しかし、筆者は各キャラとの何気ない日常の絡みがあるからこそシリアスは映えると思っております。故に妥協できないところです。
死んだら元の場所に戻れるなんて保証があったわけではない。
生あるものは平等に一つしか命を与えられておらず。死んだらリセットが効くなんてことは普通なら“ありえない”。
今まで死ぬ度に元に戻れたからといって今度も死ねば戻れるなんて保証はどこにもない。
―――だが、俺はあえてその可能性に賭けた。
『ありえない』なんてことはありえない・・・というその可能性に賭けた――――――そして戻ってこれた。
「―――――ハッ!《ガバッ》・・・フゥ・・・フゥ・・・ふいー、『戻って』これたぜ」
目が覚めた瞬間、俺は見慣れた天井を見て自分が戻ってこれたことを悟った。既に四回も繰り返してきたこの構図・・・今さら見間違うわけがねえっ。
―――けど、まだだっ・・・まだ安心するには早いっ!ラムは・・・っ、レムさんはどうなった!?
「―――お客様、お客様、どうされましたか? 具合が悪いのですか?」
「―――お客様、お客様、どうかしたの? 持病の発作でも起こした?」
「―――っ・・・」
「姉様、姉様、大変です。お客様ってばどうやら姉様の姿を見てあられもない想像をしているようです」
「レム、レム、大変だわ。お客様ったらどうやらレムの姿を見て卑猥な妄想に耽っているようだわ」
「~~~~~~っ!」
「お客様、どうかされましたか?お腹が痛いようでしたらトイレまで案内しますよ―――姉様が」
「お客様、どうかしたの?頭が痛いようだったらお薬を処方するわよ―――レムが」
―――生きてた。
良かった。自分は取り返しのつかないことをしたはずなのに・・・決して消えることのない大罪を犯したはずなのに。
失われたはずの命を二つも・・・こうして取り戻すことが出来た。それがなんとありがたいことか。それがなんと幸せなことか。
「―――グレートっ・・・もう十分だぜ」
「「・・・お客様?」」
「《ポロッ》~~~~っ・・・あんた達が生きててくれただけでもう十分だ。他にもう何もいらねえ。俺はもう十分すぎるほど救われた」
「お客様、お客様、もしかして本当に体調が悪いのですか?もしよろしければお医者様をお呼びしますよ―――姉様が」
「お客様、お客様、もしかして本当に体調が悪いのかしら?もしよければお医者様をお連れするわよ―――レムが」
この二人には何を言ったところで覚えていやしない。この二人は俺が死なせてしまったあの姉妹ではないからだ。今更、過去に逃げたところで俺がこの二人にしてがした過ちが消えるはずもねぇ。
だが、それでも――――――俺は嬉しくて・・・っ!涙が止まらねえ!
この二人が“今”俺の目の前で生きている。まだやり直しが効く。神の悪戯か悪魔の罠かわからねえが・・・この二人をもう一度守り抜くチャンスを与えてくれたこの『死に戻り』の能力にこれほど感謝したことはねえ。
だが、泣いている暇はねえんだ。このチャンスをもう一分一秒たりとも無駄にはできねえ。
「いや、大丈夫だ―――《ぐしぐしぐし》―――ところでよぉ・・・『初めまして』だな。俺は『十条旭』・・・二人の名前を聞いてもいいか?」
「ラムはラムよ。よろしくお願いするわ。お客様」
「レムはレムです。以後お見知りおきを。お客様」
涙を拭って誤魔化すように初対面を演じて自己紹介をする。考えてみれば不思議だ。これでこの姉妹と出会うのは通算『5度目』となるのに自己紹介をするのはこれが初めてだぜ。
「目が覚めたようならエミリア様を呼んでくるわ。お客様。惰眠を貪るのはほどほどにして頂戴」
「目が覚めたようですのでエミリア様を読んできます。お客様。二度寝だけはしないようにしてください」
「ちょっ・・・ちょっと待ってくれねぇか」
「「ハイ?」」
「その前に聞いてもらいたいことがあるんだぜ」
「何かしら、お客様?」
「何でしょうか、お客様?」
「あまり急かさないでくれ・・・心の準備が必要なんだ」
今からやろうとしていることは懺悔でもけじめでも何でもない。ただの自己満足だ。だけど、どうしても伝えなくちゃならねえ言葉がある。
―――ったく・・・俺は何でこんなこっ恥ずかしいことをしようとしてるのかねぇ。こんなこと言ってもこの二人には呆れられるだけだってのによぉ~。
でも、言っておかなくてはならない。この言葉が届かないとわかっていても・・・
「―――生きててくれて嬉しい」
「「?」」
「俺は何も出来ず『二人の姉妹』を失うところだった。『お前ら』まで死んでたら・・・俺は一人ぼっちになるところだった――――――生きててくれてありがとうっ」
それは掛け値なしの感謝の言葉であった。どうしようもねえ俺をどん底から救ってくれた感謝。圧倒的感謝。
―――俺の罪を消すことはできねえけどよ。もし『この二人』を守り通すことがてきたら・・・『未来に置いてきたあの二人』にも少しは赦してもらえるかな。
「―――姉様、姉様。お客様ったらまだ寝ぼけていらっしゃるみたいです」
「―――レム、レム。お客様ったらだいぶ若くからボケてるみたいだわ」
「やれやれ・・・手厳しいな――――――でも、ありがとよっ」
「「?」」
何を言っているのかがわからないと言った表情で同時に首を傾けるラムとレムさん。こんな些細な行動まで見事に鏡写しになっているのを見て俺は思った。
―――ベア様の言った通り。やっぱ、この二人は・・・どっちかが欠けても足りないくらいに『二人で一つ』なんだぜ。
・
・
・
・
・
―――こうして俺は・・・最悪な未来からどうにか戻ってこられた。
だけど、次こそはもう戻ってこれねえかも知れねえ。この屋敷で時間を繰り返すのはこれで最後にしなくちゃあならねえ。
そう意気込んでロズワール邸の使用人見習いとしてやり直すこととなったんだが・・・――――――今のところ、状況が好転しているとは思えなかった。
ドサッ!
「やれやれだぜ・・・こりゃあグレートに重労働だな。この屋敷の仕事も全部『二回目』だってのに・・・やっぱ、どうしても慣れねえよな」
夕方になって仕事が一段落ついたので与えられた自室のベッドに寝転がった。今のところは前回と同様『順調』にやれているとは思う。
「《ごろっ》―――けど、それじゃあ意味がねえぜ。『前回と一緒』という時点で危険すぎる状況だぜ」
ここでラムが呪術師に呪われるのを阻止することはたやすい。
エミリアの前で声を大にして一言伝える。『おいエミリア・・・アーラム村にお前らを狙う呪術師が潜んでいるぜ!俺がぶちのめすまでの間屋敷から出るなっ』。
エミリアは恩人である俺のことをいたく信用しているから強引に押し通せば頼みを聞いてもらえるだろう。
―――しかし、レムさんは決して俺のことを信じない。
『魔女の匂い』を放つ俺が何か一つでも不振な行動をとったとたん、レムさんは再びバーサーカーと化し攻撃をしてくる。お得意の鉄球をふっとばしてな――――――前回と同じパターンになるだけだぜ。
俺がアーラム村で呪術師を探していることを悟られてはならない。
品行方正にしてレムさんの信用を勝ち取りさえすれば、アーラム村に近づくチャンスは必ずできる。
―――とんでもねー皮肉ってヤツだぜ。前のループでは必死に犯人を探す努力をしたっていうのに・・・今度は探さねえことの努力をしなきゃあなんねーなんてよ。
「そういや・・・俺が死んだあの未来はどうなったんだ?バイツァダストで時間を爆破されてないから・・・別の世界線として残っちゃあいると思うけどよ」
果たして『ラムとレムさんと俺が死んだ未来』はどうなってしまったのだろうか?
今までのようにバイツァダストで破壊された時間とは勝手が違う。もしかしたら、あの未来の世界はあの悲劇の後も俺の死体をそのままに時間が進んでいるのかも知れねえな。
―――今となってはそれを確かめる術はねえがよぉ~。
けど、それを考えるのは全てが終わったあとでいい。今は取り急ぎやらなくてはならいことがある。
「―――まずは『ラムやレムさんの信用をどう勝ち取るか』だぜ」
これまでのループの中で俺の行動はロズワールにより監視を受けていたことはもう既に明らか。俺が何らかの不振な行動をとればラムやレムさんを通じてロズワールに報告が上る。
呪術師を探すのは最低限ある程度の信頼を勝ち得てからでないとならない。もちろん、呪術師が行動を起こす前な呪術師をぶちのめせればそれが一番いいが・・・そこで、もう一つ別の問題が浮上してくる。
―――俺は前回のループで呪術師の特定がまだできていなかった。
つまり、呪術師が行動を起こして“から”・・・他の人間に被害が出る“前に”・・・呪術師を特定して退治しなくてはならないんだぜ。
「屋敷の人間の信用を勝ち取りながら呪術師が行動を起こした直後に呪術師を特定して捕まえる。しかも期限は4日しかない――――――グレートっ・・・人力TASでもやらされるかのような難易度だぜ」
せめて呪術師の呪いを阻止する方法があれば、それとなく皆に予防を呼び掛けるだけで済むかも知れねえんだが・・・――――――仕方がねえ。こういう時に頼れるのはやっぱ“あいつ”しかいねえよな。
「―――呪術について詳しく知りたい?」
「・・・んだぜ」
俺は禁書庫のベア様に知恵を借りに来た。ベア様は相変わらずつっけんどんな態度ではあったが、それでも律儀に俺の話を聞いてくれた――――――全てのループにおいて一番キャラぶれしないから付き合いやすいぜ。
「その中で・・・相手を眠らせるように衰弱させて命を奪う呪いとかねえッスか?」
「いきなり訪ねてきたかと思えば・・・ずいぶんけったいな質問をしてくるかしら――――――あるかないかで言えば『ある』のよ。呪術師の術法はそんな術式がほとんどなのよ。対象に病魔を入り込ませたり、あるいは一定の行動を禁じる制約を持たせたり、純粋にその命を刈り取ったりと・・・性格の悪い系統なのよ」
「質問しておいてなんだがよぉ~・・・ずいぶん性格の悪い連中だな」
「まじない師・・・転じて呪術師は北方の『グステコ』という国が発祥の・・・魔法や精霊術の亜種かしら。もっとも出来損ないばかりで、とてもまともに扱えたもんじゃないのよ。お前が言っているのはその術式の中で『マナ』を吸い出して衰弱死させるタイプの術法なのよ」
「・・・んで、防ぐ方法は?」
「ないかしら」
「ないのかよっ!?」
「一度発動した呪術を解除する方法は存在しないのよ。それが呪術かしら」
ベア様の淡々とした言葉に目眩を覚える。呪術師が行動を起こしてから捕まえるつもりだったのによぉ・・・これじゃあ手も足も出ないぜ。
「ただし―――発動する前の呪術はただの術式だから、解呪はある程度の実力がある者なら簡単にできるかしら」
「・・・ていうと?」
「この屋敷なら・・・まずベティ。もちろん、にーちゃ。あとはロズワールと・・・小娘三人は無理かもしれないのよ―――あ、お前も無理よ」
「言われなくても知ってるよ、ったく――――――にしても、発動する“前”か。グレートっ・・・この上、さらにギリギリの綱渡りをしなくちゃあならねぇのかよ」
「呪術を未然に防ぐ方法がないこともないかしら」
「なにっ!?」
「呪術は呪いをかける上で、絶対に外せないルールが存在するかしら―――――呪いをかける対象との接触。これが必須条件なのよ」
「“接触”・・・つまり相手の体に触らなければ呪いはかけれないってことか?」
読めてきたぜ。前回のループでラムは村に潜んでいる呪術師に体のどこかを触られたんだ。それ以前のループでは俺が村に住居を構えちまったことで呪術師が触るチャンスを逃した。
「いいぜ!希望が見えてきたっ・・・これで前回とは違った展開にできる」
「ブツブツと小五月蝿いヤツなのよ。そんなことよりもお前は香水でもふって来るべきかしら。ここからでもお前の体から匂ってくるのよ」
「おいおい。それはさすがに失礼だぜ・・・ちゃんと風呂には入ってるし、加齢臭の出る年齢でもねえぜ、俺ぁ」
「誰がお前の体臭の話をしてるのよ。ベティが言っているのは『魔女の残り香』なのよ」
「魔女の残り香・・・?」
そう言やあ直視すべき重要な問題を忘れていたぜ。レムさんに誤解され憎悪を燃やされるそもそもの原因となった俺の体に染み付いた『魔女の匂い』。
恐らく俺をこの異世界に召喚して『死に戻り』の能力を与えた相手。そして恐らくはレムさんが死ぬ原因となった『黒い手』の持ち主―――『魔女』。
「魔女の残り香・・・って言われてもな。そもそも『魔女』って何だ?俺の知っている魔女なんてギアスのゆかなさんくらいしか知らねえよ。俺はいったいどこで魔女の匂いがつくようなおじゃ魔女カーニバルをやってきたっていうんだよ」
「・・・今のこの世界で『魔女』と言われれば一人しかいないのよ。世界を飲み干すモノ。影の城の女王―――――『嫉妬の魔女』・・・この世界で、魔女という言葉が示すのはたったひとりの存在だけなのよ。そして、それは口にすることすら禁忌とされた存在のことでもあるかしら」
「―――それ、どこのヴォ●デモートですか?ホ●ワーツ魔法学校があるなら今すぐ入学しますよ、俺」
「お前っ・・・つくづくモノを知らないやつかしら。むしろ、知らないヤツの方がおかしいかしら。この世界では親の名前、家族の名前の次に、その魔女の名前を知らされるぐらいなのよ」
「そんなヤツがこの世にいんのっ!?俺、むしろ自分の国の天皇様の名前も最近まで知らなかったクチだよ!」
半ばおちゃらけて聞いていたが、どうやらこの口調だとその魔女ってのは恐ろしくすごい存在らしい。俺たちの世界でいう『ハーデス』的なヤツなのかね。
「嫉妬の魔女『サテラ』――――かつて存在した大罪の名を冠する六人の魔女を全て喰らい、世界の半分を滅ぼした、最悪の災厄なのよ」
「・・・なんかよくわかんねえが、凄そうってことだけは伝わってくるぜ」
「いわく、彼女は夜を支配していた。いわく、彼女には人の言葉が通じない。いわく、彼女はこの世の全てを妬んでいた。いわく、彼女の顔を見て生き残れたものはいない。いわく、その身は永遠に朽ちず、衰えず、果てることがない。いわく、竜と英雄と賢者の力を持って封印させられしも、その身を滅ぼすこと叶わず。いわく・・・」
そこでベア様は急に意味深なためを作って最後にこう付け加えた。
「――――『その身は、銀髪のハーフエルフ』であった・・・お前もこのことをよく肝に命じておくのよ。あの娘の近くにいる限り、少なからずお前にも影響してくることかしら・・・ん?」
「―――なあ、なあ、ベア様さ~。ここの書庫って漫画とか置いてない?俺、久しぶりにス●ィールボールランが読みたいんだけど」
スカァァァアーーーーーンッッ!!
「ジョニィッ!?」
話に飽きて書庫の探索をしていた俺に容赦なく本が投げつけられた。
「おお、痛て・・・っ。軽い冗談のつもりだったのに本気で怒るんだもんな」
ベア様に書庫を追い出された俺はベア様から投げつけられた本を片手に部屋に戻ってきた。なんでも『それを読んで少しは一般常識を学んでくるのよ』とのことらしい。
「《ぺらっ》―――って、これよく見たら前にラムが持ってきた童話じゃねえかよ。こんなんで一般常識なんて身に付くのかよ。こんなん読んでるとラムに知られたらまたバカにされちまうぜ」
コンコンッ
「っ・・・あ、はい!」
『―――ジョジョ。ラムが来たわ。開けなさい』
「グレート・・・いきなりやって来て命令かよ。開けてやるけどさ。そんぐらい自分で開けろよな」
ガチャッ
「―――見ればわかるでしょ、両手が塞がっていたのよ。それくらいのこと察しなさい」
「見えねえもんは察しようがねえよっ!」
ドアを開けると両手でお盆を持ったラムがずかずかと遠慮なく入ってきた。お盆の上にはティーセットと本が乗っていた。
「何だよ、それ?」
「見ればわかるでしょ。ジョジョの勉強に必要な教材よ。今日の夜から読み書きの勉強を始めるってちゃんと伝えたでしょ」
「伝わってねえよっ!お前と今日一日一緒にいて一言もそんなこと聞いてねえよっ」
まあ、ラムはこういうヤツだから言っても仕方がないんだぜ。これについては『わかっていたこと』だし大して驚いてもいないけどな。
カリカリ、カリカリ カリカリ
「《ぴらっ》―――これは読める?」
「・・・どうせ読めないだろうとタカをくくって悪口書くのはやめろよ。『ジョジョはごくつぶしのやくたたず』って書いてあんだろ」
「―――驚いたわね。ジョジョのくせにイ文字はほぼ完璧よ」
「誉める気ないんだったら無理に誉めなくていいよっ!かえってムカつくから!」
基本となる読み書きが出来るようになってきたので今は童話を片手にラムの出す問題を読んで答えるスタイルに変わってきた――――『問題』というより『悪口』だぜ・・・こりゃあ。
「この分だったら簡単な童話程度だったら読めるようになったんじゃないかしら」
「まあな・・・ところどころ出てくるロ文字のところは読めねえが、それでもある程度のことは読み解けるようになった。まるで考古学者になったような気分だぜ」
「なんか気に入ったお話とかあった?」
「ん~~~・・・これといった話はあんまりないかな。そもそも自分の国の童話ですら好きなのが少ないしな―――これも一重にボヘミアン・ラプソディーのせいだぜ」
「そう・・・夢のない少年時代を送ってきたのね。まるでジョジョみたい」
「好きな童話が少ないだけでどれだけ報われない少年時代送ってきてんだよ、俺はっ!つーか、俺を『報われない男』の代名詞にすんのはやめろっ!――――――ったく、全くないとは言ってねえだろ。例えば、アレだ・・・『鶴の恩返し』だとか『金の斧と銀の斧』とか・・・『泣いた赤鬼』とかよ」
「―――『泣いた・・・赤“鬼”』?」
「どれもよくある話。『嘘をついてはいけません』だとか・・・『人には優しくしよう』とか・・・そういう教訓を教えるおとぎ話だぜ」
「・・・・・・。」
ラムは俺に悪態をつくことも忘れて急にぼうっと遠い目をして窓の外を眺めていた。
「何だ、もしかして何か興味ある話でもあったか?」
「そうね。少し興味あるわ・・・・・・“赤鬼”とか」
「『泣いた赤鬼』かっ・・・いいぜ。つっても、そんな長い話じゃないけどな《カリカリカリ》」
俺は紙の上にサラサラッとデフォルメされた赤鬼と青鬼のイラストを書き起こして、それを手にとって立ち上がった。
カサッ
「『黒いクリスマス』―――ザクリ!グサリ!ドチャリ!町は一瞬にして血に染まり・・・」
ゴンッ!
「真面目にやりなさい」
「サーセン」
―――気を取り直して。
『むかし、むかし・・・ある山の中に赤鬼と青鬼が住んでおりました。二人はとても仲のいい親友同士でいつも二人で楽しく過ごしておりました。
ある日、赤鬼が言いました。『村に住んでいる人間達と仲良くしたい』。それを聞いた青鬼は『それは無理だよ』と言いました。
青鬼の言う通りでした。村人は鬼である赤鬼を怖がって近づいてきません。人間と仲良くしたいという赤鬼の言葉を誰も信じてくれなかったのです。
泣いている赤鬼を見た青鬼は赤鬼のためにあることを考えます。『青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼がやってきて青鬼をこらしめる』という芝居を打つことにしたのです。そうすれば赤鬼が優しい鬼だときっとわかってもらえるはずだ。もちろん赤鬼は反対しましたが、青鬼は強引に赤鬼を説得し。青鬼の作戦が始まりました。
村で暴れる青鬼を赤鬼がこらしめるという芝居は見事に成功しました。お陰で赤鬼は人間と仲良くなり、村人達は赤鬼と友達になり、赤鬼と村人達は毎日毎日楽しく遊んでおりました。
けれど、赤鬼は一つ気になっていることがありました。親友である青鬼が突然会いに来なくなってしまったのです。赤鬼は気になって青鬼の家に行くと青鬼の家の扉に一通の手紙が残されておりました。そこにはこう書かれておりました。
『赤鬼君へ。もし、僕がこのまま君と付き合っていると君も悪い鬼だと思われてしまうかもしれません。なので僕は旅に出ることにしました。人間達とこれからも仲良く暮らしてください。僕はいつどこにいても君の友達です。青鬼より』
赤鬼は青鬼の手紙を何度も読んで何度も泣き続けました。青鬼を探して何度も泣き続けました。村人に慰められながら何度も泣き続けました。
おしまい』
話を聞き終わったラムは茶化すでもなく神妙な表情を浮かべていた。
「―――悲しいお話だわ」
「同感。でも、俺はこの話結構好きだぜ。違う人種の誰かと仲良くなるっていうのはそれだけ難しいことだと思うしな。歩み寄ることの大切さってヤツを教えてくれた」
「『歩み寄る』?」
「そもそも、このお話は・・・人間がほんの少しだけ赤鬼のことを信じてあげることができたら青鬼が犠牲にならなくて済んだお話だからな」
「・・・・・・。」
「この話を聞いて俺は『どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失っちゃいけない』って学んだぜ」
我ながら言ってて自嘲してしまう。童話の中の赤鬼の姿が、ラムやレムさんを助けたいのに信用してもらえない自分自身と重なって見えた。
「ラムはそうは思わないわ。登場人物がバカしかいないんじゃないの」
「ああ。全くもってその通りだ。青鬼も人間も赤鬼もみんながバカばっか。中でも、一番のバカはやっぱ青鬼かな」
「いいえ。一番度しがたいバカは『赤鬼』の方よ」
「・・・やけに食いついてくるな。それは何でだよ」
「自分の望みに青鬼を巻き込んで・・・結果、自分は何も失わずに青鬼に失わせただけ。赤鬼は本気で人と仲良くなりたかったらツノでも折って人里に降りるべきだったのよ。青鬼が見ていられなくなる前に・・・身を切るべきだった」
「グレートに生々しい話になってきたぞ、ヲイ。『ツノを折る』とか『身を切る』とか・・・言っとくけど、これはただの童話だぞ」
「・・・・・・。」
ラムは何か思うところがあるのかいつもより若干感情的になってるような気がする。さっき『赤鬼』に自分を重ねていた俺みてえに・・・何か思うところがあるのかも知れねえな。
「《ビリッ》―――あえて聞くけど。ジョジョはどっちの鬼と仲良くしたいと思うの?」
「どっちってーと・・・赤鬼と青鬼でか?」
「『願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼』と『自己犠牲に浸るバカな青鬼』と・・・どちらを選ぶ?」
「・・・・・・。」
ラムは俺が書いた赤鬼と青鬼の二人が並んで立っていたイラストを半分に破り『赤鬼』と『青鬼』に切り分けて俺に突きつけてきた。
―――何故だか、わからないけど。一瞬、その二枚の絵が別のものに見えた。
『赤鬼』は『いつも毒舌で態度がでかくて、でも本当は不器用で優しくてどこまでいっても憎めない桃髪のメイド』に。
『青鬼』は『いつも努力家で一途で一生懸命で、でも本当は姉に寄りかかっていないと弱くなってしまう青髪のメイド』に。
当然、俺の答えは決まりきっていた。
「―――“それ”がジョジョの答え」
「ああ。俺には“これ”以外考えらんないぜ」
俺はラムが差し出した二枚のイラストを『両方』とも掴んだ。
やっぱりよぉ~、『この二人』が離れるなんて俺にはどうしても考えられないぜ。何せ俺はこの二人を救うために地獄から戻ってきたわけだしな。
「とてもつまらない答えだわ。ジョジョは随分と欲張りで浮気性なのね。そんなんだといずれ痛い目を見るわよ」
「俺は俺の納得がいくまでいくらでも欲張るぜ。だから、この物語のラストはこう書き換える――――――『赤鬼と青鬼は一人のバカな男の手によって無事再会することが出来ました』ってなぁ《ズキュゥウウン…ッッ》」
スゥゥゥウ、ピタァアッ!
「・・・っ!?」
俺のクレイジーダイヤモンドで触れた二枚のイラストはラムの手元で『なおり』再び元の一枚に戻った。紙の中には仲良く並んで幸せそうに笑う赤鬼と青鬼がいた。
「二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやるぜ。やっぱり、赤鬼と青鬼は『二人で一つ』でないとよぉ~―――そう思うだろ、お前も?」
「っ・・・ええ。そうね。癪だけどそこだけは同意してあげるわ―――《カチャカチャカチャ》」
「お、おい。もう帰るのか?全然、勉強してねぇぞ」
「今日はラムが眠いからこれで終わりよ。ジョジョは引き続き童話でも読んで無駄な自習でもしていなさい―――《ガタッ》―――・・・っ!?」
バリィィイイン…ッ!
妙に慌てた雰囲気のラムがティーポットをお盆の上に戻そうとして落としてしまった。そのままラムは挙動不審に割れたポットの破片を回収しようとする。
「オイオイ、大丈夫かよ。怪我とかしてねえか?」
「余計な心配しないで。ジョジョに気を使われるほどラムは落ちぶれていないわ」
「俺が心配しちゃあいけないのかよ。やめろって・・・わざわざ拾い集めなくても大丈夫だからよぉ~」
「余計なお世話よ。邪魔しないで・・・―――《チクッ》―――うっ!・・・痛ぁ」
ラムは砕けたティーポットの破片を素手で拾い集めているうちに指を怪我してしまったようだ。
「だから、やめろって言ったのに・・・慌てなくても大丈夫なんだよぉ。壊れたものは俺に任せとけっつーの《ズキュゥウウンッ…ッ》」
スゥゥゥウウ… ガチィイイイッ
「っ・・・また『なおった』。しかも、一瞬で・・・これは復元魔法?」
「生憎、これは魔法じゃねえよ。魔法に間しちゃあ俺は完璧に素人だからな。ほら、怪我したお前の指もなおしてやるよ」
「い、いらな・・・――――――」
「すぐ終わるって」
ギュッ
「・・・っ!?」
「《ズキュゥウウン…ッッ》なおすことにおいて俺の右に出るものはいねえんだよ」
ラムの手を握ってクレイジーダイヤモンドの『なおす』力を送り込んですぐに手を放した。一瞬だったが、ラムの手は子供みてぇに小さくて柔らかかった。下手したらベア様とそう大差ねえんじゃねえか?
「ほら、完璧になおっただろ?なかなかお披露目することはなかったけどよぉ~・・・俺の一番の特技で密かな自慢なんだぜ」
「―――・・・っ《ツカツカツカツカ》」
バタンッ!
「あっ!オイ、ラム・・・ティーセット置いてってるって――――――行っちまったよ」
ラムは怪我がなおったことを確認すると早歩きでドアを乱暴に叩きつけるように閉めて去っていった。何か俺変なことしたか?
「俺の『なおす』力を披露したことでひどく動揺していたような・・・それとも単に俺に手を握られて嫌がっただけか?」
手を握られて恥ずかしかったのか?確かに女の子だし、俺も少し無遠慮に握っちまったけどよぉ~。でも、ラムがそんなことで動揺するタマだとは思えないしな。
「やれやれ・・・このティーセットどうしたらいいんだよ」
あとにはラムが置いていったティーセットだけが残されていた。
「そぉれで、ラム?君から見たところ、彼・・・『ジュウジョウ・アキラ』君のことをどう見ているのかな?」
「ハイ。それが・・・なんと言いますか」
ロズワールの部屋でラムは“日課”と共にジュウジョウ・アキラについての監視報告を求められた。
「ふぅむ・・・ラムが悩むなぁんて、珍しいこぉともあるもんだねぇ?一日じゃあ、測れなかったかなぁ?」
「いいえ。違います・・・その――――――っ・・・ジョジョは、使用人の仕事についてはよくやっている方だと思います」
「ほぉう。具体的には?」
「ハイ。要領がいいのか一度言われたことは大体覚えておりますし。掃除や庭の手入れなどの仕事は苦手としているようですが・・・料理においてはかなりの腕前を持っているものと見られます」
「へぇ~、ラムがそう言うんだったら興味深いね。普段、レムの仕事を見てきているラムがそこまで絶賛するんだから相当なものなんだろ~ぅね」
確かにラムは自分でも驚いていた。確かにジュウジョウ・アキラの料理の腕前はレムに匹敵するものがある。だけど、それを正当に評価し素直に報告している自分自身に違和感を感じていた。
「それとベアトリス様とも親睦を深められているようです。今日もいつのまにかベアトリス様の書庫に赴き童話集を借りて読んでいたようです」
「ほほぉ~っ!そいつはぁ~ますます興味深いねぇ~。あの誰にも心を開かないベアトリスが来たばかりの少年に興味を抱いたのかい。にわかには信じられないね~え」
ラムもこれには驚かされた。自分が持ってきた本と同じものをベアトリスから『借りてきた』というのだ。ベアトリスは精霊ゆえにロズワールを含むこの屋敷にいる人間全員を見下しているきらいがある。
―――それなのにだ。どこの馬の骨とも知れないあの男にだけは心を開きつつあるのだ。これに驚かないわけがない。
「ところで、ここからが重要なところなんだが―――彼は何か『力』を使ったりしていたかな?」
「・・・っ」
ラムはとうとう予想していた質問がとんできたことによりわずかに肩がピクリと跳ねた。ロズワールは腸狩りを撃退したという少年の謎のなおす力にいたく興味を示していた。
故にラムの方にも『彼が能力を使った素振りを見せたら報告するように』と指示をもらっている。
ジュウジョウ・アキラは、今日、自分の目の前で三回も能力を使って見せた。原理のわからないなおす力を披露して見せた。
しかし、ラムはこう答えた―――
「・・・いえ。特にそのようなことをする素振りは見られませんでした。果たして本当にそんな能力を持っているのかどうか」
「そうかい。彼もこちらのことを警戒しているのかぁ~もしれないね~え。引き続き監視の方を頼むよ~お―――――とぉ~くに、くれぐれもレムが先走らないよう注意してくれたま~え。姉の君も知っての通り、あの子は独断で動く傾向があるからね」
「・・・ハイ」
自分の主に虚偽の報告をしてしまったことに自己嫌悪するも何故だか後悔だけはしていなかった。
ラムの脳裏にはあの少年の底知れない覚悟を秘めた目で不適に笑いながら『二人の鬼を救って見せる』と宣言した少年の姿が色濃く残っていた。
童話『泣いた赤鬼』はあえて作者が思い出せる限りの内容で読み聞かせるイメージで書いたため細かな齟齬があるかもしれません。
というかどんどんラムのヒロイン化が進んでいってるような・・・そして、エミリアたんが今回完全に空気になってしまった(泣)