疎ましく思われてると思ってたからよぉ』

 

 

『ええ。まったく・・・ラムも焼きが回ったものだわ。屋敷にはラムが残るわ。監視としてレムを同行させる。それが妥協点よ』

 

 

『ああ。感謝するぜ・・・ラム“先輩”』

 

 

 

 

 

ジョジョが嬉しそうにラムに笑いかけてきた時、本当に心地のいい感情が胸を埋め尽くした。誰かを無条件に信用することと、それに対して向けられる信頼がこんなにも心地いいものだなんて今までラムは知らなかったから。

 

 

 

この騒動が終わったらジョジョにはたっぷりと教育的指導を行わなくてはならない。それが終わったら村を救ったご褒美にラムのお手製ふかし芋を食べさせてやろう。『飴と鞭』は教育の基本だ。これからジョジョを苛める算段を頭の中で考え、それを楽しみにしている自分がいた。

 

 

 

ラムにはジョジョがラムの信用に応えてくれるという確信があった。何せラムにも変えられなかったレムを変えることができたのだ。期待するには十分すぎる理由だ。

 

 

 

 

 

―――そして、ジョジョはラムの信用にしっかり応えてくれた。

 

 

 

 

 

ジョジョは村の回りに展開する結界の解れた部位を修復し、魔獣の被害にあった子供達を全員無事に救出することに成功した。結果として村人は全員無事、危機的状況から生還することができた。

 

 

 

かくして知らぬ間に窮地に立たされていた一つの村が、得たいの知れない使用人見習いの男によって魔獣の脅威から救われた。だが、その代償としてジョジョは瀕死の重傷を負うこととなった。

 

 

 

千里眼を通じてそれを知ったラム達が駆けつけたときには、ジョジョの体は手足がバラバラになる一歩手前の酷い有り様となっていた。あと、魔獣にほんの数センチ引っ張られただけで引き千切られていたことだろう。

 

 

 

レムの負傷はジョジョが綺麗に治してくれていたみたいだから、レムの処置は簡単な解呪の処置だけですんだ。自分が死にそうになりながらもレムを治したジョジョの執念だけは認めてやってもいいと思った。

 

 

 

 

 

『エミリア様!ベアトリス様!急いでアキラ君の治療をお願いします!・・・このままではアキラ君がっ――――お願いです。アキラ君を助けてくださいっ!』

 

 

 

 

 

半狂乱になってエミリア様やベアトリス様にジョジョの治療をお願いするレムの姿に姉として少しだけ複雑な感情を抱いた。

 

 

 

まさかラム以外の人で初めてレムの心の内側に入り込んだのが、こんな後先考えないドジで間の抜けた浪人だというのだから・・・ラムは少しだけやるせない気持ちになった。

 

 

 

でも、ジョジョが必死に死に物狂いになってレムの信用を勝ち取ったその偉業は素直に称えなくてはならない。村を魔獣から守り抜いたことも・・・何よりもレムを守り抜いたことも含めてジョジョには然るべき褒美を与えなくてはならない。

 

 

 

ベアトリス様とエミリア様による治療が終わり、未だに眠り続けるジョジョに・・・与える褒美は何がいいだろうかと思案していた時だった。

 

 

 

―――ラムにとって知りたくなった事実が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

『―――ベアトリス様、今なんと・・・何とおっしゃいました!?』

 

 

『コイツの呪いは解呪出来ないのよ。あまりにも多数の呪いががんじがらめになっていてベティにはもう手の施しようがないかしら』

 

 

『だからって・・・諦めるんですかっ!?他に何か助ける方法は―――っ!』

 

 

『出来るものなら・・・コイツに返しきれない恩を与えておくことも吝かではないかしら。でも、呪いの解呪が出来ない以上、コイツはもう助からないのよ。もってあと半日の命かしら』

 

 

 

 

 

レムがすさまじい剣幕でベアトリス様に詰め寄っているのが壁越しでも伝わってきた。ラムはその悲痛な叫びを聞いていられなくなって逃げるようにその場を離れた。

 

 

 

―――心当たりがないわけではなかった。ジョジョはあまりに大量の魔獣の群れに全身をかじられ、四肢を引き裂かれていた。その分、体中に無数の呪いを刻まれることとなった。

 

 

 

呪いのことについては詳しくはないが・・・幾重にも重なった呪いの解呪が困難を極めることくらいはラムにも容易に想像がついた。ジョジョの呪いはあのベアトリス様が匙を投げる程に深刻な状態になってしまっているということだ。

 

 

 

そうなったジョジョを助ける方法があるとすれば方法は一つしかない。『呪いをかけた元凶を倒すこと』。

 

 

 

――――だけど、それは不可能だ。ジョジョに呪いを植え付けた魔獣はあまりにも多すぎる。あと半日で森の中に潜む魔獣を全滅させるなんてこと出来っこない。

 

 

 

村を救ったあのちっぽけな英雄を・・・助ける手段がない。いや、あるにはあるのだ。ただ、それを実行する決断がラムには到底下せなかった――――ラムはジョジョ《赤の他人》のために危険を冒す勇気が持てなかった。

 

 

 

ラムにはジョジョのように他人のために命の危険を冒すような気位は持てなかった。ラムはこの先もずっとレム《妹》を守らなくてはならないから。だから・・・

 

 

 

 

 

―――ラムはジョジョを『見捨てる』決断をした。

 

 

 

 

 

我ながら非情な決断だと思う。だけど、ラムにとってこれ以上の最善はない。だって、どれだけジョジョのことを信用できても――――ジョジョは所詮『他人』なんだもの。

 

 

 

他人のために自分の命を投げ打つような真似はラムには出来ない。ジョジョの愚かしいまでに輝く黄金の精神をラムは真似できっこない。

 

 

 

ラムはせめて最後に感謝の気持ちを形にすべく何も知らないふりを装ってラムの一番の得意料理をジョジョに振る舞うことにした。

 

 

 

―――これがジョジョにとって最後の晩餐になるだろうことがわかっていたからだ。

 

 

 

 

 

『――――さんざん好き勝手行動しておいて・・・目覚め一番にラムの前に姿を見せないとはとんだ不届き者ね』

 

 

『ラム・・・って、その手に持ってる篭は何だよ?』

 

 

『見てわからないかしら?ラムの得意料理『ふかし芋』よ。それも出来立て・・・いえ、ふかしたてよ♪《どやぁ》』

 

 

『カメラ目線でドヤ顔決めたところでお前の料理の腕前が残念なことに変わりねえからな』

 

 

 

 

 

ジト目で睨んでくるジョジョの文句を涼しく聞き流す。こうして見ているととてもあと半日の命だとは思えなかった。ジョジョのラムに対する態度は最後の最後まで矯正できなかったわね。

 

 

 

 

 

『・・・本当に救いようのない男だわ。ドジでのろまでうだつの上がらないマダオの癖に他人ばかり助けようとするのね。バカなの?死ぬの?』

 

 

『唐突な悪口連射砲やめてくんないっ!?誰のためにこんなことしたと思ってんだよっ!?お前の妹のためでもあるんだろうがっ!』

 

 

 

 

 

英雄になる人間は英雄足りうる器がなくてはならない。そういう意味ではジョジョは英雄失格ね。いくら他人を救えても自分すら救えないというのでは英雄にはなりえない―――そういうバカな人間ほど・・・早死にする。

 

 

 

 

 

『―――ジョジョ』

 

 

『ああん?』

 

 

『・・・ありがとう』

 

 

『は・・・お、おう』

 

 

 

 

 

ならば、せめてラムはこの英雄を心にとどめておいてあげるわ。レムのために体を張り、一度会っただけの子供達のために命を賭けて戦い抜いた出来損ないの英雄を讃えてあげるわ。

 

 

 

それがラムにしてあげられる精一杯の感謝の気持ち。

 

 

 

そして、せめてものジョジョへの『懺悔』なのよ。

 

 

 

 

 

―――そう心の中で言い聞かせてはいても・・・やりきれない思いがずっと燻りつけていた。

 

 

 

 

 

ラムとレムの狭い世界の中に新たに入り込んできた異物が、身の程を弁えずに奮闘し・・・傷つき・・・ラム達の前から消え去っていく。ただそれだけのことがラムにはどうしても受け入れることができなかった。

 

 

 

いつから、ラムは・・・こんな下らないものに流されるようになったのかしら。ラムはかつて誓ったはずだ。あの炎の夜に―――

 

 

 

レム以外の全てを失ったあの時に・・・例え狡くても・・・どんなに醜くても・・・どれだけ恥辱に濡れようと最後に残ったレム《妹》だけは守り抜いてみせると。

 

 

 

なのに・・・たった一人の浪人風情に心揺らいでるなんて・・・愚か極まりないわ。

 

 

 

 

 

『―――ラムちー!』

 

 

『・・・目が覚めたのね。でも、あまり無理をしてはダメよ』

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら村の中を歩き回っていたら子供に捕まってしまった。油断した・・・ラムはあまり子供が得意ではないのに。

 

 

 

というか、この子達は夕べ呪いをかけられてマナを吸いとられていたはずなのに目を覚ますのが早すぎじゃないかしら?

 

 

 

それよりも何で『ラムちー』のあだ名が定着しつつあるのかしら。それもこれもあのろくでなしのせいだわ。あの男は生きてても死んでてもラムに迷惑をかけるのよ。

 

 

 

 

 

『あっ!ラムちーだ!』

 

『ラムちー、はっけん!』

 

『ねえねえ、ラムちー!レムりん、どこ行ったか知らない?』

 

 

『レム?・・・レムに何か用事?』

 

 

『んとね・・・助けてくれたレムりんにお礼を言いたいんだ。アキラはまだ寝てるって言ってたから。ラムちー、どこに行ったか知らない?』

 

 

『―――いいえ。ラムは・・・知らないわ』

 

 

 

 

 

この子達は恩人であるジョジョがあと半日の命であることを知らない。隠したところで何れはわかることであろう。しかし、ジョジョならば自分の死がこの子達の心に大きな傷を残すことは避けたいと考えるはず。

 

 

 

 

 

『ラムちーさ~。アキラのこと、ジョジョって呼んでるの何で?『アキラ』は『アキラ』だよ』

 

 

『別に。理由なんてないわ。ラムにとってジョジョは所詮ジョジョなのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ』

 

 

『でも、レムりんはちゃんと『アキラ』って呼んでるよ』

 

 

『レムはレム。ラムはラムよ。二人が全く同じである必要はないわ』

 

 

 

 

 

確かに・・・わたし達はこの世でたった二人の姉妹だ。しかし、だからといって全て同じである必要はない。レムとラムではいいところも悪いところも違っていて当たり前なのよ。

 

 

 

―――もっとも、それに気づけないまま狭い世界の中にずっと閉じ籠っている子がレムなのだけど。

 

 

 

そうだ。レムをこの子達に会わせてあげよう。レムは自分のことを過小評価しすぎている。レムのお陰で救われた命があるということをあの子にちゃんと教えてあげなくちゃ。

 

 

 

 

 

『―――レムを探しているって言ってたわね。今、ラムが見つけてあげるから待ってなさい』

 

 

『ラムちー、わかるの?』

 

 

『ええ。ラムとレムは双子だから、姉は妹のことをいつでも見守ってあげなくちゃならないのよ。覚えときなさい』

 

 

フッ… キィィィィィイン……ッッ

 

 

 

 

 

ラムは静かに目を閉じて意識を集中させた。こんな些細なことにラムの『千里眼』を使うべきではないのかもしれないけど。こうしている間もレムは一人で思い詰めているはず。だからこそ少しでも気をまぎらわせてあげたいと思った。

 

 

 

ラムは片目を手で覆い、千里眼を開眼して村の中にいるラムと波長の会う人間を探す。

 

 

 

―――探す・・・探す・・・探す。

 

 

 

おかしい・・・村中に範囲を広げたのにレムが見当たらない。ラムと一番に波長の合うはずの『レムの視界』がどこにも見当たらない。

 

 

 

 

 

『ラムちー・・・どうしたの?』

 

 

『っ・・・少し黙りなさい。今、探しているところよ』

 

 

 

 

 

焦って口調が乱暴になる。ラムの頬を冷や汗が伝う。嫌な予感がしてたまらない。

 

 

 

まさか・・・まさかと思うけど・・・いくら思い詰めていたからって・・・いくらレムでもそんな無謀な行動に出るはずがない。そんなことしても間に合わないってことはレムが一番よくわかっているはず。

 

 

 

―――いえ。レムならば『やる』。

 

 

 

あの子はラムのようにジョジョを決して見捨てることが出来ない。何がなんでもジョジョを助けようとするはずだ。

 

 

 

自分のせいで誰かが傷つくことが耐えられない自己犠牲の激しい青鬼《レム》は・・・赤鬼《ラム》に内緒で一人で全てを背負い込もうとするはずだ。

 

 

 

ラムはもう一度村の中をくまなく千里眼で調べた。だが、やはりどの視界を辿ってもレムは映らない。

 

 

 

 

 

『っ・・・本当にバカな子』

 

 

『ラムちー、どこいくの!?』

 

 

 

 

 

ラムは急いで村の周辺の柵に何か痕跡は残っていないかを確認しに向かった。そして『それ』はすぐに見つかった。

 

 

 

村の外へと通じる道の途中に残されたレムが愛用している武器《モーニングスター》の『鉄球の痕』とレムのものと思しき『足跡』が。

 

 

 

土にくっきりと残っていたその痕跡からほんの10分前かそれくらいに刻まれたものだとわかった。

 

 

 

 

 

『やっぱりっ・・・あの子ったら一人で森に入ったのね!なんてバカなことを―――っ!』

 

 

『ラムちー・・・レムりんどこ行ったの?』

 

『ねえ、一人で森に入ったってどういうこと?悪い魔獣はやっつけたんじゃなかったの?』

 

 

『っ・・・それは』

 

 

 

 

 

子供達が混乱しているけれど、レムが森に一人で入った理由を説明するわけにはいかない。それに今こうしている内にもレムはどんどん森の奥に進んでいってるはずだ。早く追いかけないと・・・ラムの体力ではレムに追い付けない!

 

 

 

 

 

『・・・ラムはこれから森に入るわ。レムを連れ戻してこなくちゃならないの』

 

 

『ねえ、一人で行くの?』

 

『ダメだよ!あぶないよ!父ちゃんや母ちゃんに話して仲間を集めようよ』

 

『そうだよ!アキラといっしょに行った方がいいよ!』

 

 

『・・・それだけはできないわ』

 

 

 

 

 

ジョジョに助けを求めるということはジョジョに『自分達のために死ね』と言うようなもの。ただでさえ残り少ないジョジョの命をこれ以上ラム達の為に使わせる訳にいかない。

 

 

 

前にジョジョは言った―――『二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやる』と。

 

 

 

けれど、我が身可愛さにジョジョを見捨てたラムに・・・それをしてもらう資格はもうないのよ。

 

 

 

 

 

『いい?ラムがレムを追って森に入ったことは誰にも話しちゃダメよ。特にジョジョには・・・絶対に教えてはならないわ!これは命令よ!』

 

 

『ラムちー!』

 

 

『あなた達は大人しく家に帰ってなさいっ!』

 

 

 

 

 

ここから先はラムが一人で戦わなくてはならない。

 

 

 

レムを連れ戻すことがジョジョを見捨てるのと同義ならラムは躊躇いなくレムを連れ戻すわ。

 

 

 

でも、せめてジョジョにはこれ以上ラムやレムのことで傷ついて欲しくない。

 

 

 

だって、ジョジョはレムのココロだけでなく・・・ラムのココロの中にまで入り込んできた異物《ヒト》なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュカォオオオオン……ッッ!!

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・っ」

 

 

 

 

 

今ので魔法は何発打っただろうか。10・・・いえ、20回くらい?

 

森の中に入ってからというもの『千里眼』と『風の魔法』を交互に使い続けている。ラムの体力があとどれくらい持つかはわからないけど・・・ここから先は風の魔法は使わない方がいい。

 

レムを見つけて帰れるだけの最低限の体力は温存しておかないと。

 

 

 

 

 

「これだけの数の魔獣を相手してたら・・・いくらレムでもただでは済まないわ」

 

 

 

 

 

おそらく一秒でも早く魔獣を狩り尽くそうとして鬼化して戦っているでしょうけど。この状況だとかえってその方がよっぽど危険だわ。

 

ただでさえレムは周りが見えなくなって暴走する傾向があるのに過度な責任感に加えて鬼化までしてしまったら・・・いよいよレムを止めるものがなくなる。

 

歯止めの聞かなくなったレムは限界以上に戦闘力を高めようと際限なく鬼化を続けるであろう。

 

―――だから、ラムが止めてあげなくちゃ。こうなってしまったレムを止められるのはラムだけなのだから。

 

 

 

 

 

「それにしても・・・これだけの数のウルガルムがこの森に潜んでいたなんて―――第一、ウルガルム以外の他の魔獣と出会さないのはどういうことなの?」

 

 

 

 

 

いくら森が魔獣の群生地帯といっても・・・この状況は異常だ。魔獣といえど自然界に存在する生物であることには変わりない―――なのに、これだけの個体が一ヶ所に終結しているのはあまりに『不自然』すぎる。

 

 

 

 

 

「・・・やはり、エミリア様に敵対する陣営が何かを仕掛けたと見るべきかしら―――ぅ・・・っ!」

 

 

ぐらぁ……

 

 

 

 

 

もう少し持ってくれれば良かったのだけれど・・・ラムの体が既にマナ切れを起こしかけている。

 

この状況に対する疑問だとか、誰の仕業だとか、色々と考えごとははつきないが。今、ラムがやらなければならないのは一刻も早くレムを見つけること。

 

残り少ないマナだけど・・・やむを得ないわね。

 

 

 

 

 

「―――『千里眼』・・・開眼!」

 

 

キィィィィィイン……ッッ

 

 

 

 

 

千里眼のお陰で辛うじて道に迷わずには済んでいるけど。肝心のレムが一向に見つからないのでは無為にマナを消耗していくだけだわ。

 

いくらレムでも魔獣を狩り尽くしながらだとそんなに早くは移動できないはず。暗くなる前に早く見つけないと。

 

 

 

 

 

ガァウヴ……ッッ!

 

 

 

「っ―――近い・・・」

 

 

 

 

 

獣臭が近くで蠢いているのがわかる。ラムには見えない位置だけど・・・5・・・いや、7体くらいの魔獣に囲まれている。

 

魔法を温存したかったところだけど・・・そうも言っていられないみたいね。

 

 

 

 

 

「願わくば・・・この姉の危機的状況に感づいてレムが駆けつけてくれれば万々歳なのだけれど――――どうやらそんな都合のいいことは期待できそうにないわね」

 

 

 

グルルルルルッッ!

 

ガァウヴッッ!

 

フガァァアオッッ!!

 

 

 

 

 

四方からジリジリと距離を詰められているのがわかる。一方向に固まってさえくれれば一発の魔法で仕留められると言うのに・・・子供達にかけた呪いの件といい・・・ウルガルムはこうも悪知恵が働く魔獣だったであろうか。

 

―――やっぱり、誰かに操られているような気がしてならない・・・いいえ、今はそんなことどうでもいい!

 

 

 

 

 

ガァウヴッッ!!

 

ヴガァアアウッッ!!

 

 

「―――『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

まずは正面から飛び込んできたウルガルム2体を風の魔法で両断する。

 

 

 

 

 

グルァアアアアアアッッ!! ガァアアアアアアアッッ!!

 

ガァルァアアアアアッッ!! グァァアアアアアアアッッ!!

 

 

「『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオン……ッッ!! ヒュカォオオオオン……ッッ!!

 

 

 

 

 

左右から2体ずつ迫るウルガルムを左右一発ずつ魔法で切り裂く。

 

 

 

 

 

ヴガァアアアアアアアアッッ!!

 

 

「くっ!?」

 

 

ガァヴゥウウウッ!! ブシュウウウウウ……ッ

 

 

「っ・・・『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

最後、正面から迫ってきたウルガルムに対応が遅れて腕を噛まれてしまう。傷の痛みに耐えながら噛みついてきたウルガルムを魔法で両断したが・・・直後にラムの体力が限界を迎え、その場に膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ―――っ・・・“打ち止め”ね」

 

 

 

 

 

少し休んで体力が回復すれば魔法は使えるようになるけど・・・今はもうこれ以上の戦闘は無理ね。でも、休んでいる時間も惜しい。

 

レムに追い付いてレムを連れてこの森を脱出するだけでいい。他のことは一切考えずにレムと合流することだけを考えていればいい。

 

 

 

 

グルルルルル……ッッ ガルルルルルル……ッッ

 

 

「っ―――まだ、いる。完全に狙われてる」

 

 

 

 

 

むせるような獣臭がどんどん近づいてきている。このまま一ヶ所に止まっていれば確実にやられる。

 

ラムはふらつく足取りで先を急いだ。今度、あれだけの群れに襲われたら切り抜けるのはまず不可能。ウルガルムから隠れられる場所を探さなくては―――。

 

 

 

 

 

ぽた、ぽたぽた・・・っ

 

 

「・・・この出血をなんとか止めないと」

 

 

 

 

 

魔獣の中には獲物の流す血の匂いに敏感に反応して追ってくるものがいるというのを何かで聞いたことがある。

 

早く応急処置をしないとラムに向かってどんどん魔獣が寄ってきてしまう。けれどラムの所持品に止血できそうなものがない。せめて水か何かで匂いをかき消さないと・・・。

 

 

 

 

 

ガァアアアアアアウウウッ!!

 

 

「もう追い付いて・・・っ」

 

 

 

 

 

いつの間にか先回りされていたウルガルムに先手を打たれた。マナ切れで足が動かない、噛まれた傷で腕も動かない・・・これではかわせないっ!

 

眼前に迫ってくるウルガルムのギラついた目と鋭く剥かれた牙がハッキリと見えてしまう。その軌道がラムに絶対的な死を予感させる。

 

ラムはまだここで死ぬわけには――――

 

 

 

 

 

ドギュゥウウウウーーーーーーーーン……ッッ!!!

 

 

ギャフゥウウウンッッ!?

 

 

 

 

 

遠くで何かが弾け飛ぶような音が聞こえた。遠く木霊するその鋭い謎の撃音がラムの耳を通して全身に響き渡った。

 

 

 

―――次の瞬間、ラムの眼前に迫っていたウルガルムの顔面が不自然にひしゃげ・・・弾け散った。

 

 

 

 

 

「・・・レム?」

 

 

 

ドギュゥウーーーーーンッッッ!!!  ドギュゥウーーーーーンッッッ!!!  ドギュゥウーーーーーーンッッッ!!!

 

 

ギャンッッ!? ギャフゥウウウッッ!? ギュフゥウウウッ!!

 

 

 

 

 

違う。レムにはこんなこと出来ない。こんな姿が見えないほどの遠距離からウルガルムを小さい『鏃』のようなもので狙撃した。

 

こんなこと魔術師でも出来ない。例え、ロズワール様であっても・・・こんなことが出来るのは・・・こんなことが出来る人間は――――

 

 

 

 

 

『ドォオララララララララララァァァアアアアーーーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオオ……ッッ!!

 

 

 

 

 

ラムに迫っていたウルガルム達が一瞬にして蹴散らされた。この『バカ』げたパワーとスピード・・・そして、何よりもこの常にラムの予想の斜め上をいく常軌を逸した行動――――こんなことする男を・・・ラムは一人しか知らない。

 

 

 

 

 

「―――俺っ!ようやく参上っ!!」 

 

 

 

 

 

親指で自身を指差し、両腕と両足を広げてポーズを決めるジョジョを見てラムは思った。

 

 

 

何故、ジョジョはここに来てしまったのだろう?自分の命があとわずかだとわかっていながらどうしてラム達のためにそこまで戦うのか・・・。

 

 

 

それをジョジョに聞いたところでジョジョは決して答えてはくれないだろうけど・・・ラムはこんなギリギリの窮地にラムのために駆けつけてくれたジョジョの姿を見て様々な感情で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・かなり『危機一髪』の状態だったみてぇだなぁ~。あとほんのちょっぴり駆けつけるのが遅れていたらマジで死んで詫びを入れなきゃならねえところだったぜ」

 

 

「ジョジョ・・・」

 

 

「さっきので持ち出してきた釘も全部撃ち尽くしちまったしよぉ~。いよいよグレートに追い詰められてきちまったぜ・・・っと、そんなこと言ってる場合じゃあねえな。今、お前の怪我を治してやるぜ」

 

 

パシッ!

 

 

「―――今さら、なにしに来たの?」

 

 

「あん?」

 

 

 

 

 

ジョジョがラムの怪我を治そうと差し伸べてきた手をラムは打ち払った。ラムには・・・ジョジョに『なおして』もらう資格などない。助けてもらう義理なんてないんだから。

 

 

 

 

 

「こんなところまでラムを追ってきて何のつもり?・・・ジョジョが来たところで役立たずだってことに何で気づかないのかしら。あなた、自分が置かれた立場をわかってるの?」

 

 

「・・・ラム。急にどうした?」

 

 

「元はといえばあなたのせいよっ!あなたが勝手なことをしたせいでレムが大変な目に遭ってるのよ。全部・・・全部・・・ジョジョが勝手なことをしたせいで、こんな大事になったんじゃないっ!ジョジョが、昨夜、村に行ったりしなかったらレムも巻き込まれることはなかった。ジョジョが森に入らなかったらレムが傷つくこともなかった!あなたのせいで・・・っ!」

 

 

「おおっ!その悪態のつきぶり。そのキズのわりにはよぉ~。けっこう、大丈夫そうじゃあねぇーか!」

 

 

「黙りなさいっ!」

 

 

 

 

 

違う。こんなことが言いたいのではない。本当はラムは止めなくてはならない。これ以上、ジョジョに残酷なことを強要することはあってはならない―――ラムもレムも・・・もう大切なヒトを喪うのは嫌なのよ。

 

 

 

それなのに・・・

 

 

 

それなのに・・・

 

 

 

どうして?

 

 

 

―――どうして、こんなに嬉しいの?

 

 

 

いつもと変わらぬ揚々とした態度で助けに来てくれたジョジョが来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。さっきまでの不安が一気に吹き飛ばされたような晴れやかな気持ちになっている自分がいた。

 

 

 

 

 

「ベアトリス様から聞かされていなかったの!?・・・ジョジョ、あなたの呪いは解呪できないのよ。あと半日もすれば呪いが発動し、魔獣に体中のマナを吸い付くされてあなたは死ぬわっ。もう手遅れなのよ。何をどうしたところで間に合わない」

 

 

「・・・ああ、それなら知ってるぜ。事情はベア様から全部聞いた」

 

 

「だったら・・・今すぐ村に帰りなさい・・・せめて最後だけでも・・・残された時間を自分のためだけに使いなさい」

 

 

「・・・帰りてーけど。どっから帰りゃいいんだ?非常口も見当たらねえしよぉ~」

 

 

「っ・・・何でそこまでするの?ラムとレムがジョジョに何をしたって言うの?あれだけレムに痛め付けられておきながら、ジョジョは何でそうまでして・・・ラム達のために・・・」

 

 

「俺が聞きてぇくらいだよ。何でこんなところに来ちまったかなぁ~、俺ぁ」

 

 

「あなた・・・本当に死ぬのよ。ラムと一緒にレムを連れ戻せばジョジョにとっての最後の希望すらも摘むことになるわ。もし、レムと一緒に森に潜む魔獣を殲滅するつもりなら・・・」

 

 

「・・・安心しな。自分のことくらい自分でカタをつける。レムさんに俺の命の責任を押し付けようなんてハラはねぇ。勿論、死ぬつもりもねぇ。んだが・・・

 

 

 

――――お前らを死なせるつもりもねぇよっ」

 

 

 

ガシッ ズギュゥウウウンッッ!

 

 

 

 

 

そう言ってジョジョは強引にラムの手を掴み。怪我していたラムの腕を瞬時になおして見せた。

 

 

 

ああ・・・バカだとは思っていたけど。ここまで末期だとは思っても見なかった。もうラムが何をいったところでこの男は止まらない。ジョジョは命が尽きるその瞬間、最後の最後まで・・・バカを貫いて死んでいくつもりだわ。

 

 

 

今更ながらにラムは理解した。

 

 

 

―――ジョジョのバカは死んでも治りそうにないわ。

 

 

 

 

 

「―――行こうぜ、ラム。レムさんを迎えによぉ~。俺も最後の晩餐にお前の『ふかし芋』だけじゃあ味気なくてよぉ~。人生最後のディナーはやっぱレムさんの手料理をご馳走になりてぇからよ」

 

 

「・・・ラムのせっかくの手料理をそんな風に卑下されるのは心外だわ。ジョジョはレムの手料理にしか興味ないのね」

 

 

「勿論、お前のふかし芋も好きだぜ。だが、俺に感謝を示すんならよ~・・・今度やる時はお前の手で食べさせてくれたら、なおグレートだぜ。こう・・・恋人がやるように『あ~ん』ってな感じでよ」

 

 

「調子のいいことを言ってないで、ラムを運んでちょうだい。ラムはマナ切れでもう動けないから、ここから先の移動はジョジョにおぶさることにするわ―――精々、ラムの為に地べたを這いずり回ってちょうだい」

 

 

「それおぶさってねえよ!尻に敷いてるだけだよ!四つん這いで背中にお前を乗せてこんな森の中、這い回るとかどんな拷問だよ!?ただでさえ少ない命を無駄に削らせてんじゃねえよ!文字通り馬車馬扱いだよ!」

 

 

「ジョジョにとってはご褒美でしょ。さあ、早くひれ伏しなさい。それとも頭を踏まれなくちゃわからないのかしら?」

 

 

「こんな魔獣が跋扈する魔境の中でどんだけハードなプレイを要求してんだ、お前は!?余命短い俺を虐げて樹海の中心で愛を叫べとでも言うのか!?すんっっっげえな、お前、全然変わらねえのな!前前前世から全然ぶれねえのな!」

 

 

「安心しなさい。ラムがこんなこと言うのは・・・ジョジョだけよ《ばちーん☆》」

 

 

「全然、嬉しくねえよっっ!!全然、可愛くねえよっっ!!全然、心に響かねえよっっ!!」

 

 

 

 

 

―――ある日、突然、泣いた赤鬼の前に・・・一人の男が現れた。

 

 

願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼の前に・・・ある日、突然現れたその男は、あまりにも無知で、粗野で、非常識で・・・かすかな不吉を身に纏っていた。

 

 

けれども、どんな絶望にも屈しない『勇気』といかなる困難をもはねのける『覚悟』と・・・大切な人を決して見捨てない『優しさ』を持っていた。

 

 

その男はどこまでも燦然と輝く太陽のような目を瞑ってしまいそうな眩い『黄金の精神』を宿していたのだ。

 

 

その男は、かつて全てを喪い暗く閉ざされた赤鬼《ラム》の世界に黄金の光を照らしだした。

 

 

 

 

 

 

 




長らく更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。リアルな事情により最近は全然まとまった時間がとれません。

その証拠に・・・リゼロのゲーム『Drath or Kiss』が未だにプレイできていないというまさかの事態に!

リゼロのアニメ二期を期待しつつ更新を続けていきます!


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