喰種のグルメ   作:柴猫侍

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木曜日

 昔、巷でプリンに醤油を掛けたらウニの味になるという噂がありましたね。

 ところがどっこい。プリンに醤油を掛けても、プリンに醤油が掛かった味しかしません。皆さん、ウニを食べたいのであれば、素直にウニを買った方がよろしいと思われます。

 そうでなければ、プリンが浮かばれません。

 

 そもそも、ウニの味自体が好みの別れる味だと思いますけれど。

 

 まあ、ウニの話は兎も角、木曜日の今日に私が朝食に選んだのは、ドゥルルルルル、ダンッ! 蜜柑です。

 なんで蜜柑なのかって? 木曜日になってくると、そろそろお肉が欲しくなってきて、人間の食べ物に胃が拒絶反応を出し始めてくるんですよ。

 なので、比較的軽い食事で済む蜜柑を食べている、と……だってほら、良い臭いじゃありませんか。フルーティで。嗅ぐだけなら。

 食べるとなると、鼻がひん曲がりそうなくらいの臭いが嗅覚に襲いかかってきて、不愉快な舌触りの膜に守られている蜜柑の果実が、蛆虫のようにプチプチと弾けて、舌の上が悍ましいことになってしまいます。

 

 そして、蜜柑といったら皆さんアレをやりますよね。

 

 蜜柑の中心に指をズボッと刺して―――。

 

「ポ○デライオンっと」

 

 某有名ドーナツ店のマスコット。あれっぽいですよね。色とか、この凸凹感が。

 さあ、ここまでしたらやることは一つ。贅沢に一口でガブッといっちゃいましょうか。

 

 ガブ。

 

 ブシュ。

 

「ヴォオエッフ!!? え゛ほッ!! ヴエェッホ!!!」

 

 ヤバい!! 蜜柑の汁が器官に!! せ、咳が止まらない!!

 くっ……こんなことになるなら、丁寧に一かけらずつ食べるべきでした……! の、喉が焼けるように痛い!

 そして急いで蜜柑を食べようと一気に噛み潰すから、蜜柑の汁が私の舌を加速度的に蹂躙していきます!

 ああ! 塩酸でも舐めているかのような焼けるような感覚! 香水を丸のみしているのではないかと思う程のキツイ臭い!

 私に救いはありませんか……うっ。

 

 この後、咳は十分ほど止まりませんでした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて、今日の取材するお店はおでんです。江戸時代には、ジャパニーズファストフードとして庶民に慕われていた食べ物でもあります。

 江戸時代辺りではお寿司や蕎麦もファストフードであった辺り、日本のファストフードというものは特徴的ですよね。

 因みに、おでんによくついているからしや、お寿司に付いているわさびは、当時冷蔵庫なんて物がなかった当時に、屋台で販売している食品に付いている菌を殺す為に付けられていたようです。

 味がどうこうじゃないのかよ、と言いたいところですね。

 

 私はどっちも嫌いですが。

 

 からしが良く合う冬の食べ物の代表格。そのおでんをメインとしたお店に佇んでいる私ですが……。

 いい雰囲気ですね。この昔懐かしいような内装。少し薄汚れた白い壁。年季の入っている木の枠組み。そして何より、カウンター席のみというこのスタイル。

 店のご主人と一対一で話ながら、おでんを突いてお酒を飲めるスタイル……いやぁ、いいですねぇ。

 

 私、お酒はよく飲んでいますよ。帰った後のアレが捗りますので。

 え? 理由がひどい? 何をいまさら。

 

 私がそうしてうずうずしている間にも、店のご主人は人気の具材をお皿にたっぷりと入れてくれています。

 出汁は薄い茶色ですが、味は飲んでみなければ分からない感じですね。カツオ出汁が、はたまた昆布出汁か。う~ん、どっちも嫌です。

 さあ、実際皿に入れられた具材を確認してみましょう。

 大根、玉子、ちくわ。ここら辺は関東では定石のトリオですね。他に入っている具材は、こんにゃく、はんぺん。

 

 成程。メジャーと言えばメジャーな品ですね。

 丁寧にお皿の端の方にはちょこんとからしが塗りつけられていますが、今の所私は使う予定がありません。

 だって辛いじゃないですか。からしだから当たり前だろ、と言われたらそこまでですが。

 

 まあそれは兎も角、まずはメジャー中のメジャーである大根から食していこうと思います。

 あんなに白かったのに、おでんの出汁を吸ってこんなに汚くなってしまって……。

 箸を入れてみれば、スッと切れてしまう程に煮込まれている大根。中心は辛うじてまだ白い―――というよりは透明な色合いのままですが、凄まじい熱量を有しているんでしょうね。湯気が立ち上り始めましたよ。

 食べ物は、熱い内に食べた方が良い。くっ、グルメ記者の性には逆らえないです……。

 まるでどこかのお笑い芸人のように、熱々のままの大根の切り身を一口。

 

「はふっ! はふっ!」

 

 うん、やっぱり熱かったです。

 舌の上で転がる大根。必死に熱を飛ばそうと、私の肺から吐き出される息で、まるで私が口から白い煙を吐き出しているような状況になっていますね。

 あっつい、ホント熱い。

 しかも、噛んだ瞬間に大根の切り身からしみ出したおでんの出汁が、私の味蕾に絡みつきます。

 このカビの生えたような風味……これは鰹節の出汁ですね。いや、しかし若干舌にねっとりと絡みつくような潮臭さ。

 

 まさかこれは、鰹節と昆布……両方の出汁を使っているとでも言うのですか!!?

 

 鰹と昆布のダブルパンチを喰らった所で、漸く冷めた大根を奥歯で噛み締めれば、ジュワっと滲み出てくる大根の水分が追い打ちを掛けてきます。

 間違ってプラスチックを口に入れてしまった時のような不快な香り。

 気分的には水を一杯吸わせた激落ち君を食べている感じですよ。

 

 ククク、だが大根はおでんの中でも食べやすい具。喰種の私ごときでも、食べ進めるのは比較的容易です。

 

 次は玉子。

 ん~、なんでおでんの玉子って、こう微妙な色合いをしているんでしょうね。

 『ちょっと溝に落としちゃいました~、てへっ』みたいな色。そんな玉子を箸で両断すれば―――。

 

「ほぉ~」

 

 表面にカビでも生えているんじゃないかって言うくらいに緑色に染まる、玉子の黄身が姿を現します。

 うん、汚い。食べたくない。

 玉子と言ったら、あの鮮やかな黄色があってこそでしょうが―――ッ! と叫びたいですけれど、じっくり煮込まれたものだったらこういう感じになりますよね。

 はぁ~……食べやすいように、黄身に少し出汁を掛けますか。

 万が一、もっさりとした食感の黄身が喉に張りついたら、朝の蜜柑の事もありますし、私の喉が死にます。比喩じゃありません。

 

 まあ、もしもの事が在ればバッグの中に入っているコーヒーを飲むだけなんですけどね。

 

 出汁が染み込んだ白身と黄身、一想いに食べちゃいましょうかね。

 

―――モッチャ、モッチャ

 

 プリッとした歯ごたえの白身はスーパーボールを。もっさりとした黄身は練り固めたチョークを彷彿させます。

 流石は玉子。食感が地獄ですね。

 ああ、急激に口の中の水分が黄身に奪われていきます。こうなると飲み込み辛いんですよ……。

 まだだ、まだ焦る時じゃない。とりあえず、カウンターに置かれているお冷で流し込むことにしましょう。

 

「ん゛っ!?」

 

 しまった。水で流し込もうとした黄身が、喉にへばりつきましたね。

 まだだ、まだ焦る時じゃない。

 こうなったら、ちくわを食べて無理やり胃袋の中へ送り込むことにしましょうか。魚肉のすり身を焼いた食品であるちくわ……おでんの出汁に溺れ、今や見る影もなくなっています。

 出汁が滴り落ちるちくわは、スーパーで売っている物よりも柔らかくなっていますね。まあ、煮ているんだから当たり前ですけれど。

 

 この出汁がたっぷり染み込んでいるちくわで、喉に張り付いている黄身を葬ってみせましょう。

 

 

「あむっ」

 

 ん~……焼いたといえど、喰種の嗅覚は騙せません。焦げた臭いの奥底に潜む魚の生臭さ。

 あの出汁が染み込んでいるちくわの臭いは、それはもうヒドイものですね。

 カビ臭く、潮臭く、生臭い。

 一体誰がこんなものを食べるのでしょうか。

 

 食感もこれまたヒドイ。出汁をたっぷりと吸っているちくわは、あの本来のプリプリ感を失って、ビショビショに濡れたトイレットペーパーのような歯触りに。

 ですが、水分たっぷりなお蔭で喉が多少潤ってまいりました。

 その分、舌がやられてしまいましたがね。

 

 さて、次はこんにゃくです。ゼリーやゼラチンのようにプルプルと震えている物体。半透明の灰色の中に浮かび上がる黒い点々。

 あの黒い点々って、噛むと砂みたいにジャリってするんですよね。

 クンクンと嗅げば、思わずえずいてしまうような潮臭さ。確かこんにゃくの臭いの元は、トリメチルアルミンって言って、魚の生臭さの臭いの元と一緒らしいです。

 こんにゃくの癖に、魚の生臭さと同じ臭いを放つか。小癪な奴め。

 

 箸で持とうとすれば、スルッと滑って落ちるこんにゃく。

 この……プルプルと卑猥な奴め。このような奴は、さっさと食べてしまうに限ります。

 

 あぁ、これですね。このゴムのように弾力のある食感。中に混じる黒い粒―――要するにこんにゃく芋の皮は、砂の様にじゃりじゃりと不快な音を奏でます。

 そのようなこんにゃくを噛めば噛むほど、魚の様な生臭さと共に、土のような香りがどんどんと滲み出てくる……。

 ホントに日本人は、なんでこれを作ろうと思ったんでしょうね?

 

 そして最後……はんぺんですよ。これまた魚肉の食べ物。ですが、魚肉の他にもヤマノイモを混ぜて摺っております。

 つまり、魚と芋が合わさった食材。ちくわ、こんにゃくの上位種とでも言うべき存在でしょうか。

 

 初めてコンビニおでんのコーナーで、プカプカと浮いているはんぺんを見た時は、灰汁取りか何かだと思っていましたよ。

 ですが、その正体は悍ましき食材。海と山の食材とフュージョンしたこのはんぺんこそ、今回の取材で一番の難敵とでも言うべき存在でしょうか。

 

 箸で掴めば、こんにゃく同様プルプルと震える身。ですが、ちょっと力を入れてみれば、『グジュ』っと空気が溢れだしてきて、同時に染み込んでいた出汁も溢れますね。

 そう、はんぺんを食べる時、一番躊躇ってしまう理由がこの食感。泡を固型化したように、柔らかいのか堅いのかよく分からない食感は、生理的に受け付けないものです。

 スポンジのように空気を含んで柔らかいのに、発泡スチロールのように噛み切れるとでも表現しておきましょうか。

 

 溢れだした空気は生臭さを含んでいて、お鼻が花畑状態になっちゃいます。

 幸いなのは、飲みこみ易いところでしょうかね。水で流しこみ易いという意味で。

 

 さあ、折角ですし皿の端に塗られているからしを付けて食べてみることにしましょうか。もしかしたら、魚の生臭さがどうにかなるかもしれないという希望的観測を抱きながら。

 この黄色い粘性の物体を、白いはんぺんに塗りたくってやりますよ。

 

 ほれほれ~、ここがいいのか~。身体中にからしを塗られる気分はどうだ~?

 

 ……ぐすん。彼氏が欲しいです。

 

 さあ、ブルーな気分になった所で、からしをたっぷりと塗ったはんぺんを食べましょうか。

 我ながら、随分と汚い塗り方をしましたね。心の汚さが滲み出てるんでしょうかね?

 さて、ツーンとするような臭いを嗅ぎながら、はんぺんを一口。

 

「……」

 

 これは……アレです。

 はんぺんやおでんの出汁を全て、からしが飲み込んでいきますね。わさびと少し違う、ねっとりと押し寄せるような辛さ。

 あちらは疾風のように通り過ぎる辛さでしたが、こちらは土砂崩れのようにじわじわと押し寄せてくる辛さ。

 成程。これなら、食品に付く雑菌が殺される理由が分かるってモンですよ。

 何故なら、私の舌が死にそうになってますから。

 

 鼻の奥と舌の上が焼かれるような痛みに苛まれて、はんぺんの風味やら出汁の香りなどはどこへやら。

 絨毯爆撃のように、舌の上は辛さでやられてしまいましたね。

 テレビ番組で見る様な激辛料理を食べたら、私はどうなってしまうんでしょう。恐らく、気絶するかもしれませんね。

 

 出来るだけ色々と考えて、お口の中の不味さを忘れようとしている私ですが、外的な痛みによってその思考が妨げられます。

 ジャパニーズ調味料、恐るべし。

 これが、味ではなく衛生面を求めた結果の味ということでしょうか。

 ああ……早く食べ終えて、コーヒーで心に潤いをもたらしたいです。

 

 

 

 ***

 

 

 

 帰宅した後、ネットで買ったアレが届きました。。

 え? 何を買ったのかって?

 アレですよ、アレ。見た目はマヨネーズですが、容器の中に入っているのはプリンだという伝説のチューチュープリンですよ。

 子供に大人気のデザートであるプリン。それをスプーンで掬って食べるのではなく、チューチューと吸う形で食す、新感覚のデザートですね。

 まあ、販売自体は大分前から行われているらしいですから、新感覚という程新しいものでないですけれど、近くのお店に売っていなかったのでネットが買いました。

 

 正式名称『カスタードプティング』。牛乳と砂糖を混ぜた卵液を、加熱してカスタードを凝固させた蒸し料理。

 あのプルプルとした食感は、今日のお昼に食べたこんにゃくを彷彿させましが、チューチュープリンは違います。

 

―――ぢゅぅぅううううう……!

 

 い、意外と吸うのに力が要りますね。只でさえ、バニラの臭いが香水のようにプンプンと漂って来てキツイのに、わざわざそれを私に能動的に吸わせようとしますか。

 生コンクリートを滑らかにしたような舌触り。そして、動物園みたいな臭いのプリンが、一気にお口の中に……。

 

 くっ、先程リバースしたばかりで空の胃袋に、このプリンはきつ過ぎましたかね。無駄に濃厚なプリンが舌や喉、食道をねっとりと突き進んでいきます。

 気分としては、凌辱されている感じです。

 

―――ぢゅぅぅぅ……

 

 一人寂しく、チューチュープリンを吸う独身女。虚し過ぎて、泣きそうになってきます。

 そんな心を潤してくれるのは、何時だってコーヒーとお肉。さて、そろそろお腹も空いてきましたので、冷凍していたアレを取り出しましょうか。

 未だ、チューチュープリンは食べ終えていませんが、容器を口に咥えたまま私は冷蔵庫の冷凍室を開けます。

 

「……ん?」

 

 無い。冷凍餃子や冷凍ピザ。唐揚げや、他諸々の冷凍食品があるのに、肝心のアレがありません……!

 これは一大事です。私のお腹もそろそろ限界に来ているというのに。

 これはそろそろ、あのお店に買いに行かなきゃ駄目そうですねぇ。はぁ……この私ともあろう者が、アレを切らしているということに気が付かなかったとは。

 そうですねぇ。買いに行くのであれば、明日のお仕事が終わった後でしょうか。そうしないと、会社にアレを持っていくことになりますし、万が一ということもありますしね。

 狩りなんて恐ろしいことはできませんし、私は貰った物で満足するのが精々。

 

―――……ジュル

 

 おっと、想像しただけで涎が垂れてきてしまいました。ちょっとだけ、プリンが混じった涎は甘ったるい香りが漂っています。

 あぁ、早く食べたい。ですが、この空腹は冷蔵庫にある物で……いや、コーヒーで我慢することにしましょうかね。

 夕方に食べ過ぎると太っちゃうらしいですからね。私の場合、吐きますけど。

 吐いてばかりで脱水気味の体に、エネルギーをチャージです。ペットボトルタイプのコーヒーの蓋を開け、がぶ飲み。

 一リットルサイズですが、今の私であれば一分ほどあれば十分。

 

「んっ……んっ……んっ……ぷはぁ!」

 

 我ながら、良い飲みっぷりでしたよ。

 体に染みわたるコーヒー。堪りませんな。

 

 さて……明日に備えて、今日は歯を磨いて眠ることにします。

 

 ソレデハ、オヤスミナサイ。

 


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