今日は土曜日ですね。
お仕事は午前だけで終わり、今は自宅でゆったりと過ごしている最中です。しかし、私はとあることで頭が一杯となっています。
その理由とは、昨日あんていくの店長である芳村さんに頂いたお肉。勿論、私が食べられる人間のお肉となっています。
あんていくは、自殺などをした人間のお肉を店に貯蔵し、狩りを行えない喰種の方々にも人間のお肉を提供しているのであります。
いやぁ、私からしてみれば頭が下がるばかりですよ。その代わりと言ってはなんですが、普段から人間のお客さん用にと作っている料理の味見をしているんです。
人間の従業員さんが居ませんし、味見は必然的に喰種の従業員の方々になるんですけれど、人間の食べる物だと味が分かりませんしね。
まあ、それは兎も角、私は昨日から冷蔵庫で冷やしていたお肉を取り出し、少々豪勢な食事をしたいと思います。
お肉屋さんでブロック肉を買った時のように包装されているお肉。この中にお肉が入っていると思うだけで、涎が止まりませんよ。
もっとお腹が空いている時であれば、紙に包まれているままでもガブリといっちゃっているでしょうが、折角ですし凝った調理法をしてみたいと思います。
「ふんふーん♪」
包を開ければ、真っ赤なお肉が姿を現してくれましたね。
これだけで一週間の私のお鼻へのダメージが消えていくってモンですよ。獣臭かったり、青臭かったり、潮臭かったり、化学物質みたいに危ない臭いのしたものもありましたが、この芳醇な香りで天国に昇れるような気分になります。
危ないお薬でキマっちゃった気分ですよ、こりゃあ。
まあ、まずはこれをフライパンの上にドンと。
そしてコンロに火を着ければ、数秒もしない内にジュージューとお肉が焼けていくような音が部屋中に響き渡ります。
鼓膜が幸せですね。
昔は焼いたりしないで、そのまま生でガブッといっていたんですが、こうして表面を少しだけパリッと焼くと美味しいんです。
そこへ、押し入れの誰も気づかないような場所にしまっていたアレを投入ですよ。
私は『血塩』って言っているんですけれど、要するに人間の血を乾かしてパリパリにした感じの奴です。
そうですねぇ……かさぶた? に近いですかね。
まあ、それを焼いているお肉の上に塩の如くパラパラと振りかけて、そのままお肉をひっくり返します。
いい感じにレアですね。まあ、あと一分くらいで焼け終わりますかね。カリッカリに焼くと、折角の香りが全部消えてしまいますから。
肉汁滴るのを食べたいじゃないですか。お肉なら。
あとちょっとでお肉が焼き上がるのを待っている間、またもや押入れの奥に隠していたアレをワイングラスに注ぎますよ。
何時ぞや口にした、血酒です。かなり発酵……というか腐っていますけれど、私はこれでも酒豪を自負しているつもりなので、ちょっとやそっとでは酔っ払いませんよ……多分。
このドロッドロの液体をワイングラスにトプトプと注いだ後は、別に用意していた炭酸水を入れて、少しかき混ぜます。
こうすればあら不思議。喰種でも美味しく頂ける炭酸飲料の完成です。
レアステーキの横に置かれるワイン。ちょっと小粋ですよね。これが私なりの贅沢。
習くん辺りは、もうちょっと凝った食べ方でもするんでしょうけれども、私はこれでいいんですよ。
だって、好きに食べるからこそ、料理はおいしく感じることができるんです。
誰にも強要されることなく食べるからこそ、美味と感じることができる……私はそう考えております。
おや、そんなことを考えている間にも、お肉がいい感じに焼けてまいりましたね。コンロの火を止めて、両面が程よく焼けたお肉を白いお皿に移せば、肉汁と血が滴るお肉が皿の上で映えること映えること。
胸の奥がブルッと震えてしまう芳醇な香り。
テラテラと輝く脂は、金剛石のような輝き。
滴る血液は、真っ赤な薔薇のよう。
あぁ……この為に生きていますよ。
湯気がホカホカと立っている間に、ナイフとフォークを使って食べちゃいましょう。個人的には少年漫画のようにガブリと行きたい気持ちもありますけれど、夕方には友達と食事に行く約束をしていますからね。
カチャカチャとナイフとフォークを扱って、肉を切り―――。
「ふぉ~~~♪」
切り身を一つ掲げれば、ポタポタと血と脂が皿に滴り落ちます。それが、先に溢れだしていた肉汁と混ざって、更に食欲を煽る香りを巻き上げて、私のお腹は『早く食べたい』と悲鳴を上げていますね。グーグーと。
安心して下さい。すぐにこのお肉を、お前の中に入れてやりますからね。私の胃袋。
―――ビキビキ……
おっと、失礼。
このシチュエーションに私の本能が反応して、思わず赫眼が発現してしまいましたよ。滴る血液みたいに真っ赤な瞳が捉えるのは、このお肉だけ。
他のものは全部ピンボケみたいにおぼろげになっていって、真面に周りを見ることすらできなくなってしまいます。
アア、ナンテ美味シソウナンデショウ。
「あはっ……♡ あむっ♪」
もう見ているだけなんて無理なんで、一口でパクリ。
ん~……ジュワっと広がる旨みが溶けだした血液。ちょっとした塩気の中には、ほんのりとした脂の甘さが潜んでいて、舌の上が幸せを存分に味わっています。
噛めば噛むほど溢れだしてくる美味しさに身を震わせながら、次第に解れていくお肉の繊維にどこか寂しさを覚えながら、ゴクンと飲み込まれたお肉を堪能。
そして、すかさず炭酸水で割った血酒を呑み込んで、パチパチと弾ける炭酸と共に、喉を通っていく腐った血の香りを楽しむ。
ああ、贅沢ってこれですね。
お肉を切るナイフと、お肉を口に運ぶフォークが止まりませんよ。一週間程食べていなかったお肉の味に、震えてしまう程に全身が喜んでいます。
アレですね。あの某お菓子みたいにやめられない止まらない。
今食べたお肉こそが、私の血となり肉となっていく……体が分かっているんでしょうね。先程飲んだ血酒も相まって、体の内側からカーッと熱くなっていく感覚を覚えてしまいます。
なんだか火照ってきて、ちょっと体が痒くなってきましたね。
かゆ……うま……。
なんちゃって。
でも、一週間ぶりの真面な食事は、胃袋が喜ぶってモンですよ。さっきから、納められたお肉を消化しようと胃液がドバドバ出ています。
はぁ~……こんなに美味しい食事を、一日三食摂れればいいのに。
***
まあそれは儚い夢ということで。
現在私は、撮り溜めたドラマを寝転がりながら見ています。ゴロゴロと寝転がりながら観るドラマは最高ですね。これを観た後は、ネットのお気に入りサイトを周回でもしましょうか。
「あむッ」
そんな私ですが、右手に黒烏龍茶が入っているグラスを持ちながら、左手でポテトチップスを摘んでいますよ。
ポテトチップスって脂質が多いので、こうやって黒烏龍茶で脂質の吸収を抑えてっと……。
え? どうせ吐くんだから関係ないでしょだって?
何を言っているんですか。気分は大事でしょうが。
ポテトチップスと合わせる飲み物は、専らお茶関係です。昔はオレンジジュースとかコーラ、サイダーなんかで飲んでいたんですが……そこは日本人(一応)。やっぱりお茶ですよ。
お口の中の油をさっぱりと洗い流してくれるお茶は日本人の心ですね。私、後で吐きますけど。
そんな儚い運命を辿るお茶と合わせるポテトチップスは、海老塩味です。最近コンビニで売られていたので、好奇心で購入してしまいましたね。
只でさえ土臭い大地の臭いが漂い、お口がギトギトになる油がたっぷり染み込んでいるポテトに、海の恵みを合わせてしまいますか。
『塩』というよりは『潮』の臭い。それがキツイですね。
じんわりとポテトチップスにも染み込んでいる海老の臭い。一回噛む度に、ポテトチップスの油がじんわりと舌の上に染みだしてきてくるんですが、その油にも海老の臭いが付いている……。
まるで、海に垂れ流れている工業用排水でも口に入れている気分ですね。
くっ……一旦ここは出直しましょう。黒烏龍茶で仕切り直しです。
腐った茶葉から抽出したエキスたっぷりの液体を口の中へと―――。
「ぶはぁ!」
そう、これです。
やっぱり脂っこいものにはお茶―――とりわけ烏龍茶系が合いますよね。得も言えないような発酵した茶葉の臭いと、薬膳のように舌の上を蹂躙する苦味。
発酵臭というのは中々強烈なもので、先程までの海老や芋の臭いなどは一気に消え去りますね。
まあ、要するに不味いということで。
しかし、ポテトチップスは子供の頃から食べ慣れているお菓子。やめられない止まらないのスピードで、あっという間に完食できてしまいますよ。
あ、これ別のお菓子のキャッチフレーズでした。
さて、ポティトゥを食べ終わった所で次の菓子へと進みましょうか。
次はこれです。チョコレート。
メジャーですね。チョコレートを食べたことが無い日本人なんて、ほとんどいないんじゃないんですか? アレルギーの人は除いて。
あんまりチョコレート『が』嫌いって言う人は見かけませんけれど、矢張りこれはチョコレートというお菓子の素晴らしさを物語っていますよね。
ですが、喰種が食べればあら不思議。
結構苦くて、不快な甘さがちょっとある土の味にしか感じません。
例えるなら……アレですね。ガッチガチに乾燥させた粘土? ですかね。板チョコなんてそれが顕著です。最早煉瓦にしか見えなくて。
だから、小学校の時に女子生徒がバレンタインにチョコを男子生徒を渡し、それを嬉々として貪っている男子生徒の姿には狂気を覚えました。
……なんですか。別にチョコを渡す相手がいなかった訳じゃないですよ。リア充爆発しろ!
別にいいですよ。私はバレンタインに職場の人に義理チョコを渡すだけで、家に帰った後チョコレートケーキを1ホール食べれば幸せですから。
リアルが充実してればリア充なんです。
すみません、取り乱してしまいましたね。
おっとこうしている間にも、ドラマがキスシーンに入りました。
「何が甘くてほろ苦い大人のキスじゃ、ボケェ!」
画面にチョコ投げつけてやりましたよ。
ガンッ、といって当たったチョコは少し破片を撒き散らしながら床に落ちました。それをすかさず拾って口に運ぶ私。
三秒ルールです。ていうか、元々土みたいな味なんで、散歩中に土を掬って食べてると思えばなんとも……。
いや、『変態だぁ―――!』と叫ばれそうですね。
くっ……苦味しか感じない。甘さなんてそこには存在しないです……。
冗談はさておき、次はこれです。
マカロンです。マカロニじゃありませんよ、マカロンです。卵白と砂糖とアーモンドを使った焼き菓子みたいなもので―――要するに、お洒落な最中ですよ。
口の中に凄まじい程張り付く生地に挟まれているのは、喰種にとって気持ち悪い食品でしかないクリーム。動物の脂肪分って、総じて食べた瞬間に吐き気を催しますからね。
まあ、自慢じゃないですけれど、私程になればこれくらいは平気です。
ふふふっ、滅茶苦茶ふやけた発泡スチロールの如きクリーム。今回はオレンジ風味のものですので、生地もクリームも橙色に光っていますよ。
「あーん」
まだ口の中にチョコレートの風味が残っているまま、パリッとした生地に歯を突き立てます。
ふっ、所詮は最中。少し圧力を入れてやれば、見るも無残な姿に砕け散りますよ。
……それが口の中にへばりつくんですけれどね。
クリームごとイン・トゥ・マウスしたマカロン。
もっちゃもっちゃと咀嚼音を奏でながら噛み進めれば、生地の中に練り込まれたオレンジの臭い―――柑橘の臭いがトイレに設置されている芳香剤のように漂います。
そこへ追い打ちをかけるアーモンドの臭い。じゅわりと染みだす植物油の臭いが柑橘の臭いと混ざって、私の嗅覚を責め立てていく……!
そう言えば、青酸カリってアーモンドみたいな臭いするんですよね。あ、思い出したら、何故か毒物を食べた気分に。
二つの臭いが混ざった所で、動物から絞り出されたであろう脂で作りだされたクリームが、二つの臭いとミックスします。
そう―――獣の臭いと共に。
おぅふ……不味い。巷の若い女子は、嬉々としてこの悍ましい菓子を食べているというのですか。なにがお洒落女子だ、馬鹿野郎。どうせ十年後には別のスイーツに飛びついているだろうに。
おっと、少々言葉が乱れてしまいましたね。
さて、と……マカロンという化け物を退治したところで、次なる刺客に挑戦致しましょうか。
その名も、アイス饅頭です。
饅頭をキンキンに冷やした訳じゃありません。『キンキンに冷えてやがる! あ……ありがてぇっ……!』とはなりません。
アレですね。スタンダードなバニラアイスの中に、餡子が入っているという代物です。
まあ、結果的にキンキンには冷えてるんですけれど、ありがたくは無いので感謝はしません。
和と洋のミックス的な感じですが、その美味しさは幅広い地域で販売されていることから実証済み。
バニラアイスの主張が強すぎない甘さと香り。それが素朴な甘さの餡子と合わさることにより、絶妙なハーモニーを奏でるんですよね。
私は美味しいとは思いませんけど。
まあ、まずは食べてからといきましょう。
第一波が、外人が自分の体に付ける香水レベルで臭うバニラの臭い。
第二波が、冷えて固まり咀嚼を邪魔するアイスの装甲。
第三波が、最初はギンギンに固まっているのに、溶けたらザラザラと不快な舌触りのする餡子。
隙が無いです。
なんという波状攻撃。これが、溶ける前と溶ける後で風味や舌触りが変わるアイスの成せる業ということですか。
しかし、残念でしたね。大学の卒業旅行で遊び半分で購入したサルミアッキを食べた私にとっては、如何せんインパクトが足りません。
世界一不味い飴を実食した私は、この程度のスイーツではやられませんよ。
因みにサルミアッキは、塩化アンモニアとリコリスが原料のお菓子。食べた感想としては、二度と食べたくないと思える味でした。
え? もっと具体的にどんな味かって? 記憶がございません。
「げふっ」
さて、お菓子といえど結構な量を食べてしまいましたね。
やっぱり、ちゃんとした食事をした後は調子がいいですね。悪食が進むこと進むこと。どうせ後で吐くことになるんですけれど、どうせ吐くなら勢いと量がある方がいいですしね。
因みにこの感覚、別に共感してもらわなくて結構ですよ。
あんまり吐きすぎると脱水症状になってしまいますから、人間の方でも喰種の方でも危ないですからね。
だからこそ私の悪食が引き立つという訳でして……。
さて、ちゃんとしたご飯を食べて、こうしてデザートタイムを済んだことですし、今日の食事はこのくらいで終わらせましょうかね。
後は、パソコンをインターネットに繋いでっと……。
「なんの動画観よっかなぁ~♪ 動物……いや、美味しそうな料理が映ってる動画でも」
ふっ……テレビはドラマ、パソコンで動画。これこそが一人暮らしの贅といえるものですよ。
どっちつかずのこの状況、最高だと思います。
こうして、独身女の午後の時間は過ぎていくんです……。